拒みの手、指の先




私は夢でも見ているのだろうか。


「いいえ、夢ではありませんよ?
貴方は本日から此方で過ごして貰います。
所謂療養期間ってところですね。
その間の世話は全て私の子供たちにさせます。」
『(あのお兄さん、色々と聞きたいことが
山ほどあるんですが…ひとまず一つ。
…私、この件に関しましては拒否しましたよね?)』
「そうですね。ですが上からのご命令ですので。」

嗚呼成程、そうそう手放すとは言わないのか。
いや出来ないが正しいのか?

「目標は貴方の声がきちんと出るようになること。
まあいうなれば「昔の貴方に戻ること」が前提条件です。」
『(ねぇ、知ってる?それって不可能って
言っているようなものなんだよ???
ねぇねぇ本当にまーじで分かって言ってる?
すぴすぴすっぴ〜〜〜???)』
「まぁそう言わないで下さい。
嗚呼言っておきますが、
彼等にはある程度の説明はしていますので。」
『は??????』
「っ」
「そう怒らないで下さい。
なるべく貴方の名前を呼ばせない様にさせますから。」

それなら、いいか。うん。
エフェメラルなんて名前は聞きたくないものね。
何時だってこの名前は彼等から聞きたいものだから。

もう、目覚めない、貴方達から。
目を閉じれば、暗闇に戻れる。
下には、目を開けない子達が地面に倒れている。

ねぇ、動いてよ。今なら、まだ、間に合うから。
冗談だって言ってよ。
目を開けたら、貴方に似た人達がいるの。

ねぇ、起きてよ。お願いだから。
願いが叶うなら、ねぇ、どうか、起きて。



「破壊神らの世話は通常通り行って頂きますが、
基本的な優先順位は此方の方でお願いします。
日中のみで彼女の世話をよろしくお願いします。」

何かあれば私に連絡を。
そうですね、最初は多すぎてもいけませんが。

「サワアさん、コニックさん、ウイスさん、
コルンさん、モヒイトさん、クスさん、
マルカリータさん以上の子達はこの場に残って下さい。」
『なっ!?!?ちょ、すぴっげほっごほっ』
「そう急に喋っては咽ますよ?
貴方一応殆どの時間は声を出さずにいたので
喉から発する振動に弱くなっているのをもうお忘れですか。」
『(その面子を出す時点で声を出さない訳がなかろうて…!!!!!)』








ではまた他の子達は後程と言って帰した大神官に
メルはむすっとした顔でソファーに腰を下ろしていた。



警戒心MAX、と、言った処か。



「随分と警戒されていますが…」
「まぁ無理もないでしょう。この子が一番
貴方達と付き合いの良かった子達ですし、っと。」
「ちょ、何をなさるのですか!!」
「我々がですか?」
「ええ。…全く、モノは投げるものではありませんよ?」

枕を投げてしゃーーっと音を立てようとして咳き込んだメルに
背中をそっとさすろうと動いた者達を避けて距離を取った。

別に話せるなら話したい。
でも、私を知るような素振りは一度もしない。
そんな彼らに、殺意すら湧き上がる感情が
嫌悪感を抱き、渦巻く感情に困惑しない訳がない。

でも、どうしてこうなったのか、分かっている。
自分が起こした末路なのだ。
…相手に怒っても意味がない処か
とんだとばっちりと言ったものだろう。

せめて怒って欲しかった。
どうしてあんなことをしたのだと、
叱られた方がまだマシだった。




誰も、彼も、私をしらないのだから。


「かなり嫌がられてますが…」
「本当に好かれていたんですか?」
「これ程嫌がるということはそれ程、ということですよ。
あの子は大事にすればするほどこういう態度を見せますからね。」
「はぁ、そうですか。」

そうですよ。

『(第一私自分のこと大体出来ますよ?
療養と言ってもしなくていいのでは?)』
「おや、でしたらこれは何色に見えますか?」
「大神官様…?」
『(林檎でしょ?赤では?)』
「っえ?」
「違います。これは創って青色に色を変えています。」
『え?』

ほら、そうやって記憶から情報を抜き取っているだけでなく
周りの空気やら相手の判断も欠けているではないですか。
…ぐっ。

「師匠が記憶を全て取り戻した時なんていうか見物ですねぇ?」
『(やめて下さい…絶対怒られるのを越えて
呆れてものが言えませんって言われるのがおちですから。)』
「分かっているならさっさと直しなさい。」
『(…はい、すみません。)』

