そう、ずっとあなたの片隅に。




「ありましたか?」
「いえ、此方は。そちらはどうですか?」

いいえと言って首を振るクカテルにそうですかとコルンが唸る。
現在は二手に分かれ、コルンとメル。クカテルとアルカネットで
この施設、廃都コトにあるグラドウ図書館の内部にと侵入していたのだ。

全員で手分けしては流石にまずいということで、
ひとまず天使が付き添い人という形に収まり、
現在はこの形で一時間ほど辺りを捜索してから
玄関口に戻って来て情報共有を行っていたところだ。

因みに、玄関が余りにも狭いというか
中が割と狭くなっていく為に
狼さん達はお外で待機させている。

現在進行形で寂しそうな声に
メルがもぞもぞとして外に出ようとするのを
コルンが定期的に声を掛けるなり
首根っこを掴んで引きずり戻して
なんとか抑えている姿に、
アルカネットはこっちの方が素なのだろうなと
苦笑いしてその姿をまじまじと見つめていた。


其処には魔法使いの文庫とも呼ばれるグラドウ図書館
どんな人だろうが一番必要とされる
本を見つけてくれる超お宝場所で有名だとは聞いていたが、
案外見つからないのは意外で、
骨折り損のくたびれ儲けと言いたくなってくる。


「まぁ予想以上に広い敷地内ですからね。」
「それにしてもとんでもない量ですよね?
前に訪ねたミトスの街にあった図書よりも広いのでは?」
『間違いなく広い。馬鹿デカい。頭おかしいと思う。』
「エフェメラル様」
『すいやせん。』
「でも此処まで広いと我々だけで探すのは本当に骨が折れますね。」
「我々は東側の奥を捜索します。何かあれば杖で答えましょう。」
「そうですね。」

そう言って出した杖は大神官の命で作り直した
エフェメラルの力を注いだお手製の杖だった。
色合いは大体コルンらが持っていた杖と同等ではあるのだが、
宝玉の色合いと輪の数が違っていたのだ。

輪はエフェメラルが頭の後ろについていた者と似たような形で
ひとつではなく二つ、少し片方によってズレた輪に
宝玉は白色で通信が入ると青色に変化する形に変わっていた。

メル曰く反対色チックにした方が案外楽だったからということで。
特別製の杖は勿論内容も特別。メルが持つ杖との意思疎通だけでなく
華神らの力も制御出来る優れものに変化していたのだ。

『では私達はこれで。』
「何かあれば連絡を。」
「ええ、お気をつけて。」
「そちらもお気をつけて。」

そう言って二人と別れ、歩く速度を緩めずに奥地に進む。
それにしてもとコルンが声を掛けたことにメルがちらりと後ろを振り向く。

「お強くなられた様で驚きましたよ。」
『…そんなことないよ。私は弱い。』
「いえいえ。ちゃんと私が教えたことを守られようと
なさっていることくらいわかります。」

あれ程口うるさく言わずとも、貴方はいずれ成し得たことでしょうし。
ならなぜそう言うのかな。

「なんだかんだ言って貴方が一番
私の人生内において面倒を見ているのです。
可愛らしいものだと思うのですがねぇ?」
『むう…そりゃあ、お師匠様強いし頼れるし好きだけども。』
「おや。随分素直ですね?何か欲しいものでもできました?」
『っな!!違うよ!?!?』

第一そんな素直に言う時って欲しい物ないからね!?!?
おやそれは残念。

「そう言えば貴方からのお願いを
聞き入れられると思っていたのですが
…どうやら見当違いだったようですね。」
『〜〜〜〜!!!……ちょ、ちょっとだけ。』
「ん?」
『…ん!!』

そう言ってメルは目を閉じて手を出す。
それに色々考えた後、コルンは息を吐いてそっとその手を受取った。
後ろを付いてくれるのはとても嬉しいし、心強いものではある。

それでも怖いものは怖いのだ。

分かって言わせるなんてことはしない。
コルンは微笑み、その小さな手を取って握り返してやると
メルは少し目を丸めていたのだが、
すぐにへにゃりと笑って握り返して足を進めた。

