君の声を聞くための耳
その先に居たのは、
「っお兄様…!!」
「此方におられましたか。」
『…っ』
「先程のは、此方に眠っていた記憶の欠片でしょうね。」
コルンが片手に出したのは青い花弁。
その花にメルがコニックの手から離れ
急いで走ってコルンの手にしがみついた。
流石にその勢いで来るとは思っておらず、
コルンも驚き軽く数歩引いたが、
それよりももっと驚くことが起きた。
「っな!!!」
『…おはな。』
メルの手に触れるとその花は光り輝きだしたではないか。
周りの景色が変わって行く。
正確には、周りに今現在居ないであろう者達が姿を現したのだ。
ーもう、本の虫になるどころか本になりかねないですよ。
ーだってこれ滅茶苦茶面白いんだよ?サワアも読んでみる?
ーそもそも私その本読めないって前にもお教えしましたよね?
「っこ、れは」
「華の記憶ですよ。」
「っお父様!!!」
「まさか力が華の方にあるとは驚きましたが。」
ーえっ読めないの!!!これを!??!?!
ー…馬鹿にしていらっしゃるということがよぉ〜〜〜〜くわかりましたので、本日のメニューを変えることに致しましょう。
ーあっあっあっあっごめんて〜〜〜ゆるして?
ー駄目に決まってるでしょうが。
えーん!!!どうしてーーーー!!!
ご自身の胸に聞いて下さい。
…駄目だって。
……あのねぇ。
そう砕けて話すサワアに、ぼけっと突っ立って見ているメルから
「っ!!!」
「懐かしいですか?」
『…たぶ、ん?わかんない。わかんないんです。』
でも、なんでだろう。
『此処が苦しいんです。わからない。わからないのに。』
涙が止まらない。前が見えないのに、声が聞こえて首を横に振るった。
胸に青い花の花弁を押し付ける様に手を置いた。
ーじゃあ教えたら読んでくれる?
ー教えてくれるのですか?
ーうん。一部分だけでも。
そう言って彼女がこれはねと指を指して言うのだ。
物語のお話で、その主人公は田舎から上京し、仕事についていたが
あることがきっかけで都から消えて居なくなってしまうもの。
ー今ね、その主人公が都から離れようとしてる瞬間が書かれてる処読んでたの。
ークライマックスもいい処ではないですか。それは失礼。
ー嗚呼いいよいいよ!
ーどう書かれているんですか?
ええ、文章そのまま読むの?
駄目ですか?
ー別にいいけど…最初から読んだ方がいいんじゃない?
ーそれもまたいいですが、途中からというのもいいのでは?
ーどうして?
ー一緒の時を、過ごしている気がして。
そう言えば彼女の顔が真っ赤に変化する。
愛らしそうにクスクスと笑いつつ、此処ですか?とサワアが指を指す。
このまま夜明けになる前に此処から去らねばならない。
荷物は既に纏めて次のアパートに纏めてあるし、
これから次の仕事を探しにもいかねばならない。
今日じゃなくてもいいのだけれども、
そうやって思っていないと、そう思って居れば
ふと見上げた場所に、視界が歪んで見えなくなる。
嗚呼泣いているのだと、この時初めて自分の感情に気が付いた。
どうしてこうも気付く時は決まりきって終わる瞬間ばかりなのだろうか。
あの場所にもっともっと居たかったし、仕事もしたかった。
好きなことが沢山詰まり過ぎて、
こんな精神的な感情論で手放すだなんて嫌なのに。
それでも、決めたことなのだから、仕方がない。
自分で決意したのを今更曲げて
はい戻りますでは社会人としても、
人としても道理がひん曲がり過ぎていると思うから。
それに、あの人はきっと、この想いに気付かない。
泣いた涙が頬を伝ってぽちゃりと音を立てて川に落ちる。
静まり切った朝方の都会はとてもじゃないが異質にも感じれて。
まるで自分が別世界に飛ばされたかのような気分にもさせてくれる。
それだったらよかったのに。そうしたら、元の場所に戻って
いつも通りに仕事をして、いつも通りに貴方に会って、
触れて笑って日々を過ごせれたら良かったというのに。
この想いはやがて海に流れ着いてしまう。
そうしたら色んな感情が乗った記憶の一部に溶け切ってしまって。
貴方が私を見つけてくれることなんて、なくなってしまう。
嗚呼馬鹿な子だ。最初から見つけてくれると誰が思っていたのだろうか?