ぴしゃりと言われて流石にメルは肩を落としてしょげる。

「加えてその気です。あの時よりかは幾分かマシになりましたが
それも貴方が無意識下で無理矢理にセーブして隠してる状態でしょう?
そんな状態で戦えば貴方この宇宙を理ごと壊しかねませんからね。」
「っえ?そんな力が彼女に?」
「見た処我々どころか、破壊神様らの
足元にも及ばない感じに見えますが…」

「おや、侮ってはいけませんよ?
一応この子は私の補佐でもありますし、
私かそれ以上の力の持ち主ですから。」
「っなんですって?!?!?」
『(はぁ…スピス様。お戯れが過ぎますよ?
流石に其処迄は無理です。技術的にも精神的にも。
第一私は彼等天使らに一本もとれていないんですよ?)』

おや、そうですか?

「それは貴方が彼等を大事にし過ぎた故の
結果論に過ぎませんでしょう?
私が見込んだ子なのです。
なんなら私の兄であるルトラールの子ですよ?
生半可な力を持ってるだけ
な〜んて、ありえる訳がないでしょう。」
『(買い被り過ぎです。
そんな昔の話を掘り起こさないで下さい。)』

私は静かに余生を過ごしたいんです。
そうやって誰もいない場所に一人で還るおつもりでしょう?

「何時しかこの子達が目覚めた時、泣いている処を見ない様に。」
『(……もう好きにして下さい。私は私で何とかするので。)』
「でしたら流石にこの子達が可哀想なので
二人一組で面倒を見させていただいても?」
『…いい、です、よ。』


もう、それで。


++++++++++

と、いう訳で。

『(マジか。いや、………マジか。)』

クス&サワアというとんでもない
幼馴染コンビで付けやがったぞあいつ。

いや本当にマジでとんでもねぇなアイツ。
あっっっのマジくそスピリタスこの野郎。

「えっと、自己紹介…と言っても、
貴方はご存じなのですよね?我々を。」
『(あ〜〜一応、ですかね。彼がどれ程
貴方達に吹き込んだのか知りませんが、
私と貴方方は其処迄仲良くありませんので。)』
「そうなのですか?」

ええ、そうです。そうですとも。
そうでなくてもそう言い切らせて頂きます。

信じていたのに。なんて迷惑極まりない言葉が浮上する。
煩い、それは何方のセリフだ。
私に付き付けられる方ではないのか。


裏切者は、一体どっちだ。



「では何故サワアさんを見て泣いてしまわれたので?」
『(え????泣いて????ん????)』
「おや、気付かれてなかったのですか。
あの時は全員いましたよ。」

勿論模倣でもありません。
マジで??????

『あっ、の、ばかすぴっげほっごほ』
「嗚呼無理に喋るからですよ。大丈夫ですか?」

お水飲みます?
……飲みます。

『(すいませんお手数をお掛け致しまして…)』
「嗚呼いえ、そんな…」
『(愛しのマイレディーの所に早く帰してやりたいんですがね)』
「ちょ、メリディエム様!?!?」
「おや、もう彼の中は周知でしたか。」
『(待って皆知ってる感じですか。)』
「ええ。黙認という形に近いですがね。
付き合ってどれくらいです?」
「一億年と二千年くらいですかね。」
『(う〜〜〜わぁ、愛してる距離じゃん。最&高。)』
「あい?」

八千年過ぎた頃からもっと恋しくなっていない?大丈夫?
あっあっ、嗚呼すいません、こっちの話しです。
ええ。ええ。ほんと。いやもうごめんなさいね?

