僕の前で呼吸してみせて




念の為にと大神官とアンダルシアに診察されたのが数十分前。

「…驚いた。マジで完治してる。それどころか滅茶苦茶調子よさげそうだな。」
「本当ですか?」
「あれ程大袈裟な転倒も見たことありませんし、割と一つや二つ筋が切れていてもおかしくなさそうだったのですが。」
『そんな紐をブチブチ千切るみたいに言わんでも。』

恐ろしいことを言うね。大神官様。

「メル、お前感覚無かったか?あれ程叫んだんだから冗談じゃなかった筈。」
『正直言うけど、多分筋が2か所くらい飛んでても問題ない痛みはあったよ。』

此処と此処、そう指で指す場所はふくらはぎと太ももの方だ。
しかも両足というのがまた酷いというもの。来た時足が動かせずに手を身体ごと捻ってやらないと難しかった。
その為大袈裟な転倒にはなったが…。

『あんな痛み、魔女やら何やら戦った時の方がマシかなって思って考えずに前だけ見てただけだし。』
「嗚呼貴方そう言えば痛みに対して妙に強かったんでしたっけ…。」
『妙にって一言多いなぁ…私はただ此処に戻る為だけに差し出した提案の一つだったのに。』
「はいはい、それで?完治って貴方何か術でも仕込みました?」
『してないです。』

だから困惑してるんだよ。

「あのカタバミの樹木も気になるしな…
一瞬過ぎて何の華かすら見えなかったが。」
『それさ、皆言うけどそんなにひどかったの?』
「お前覚えてないのか?酷いというかなんというか。
銀色の首輪を付けた状態でのあの威力は死人出る程だったんだぞ?」


『え』


「競技外の縁を半円を描くように気を外部へ飛ばさずに
防いでいましたので会場の観客席には影響ありませんでしたが。」
「父親が生きていること自体奇跡であるもんだってくらいだな。」

一応彼も診察しているが、寧ろ元気有り余っているというかなんというか…。

「お前本当に何もなかったんだよな?」
『ええ?あ〜うーーん……。』
「無い、というよりかは想像つかないが正しいですかね?」

そうだね。

「それで、戦わせたりはしても構わないのですか?」
「…一応選手として出すのは構わないが、
周りからこっぴどく言われてるだろうし嫌だろうが一応言う。
お前の身体は今、一人ではない。二人分の命が宿っているんだ。」
『ん。』
「逆に言えば今お前は味方が一人くっついているような者。
確かに扱えば此処に居る奴らはぺらっぺらの紙みたいな奴らに変わるだろう。」
「ちょ」
「だが、その命は限りなく小さい。ゼロに等しいもの。
…お前の気に耐え切れず死に絶えるなんて充分に在り得るんだ。」

わかっている。そんなことくらい。
腹をさすり、メルはうんと覇気のない返事を返した。
此処に生きていること自体奇跡だと思った方がいいとすら断言したのだ。

「まぁ天使とハーフではあるも天使の子だからなぁ。
そんじゃそこらの人間らと比べたらいかんだろうが、
それでも多少耐えれますよ〜程度のもんだと思った方が良い。」

確かにプラティアは強かった。そりゃあもう誰もが手出しできない程には。

「だがそれはあくまでも過去の者。
流石に赤子未満ってなれば話は別だろうて。
何かあればすぐに棄権しろよ?」
『はぁ〜い。』


そう言われているんですが。
そうもいかないんですよ。

メルはジャンプしながら身体の力を抜き、軽くスタートダッシュの練習をする。
本番前にするのはあくまでも負荷をかけるのではなく、おさらいみたいなものだ。
此処はこうやって動く、それを改めて覚え直すというか、照らし合わせるというかなんというか。

父親が見ているというのが余計拍車をかけに来ているんだろう。
歯止めが効かないというよりかは、効かせた方が寧ろ事故りやすいから流れに身を任せざるを得ないというべきか。
まぁ高速道路で左右大きいトラックに挟まれながら時速120q維持しないと後ろから突っ込まれそうな勢いだとスピードを返って緩めたら死ぬからな。それ以上スピードを上げる訳にもいかないなら、維持するしかない。それと同じことだ。