嗚呼そうやってまた、勘違いをさせてくるんだから困った者だ。

「はぁ」
『ん?どうかした?』
「いえ、なんでも。」

困った人だからこそ、可愛がりたくもなるのだろうか。
そう思うことにしてコルンはその小さな速度に足を遅めた。
何だかんだ言ってこうやって歩くのは久しぶりな気分で。

「なんだか昔を思い出しますね。」
『むかし?嗚呼、ウイスさんとお手手繋いでた頃のこと?』
「ええ。そう言えば握力。いい加減強くなりましたよね?」
『うぐっ』
「…まさか鍛錬をさぼっておいでだったのではないでしょうねえ?」

そう睨んでくるコルンにそんなことないと
ぐっと力を入れるとおやと声が上がる。

「強くなりましたね」
『っほんと?!』
「嘘です」
『〜〜〜〜!!!』
「ぷっくくくくく、っちょ、すいません、杖で押してこないで下さい…!!」

これ、おやめなさいと言ってるでしょう?
だってだって

メルは頬を膨らませ杖でぐりぐりと腹を押して軽く叩きだしたのには
コルンも杖を使って距離を取らせようとする。

『こるんのうそつき!!むっ!!!!』
「すみません。貴方が愛らしいことをなさるので、つい。」
『〜〜〜!?!??!』
「もう、こういう時でなければ
今頃貴方を可愛がってやるんですがねえ。」
『?!?!?!!?』
「ふふふふふ、終わった後、覚悟しておきなさい?」

いやですが。

『いやですが!?!?!?』
「おや、つれませんねぇ?それともなんです?
サワアさんならしてもいいと?」
『あっそれは別にいいよ?あっ』
「言質取りましたからね?」
『あっあっあっあっ待って待って待って待って待って!!!!』
「待ちません。」

ニヤリと笑うコルンにメルは地団太を踏んですぐに止める。
ぴたりと止まったその方向にメル様?と声を掛けた。

『…聞こえる。水の音。』
「え?あっちょ、これ!!走らない!!!」

そうメルが手を離そうとして走り出すのに
思わずコルンが掴みなおしてから移動すること大よそ五分くらい。

息を切らしながら入って行ったその場所には、
とてもじゃないが本を仕舞うにしては環境が宜しくない
水飲み場のある場所に来ていた。

「ここは…」
『中だな。入るか。』
「ちょ!!馬鹿なことはおやめなさい!!!」
『なんで。こういうのは相場が決まってるんだよ。』
「だとしても此処は不清潔です!!
ばい菌が沢山入っている処に突撃して
風邪でも引いたらどうするんですか!!!」
『…ばい菌。』
「なんです」
『ぷっ』
「」

いだい!!何も殴らなくたっていいじゃんか!!!
お黙りなさい!貴方ほんとうに懲りないんですから!!

苛立ちに身を任せて拳骨を与えたコルンにメルがぎゃんぎゃん言う。
それにはコルンもコルンで声を上げて叫んでいたのだ。

「全く…それで?入るんですか。」
『此処をぶち抜いてこの施設が崩れないと言い切れます?』
「まぁ無理でしょうが、その後どうするのです。
後先考えずに突撃して帰れなくなった時が恐ろしいでしょうが。」
『うぐう』
「はぁ…別をあたりましょう。他の手もあるはずで」
『コルンさん?どうされました?』
「…エフェメラル様、突然の悲報をお許しください。」

開きません。
えっそんなまさか

そう言って扉をガチャガチャと音がするだけで
メルがふぬうううと野太い声を出して押し引きする。

『だめえ』
「だから言ったでしょう。
というか私の力でダメなのですよ?
考えたら分かるでしょうが。」
『だっていけるかなって。』
「後を考えるとこの先を行くしかありませんが…」