午後の真昼間ポスト・メリディエム

それが私の名前。彼等に呼ばせる、名前だ。
エフェメラルなんて名前は極力呼ばせない様にしている。

だって酷だろう?私も貴方達も。
私は貴方達を見ている様で見なくなる。

綺麗な額縁に飾られたあの色鮮やかな時間にのみ、
色が灯されて続けていくだけで。
本当の綺麗な色だなんて、私にはもう、見れていないのだから。

此処まで堕ちた私を、あの人達の清らかな手で触れて欲しくないのだ。
例え破壊を行っている悪魔の様な天使らだとしても。
それは中立に立ち、善にも悪にも偏ることなくして捌いているだけ。

私のアレとはえらい違いだ。

ただ、自分のものを取り戻しに行き、
約束も守らずに欲望の赴くままに
この杖で、この手で、二人も殺めているのだ。


私が此処で息する権利すら、無いというのに。
貴方達と仲良くする意義は、もう、何処にもない。

存在しては、いけないのだから。

そうメルはそっと左下の方に目を向け、言葉を発する。

此処は、現実なのだ。



『(出来ればどうかこのまま帰って欲しいです。)』


貴方の生きていない、現実であるのだから。


「メリディエム様……」
『(大神官様には私から言っておきます。
すみませんが、どうか…お引き取りを。)』


そう背中を向けた場所のドアが開かれる。
メルが気を使ってドアを開けてやったのだ。

本来ならばこんなことするわけもない。
何方かと言えば部屋を変え、衣食を振る舞い
分け隔てなく会話を楽しむことをするくらい。

そんな彼女は、何処へやら。
まるで別人のように見える。

「それでも、我々は大神官様からの
ご命令を無視することは出来ませんので。」
『(私がその上に居たとしても?嗚呼でも、駄目か。)』

はっ、そんなの、無理か。

手をそのまま胸に置いて気を廻らせても、
出てくるのは枯れた花々ばかりのもので。

嗚呼、憐れだな。

「っ!?」
「何をなさって、」
『(枯れ、朽ち果てた華しか出せない)』

嗚呼、本当に。落ちぶれたものだ。

そう思いながら手を掛けようとしたクスの身体から離れる。
顔が歪んだのを見てそっぽを向いた。

「…私達は、貴方になんという無礼な態度を取ったというのですか。」
「サワアさん…」
「クスさんは貴方の身体を思って寄り添おうとしただけです。
別に危害を加えたいと思って触れようとしていませんでした。」
「いいのですよ、サワアさん。」
「……それが、神の、人のとる態度ですか。」
『…(前からこんなものでしたよ。)』
「そうですか。」

そうですよ。…ええ、そうで、あって、ほしかった。

低いサワアの声に、胸が酷く痛みを伴う。
こっちが悪いのは分かり切っている。
嗚呼どうしてこうも罪を重ねていくのだろうか。

怒らないで、怖がらないで。
お話がしたいの、貴方と、貴方達と三人で。
かつて遊んだ、あの日の様に、なんて…もう、何処にも無いのに。


目を閉じれば確かに存在した時間が思い出される。
たわいもない話を咲かせて、三人で談笑していた時間。
あの時間なんて、もう何処にも存在しない。

私は約束を破り続け、彼等の信頼すらも破棄した者だから。
泣いて媚びようたってそうはいかない。そうは、いかないのだ。

まだ近づこうとするクスに警戒を入れる。

ぼろりと零した涙に、目が留まる二人に気付かないメルでもない。


『(こないで)』



近付かないで。触れないで。怖い。怖いのだ。


貴方達があの時間と同じ様に触れてくるのが。


嗚呼そうだ、あの時間が上書きされて消えるのが怖いんだ。

嬉しそうに笑っているあの時間が、
あの日の時間がきえてなくなってしまったら
あの日に生きていた綺麗な額縁も
綺麗に溶けて無くなってしまいそうで。

目を閉じればすぐに思い出してしまう。淡い日常。
陽だまりの木の下で。確かに三人笑って話をしていた時。
ジワリと瞼に溜まっていくのを感じる。
このまま目を開けたら、もっと零れてしまいそうで、目を開けたくない。

それでも、私は目を開けるのだ。

今を見つめてやらないと、
いけないと言い聞かせて。


あの日なんて、もう、何処にも存在しないのだと言い聞かせて。


だから、私は何度も距離を取って彼等の怒りを買う。
そうしてこの現実では違うと再認識させ、
夢の中だけで生きれる様にしてきた今を繰り返すだけで。

「…はぁ、なら、貴方の仰る通りこの場に居させて貰います。」
「サワアさん!?」
「だって彼女は私らに触れて欲しくなさそうですよ?
これ以上居ても無駄というものでしょう。」
「だとしてもお父様からのご命令ですよ?」
「面倒を見ろとは仰っていましたが、
それは彼女の最低限の状態。」

