君のいない世界は
触れていた手の感覚が頭から離れない。
あの姿、あの目、あの手が、何度も布越しから見てきた時間と
色褪せた過去の時間が鮮明に色をジワリと滲ませていく。
手が触れた。此処にある。生きている。
もう、それだけで、もう、もう。
もう、満たされる程には嬉しくて堪らなくて。
嗚呼好きなんだ。大好きで、大好きで仕方がないのだ。
消滅していない。死んでいない。
生きて、誰かに仕えていてくれている。
だって此処に生きているのだ。目を覚ましている。
ただ、其処に眠っているだけではない。
真っ暗闇の中で、目を閉じている天使ではないのだ。
それが分かっただけでも、ソレだけでも良かった。
遠くから見つめていただけでも良かった。
もう、それだけで、いい。
もう、もう、いいの。
暗闇の中で、すやりと眠ってくれる、
貴方を見つめる時間だけで。
それだけで、良かったのに。
良かった、はずだというのに。
『(嗚呼、うれしい。嬉しいって言うんだよね?
きっと。嬉しいって、こんな気持ちなんだね?)』
「…、エフェメラルっ」
『(胸のところが、何かでめいっぱいに埋め尽くされて。
理由も何も、分からないものに満たされている。
それ以外なんて、もう、要らなくなってしまう。)』
そんな感じ。
「っふ、っうう、メル、めるっ」
「うん、そう…そうだよ。エフェメラル。」
これが、嬉しいって気持ちだったんだね。
そう笑うメルに、フェルが抱き着いてきたので
メルはそっと背中をさすってやる。
ねぇ、もう、大丈夫になったんだよ。
したくないけど、傍に居なくてよくなった。
例え、私が心から望んでいたとしても。
沢山泣いてくれたから、泣き方が分かったの。
沢山笑ってくれたから、笑い方が分かったの。
沢山怒ってくれたから、怒り方が分かったの。
ねぇ、こるん。
例え私が、喜べなくとも。
貴方が沢山、教えてくれたから。
だからね、分かったんだ。
ねぇ、なのに、貴方は此処に居ないのね。
酷い人。酷い天使。
狡い、狡過ぎるよ。
まだ弟子は未発達なの。
羽ばたくには、程遠いの。
未完成で、貴方が居ないと、成し遂げれないの。
ねぇ、何処にいるの?分かっている此処に居るの。
でも、此処じゃ嫌なの。
ねぇ、コルン。
私が、最初で最後に認めた、
華樹の樹に立ち、ワンワンと泣くフェルに、
メルは静かに涙を流し、
ぐずりながらもテレパシーで答える。
『(嗚呼、ねぇ、やっと、会えたんだよ?
…やっと、会えたの。布越しではない、現実で。
暗闇ではない、光のある場所で。あの人に。)』
会えて、触れてくれた、そんな一瞬。
その時間がずっと、瞼の裏から離れられない。
綺麗な紫色の瞳が、こっちを見て、
少し申し訳なさそうに笑っていた。
そんな顔をさせたくなかったのに。
それでも、それでもいい。
貴方が、貴方達が、私を、みて、くれた。
それだけでもう、私は充分だというのに。
それでも、話をしてみたいと思ってしまう、
この私を…どうか、許して欲しいと思う。
「っよかった、ね。よかっ、っふ」
『(よかった、って、こういう気持ちだったんだね?
満たされた後に、想像よりも良い状態だったって。)』
「そうだよ、そう…そうなんだよ?」
本当に良かったと泣き続けるフェルに、
メルは嬉しそうに笑って見せる。
きっとこの笑いは、本物なんだろう。
だって彼女らに笑って欲しくて
取り繕ったものではないから。
自然と、つい、顔がほころんでしまった。
これこそが、笑顔、というものなのだろうから。
「まさか体調が優れないまま
来られているとは思いませんでした。」
『(体調自体は良いんですよ?
体調自体はすこぶる元気です。)』
「精神的な面も含めて体調管理というのですよ。エフェメラルさん。」
『(うぇ????私それ未だにぜっ不調では?)』
「まぁ…ですが、本当に良い兆候を
見せて頂きましてありがとうございます。」
この度は、私の子供が
不躾なことをしてしまい申し訳ありません。
そう謝る大神官にメルはそんなことないと答えた。
『(あの人が私の臆病な布を取ってくれたことが、
私は何よりも、嬉しいから。
あの場所よりも、嬉しいって思えたから。)』
だからいいのだ。
彼らも、きっと、喜んでくれることだろう。
温かな陽だまりの中で、生きることを、
何よりも望んでくれているのだから。
…寧ろこっちの方が不躾なことをしていたと思う。
そりゃあコソコソ隠れてやっていたのだから、
正体を暴きたくもなるだろうし、
もう少し彼らに教えてやれば
彼等なりに配慮もしてくれるだろうに。
其処ら辺を見ていなかった
こっちの落ち度もあるというものだ。
「…そう言って頂けると助かります。」
『(だから怒らないであげて?