別に力を使ってしまえばいいが、現在我々は神々から逃げつつ
メルの回復兼本来咲くはずだった時で咲かせようと廻廊を廻している処。

その為彼等に見つかり、あわよくばその地に拘束されると廻廊が廻らず、そのままに…

「ちょっと待って下さい。エフェメラル様」
『ん?』
「もし仮に廻廊が廻らなかったら、貴方どうなるのですか?」
『さあどうだろ?私は知らないな。』

そう言って周りを探るメルに、歩み寄り上を見上げるメルの目を見続ける。

『なに?』
「嘘ですね。」
『嘘じゃないよ。』
「とぼけたって無駄です。気を隠しても無くしても。
素振りを変えたとしても、私は貴方の師匠ですから。」

話しなさい。今すぐ此処で。
そう言うコルンにメルは何もないと答えた。

「え?」
『だから何もないんだって。』

廻廊を止めれば、何も無くなる。

『飽和するんだって。私が存在しなくなる。』
「っ…!!!」
『まぁ、何度か考えたよ?それこそ母様が傷付いて死にかけた時とか尚更ね。』

でも、あれは彼女を助けたいという意志もあったのだ。
だから止めることなんて出来ない。それは相手がいるから。

今回は違う。今回は自分に対してのことだ。

『本来華樹神になる前、樹の実を喰らう時から選別は始まっているからね。
其処から削られ続けていけば自ずと想像がつくもんだよ。』
「…貴方最初から分かっていて、その手で齧ったのですか?」

彼の喰らおうとした、その、樹の実を。

『さあ?』
「でしたら、廻廊を止めないのは何故ですか。」
『コルン?』
「貴方が一番望む場所に行けるのではないのですか。」

空白に。その後ろに。

「後ろの正面に居る者の場所に。」
『……最初はね、そのつもりだったんだ。』

そうするつもりだった。貴方達に会った時から、いいや。
産まれたあの日から。サワアに会って、花を渡したその日から。

『白い場所に向かって消えて無くなれば。
皆笑って生きれるんだって。だから手を降ろした。』

降ろしてそのまま後ろを向いて走り続けていた。
なのに、白い場所は何処にも存在しない。
縋り付くその記憶に、見出した場所は何時だって
その決めた瞬間だけで、彩られていて。

『でも、そうして私は笑えられるのかって思ったら、なんか此処が空いた感じがしたの。』
「…嫌だと?」
『ん。コルン達とね?一緒に笑って旅してた時、凄く楽しかったの!』
「…この地で、ですよね。」

私も楽しかったですよ。
やった。一緒だ!

「ええ、一緒。ですね?」
『ふふっ…それでね?もっともっと、一緒に居たくなったの。
隣で笑って。天使になっても、別に…いいなあって。ちょっとだけ。』
「…それはそれは、嬉しい限りですね。」
『でも、隣で笑わせてくれなかった。』
「いいえ。笑ってくれています。」

違う。違うのだ。

『覚えてるの。あの日にされたこと全部。』
「…忘れていいのですよ、あれはただの、悪い夢です。」
『ならどうしてヘレスは死んじゃったの?』
「それは、」
『ならどうしてサワアの最期を見れなかったの?』

ならどうして、私を置いて。皆、眠ってしまったの?

『ならどうして、出会った時に、私を、だれも、だれもおぼ』
「別に構いません。泣いたって。どうだって。」

怖かったですよね。私に襲われて。

「貴方が私を避けるのは分かります。
先程されてのコレだと心苦しいこともあるでしょう。
ですが貴方が思った様に、私は彼ではない。」

貴方を知るコルンです。

どうかそこだけは、履き違えないようにしてください。

「未来でも過去でもない場所です。
貴方は時空移動なんてしていない。
何も、悪いことをしていません。」
『っでも、でも』
「別世界に行ったかもしれない?
だとしても貴方は此処にいます。」

そしていつか貴方を知る彼が、貴方を呼んでくれることでしょう?

