死に至る恋の病
部屋から出た直後。
身体がゆったりと重くのしかかる。
ぐわんぐわんとする中、声が凛と降りかかって来た。
「やはり気がほぼない状態になっているではないですか。
…嗚呼お兄様繋がりましたか。いえ、メルさんが少々倒れてしまって。
ええ、すみません至急来て下さるとうれしいです。」
お待ちしておりますと言う声に、身体がぐわりと動き吐き気が出るのを抑える。
吐いた方がいいが、吐くとなんか気を出しそうで怖くてやめたのだ。
ぐったりとするメルを抱いて動くコルンに、大丈夫かとシャンパが声を掛けた。
「ええ。先程白い部屋に飛ばされていたのでその影響もあるでしょう。」
「まぁ、そうだったのですか。」
「幸い私と二人だけでしたし、気を扱う内容ではなかったので。
少々予定が変更しますが、今回は私が請け負います。」
「わかりました。お大事になさって下さいね?エフェメラル様。」
「…また来る。じゃあな。」
そう言った二人に手を軽く振ってやる元気しかない。
それもそのはず、メルの顔はもう真っ青も白さが酷くなっているのだ。
息をするのすらキツイ状態だろうに。
自分らの気を拒絶したのならば、下手に送れば酷くなるだろう。
コルンは大神官に通信を掛けると、直ぐに反応してくれた。
「大神官様、メルさんが倒れました。」
「具合は?」
「…見ての通りです。」
通信した直後にビュンとやって来た大神官がメルの頬に触れて様子を見る。
ふむと低い声が出てくる。
「…どうですか。白い部屋に先程二人で移動していまして。」
「そうですね…我々の気を拒絶しているのは確かです。」
困りましたね。このままでは死んでしまいかねません。
そんな…!!!
「この子の状態は我々の気を使って何とかしのいでいる状態です。
それを拒絶されるとこの地自体も変化してしまいかねない。」
「一体どうすれば…」
「この子が受け入れてさえくれたら話が別なのですが
…何かトリガーになるようなことがなかったですか?」
「…私はリキール様と星を見ていた時でした。
メル様と似たような種族の人間を見ていまして。」
「似た者通しだと思って居れば白い世界に飛ばされたと。」
「すみません、修行不足で。」
それは別に仕方がないことですし構いません。
問題はこっちの方ですね。と言っている間に大神官様と声が遠くから聞こえる。
どうやら到着したらしい。
「メルさんが我々の気を拒絶してしまいまして。倒られているようです。
あとはコルンさんが二人で例の部屋に飛ばされていたと。」
「あの部屋に…」
「すみません、巻き込む形になってしまったとは思っています。」
「その話は後で詳しく聞くとしましょう。今はこの子ですか。」
先程より更にぐったりとしているメルは、
もう息を吸って吐くくらいしか出来てなさそうだ。
下手に気を送れば拒絶して死んでしまえば一巻の終わりである。
「…拒絶、もしかして、貴方、まだそこに居るのですか?」
「コルンさん?」
「我々の気を無駄遣いなんてするわけがないでしょう。
もし失敗しても何度だって分け与えます。」
「…嗚呼ひょっとしてこれっきりだと思われていました?」
「え?え?」
どういうことだと言う彼等にコルンが説明する。
「先程この子が一度目に作った食事を共に食べたんですが
自発的な感情が強すぎるんでしょう。
自分で出来ない範囲は此方も手を出します。」
それは悪いことではないのです。そうコルンがメルに言い聞かせる。
「悪い子であってもお兄様は貴方の事を見捨てたりなどしない。」
「…っ!!」
「大丈夫です。もう、画面越しなんて言わせないと言ったでしょう?」