だって彼はもう、私を見てくれることは二度とないというのに。
「…いこう。」
そう酷いくらいに嫌そうな歯切れの悪い言葉が自分の声から出てきた。
水が流れ続けるように、時間もまた、留まることなく流れ続ける。
かつての時間は、想い出は。
海の波に呑まれ深く沈み、やがて淘汰されて無くなってしまう。
いや、既にもう、何も残っていないのかもしれない。
そうして、時間が過ぎ去れば過ぎ去る程、
彼の中に居る私という存在もまた、
想い出から消え、無くなってしまうのだろう。
自分の存在が、かつて愛していた貴方の記憶から消え去ってしまう。
この朝焼けに光っている川の先とは反対方向に歩いていく。
足取りは重いが、仕方がない。仕方がないと
言い聞かせれば言い聞かせる程痛みが増していく。
このまま落っこちてしまえたら、どれ程良いだろうか。
何処かの知らない不思議な国へと迷い込んで、
今までの事が無くなって元通りになってしまえば、どれ程良かっただろうか。
そんなことないのに、出来ない癖して、
未だにくすぶって言うのだ。
まだ恋しい、まだ好きだ。まだ会いたい。
そう言い続けるこの感情が嫌になってくる。
「さようなら、また、いつか、会えるならば。」
その日はまた「初めまして」なんて言えたらいいね。
きっと、そんな日は二度と来ないというのに。
嗚呼でももし、もしもあるとすれば、二択になっている。
夢の中か、それか
「白昼夢に微睡んで。」
なんて、浅はかだなと思った自分に鼻で笑ってしまう。
川には白い花が流れていくのが見えた。
今季節は6月で、もう桜のシーズンでは無い筈なのに。
ひらりと最後の葉が落ちていったのだろう。
夏になっても咲き続けてしまう遅れ咲きのことを
確か余花という言葉を付けていた気がする。
今の私にピッタリではないのだろうか、
なんてそんなことはないと自分で言って自分で否定する。
嗚呼空が青い。何処までも、私を包み込んでくれる気がして。
ーおしまい。
ーえっ此処で終わりなんですか?
ーだからクライマックスって言ってたでしょ?
ーいや私は言いましたがだとしても最後の方って分厚いんですが。
ーにゅるふふふふふ。実は都から出た彼女が次のシーズン入るんだなあ!
でも最後の方はまた今度読むことにするよ。
おや、それでは休憩を?
ーうん。サワアが来てくれたし、別のことしようかなって。
ー私もニホンゴとやらを勉強しましょうかね。
ーえ。どうして。あんなにしなさそうにしてたのに。
ーこういった物語本は読みませんが、結構珍しいんですよ?
えっそうなの?
ええ。
ー下界に行けばそりゃあ色んな物語本が読めますが、貴方が居た世界の物語本は実に奥が深そうで興味が湧きましたので。
ーえっあの一部分だけで?
ー結構裏設定もあるんじゃないんですかね。本は一部分一行読ませただけで作者の技量が推し量れるといいますし。
ー聞いたことないんですが。
ー貴方の知識と私の知識を一緒にしないで下さい。
ーさらっと酷いこというね????
でも
ーこの本の題名はえらく短いですね?
ーそう。だから覚えやすいんだよね。
ー…ひょっとしてご自身になり切ってます?
ーちっちがうけど!??!?!?!
まぁ貴方らしいっちゃ貴方らしいですけどね。
ー私は貴方を忘れたりしませんよ。
ー…そりゃどーだか?
ーほぉ?この私が、数億年以上も待って忘れていないというのに、一体どうしてそう言い切れるんでしょうかねぇ???
ーひえっ
ーそれで、私に何を教えてくれるんですか。
嗚呼そうそう。
ーこの本の題名。これね『都落ち』って読むんだよ。
こっちが都って字をかくの。
ほう
ー都から落ちていないですけど、落ちることはあるんですか?
ーそれは全て読んでからのおたのしみってやつだね!!でも表現なだけで実際落ちていないと思うよ。
ーおや、そうなんですか?