「別の私が無礼を働いたこと、どうかお許しください。」
『ゆっ、ゆる、すよ?』
「っ」
『ひっ、うう、こるう、こっ、こるう』
「…ええ、此処に。コルンは此処にいますよ。エフェメラル様。」

++++++++++

「流石に傷は深そうですね。」
「お父様…」

ボロボロと泣いてぐずるメルを見て大神官はぼやく。
まぁあれ程の事をされてしまえば
トラウマが出てくるのも無理はない。
彼女は下界に行けば襲われているようなもの。

それが下界の人間だったらまだしも、
瓜二つの、それも自分の気を許していた師匠にされたら
堪えるのもなんらおかしいことではないのだ。

「敢えて取り入れようとしたんでしょうね。
まぁ私の考える手にしては些か汚過ぎますが。」
「お、お父様……」
「全王様にお仕えする身分とは言え、
自分で動けないからと誰かに頼ることは分かりますが、
余りこういう手を出すとは、褒められたものではありません。」

ましてや、記憶を保持した状態で。
それも、理に唆されての状態だとしてもだ。
抗えない訳がない筈であるのに。

だってメルは抗っている。現に、理になろうとして、
その芽を咲かせようと走り続けているのだ。

それを温かく見守るのが中立というものだろうに
そうしないで天使らを、しかも可愛い子供らを
駒の様に操ろうとするのは流石にくるものがある。

「何処の何方か存じ上げませんが、
彼女に手をだそうものなら話は別ですからね。」
「まあ喧嘩は買って当然というものですよね。」
「ええ。一応言っておきますが
殺さないようにお願いしますね?」
「汚れ仕事はご自身でお引き受けすると?」
「我が子に其処迄させる訳にもいきませんからね。」

まぁご自身の宇宙なら話は別ですが。
それはお仕事ですからね。

「コルンさん、大丈夫ですかね…」
「あの子なら大丈夫ですよ。寧ろ怒り心頭で
我を忘れないように必死なんだと思いますよ?」
「え?いやとてもじゃないですかそんな様子は…」
「まぁ妥当でしょうね。ですがお父様も
それなりにお怒りだとお見受け致しますが。」
「おや、貴方もそうでは?」
「もう呆れて何をしてしまおうか
考えて楽しくなってきましたので。」

おおこわい。触れない方が良いでしょうね。
そうして頂けると助かります。

「なにせ…彼女に似た者、ですから。」
「…相手方が可哀想ですね。」

++++++++++

そんなことを裏で話されているとはつゆ知らず。
近くにあった棚の端に座り込んだコルンの膝の上にメルを乗せ、
メルはそのままコルンに抱きしめられつつ思う存分涙を流し終えた処。

「…気分は良くなりましたか?」
『ぐずっ、うっ、ぐっ、ん』
「ふふ、それはよかった。」

手を繋ごうとしたのも、後ろが怖くて振り向いていたのも。
全部自分に襲われないかと内心ひやひやしていたことだろう。

別の奴だと分かっていても、もしもを考えていないと
思っていたことが起きている現状、
疑心暗鬼になって落ち着かないのも無理はない。

分かった上でコルンはメルに寄り添いそっと抱きしめてやったのだ。
自分は違う、此処は大丈夫。そう言い聞かせて、彼女の傷を癒してやる。

良く膝の上に乗りたがるのは昔からと言うが
きっと幼い頃に甘えられずに育ってしまったが
故の行動なのだろうなと思っている。

やっぱりやめよう、そう自分の欲を閉ざして
一体どれ程苦しんできたのだろうか。
これくらいのことすらも、ままならずに。

人が当たり前の様に得られる幸せを。
彼女は、天使ならば得られないというならば。
人間になり続けたいと言うのも何ら不思議ではないと思う。

「貴方が良ければこのまま動きますが、どうです?」
『っだい、じょう、ぶ…』
「…では、もう少しだけ。」
『っこるう?』
「良かった。…貴方が新しい印をつけられなくて。」