そう額を合わせて声を掛けてやると、彼女からの気を察知する。
どうやら気を見せる様な設定のままで倒れてしまっていたらしい。
其処に存在していなかった綺麗な気が徐々に膨れていくではないか。
やはり精神的な感情が強く反応するのかと思いつつも
血色がよくなった彼女が声を上げて目を開ける。
『んん…ここ』
「どうやら大丈夫そうですね。」
「ええ、すみませんお騒がせしました。」
「いえいえ。それにしても困りものですねえ?」
『ふぇ?』
「此処まで言い聞かせてやらねば貴方はすぐに
その身をあんな場所に投げ出そうとするのですから。」
契りを付けても尚且つその場所に向ける。
まぁ長い時間其処にいたのですから仕方がないと言えばそうでしょうが。
「言い聞かせてやるしか方法などないですし。まぁ無事なら私は此処で。」
「ええ。すみません。」
「いえいえ。お大事に。」
そう言って消えた大神官に、メルは何事と声が出て咳き込む。
「気が無くなっていたんですぐに声を掛けたんですよ。
全く、こうなって白い部屋に飛ばされたというなら
まだ救われたというものでしょうね。」
「一足遅ければ死んでたんですよ。貴方。」
『…またあ?』
ええ、またです。
全く本当ならば死なないはずなんですがねえと言うサワアに
メルは力を入れて身体を起こそうとするが、コルンがソレをさせない。
今日は安静に寝ていろと言う事なのだ。
大丈夫という彼女に駄目ですとコルンが答える。
「白い部屋であれ程はしゃいでるんですから、今日はもうゆっくりなさい。」
『うううう』
「あれ程とは割と走り回ったんです?」
「ええ。そりゃあもう大はしゃぎしていましたよ。」
「ほぉ???」
『ひえ』
流石にサワアからの言葉には逆らえないらしい。
駄目だと言われたらはぁいと耳がぺたりと下がるかのように項垂れるメルに
まぁいいかとコルンはため息交じりに息を吐いて
メルのよく寝ている寝室に身体を下ろしてやる。
一度寝かせていればすぐに気も回復するだろう。
大分調子は戻っているが、警戒して置いて損はない。
寝ていなさいと言われて、
寝れないと言うのをサワアが無理矢理杖で意識を飛ばしてやった。
流石に乱暴ではと言うコルンだったが、
金色の首輪の根元をガリっと噛みついてやるサワアにぎょっとする。
「っ何をなさって!!!」
「何とは、一応応急処置というものですよ。」
「…思念の類ですか。」
「ええ。荒治療ですが、暫くこうして置いた方が良いでしょう。」
余りこの手は使いたくありませんでしたが。
首元に模様が施され、すっと消えて無くなるものにコルンが冷や汗を流した。
本当に容赦をしなくなってきているので、
遅かれ早かれ消滅しかねなくてこっちが怖くなってくるものだ。
「と言っても気を使う時に余計なことを考えない様にセーブさせるだけですよ。
其処迄強い思念は与えていませんのでご安心を。」
「それならいいんですが…そのうち手出ししそうで怖いですよ。」
「おや、してもいいならしますが。」
「お兄様?!?!?!」
「しーーー静かに。声が大きいですよ?」
「…貴方が声を荒げる様な事を仰るからでしょうが…!!!」
ふふふ、顔まで怒らないで。
そう笑うサワアにふんと鼻で反応してしまう。
もうそれくらい許して欲しいものだ。
++++++++++
「成程、そういうことでしたか。」
「ええ。この件についてはすみません。」
サワアとコルンが事情を説明している間
ヘレスがメルの元で付き添ってくれている為
ゆっくりと事情を説明出来ている。
最後まで事情が分かった処で、
その件については大神官も聞きたかった為
ヴァドスを含めて四人で話をしていた。