一応食事やらなにやらは一度見させて貰います。
それでよろしいですね?そう言われたメルは
ちらりとサワアの目を睨むように見た後、
ぐずる声をため息とともに吐いて小さな声で
いいよと答えてやった。

声は余りにも幼く弱弱しく聞こえてきて
嫌気が差したなんて、気付いているのだろうか。

++++++++++

本当に。マジで。何もしない。

いや第一印象が最悪なのは分かっているとも。
ええええ、でも貴方が険悪な対象に対して
此処まで劣悪だとは思っていませんでした。

目の冷たさがスピスさんの怒った視線
そっっっっくりでも〜〜〜〜ビビるビビる。
もう怖いのなんのったらありゃしないんだもの。

第一で育ててくれていたあの人の目と似ていて
割と似た者同士ではと思えるくらいには酷くて
思わず笑ってしまいそうになったのを
頑張って堪えた私は偉いとおもう。

昼食を作って彼等の方をちらりと見てから
一応皿にいれてやる。

別に食べませんよ、と言った
彼の言葉に身体が止まった。

嗚呼そうだ、彼等は天使。食べなくて良いのだ。
というか私も、もう食べなくてもいい。

たべたい欲求なんて、もう何もないのだが。
それでも食べていないとなんか落ち着かないのだ。
そうして吐き出す、この腹に?


満たされるものは、一体なんだ?


『(…食べなければ今晩頂きます。
残しても別に食べますからご安心を。)』
「いや、それは流石に捨てるか何か致しません?」

気持ち悪くなったりしないのですか?
まぁなるかもしれませんが

『(食べ物に罪はないです。罪があるのはこっち側ですし。)』


貴方を、永久に寝かしてしまった。
私の贖罪だというのだから。


「…そうですか。」
「それにしても美味しそうですね?
此方はなんというメニューで?」
『(カツオのカルパッチョ、シーザーサラダ、
ナポリタン、コンソメスープです。
一応デザートにバニラアイスもありますが、
お召し上がりになられます?)』
「ええ、是非とも。」

そう言った彼女に、仕方がないと言わんばかりに
メルは頭をぼりぼりかいた後
髪留めを作り出して上に一つ束ね、
そのままキッチンに入って
軽く作りあげたものを取り皿にいれていく。

『(向こうで作ったものを
こっちに持ってきているだけです。
毒見しても構いませんが、
貴方方に毒が通じるとは思えません。)』
「別に構いませんよ。毒は効きませんし。
頂けるならば頂くことに致します。」
「サワアさん…!!」
「彼女が良いと仰ったのです。
これくらいで構わないのでしょう?」
『(ええ、それくらいぶっきらぼうな方が
こっちも都合がいいので。)』

昔の彼と真逆で見ていて普通に面白くなってきたのだ。
あれ程デレデレだったのかと今普通に冷めてきている。
いや〜〜恐ろしいよね、恋の目ってもんは。
全部きらっきらにみえるんだから。

まぁ、恋していないという訳でもないんだがな。
何時だって私は彼の中で生き続けているのだから。

もう、何処にも存在しない、彼の、心の中だけでしか。

私は息を吸って吐くことは出来ない。

席について頂きますと
声に出して言ったメルに少し二人は驚いたが
すぐに同じ様に頂きますと言って食事にありつく。

「…っ!!美味しい…!!」
「これは、」
『(このメニューなら美容にも割と良い方ですからね。
別にレシピ。渡しても構いませんよ?要りますか?)』
「貴方、まさか彼女の為に…?」
『(ふふふ、ヘレス様ならこれくらいの味付けとか
好みかな〜〜〜??って思っただけのことですよ。)』
「…貴方本当に我々とはそこまで仲良くなかったのですよね?」
『(ええ。そうですよ。)』

味付けの好みまで把握されているとは
思っていなかったサワアが思わず聞いた言葉に
メルはクスクスと笑ってテレパシーで答えてやった。

別に本当のことを言ってやってもいいのだが、
これくらいの悪いことくらい、許して貰いたいものだ。
こんな彼らの姿なんて、滅多に見れないのだから。



嗚呼きっと。記憶が戻れば。


貴方達は憐れんで私の事を優しく抱きしめてくれる。
もう、悪夢は過ぎ去ったのだと。
そうやってこの身体を優しく包んでくれることだろうが。
そうあり得ないであろう妄想を抱いてしまう。