次手を出そうとした時は、もう遅かっただろう。
あのままことを致せばメルの光が戻ることはもう今後なかった筈。
暗い色を、何処までも濁らせ、落ち続けるその悪魔に。

なり果てた後は、もう大体の想像がつくというもので。

この子が生きる唯一の術は、理に成るそれ以外の方法がないのだ。
それはつまり、彼女がこのまま消えて居なくなってしまうも道理で。

この廻廊はある意味、理になる為の最終的な出発地点なのだろう。
12個が全て集結したその時に。この子が笑って居られたら、それでいい。

笑って、ただ、陽だまりの下で。

それを、見続けられたら、それだけで、良かったのに。

『こる、がっ、っ、わたっ、し、を、たすっ、けて、くれた、から』
「エフェメラル様…」
『ぐずっ…ふっ…だから、うれしかったよ?』

ありがとう

そう笑って言うメルにどういたしましてとコルンは微笑み
メルの瞼にキスを落として涙を吸い取ってやる。

『ん、がんばろ!!はやく終わらせて、皆とまた遊ぶ!!』
「…ええ、その意気です。それでこそですよ。」


…私が許した、たった一人だけの弟子。


『ん?何か言った?』
「いいえ、なにも。そんなことよりも向こうは見ました?」
『嗚呼みてないかも!いこいこ!!』
「ええ。」

そう手を繋いでいくメルが杖で指を指すのに
これそうやらないとコルンが指導を入れる。

「…エフェメラル様」
『ん。でかした。』

そう言って笑うメルにコルンは頷いた。
其処には此方から見えなかった隠し通路があったのだ。
この道を辿れば恐らく奥に続くはずだ。

「流石に何があるかわかりませんし、
私が先に行きます。手を離さずに。」
『わかった。』

手を取りそのまま一本道の先を進む。
何も仕掛けがないのが段々怪しくなってくるが…。

『ついた?』
「…ええ。」

其処は大聖堂とも言えそうな広さで、
こんな場所がと日の光からして
もう夕暮れになりつつある状態を見て
コルンがクカテルに通信を入れていた時だった。 

通信が急に入り、彼の言葉に手を離していたことに声を荒げた。

「エフェメラル様!!!早く戻って来てください!!奴らが来てっ」

ふわりと浮かぶ身体に、腹元が熱い。
首元の冷たさに、身体がだるくて、思考が止まる。

「…っく、遅かったか」

カランカランと音を鳴らして倒れる身体をそっと抱き上げて起きる者に舌打ちをした。

「その方を此方に戻しなさい。
さすればこの場は何もしないで差し上げましょう。」
「…それは少々出来かねますね。」
「クカテルさん。」
「この方は我々がお預かりいたします。
お兄様はご自身の宇宙へお戻り願えますか?」
「そのようなご命令は受けておりませんので。」

大神官様のご命令だとしても?

そう睨む彼女に対して、ええとコルンは答える。

「我々の大神官様は、貴方が知るものではないのでねっ!!!」
「っ!!」
「流石に鍛錬を怠っているのではっ!?」

杖を使って片腕で守る彼女に追い打ちを入れる。
金色の首輪を持っているとは迂闊だったが、
杖を飛ばすと同時にメルの身体を奪い取り返したコルンは
くたりと力が抜け、目を閉じている子を見て指令を出した。

「額縁よ!華の者連れて舞い戻れ!!!」

その言葉に対して金色に輝く額縁が広がり背後に飛ぶと
させないと言って近づいてくる者の杖が飛ぶ前に消えて居なくなった。


「っコルンさん!!エフェメラル様は、」
「すみませんしくじりました。」
「っ嗚呼、そんな」

金色の首輪を付けられ、眠る様に目を閉じて息をするメルを見て
マルカリータがそっとその身体を優しく抱きしめようとするのに
コルンも視線が落ちる中、大神官の声に視線が変わる。

「コルンさん。よくやりました。」
「っですが…」
「エテルネルさん、コレは取り除き可能ですか?」
「少々時間が掛かりますが。」
「構いません。どちらにせよこの一部分が終わり次第すぐに移動出来ないのでしょう?」
「どういうことですか?」
「この子らの様な子を、何故私ですら認識出来なかったのか。
それは廻廊として回る時間が不定期なのです。」

廻廊として?