「そうしたら今回は幸いなことに、と言うべきでしょうね。
あのままヴァドスさんが貴方達に連絡を取る間に命に関わる可能性が大きかった。」
「でしょうね。まぁ…救われたと言われていい気持ちがしないのが何とも言えないですが…。」
「仕方がないでしょう。ですが本当に厄介なタネを置いて行きましたね。」
こればかりは彼女が克服するしかないもの。
いくら天使とあれど思念を使って彼女を操作してしまえば
彼女を人形とそこら辺の物扱いに変えてしまう。
流石にそんなこと思ってもいないので、
出来るだけ思念系の操作は避けたいもので。
だが今回流石にそうしないと消えてしまうとなれば話が別で。
仕方がない処置ではあるのだ。本来は厳罰ものだが、
今回の件を知った大神官は多めに見ましょうと答える。
「まさか受容しないで此処まで生きているとは。」
「一度受容している筈ですよね、彼女。」
「ええ。確かに確実に。この目で見ていますからね。
ただ外れるのは正直意外でしたね。
まぁ一度肉体から外れているので
その時に外れてしまったと言えば納得いきますが。」
「外れるとどうなるのですか?」
そうヴァドスが大神官に聞くと、
本来はないのですがと話を続けて答えてくれる。
「華樹神としての力が外に開いた状態のままで、気を常に出している
まぁ願いの種を放出している状態とでもいいましょうか。
華神らを作る形になってしまいますので、余り宜しくないのですよ。」
「彼女は既に華神らを作ることを拒絶しています。
気を外から受け取る器官を切っているも同然なのです。」
「本来自然に出来る行為を現在は意図的にしか作れない状態なのです。
その為コレが出来なければ我々から直接分け与えるしかないですが…」
「まぁそれを拒絶されたら人間でいうアレルギー反応の様になって死にましょうね。」
「そんな酷い状態だったとは…」
「今回の件が異例というものですよ。余り深く落ち込まないで下さい。」
貴方のせいではありません。彼女の気持ちの問題というものです。
と言っても彼女の責任だけと言う物でもありませんがね。
「というと?」
「何処かの誰かさんが置いて行ったタネのせいとでもいいましょうか。」
「お父様……ものすごく根に持ってますね。いや気持ちはわかりますが。」
「そりゃあそうでしょう?考えてもみなさい。兄の実の子が懐いてくれて、
尚且つ自分の子を愛してくれる心優しい子が苦しむのですよ?」
これ程怒りなんて持たない訳もない。そうぴしりとヒビが入る空間に
おやしつれいと言って杖を持って消し去る大神官に、
其処に居た者達も固まって動かない。
いや正確には動けなかった。
「ま、まぁ、言いたいことは分かりますが……。」
「貴方だってこの宇宙全てを探していたくせに何を今更。」
「お父様!?!?」
「おや、気付いていないとは言わせませんよ?
エフェメラルさんが居なくなってから
居ても立っても居られなくて何度か仕事を放棄して探していたくせに。」
「お兄様…そんなことを」
「…大昔の話しです。彼女が来る数億年前まではしていませんよ。」
それこそヘレスに会う前の破壊神らに仕えていた時の話だ。
まぁコロコロ変わっていたのも自分が悪いと言うのも勿論あった。
何時も上の空でメルの事を探せるならと少し浮足立っていたのだ。
「まぁその件は過ぎた話なので置いておいて。
彼女の気に関しては色々此方でも調べていましてね。
丁度良い資料を手に入れてきました。」
「丁度いい?コレは一体。」
「ルトラールが作っていた禁忌呪文ですよ。」
「お父様?!?!?!!?!?」
「声が大きいですよ。」