出来ればまた、会えるようにしてほしい。)』
「此方に来て、と?」
『(うん。その時は、あの二人も一緒に。)』
「…分かりました。三人程連れて来て差し上げましょう。」
それまでに泣き虫は直してもらわねばね?
うう、それは難しい。
『(きっと夏に入っても泣いちゃうから)』
「ふふ、それは困りますね。
こっちも移っちゃいますから。」
「へーーーーなくんだ」
「なんです?泣いたらいけないと?」
「いや、意外だなって思いまして。」
「まぁ人間ではありませんし、ましてや人間の情等
こういう立ち位置であれば尚更ない方が良いですからね。」
そんな話はさておいて。
「また気分が良い時にお越しください。
何かあれば此方からもご連絡差し上げますので。」
『(うん。またね、スピス。)』
「ええ、また。」
そう手を振ったメルに、大神官は
クスリと笑って手を振り返してやる。
ニコリと笑いながら、涙を零して
消えた彼女を見送った後、
そっと手を降ろした。
「…まさかあれ程変化するとは。
流石と言うべきかなんといいますか。
いやはや…ほんっと、サワアさんには
勝てませんねぇ。勝てる気がしませんよ。」
あとコルンさんが浮上してきたのは意外過ぎましたね。
あの子一体どういう手口を使って貶めたのでしょうか。
ちょっと戻ってきたら色々問い詰めないといけませんね。
全く、彼女を誑しめるなんて、酷い子達です。
…勝ち目がないとは、このことを言うのだろう。
「はぁ…あの二人がかりですら
戦いでは勝てるのですがねぇ〜〜。
…こればかりは彼らの力ありきでしょう。」
あんなにもドス黒い気を、力を持っていたというのに
彼が布を持って剥がした後の変化ときたら、
彼女が灯した顔と言ったら、なんということか。
ボロボロと涙を流しながらも、その目に映る青は、
何時か在った時の青にそっくりそのままで。
もう驚いて驚いて、息子がいる目の前で
彼女は取り繕う暇すら与えさせなかったのだ。
どれだけの月日を廻らせようとしても、
彼らが、サワアだけでなくコルンもが、
自ら彼女の、メルの手を取ろうと
動いたことこそ、心を大きく動かせたというもので。
其処に二人が居たからこそ、
彼女が、目を覚ましたというようなもので。
「嗚呼もうほんっっと、勝てませんねぇ…」
やはり彼の妻、ともいうべきでしょうかね。
しかもコルンさんに至っては最早
師匠どころか、色々飛び越えて崇拝している域ですよ。
あーーんな嬉しそうに笑って見せて来ちゃってからに。
自分の後ろにいる、あの子の姿を映したからこそ、
彼女は幸せそうな顔で、笑えたのだろう。
「ああでも、ほんと、良かった。」
貴方のそんな顔を見れて。
まだ、見られる、お許しが在れて。
泣いていても、怖くなっても、
それでも、笑っていた顔は
何時か遠い時間に壊れてしまった
あの日よりも前に見た顔とそっくりで。
「まったくもう、これから忙しくさせるとは
…ほんと、狡いお人だ。」
これからが楽しみになってしまう。
大神官はこれから待ち受けている
ことに笑みを零し、歩みを進めた。
ふと、陽だまりに悲鳴が上がる声が聞こえてくるのだ。
きゃっきゃと、笑って、空を駆け、地面を飛び。
目を輝かせて、青い瞳を灯して、この地を騒がせてくれる。
そんな子が、見えた気がしたのだから。
++++++++++
一方その頃。メルはというと
「あーーーー成程了解。まーとりあえず、だ。」
野郎殺しに行くか。
「待て待て待て待て」
「そんなことしたらメルが貴方を殺すわよ。」
『(わかってんじゃん。殺す。)』
「おっっそろしい殺意を向けるな殺意を!!!!」
「全員集結しちゃうから」
そう言う前に集結してるけどな。
そう言った声が空から聞こえたことに
フェルが反応した。
「アンダルシア様!!!皆さん!!!」
「外からとんでもない気を察知してな。
エフェメラル、お主華の力を使っただろう?」
『(つかった)』
「…まさか此処まで回復するとは、
まさに愛の力と言うべきか?」
『あ゛!!?っげほっごほっ』
「嗚呼これ、練習しているからと言っても
本調子じゃないんだから急に叫べば
咳き込むことくらい分かっておるだろうに。」
さするアンダルシアに、ごめんとメルはこくりと頷く。
「それにしても、行き来で
仰天する勢いの変化してきたね。」
「もう例えていうなら
アウストラロピテクスから
現代人に変わったくらいだよ。」
「えげつないくらいに意味わからん
例えをするんじゃないよ。」
そう言って突っ込んだ
ボールパークの言葉に皆して笑った。
「あ〜おかし。ほんと、おかしいよ。」
「アマレット…」
「ねぇ、エフェメラル。貴方はどうしたい?」
これから、どんな場所に、生きていきたい?