ーうん。きっとね。都落ちは自分の感情が愛する人の中から落っこちて無くなってしまうことを言ってるんだよ。
ーそれはまた可愛らしい考察なことで。
ーうう。馬鹿にしてる。
ーふふ。お返しですよ。
先程のというサワアに彼女がポコスカと
殴っているのにはメルもクスクスと笑いだした。
「…本当に仲が宜しかったんですね、お二方は。」
「だそうですね。あれ程仲睦まじい姿を見れれば
彼女にああいったものを渡しているのも頷けます。」
ああいったもの。それはメルがこの世界に落っこちて来た時の話しだ。
サワアの気を練りに練ったお手製の黄色い少し古びたタオルケット。
それはサワア本人も焦り困惑するくらいの代物だったのだ。
笑い合って本の読み聞かせをする程の仲ならば、それは。
「エフェメラルさん。」
『ぐずっ……ん。』
「色々協議を重ねた結果、貴方をこの世界に迎え入れることに致しました。」
「っそれってまさか!!!!」
「この地にその根を降ろして頂けないでしょうか。」
それは、もう、何処にも行かないということであって。
でも、そんなこと、出来る訳がなくて。
『…嬉しいお誘いですが、もう少し、考えさせていただけませんか?』
「っ」
「わかりました。我々は何時でもお待ちしておりますので。」
『はい。ごめんなさい、変な処見せちゃって。』
「いえいえ。それにしてもサワアさんとはどういったご関係で?」
『あう…ええええとそそそそっそそれはそのですね』
あからさまに慌てふためく彼女に、冗談ですよと大神官が答える。
「彼は勿論のこと、我々も貴方の事を知りません。」
『…そう、ですよね。』
「ですが、色々不思議なことが起きているんですよ。」
『え?』
「此方に残されているこの資料。お見えになりました?」
そう言ってふわりと浮かび辿り着いた場所は
先程コニックが驚いていた場所だった。
本を手に取って驚いたことをコニックを通じて
メルが話せばそうでしょうねと大神官から答えが帰って来る。
「何故なら此処にある資料は全て。
この世界の資料と一致しているのですから。」
「…どういうことですか。」
「そのままの通りですよ。」
「この場所はこの世界が溶け切る前の代からあったということですか?」
そして、その溶け切った後も、同じ運命をたどっていると。
えっ!?!?!?
「ええ。」
「だとしても幾つか変わっていることがあるはずです。」
「そうですね。流石にかなり細かくすれば多少の誤差はありますよ。」
例えば…貴方がコルンさんの名付け親になっていない、とかね。
っえ
「貴方、そんなことを?」
『うっ…流石にあの時は覚えてたからって
ちょおおおっとまったああああ!!!!
大神官様?!貴方いつ記憶読んだんですか?!?!
ちょっといつどこで世界が何周したところで!?!??』
「ふふ、さあ?いつでしょうね。」
あとそんな何度も周回されたらこっちも大変ですよ。
あっそれもそうですね?
『でも私お願い事一つ叶えてやるくらいしかできないはずなんですが。』
「…そうなんですか?」
『え?』
「お聞きした話では何度でも叶えられるという話を聞いていますが。」
それも対価は知識を頂くだけで。
えっまじ?????
『(待て私の知っている華樹神は華樹に近しい者は原則願いが叶えられ無い筈。
もしも仮に出来たとしても必ず代償が伴ってくるはずであってだな。)』
華神らが願いを捧げるのは華樹の中に力を渡す為。
そしてその力を束ねるのが華樹神であり、
廻り巡らせ、力を均等に注いでいる筈であって。
でも華神らはすぐに息絶える。
だから別の力をと作り変えたのが今のシステムだったはずだ。
確かに大昔、この世界が3つに分断される更にその前の時間では
どんな願いも幾らでも叶えられる無制限があったとは聞いている。
だがそれはあくまでも溶け切る前の世界であり、一つに戻った時、どういう形に持って行かれたかが分からない。
『…あのーつかぬ事をお聞きしますが。』
「なんです?」
『この世界の仕組みについて簡単に説明がお聞きしたいんですよ。
私が知っているのは大昔この世界は元々中央に一つだけあって。』
それも最初は海一つだけだったと聞いている。
其処から何かが産まれ、樹が育ち、人が降り立った。
その人は子を産み、それは後に全王様に続き大神官や天使らになる者だったとされている。
対して樹木は葉から人を創り、作った人間は翼が生えていたり動物だったりと
割と色んな種族が混合され、その土地は黄金の草木に変えられ世界は平穏だった。
だがある日を境に争いが産まれ、その土地は天海とし
その下に土地を作り、落とされたのは人間やらの輪を持たない種族だけ。
だけとは言っても殆どの種族は下に落とされ、生活をしていた。