「す、すみません。いや違いますそうでもないですが。」
どっちですかという声が聞こえるが、この際無視するしかない。
「何サラッと禁忌呪文を持ち出しておいで…いやというか何故それがあるのです。」
「ああこれですか?貴方が消し去った後に時間を巻き戻してすり替えた本物ですよ。
因みに貴方が消し去ったのはただのダミーです。」
「お父様?????」
「これは使い方さえ正しくやればいい方向に向きますからね。
華樹神の状態異常は私の管轄ですら扱いが難しいのですよ。」
その資料を紛失されると厄介でしたので。
それなら言ってくれれば…
「あの時の貴方に言えばどう動くかわかりませんでしたし。
それで満足するならダミーでも良いかと思いましてね。」
「…すみません」
「いえいえ。…ありました、これが良いでしょうね。」
「それは?」
「ふむ…やはりいずれにせよ貴方達の宇宙から調達してきた方が良いでしょうね。」
いやしかし、コレが生息しているかどうか。
そう悩む大神官に何をとその本の中身を見る。
「幾つか材料を書き足しますので、見つけ次第報告を下さい。
ひょっとしたら彼女の器を綺麗に戻せる可能性が出てきました。」
「本当ですか?!!?」
「あくまでも応用です。正直壊れる可能性だってあるのでイチかバチかですが。」
「力になれるならば。」
お教え下さいと言う彼等に、ではと資料を三人に手渡す。
「前に瓶を作成しろと伝えられていましたが、
丁度貴方達の宇宙で取れるはずの材料を記載しています。
追加で此方の素材も調べてきて欲しいのです。」
「わかりました。すぐに取り掛かります。」
「ええ。引継ぎは私が執り行います。
このまま第4に任せその後第12に任せる事に致しましょう。」
「すみません、お願いします。」
「私はヘレス様を呼んできます。」
「嗚呼それでしたら私が。」
貴方は此処に。そう言って大神官はすっと空を飛んでメルの寝ている寝室にへと足を運んだ。
++++++++++
コンコンとドアをノックして失礼しますと大神官が入って来た。
「ヘレス、容態は?」
「…落ち着いています。恐ろしい程には。」
『…んむう!!!』
「っふふふ、随分と膨れていますねえ?そんなにお布団の中は嫌ですか?」
『んむう!!!!!!!』
「っくく、すみません。ですがもう少し寝ていてください。
今の状態だと貴方が私達の気を綺麗に吞み込めないのがいけないのです。
明日くらいには動いて構いませんので。ヘレス」
「はっ」
「貴方はもう宇宙に戻りなさい。そのまま第4と第12に引継ぎします。」
「わかりました。…メル、いい子でな?」
『うん…またね?』
嗚呼と言って軽く手を振ったメルに、少し困ってヘレスは手を振ってから
その部屋を後にした。サワアが下で待っているのを分かっておりていったのを
メルは何となく察知して身体がぐわりと動く感覚に顔をしかめた。
「気を扱うからですよ。いつも使わない癖して今日は随分と使いますね?」
『うう、感覚が分からないんです。』
「スイッチを切る感じだと思って下さい。パチっとするんですよ。」
『こうかな』
「ええ。気を感じ取れませんのでそのままでいいでしょう。
…それにしてもえらいことにしてきましたね?」
『うっ、すいません。』
別に構いませんよ。体調がよくなれば業務も再開しますし。
ううううう、お仕事に穴あけちゃう。
気になさらずに。
「そんなことよりも貴方には少々行ってもらわねばならないことが発生しました。
それもあって貴方の体調が良くなるのを待っているのです。」
『私の?何の話でしょう?』
「前にトベラ様から瓶の作成をと承っているでしょう?