「ええ。一度見つけたら集中的に来るのも無理はありません。
ただ今回を生き延びさえすればこっちの者でしょう。」
「そうですね。11番目で生きていたはずの地球はどうやら消滅しているご様子ですし。
逆に言えばどちらに飛ぶか分からないと言う危険さは伴いますが。」
「…なら、ここらで頑張るしかないと。」
「ええ。」

コルンはそっと白い扉の中に入る。
其処には簡易的ではあるものの複数のベットやら
医療室になっていることに自分が来た時と変わったことで声が上がる。

「此処は…」
「我々も流石にずっと見続けるのもあれですからね。
奥にある処から色々拝借してきたんですよ。」
「エフェメラル様が小物好きと言いますか、
こういういざと言う時の為の用意周到さには助かりました。」

あの奥の土地にある広々とした家屋の中は本当に物が豊富で
軽く考えられる全ての用具が揃えられているのではと思える程らしく。

「天使と言えど元は人間からの者ですから。」
「サワアさん」
「分かっています。今調べていますから少々お待ちください。」

そう言ってメルの身体に触れ探りを入れるサワアに
メルが唸り声を上げる。

『っ、さわ』
「大丈夫です。その首輪を外して差し上げますから。」
『だ、めっ、あなっ、たま、で』
「エテルネル」
「分かってます。つなぎを。」

そう言ってサワアが彼の手を取り、そのままエテルネルが首輪に触れると
バチンと言った音と共にメルの首が締まることでメルが悲鳴を上げる。

足が上がるのを抑える周りに、胸から膨らむ気を見て堪えろと声が上がる。

「お前は見たいんだろ!!こいつらと!!一緒に笑って居続けたいんだろ!!!」
「エテルネル様…」
「なら耐えろ!!もう、もう終わる!!!」

ただでさえ感情の起伏が無くなっていた状態で
加えてその精神を抉られ、気を飽和させてしまえば
命の危険性が高まることくらい彼等も分かっていた。

「…っ!!メル!!!」

トクトクと鳴る音が少し弱まる感じがしてサワアが声を上げた。
握った手が温かいのが救いなのか、それとも。

息をして、空を見上げているメルが口を開けた。


あおい


その言葉に、上を見上げる周りの目に広がるのは、
何処までも澄み渡った青空。
此処は部屋の中だ。精神世界にはない。それどころか。

「っな!?」
「魚?」
「何が…起きているのですか」
「エフェメラル。お前は暗闇ばかりを望めばいい。」
「エテルネル、様?」
「僕を見て。僕だけを感じて。この子を覚えていて。」

僕は君を抱きしめてやれない。でも、この子なら君を抱きしめてやれる。

そう言う彼に、メルがサワアとか細い声を上げる。



『ず、っと』



「駄目だ、駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ!!!!」
「…っ!!」
「エフェメラル様!!駄目っ、」
「目を開けて下さい!!」

そう叫ぶ周りを、アルカネットは呆然と見つめていた。
一体何が起きているのだろうか。

「華樹神はその身に余る力を抑える為に金の首輪と銀の首輪で制御させることが出来ます。」
「…それって、あれですよね?」
「ええ。銀の首輪はその力を半減させ外に出す力を抑え付けるもの。
金の首輪はそれ以上の効果を持ち、身に余る力をそもそも飽和させるものです。」
「飽和?」
「無理矢理放出させて気を練らないようにするんですよ。」

それはつまり、そう青ざめるアルカネットが前を向いて走ろうとした時だった。
嫌だ、嫌ですと泣き声が上がることに、胸がひやりとする。

「気は精神性のモノも含まれます。華樹神らが扱うものは全て感情によるもの。」
「…でも、感情が、こわれ」
「ええ。その為気を練ること自体ままならない状態で、
飽和させてしまえばどうなると思いますか?」
「……っやだ」

私まだ、貴方に何もしてやれてない。

そう言って駆け寄ったアルカネットの目には、
目を閉じて眠るメルが移っていた。

「私まだ、まだ貴方が見てきた旅の中を見れてない…!!」
「アルカネット様…」
「ねぇ、私菫のお話まだ聞いてないの、つたばってお花の名前知らないし」
「…お待ちください。今、ツタバって仰いました?」
「え?ええ…菫ってお花に近いって」

口を開けたコルンが固まる。

「ツタバウンランという花があります。」
「その花は?」
「サラダやスープ等に使用されたりしているもので
その小さく儚げな花と紫色の細長い茎が這うように
伸びる様子から、花言葉が付けられています。」

花言葉は


「「儚い夢」「遠い夢」…遠い夢とは食用で
飢えを凌ぐ為の夢という意味が由来とされる説もあります。」
「いや」
「アルカネット、様?」
「貴方に会えて、嬉しかったのでしょうね。」