そんなものは、空想の中でしか想像できないし、
実演なんて夢のまた夢のようなものだろう。


メルはそう自身に言い聞かせ、
食べ物を呑み込むと同時に
その感情も綺麗に呑み込んでしまう。


彼等は知らなくていいことなのに。
同じ顔同じ姿だからどうしても期待をしてしまう。
その手をそっと降ろして抱きしめてやっても。

それでも、心は手を伸ばしてしまうのだ。
ボロボロと涙が出てくる。
嗚呼、どうしようもない。みっともない。

食べかけの状態で、泣いて怒鳴り声が聞こえてくる。
幻聴だ。聞こえない、幻聴が聞こえる。
嗚呼、怒られてるのに笑みが零れてしまうなんて、酷すぎる。


手を伸ばそうとして止めて下したクスの姿が見えて、
ごめんねと心の中でつぶやいた。



貴方の手を降ろさせる様なことをして。
傷つけて。ごめんなさい。



あの日の情景が、どんどんと色褪せていく。
目の前にあるものも、彼等の色も。
記憶にあるのを使っているだけであって。

何色なのかも分からなければ。どんな味なのかも、
もう、分からないと言えば彼等は
どういう反応をしてくれるのだろうか?

『(たべないと)』
「…メリディエムさん、そんな無理しなくても。」
『(いいのです。これは発作みたいなものなので。)』

笑って食べれる。ただ、涙が出てしまうだけ。
みっともない姿を見せてしまい、
申し訳ございませんと謝るメルに
いえいえとクスは手と首を振って否定をする。

「貴方の精神が此処までとは思っていませんでした。
此方こそ浅はかな態度を取って申し訳ないです。」
『(クス、様…)』
「貴方の記憶にある私は、
一体どんな子だったのか存じ上げません。」

ですが、何時か記憶が戻ったとしても。
戻らなかったとしても。

「私は私でありますし、貴方が許せるならば。
今の私ともお話出来ればいいと思っています。」
『(…ごめんなさい。傷つけてしまって。)』

辛いよね。目の前の自分が見られていないって。
いいえ、貴方が私を私達をどれ程
思っているのか何となくわかりました。

「この味付けで。」
『(これで?)』
「ええ。だからさっきから申し訳なさで
何を言っていいか分からず黙っているんですよ?
…サワアさんは。」
「っちょ、お姉様?!」
「おや、間違っていないでしょう?」

だってこんな優しい味を作るんですから。
私が作っているとは限らないのでは?

「いいえ。これだけは断言出来ますよ。
此方のお食事は全て貴方が作ったお手製のもの。」
『(心が分かるって?)』
「ええ。食べ物は正直ですからね。
お父様が貴方を心配して
面倒を見ていた理由も何となくわかりました。」

こんな食事を、お父様ともあろう地位の者に対してでも。
何気なく会話をし、互いに笑って居られる程の者だったならば。

「貴方が今現状、こうなっているのは酷く悲しんでいることでしょうからね。」
『(クス姉……)』
「おや、私の呼び名はそれですか。」
『あっ!しまっげほっごほっ』
「ああほら、そう無理に言うから。」

そう言って席を立ち、
メルの背中をさするクスに、
サワアが目を丸めて固まる。

どうしました?と聞いたクスに、
嗚呼いやとサワアが答える。

「逃げないのだな、と思いまして。」
「逃げ…あ、そう言えば。」
『(…貴方をあの日の前に生きていた
貴方と思わなければ良いだけのことだと思いまして。)』

過去に縋り付くのは、夢の中だけに。
そろそろしてあげなければいけない。
身体も心も、ずっと悲鳴を上げ続けていることだし。

それなら、少しだけ、本当に少しだけでいい。

『…す、こし、でも、まえ、むかっげほっごほっ』
「ゆっくりでいいのですよ。」

そう無理せずに。
…でも。

「ふふ、面白い方ですね。」
『むう』

++++++++++

「…そうやって居ればいいものを。
貴方はどうして睨みつけてくるんだか。」
「元々貴方が見ていたりして。」
「は????」
「ふふ、冗談ですよ。」

そうにこりと笑い、クスはサワアに冗談を言ってのける。
現在は昼食を取り、数時間本を読んで疲れたのか。

メルは予想以上に眠くなった身体を寝室に運ぶことなく
仕事場のソファーで横たわり眠ってしまった身体に
タオルケットを被せてやったサワアに
クスは更に笑みを深めて笑う。