貴方の気が我々と融合出来ないならば樹の実を摂取するしか術がないのです。」
あれは私達の気からでも出来ると聞いています。
その為無理して貴方が気を作るという手間はまずなくなりますが。
まぁ其処はある程度継続して頂けると助かります。
勿論無理は駄目ですよ?分かっているでしょうが。
「その樹の実は杖の中に放置しても長くて一日程度しか持たない様です。
それ以外は腐って寧ろ気を吸い取る方に向くらしいので
…もしかして食べたりしました?」
『あ゛…しました。』
「嗚呼それが原因ですね。
ただでさえ気が無いのに吸い取ったんでしょう。
尚更安静にしていれば治るというもの。
先に全部の樹の実を吐き出しておきなさい。」
『うう。』
「……随分と食べずに溜めていましたねえ?」
ひえ。そう言う声が聞こえるが、
これは流石に食べなさ過ぎというか、大事にし過ぎているのだろう。
確かに気を回復する手段が少ないとはいうが
「はぁ…コルンさんも仰っていたと思いますが、
我々の気が足りなければ是非とも申し上げて下さい。
そうでもなければ私達は貴方に与え過ぎて殺さないか心配なのです。」
『気を貰い過ぎると爆発するからとか?』
「まぁ余程の事がない限り貴方の場合は無いでしょうが、そうなります。」
なので定期的に樹の実を食べて下さい。
怖いなら私やサワアさんコルンさんでも構いませんので
気を見せたまま調整してもらっても構いませんよ。
なんならそのつもりもあって天使らを常備させているのです。
貴方が死んだらどうなるか分かっているんですかね?
そう説教になった大神官にひいひいとメルが声をあげだす。
拒絶するということはそれ即ちこの世界で生きない。
死を意味すると言うもので、死にたいと言うもので。
死なせるつもりはないし、死ぬなんて思って欲しくない。
どれ程手を掛けているかと言うのもまぁそれなりにあるが、
それよりもこの子がいなくなった時の世界がどうなるかが
心配だったりもするのだ。
下手したらこの世界ごと消滅するかもしれない。
全王様自らが提示したのだから、逆らうことは出来ないのだ。
貴方はもう、此方側で生き続けるしかできない。させてあげれないのだ。
三期に入った、貴方の時間は。もう人間になんて返させてやれない。
既に貴方は「天使」に位置していることを、分かっているのだろうか?
「…分かっていないような気がするので言っておきますが、
既に貴方は「天使」の部類に位置しています。もう8割は来ています。」
『…え』
「やはりそうでしたか。
人間に戻ろうとするから拒絶するのですよ。エフェメラル。
コルンさんやサワアさんの気を体内に魂にすら刷り込まされて
人間になんてなれるわけがないでしょう?」
彼等は自分が作った中でもかなり良い者達である。
自分の力には劣るものの、結構いい線は来てくれる者達だ。
加えて利口で態度も申し分ない。
そんな彼等の気をひたすら浴びていて、人間の状態が薄れない訳がない。
既にいつも以上に食欲なんて無ければ、睡眠も必要としないはずだ。
前にも似たようなことを話しているだろうが、大事なことだから二回言ってしまおう。
「人間として生きる時間は終わったのです。廻廊は終わった。
回しても空回りするだけで痛いのは貴方だけですよ?エフェメラル。」
『…でも』
「これ程言っても分からないのですか?」
『…っ』
「では逆に何故其処迄人間に固執するのです。
貴方が望んだ食欲は無くなりますし、睡眠もとらない。
貴方が理想としていたものが手に入ると言うのに。
何故それを拒む必要性があると言うのです?」
『……そうしたら、人だったら、未完成だから。』
完成させたら、全てが終わってしまう。
だから、未完成のままで居たいというのだ。
『未完成のまま、色んな世界を見たいから。』
「完成しても見れますよ?何でしたら
完成しないと難しいことは腐る程あるというのに。」
『…怖い。怖いよ、すっぴぃ』
「何も恐れることはありません。」
『怖いの。いやだ、嫌だよ。』
何も感じない時間に、戻ってしまいそうで怖い。
灰色に見えたあの時間。あの時間を繰り返すことなどしたくないし
あの時間から変化するなんて、もっと嫌なのだ。
一度は完成しているというのに、
何を恐れることがあるのだろうかと思うスピスだが、
メルからしたらあの時間は割と恐怖でしかなかった。
出来る事なら、避けたい状態でもあったのだ。
架施を作ったからこそ、その時間が怖いことを分かった。
「…この場所から逃げようだなんて思わないで下さいね。」
『…す、ぴ?』
「皆貴方が大事で仕方がないのです。
此処は、貴方の願う場所ではない世界です。」
だからその時間を壊すことになるなんて思わないで下さい。
貴方が壊せるなんてそんなもの、無いに等しいのです。
「子供達が想うだけでなく、私も同じなのですよ、エフェメラル。」
『スピス…』
「ふふ、貴方が私を良く呼んでくれるから
私も本来の名を忘れないで居られるのです。」
本当は本来の名を忘れたら気も小さくなることをご存知ですか?