心の底から。何よりも。

「まるで最後のエンドロールに向かい走る
かつての時間に戻ったかのように感じれて。
過去になってしまった遠い時間が、夢のようにも」
「ねぇ、華神って、お花を咲かせる神様なんだよね?」
「え?ええ…」
「お花の名前をした神様だって、いるんでしょう?」

それは、

「ねぇ、だったら私の花言葉ってなんなの…!?
教えて!!教えてよ、ねぇ!!!」
「っアルカネット様、落ち着いて…!!」
「このままじゃエフェメラル死んじゃう!!」
「死にませんよ。」
「え?」
「死ねないのです。今は仮死状態と言うべきでしょうが
…この首輪が取れない以上は、もう。」
「なにそれ、死んだも同じじゃん…」

動けないで、ただ眠り続けるだけ。
それは死んだも同然だと彼女は言う。

「ねぇ、神様なら何とかしてよ。」
「…」
「助けてやってよ、ねぇ!!!」
「これ以上触れるとこの子の身が持ちません。」

残念ですがそういう大神官に嫌だと
ボロボロ涙を流して否定するアルカネットに
声を上げようとした口が開いたまま、声が出ないで止まる。

彼女の心から、気が昂り始めたのだ。

一度も使ったことのない、気が、
今この瞬間から、芽生えはじめ、
その威力が徐々に大きくなりつつある。


「っな」
「どうして?人でないといけないの?
天使じゃないと、出来ないことなの?」
「アルカネット様、駄目ですおやめください…!!」
「なんでこの子じゃないといけないの?
頑張らないと、一緒に笑えないって、
どうして、どうしてそんな酷いことをするの…!?」

廻る。廻り巡って、春に咲く。
ソレは菫の様に、春の間だけ、花を開く。

なら、貴方は春の子ではないの?
ならいつ咲くの?いつなら良いの?
一体何時になれば、この子は笑って普通に生きていられるの?

「そんな普通を望んで天使で居なければいけないなら
いっそのこと人間で居た方がいい。」
「…アルカネット様?お待ちなさい、何を」

声が聞こえる。あたたかい、優しい声の響きに胸に手を当てて。

「華よ神よ、願いを継げよ。代償与えて、お願い。聞いて。」
「…っ駄目です!!おやめなさい!!アルカネット様!!!!」
「”この子をにっ”」
「コニックさん!!!」
「すみません、アルカネット様。どうかこの無礼、お許しを。」

意識を飛ばさせぱたりと倒れた彼女を抱き留めた
コニックに一同がほっと安堵する。

「この状態で人間にさせたらそれこそ終いですからね。」
「ええ、仰る通りです。この子が生きたいというなら
尚の事力は温存して頂きたいもの。」
「それにしても不思議ですよね、
華神ら華に願いを受け継ぐ者の願いは
基本的に無効化されているのでは…」
「その理を、彼女が覆しているんですよ。」
「この子が?」

ええ、そういうチェレステにコニックが顔を向ける。

「本来であれば華樹神はどんなことだろうが
幾らでも願いが叶う者達でしたからね。
途中から誓約を掛け、維持していたのが
この子で元に戻ってしまっている。」
「…まさか、黒幕はその誓約を掛けたお方だと…?!!?」
「それなら心当たりがありますね。」

ですが、あの方がするとは到底思えません。

「深い事情があるんでしょうね。
狂い咲きだけで留まらず、
原初の時間まで戻って来ておいでなんですからね。」
「…エフェメラル」
「今はそっとしておいて差し上げましょう。
幸いなことに一度廻廊が廻り始めれば最後までかけ走ることになります。」

この間のみならば、
時間が掛かろうとも自然回復は発動するはず。
自然回復?

「廻廊内であれば気を元に戻せるように
回復する装置が付け加えられているのですよ。
ま、と言ってもそれはあくまで本来の目的とは少々異なりますが。」
「本来の?一体どういう…」
「チェレステ」
「分かっていますよ。こんな可愛らしい子がずっと手を取って傍に居てくれたんです。」

我々二人でも覆せるというもの。やりますよ。
御意。

そう言った二人が構えた。