「それにしても無防備ですね。あれ程警戒していたのが嘘みたいに。」
「元々警戒なんてしてなかったりして。」
「それは勘ですか?」
「ええ。女の勘は割と当たるんですよ?」
「…だとしても、何故此処まで嫌われようと振る舞うのだか。」

もう見てわかる。

彼女が優しい子で、酷く傷付いてから
治らない状態が続いていることくらいは。


自分を見て触れようとして触れなかった、
あの顔が脳裏から離れなくて困っている。



まるで愛していた人に会ったみたいな顔をされたのだ。
死んでいなくなったのに、現実には二度と会えないのに。

信じていたのに、貴方に捧げて、祈ったのに。
なのに、貴方は私を置いて、違う人に走ってしまって。
許せない、許してやれない。そう、出来ればよかった。

そう思っていたのに、いざ目の前に来たら
そんな気持ちなんて綺麗に拭い去ってしまわれて。

愛していたのだ。ずっとずっと、傍に、居てくれると。
漸く回りだした時間に、終止符を打ったのは、自分だと。

こんな酷い現実なんて、存在しない。
だからこれは夢なのだ。幻なのだ。

返して。私の願いを。私の、想いを。
この華樹に、刻んだ、貴方への、愛の情を。


「(好きだから、嫌うというならば…
貴方はどれ程優しいお人だというのですか。)」


もう二度と、誰かが傷付かない様に。

そっとご自身の身にその有り余る感情を抑え込み、切り刻み続ける等
少なくとも大神官であるお父様がお許しになるはずもないだろう。
あれ程親身になって寄り添ってくれているのだ、よほどのことがあったに違いない。

とても、悲しそうに笑う子だなと、そんな第一印象が強い。
まるで裏切られたかのように笑うのだ。

どす黒い目色で、此方を睨み続ける。
その奥は、何時だって「期待の眼差し」であって。


…ねぇ、どうか、嘘だと言って。
私を見てよ、信じているから。

ずっとずっと、待ち続けているから。



健気な声に、眩暈がしてしまう。

…宇宙に帰れば彼女が待っているというのに。
これでは人間でいう不倫とやらに
相当するのではないだろうか。

はぁとサワアはため息を吐くと、近くの椅子に腰を掛けた。
クスはメルが寝ている隣のソファーでお茶を楽しんでいました。

「それこそお父様が仰っていたことでは?」
「大事だから、ですか?」
「ええ。お食事を共にして分かったでしょう?」

彼女が我々のことをよく見てくれていたことも。
破壊神らと仲良くしてくれていたことも。
そして、その時間が何よりも誰よりも、
酷く深く、心の底から愛してくれていたことも。

「後悔して、執着する程に。私達を見てくれていたのです。」
「…一体どれ程仕事放棄していたんですかね。我々は。」
「ふふふ。案外仕事している中で
ちょくちょく帰っていたのかもしれませんね?」
「割と此処まで来るのに時間かかりますが。」
「それこそ杖に仕込んでいたとか。」
「此処に飛べるように?まさか。」
「在り得そうでは?」

これ程までに、綺麗な子が。そう言うクスに、サワアはふむと唸った。
すやすやと寝ている彼女の姿は起き上がった時とは別人で。
眉を上げて口呼吸で寝ている彼女の幼さが身体を丸め
頭の所で手を軽く交差させて横になって縮めている姿で尚増すというもの。

振る舞い方というか、なんというか。
割と無理をしているのは分かっていた。
だが、そうまでして、自分達から避ける意味が分からない。

「加えてコルンさんの弟子入りでしょう?
ますます訳が分かりませんよ。」
「ふふふ、色々あったんでしょう。色々と。」
「そうですかねぇ〜〜」
「そうですよ。…目、腫れちゃってますね。」
「そう、ですね。」

こっそり治さないのですか?
そんなことしてバレたら一生恨まれますよ?

「女の恨みは怖いですからね。」
「…やめて下さいよ。怖いことを仰らないで下さい。」
「ふふふ、モテモテですねぇ?サワアさん?」
「お戯れが過ぎますよ。お姉様。」

どっちをとるつもりで?
どうかんがえても一択でしょう?