えっ待って知らない。それ知らない。
「何でしたら名を言えるものは気が強い方に引き寄せられるのです。
まあ貴方は利口なので私を従えるなんて
浅はかな考えは鼻から無いでしょうが。」
『したくすらないですが?!?!?!』
「っくくく、だからこそ、私は貴方に名を明かしたのです。
…貴方なら場所に応じて私の名を呼んでくれると思ったから。」
まぁ記憶がない時は流石に呼ばれて驚きましたが。
ううその時はすいません。
「いえいえ。出来れば私達は貴方を力で塞ぎ込めるなんてしたくないのです。
貴方が望んで此方に居続けてくれることこそが、私達の幸せというもの。」
『そんなの幸せじゃないのに…』
「おや、貴方がソレを言うんですか?
二度と叶わない願いに縋り付き、
本来の願いを守り抜いた貴方が一体何をいうのでしょうか?」
『うぐっ』
「忘れたとは言わせませんよ?サワアさんと花冠を交換するために
貴方は彼女から愛情を受取る為にその魂に刷り込ませた。」
この願いが叶わないことこそが、貴方の幸福になるように。
全ては貴方が仕組み、貴方が我々と一緒に暮らせるようにしたから。
だからこのままで貴方は帰ってこれている。
まぁ誤算だったのは予想以上にその時間が根深く、
本当に刷り込ませてしまったことでしょうが。
「すぐにそんな刷り込みも溶けることですよ。」
『…嫌だとしても?』
「ええ。身を委ねて下さい。ほら。」
『あれえ?スピスさあん?』
「んん?どうしました?」
『なんか近い気がするんですよお〜〜』
「おや、そうでしょうか?」
『心なしか余り触れない処に触れられてる気がするんですよ〜』
「そうですかね?昔からこうやってしていたのに?」
それは小さい子が甘える時にするもんでしてねえ〜〜〜???
おや、でしたら嫌だと?
『いやそれが嫌じゃないから困ってるんですよ。』
「……本当に私の妻に来ません?」
『嫌ですが????』
「おや。それは残念。来てくれたら甘いことも全部教えて差し上げると言うのに。」
『ひあっ…あっ、すぴ…っだめ』
「此処は素直ですよ?」
こんなの誘導だ。というか、そのつもりで来たのだろう。
ニコリと紫色の瞳が細まって此方を見つめてくる。
「私も余りこういうことはしたくないんですがねぇ〜?
いやはや仕方がないことですよ。
核が離れようとするなら少しでも止めるべきですし。」
『あっ、ああ、まっ、れえ、そこ、さわっら』
「触っちゃ駄目です?でも、嬉しそうに善がっているではないですか。」
『ひうっ!…あっ!嗚呼、らめ、いっちゃ、かんじちゃう、からあ』
「ふふ…気持ちいいですねえ?エフェメラル。」
くちゅくちゅと音を立ててやれば、身体の力が綺麗に抜け落ちる。
我が息子ながら割と綺麗に調教しているらしい。
余り深くなんてするつもりはない。ただ誘導をしてしまえばいい。
これ程まで深く天使らと繋がっているのだ。
其処から這い上がるなんて、想うことなどさせない。
嗚呼それならば、いっそのこと。なんて考えるのが悪かったのだろうか。
「貴方が此方側に来るまで私は待ちますが、
貴方が此方に来ないならば、
その足を掴んででも引き戻すつもりなのです。」