アマレットはメルの手を取り、
ちらりと目を見つめて来てくれて。
その目を見て、あのねとテレパシーで答える。
『(彼等の姿を、もう少し。
もう少しだけ、見ていたいの。)』
「…それだけでいいの?」
…うん。それだけでいい。
それだけでなくともいいのです。
そんな声が聞こえるけど、いいの。
今は、それだけで、いいのだから。
『(寧ろそれだけで良くないといけないから)』
「エフェメラル……」
『(理は廻る。3つは選ばれたから。)』
もう、彼等の傍から離れる丁度いい機会なのだ。
『(エテルネルとチェレステは?)』
「…準備は出来ているよ。
後はその中の二人が良しとするかどうかだ。」
「でも、本当に良いの?エフェメラル。
このままいけば貴方は本当に
誰にも会わないことになってしまうわよ?」
いいよ。もう、いいの。
とは言っても、この真っ暗闇の中で
眠り続ける天使達が良しと言わないのだけれども。
それでもいい。どうか、それで。いいのだ。
『(奴も言ってただろう?
コレは素晴らしいものだと。
永遠に回せる程の威力を持っていると。)』
「…それはそうかもしれないけど。」
「心がどうかって言っているんだよ。エフェメラル。」
皆、お前の心に聞いているんだ。
そう言うティーナに、メルはいいよと答える。
「いや、それは嫌だって言うんだ。」
『(決めつけは良くないよ?)』
「こんなの決めつけでもなんともない。
ならその暗闇とやらの中で眠っている
天使全員から許可取れるか?」
『(…とれない)』
「それなら駄目だ。それに二人は良いというのか?」
『(……言ってはいないけど、仮に肉体を維持する
練習はしたいって、チェレステは言ってた。)』
「なら試験的に試用してみるのは?」
「…じゃあ早速だが、ついてこい。」
「えっ!?リサ正気?!!?」
「二人が良いと言ってるんだ。
やらせておいた方が良いだろうし…まぁ、それに
あの天使らとご対面する予約まで取られてしまっては、ね?」
「嗚呼一人で行かせると。」
馬鹿だねーーという者に、なんだなんだとわちゃわちゃ騒ぐ周りに
メルは首を横に振るって嫌がる素振りを見せる。
「こらこら、主が嫌がってますよ〜お静かに。」
「「「「は〜〜〜い」」」」
「そう言う処は一致するんだな、お前ら。」
ケタケタと笑った後、すんと静かになった辺りでアルトリアの声が響く。
「じゃあそういう訳で、殆どの者達は定位置についておくこと。
中央部には今回してるメンバーと、リサ、アンダルシア、
クノフィリス、フィズが残るだけで解散しましょう。」
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それから、メルが寝に入った後のこと。
軽い作戦会議をとリサ、アンダルシア
クノフィリス、フィズが席に付いて話をし始めた。
「にしてもとんでもねぇよな。」
「何がです?」
「だってまさか…天使が全員ぶち込まれてるとは。」
「ちょ、言い方…!!!」
「ですが割とこれは転機なのでは?」
「どういうことだ?」
「何度も眠っては起きてを繰り返している
と彼女は言っていましたし…」
まさか
「メルが奴らを記憶ごと綺麗に切り離し
自分の中に取り込んでいるだけだとでもいうのか?」
「現に停止している回数から、
彼女の中にある書物を聞いて
全部ぶち当たってるんですよ。」
それも時期まで。その見解は如何お答えに?
う、うぐっ。
彼女の肉体から離れがたいのは皆も同じ意見だろう。
ミラらもエフェメラルの魂に
くっついてきていたからこそ分かっているが、
彼女の中は綺麗な花畑で埋め尽くされ、
心穏やかな居場所が形成されていた。
そんな場所が変わり、今では暗闇でしかない状態で、
外に出れるかと言われると、少々考えこんでしまう。
もし自分が出たことにより、
彼女が変わってしまったらと思うと、
動けなくなるものなのだ。
加えてしかも、それが一人だけの世界ではない。
暗闇の中に天使全員が生き残っているというのだ。
それも記憶を保持した状態で、だ。
「ま、まぁまぁ。…でももし正しければ
彼女を暗闇の中に移動させた方がまだマシでは?」
「メルは言っていたでしょう?これ以外機会がないと。」
それはつまり、暗闇の方に身を置けば、どうなるか。
「この世界には二度とあの子が
帰ることはないということよ。」
「っ!!!」
「そーれを分かっているのか
いないのかは知らないけどねぇ?