「動くとしても先に目を向けてやった方の面倒を見切ってからです。」
「おや、案外両方とかしないのですね?」
「したら地の果てまで追いかけて来そうな子が若干一名いますのでね。」
「それはどっちでしょうねえ?」
「…まさかこの子の方がとかおっしゃるのですか???」
「多分そうですよ?」

まぁ、これ程迄に優しい子ならば。

「そっと手を下ろし、愛した者を共に喜び分かち合い、
自らの心を手折ることもできず…
そのまま夢の中でずっと額縁に飾って
愛で続けるのでしょうが。」


「…割と当たってること言わないでくれます?」


貴方が恐ろしいです。


「ふふふ、もしそうだとしたら、貴方はどうします?」
「どうも出来ませんよ。
寧ろ追いかける時は
きちんと思い出してからです。」
「今から追いかけるなんてしないのですか?
きっとやろうと思えば落ちてくれるでしょうに。」
「どうでしょうね?
これくらいに脆いのですから、
…きっと、壊れてしまいますよ。」

こんどは、もう、二度と。日の光に当てれない程までに。
そうなった時、自分はきっと消滅処で済まされない罰が下るだろう。
いや、もしくは記憶をまた消されるのかもしれない。

この子がそう、したように。

「貴方が本当に望むその日まで。私はその地に踏み入れないようにします。」
「サワアさん…」
「どうか、良い夢を。」

そう軽く髪にキスを落とし、
そっとその場を後にしたサワアに、
クスもそのまま自分の宇宙へと戻る為に
部屋を出ようとした時だった。




…ねがい


『…おい、て、かないで』
「…メリディエム様…?」
『さ、わあ…くぅ、ねぇ…どこ?』


どこに、いるの?


そう涙を流しながら泣くメルに、
クスは止まって彼女の姿を見続けるしかできない。


『い、ない、のに…嗚呼、ここ、に、いるのね?』
「〜〜〜っ!!」

違う、其処には居ない。
そう思って彼女の寝ている傍に
そっと腰を下ろし横腹ではある背中をさする。

嬉しそうに、笑って言うのだ。
天使に心臓等ない、痛み等伴わない。
なのに、今だけは、人間の様に痛みを伴った。

胸に、ツキンと、痛みが走る。

伸ばした手は、宙に浮いたままで。
其処には誰も、居ないというのに。


『や、っと、あえ、た。』


花が咲くように、安堵するかのような笑みの声を出すのだ。
嗚呼良かった?違う、違うそんなことない。


「…ちがい、ます。ちがいますよ……エフェメラル。」

そこではない。

貴方に会える場所は。此処であるべきで。
…でも、私達は記憶がない。
貴方の名を、呼べる権利等、何処にも無い。
貴方が呼ばれていた名前を、呼ぶべきではない。

『ずっと、いっしょ、だよ?もう、もう、さびしく、ないよ。』
「〜っ、ごめんなさい。…はやく、はやく思い出しますから。」

其処に居続けないで欲しい。
それ以上居続ければ、本当に現実と夢の区別がつかず、そのまま永久に眠り続けてしまうだろう。

…いや、寧ろ、其処が救いなのではないだろうか?

だって彼女の一番は、何処にもいない。
夢の中で、幻の中だけに、何時かいた者がいても
それでも尚、手を取らず、此処に戻ってくるのは、
そうしないでいたのは、この現実に希望を求めていたから。


でも、今はどうだ?

此処にこの子が生きれる希望はあるのか?

彼はいない。貴方が望んだ人は何処にも居ない。
触れられるのに、話せるのに、酷く遠い
遥か彼方に消え去ってしまっていて。

話す度に、思い出し、胸を抉られてしまうくらいなら。
記憶を消しても、何度も何度も、思い出してしまうならば。

いっそのこと夢の中に閉じ込めさせた方がいいと思うのに。



「何故でしょう。それだけは、それだけは嫌だって思うんです。」

夢の中の私達は、貴方にとって一番の幸福でしょう。
でも、それではいけないのです。
貴方が生きる場所は、此処であるのです。

「過去の私達よりも、今の私達が。
…貴方にとって幸福になれるように。」

私は貴方の、敵になって差し上げますから。
どうか、お覚悟を。

そう言ってクスはそっと頬にキスをして今度こそ席を外した。

その頬に手を当て、笑いながら涙を流した子は、誰も見ていなかった。