輪を持つ者が下に降り、輪の無い人ですら成れない魔の者に現を抜かし
なんなら子まで成してしまって周りがざわついているところ
子を斬りだし引きずり降ろされた女は魔の者と共に天海に戻る。
そしてそこで罰を与えられる。その罰こそ、華樹神の位置になるというもの。
天海にも戻れずに、地にも触れられない場所。中間の位置に身を置くしかできない。
加えて空を飛ばさずに、ではどこに向かわせばいいかと考えた場所が今現在居るところ。
全王宮の奥にあるこの華樹が生える神殿の形を保っているというものだ。
大昔は華樹の神である統べる者ということで華樹神が今で言う全王様の地位に位置しており、
その者が願いを持つ華神らを統括していたとか。まぁ実際問題統括やら指示系統はもっぱら華樹神官にぶん投げていたことではあるだろうが。
何ならその檻みたいな形を取っただけではない。
世界は一つから3つに分断され、天海のあった場所は中央に位置し
その三方向均等に広がった場所をA、B、Cという世界を創り維持したのだ。
Aという場所が、今居るこの世界であり、華樹神が死に絶える時はCの世界に避難。
また華神らも死に絶える時はBの世界に飛ばされるようになっている。
勿論異例の状態になって、というものであり、その真相は願いがきちんと叶った後。
即ち花が枯れずに維持した状態で死んだ者達を対象としている。
花を無理やり乾燥つまり感情を維持したまま止めた者達をドライフラワー、永久にした者を加護天使とし、
本来ならば花を枯らさずに生き続けた華神らを抜粋してその感情を止め維持させ回していたとされているが。
それを途中で止め、花を枯らさず殺さずに。ただ維持したまま死んで散った者達が
BやCの世界に飛ばされ、そしてまたこのAの世界に戻ってきていたというのだ。
まぁその後色々あってこのAの世界から飛び出したり戻ったり違う世界に行こうとしたりと
ドタバタ劇場が幕を開けることになっていたのだが、その話は前にしたというか
そういう本を読み耽っていただけのこと。という現実ではない物語だったおしまい。
で問屋が済めばいい話しなんですが。
『とまぁこんな感じなんですが。
其処から先は華樹神らが引継ぎをし、
今の位置つまり貴方方の形になったとされていると
お聞きはしているんですがあのですね。』
「…ふむ、もし仮にそれが本当であるならば、この世界の上に天海とやらがあるのでしょうね。」
貴方が其処から落ちてきたというなら納得がいくというもの。
あっそういう訳ではなかったんですか?
「そもそもこの世界を創ったお方が全王様よりも上におられるという認識がありませんでしたからね。考えるまでもないといいましょうか。」
「その為貴方が説明してくれたことが筋の通っていることを考えるに、それは事実存在してあったことだと思います。」
「物語にしては幾ら何でも出来過ぎていますし、ある意味不可解な処がありますからね。」
『というと?』
「もし仮に物語にするならば、そういう遠回しな表現や長い道のりをグダグダ綴ると思いますか?」
それもとんでもない量の物語を。
…まぁ、暇なら?
だとしてもです。
「設定が余りにも事細かすぎます。まるで存在していたのを忘れず記録したかのようにね。」
「なら彼女が読んでいたとされるのは」
「恐らく自分の写し、いや本体ではなかろうかと。それなら話が通ります。」
彼女が死なないのは死ねないのでも死のうとしているのでもない。
ただ単純に肉体が別にあるということの認識が追い付いていないのでしょう。
「だから記憶もあやふやになるし、世界が変わってしまう。それは夢でも幻でもない。
貴方の力そのものの影響を及ぼしているということです。」
『…つまりあまりよろしくないと。』
「まぁ、大分端折ればそうなりますが……。」
「エフェメラルさんは私達を何か操りたいとかそういう気持ちはおありですか?」
そう聞いて来た大神官にいいえまったくとはっきり即答する。
「それなら余りご自身を貶さないで貰えると助かります。」
『え?』
「自分で操作が出来ない以上、他に助けを求められるものもいないならばどうしようもないですしね。」
「その影響に陥っている此方の落ち度もあると。」
「ええ。」
まぁ、それが妥当でしょうね。
「だからこそ、貴方が此方に残られたらと提案をしているんですよ。
幸いなことにそのタオルケットや花々が良い証拠になっていますし。」
『え?え?え?え?』
「この世界は完全に溶け切らなかった世界なのですから。」
ソレは即ち、
『…っまって?や、そんな、そんなわけ』
「考えていることは当たっていると思いますよ。」
なんでしたら、確かめに行きますか?
え?
「全王様がお呼びです。」