でもあの表情を察するに、恐らく
あの時の彼らならば答えは同じでしょうね。」
こんな場所で、寝ていてはいけないのですよ。
貴方は日向で、笑っていなければ、いけない。
「酷い殺し文句だよね。辛かったら帰って来いっていう癖して
もし出て行くなら置いて忘れて出て行けっていうんだから。」
「全くですよ。帰ってきたらとっちめてやらねば。」
「程々にしないとまたメルの旦那から怒られるぞ。」
「だっばっしないわ!!!!」
そう叫んで机を叩くアンダルシアに
煩いとフェルに一叱り入れられしょげる。
…流石に原初で天下の華神様であったお人も
孫の位置に言われるのは応えるらしい。
「ああ……ま、まぁ、とりあえずどうする?
一応会合に参加は強制じゃないし出さないって手も」
「出させるよ」
「…アルトリア、お前。」
「あの子がそう言うならば…あの人達がそう、望むならば。」
一度だけでも、その陽だまりに触れてしまえばいい。
「そうして、もし、もしももう一度、辛くてどうしようもないならば、
また暗闇の中に引きずり落として貰いましょう。」
「それはつまり、事実上の損失じゃ」
「もとは華樹。もう世代はとうの昔に交代して居る。」
「たとえ全王様がお望みでなくともね。」
「アルトリア」
お前何処まで知っているんだ。
そう言った彼女の言葉にソレは秘密ですと答えたのだった。
++++++++++
「バイタル良好。概ね問題なしだ。声は出せるか?
エテルネル、そしてチェレステよ。」
「…あーあーーーあ〜〜〜あああああ…いけるな。」
「あーっ、あーーああ?ああ、ああ???」
「いけてそうだな。」
「ほんとお前の外科手術というかなんというか、凄い腕だな。」
そう褒めるアンダルシアに
それはどうもとリサが自慢げに鼻を鳴らした。
「これでもエフェメラルのことも
ちゃっかり面倒みちゃってますからね…!」
「あ〜そんな日もあったな。」
「随分と、昔の話だがな。」
「そういやカランコエってどっちなの?」
「チェレステの方だよ。」
そう言うエテルネルにへーと声が上がっている中、
別の話題に切り替わっていくのを
ぼけっとメルは見つめ続けていた。
何時も以上に心が此処にあらず、という姿をみて
エテルネル達が其処ら辺をフォローしていたのだな。
と、ティーナはメルを見つつ思った。
「…どうだ?一人になった気分は。」
『(非常に快適。このままずっと外に居ててよ二人共。)』
「流石にそれはどうかなぁ〜〜〜」
「お前放置すると何しでかすか
分かったもんじゃないからな。」
『(わあ)』
「ま、明日には大神官の元にでも行って、
お披露目会としたらいいさ。」
「えっ、明日に!?!?」
「一応許可は取ってある。」
そう何時の間にメルから奪ったのか知らないが、
エテルネルがちらりと杖を見せつけてきたのに
ティーナらがメルの元をみては彼の方を何度も見返した。
「嘘!?!!?いつ?!?!?!」
「ついさっき。なんなら是非とも
って言われたくらいだぞ。」
「うわ〜〜〜二日連続は流石にしたこと無いな。」
「泣いたばっかりだし、調子も悪いからねぇ。」
『(…元々調子はいいんだよ?
あの人が特別なだけだから。)』
別に遠くから見ている分には
痛みなんて其処迄強くならない。
こっちを見て、触れて、
想いを共有するとかになってくると、
少々話が変わってくることではあるのだが。
…それに、
『(それに長い年月が経っているんだし、
彼等も漸く謎が解けて楽になれるだろう。
今日は早めに寝て、明日に備えておくよ。)』
早くご飯を食べて、お風呂も入って。
そうテレパシーで伝えるメルが
部屋を後にした後、ティーナは
それでも、と声を出した。
「それでもお前は、一言も。
…どうか思い出して欲しいって
言葉にすらしないんだな。」
「ティーナ…」
「あいつの名前を呼んでしまえば、
気付いてしまってはこっちが困るからと。」
「そんなことは在り得ない話だがな。」
「エテルネル」
「あの術は完璧も完璧。何せ僕の力とチェレステと
エフェメラルの三人で組み合わせたものだからな。」
「あれくらいの天使らごときで
解けるものじゃないよ。」
まぁ、といっても?時間経過で解ける
可能性は充分にあるだろうけどね。
「それでも100億年に一度は更新させているし、
今回も一応特定の位置に放置してきたから
いやまぁ、一応、うん。いける、とは、思うんだが…」
まぁそれも含めて、明日辺りに予定を組み合わせるとしよう。