スピードを緩めるが出来ない上に上げ切っているに近い状態を維持するのも正直母体によろしくない。
アンダルシアが言っているのはこのことなのだろう。維持してはいけない。子が死んだらどうするのだと。

でも、ソレをしたらいけないと身体の何処かが言っている。
この声は正しい。事実コレで間違えたことがないくらいだ。
寧ろこの声を聞かないで進んだから間違えまくっているというくらい。

ならダメもとで願ってみればいい。

今やらなくてもいいという声が聞こえるが、寧ろコレは好機なのだ。
この声は大体危険な時にしか出て来てくれない。
それも決まりきって周りへの手が差し伸べられないであろう時ばかりだ。


…大丈夫、プラティアが死ぬことになるなんて決してない。
この子は強い。加えて私は想像力が長けていると来た。
ずっとこの大会が始まる前から
この母体の奥深くに薄い膜を幾重にも重ね張りまくっている。
これが消える時は自分の精神が吹っ飛んだ時くらいだ。

そんな時大会で起きるとしたら明日の試合で在る場所であって
ま〜〜そんな時は大体負けが確定するだろうし、特に問題はないというものだ!!!!


〈100m特別枠を開催します。選手の方々はご入場の程宜しくお願いいたします。〉

そんなアナウンスが聞こえて来て、来たかと声が上がる。
ふーと息を吐き切るメルに、緊張してるー?
と声がかかるも煩いと一声であしらい前に行く。


『(綺麗だな、こんなこと、余り考えたくなかったんだが。)』

本気で勝ちに行く。

それが伝わるのだろうか、周りの気も昂って昂って仕方がない。
エフェメラルさんと声を掛けられ、大神官の手に在る者に目が留まる。

「此方に交換して頂いても?」

そう言われて銀色の首輪を外し、似たような色の首輪を付ける。
随分と明るい色合いで、白に近い青さに、月白を思い出した。
月の光を思わせる、薄い青みを含んだ白色のことを指す言葉だ。

色名の言葉を「つきしろ」と読めば月が東の空に昇る際に
段々と空が明るく白んでいく様子を指す。
十五夜を待ち焦がれる思いを表現されているとかなんとかを
確か古文の明坂先生が滅茶苦茶強く推していたな。




……あの先生元気かな。古文の物語好きすぎて
夢小説書きまくったとか噂聞いたけどマジなんかな????


とまぁそんなどうでも良い話は置いておいて。
大神官から受け取った白色の首輪を付けて何もないことを答える。


「此方の首輪はあくまでも半分にした状態。
貴方の今現在では少々周囲への影響下が
強すぎるので其方に変えさえて頂きました。」
『これは?』
「通常の50分の1以下に留めてしまわれるものですよ。」
『へー50分の1かぁ…………あ???なんだって?????
おん?50分の1??ごじゅうぶんの、いち???』
「ですから、50分の1以下です。」
『アレーオカシイナーゴジュウブンノ、イチ、カー』

待って????私そんなに強いの???
私確か戦闘力6程度だったよね?
それに設定したら私戦闘力300とか馬鹿みたいな数になるんだけど。
ニコリと笑ってくれるな。おい待てそうですよみたいな顔していくのやめい。

寧ろ母体の影響下あるのでは?それ。寧ろ消したら死なない?

「万が一何かあれば時間を巻き戻して差し上げますのでご安心を。」
『全くもって問題あるんですが?…まぁやるにはやりますが。』

それにしても100mこんな広さで長さで多さでやるのは初めてかもしれない。
1組大体多くて8人だった気がするが…まぁ数は9レーンだった気もする。

それもこれも、この馬鹿みたいな広さしてるからだろうな。
無の世界様様である。反対側が可哀想過ぎるんだよ。
もうちょっと考えたらよかったと思うから前半戦後半戦に分けたんだよな。

走るのはアニュラス、エフェメラル、エーリン、トベラ
ルトラール、ルメリアの計6組だ。いや父様と母様なにしとん。

「いや〜〜走るなんて何年ぶりだろ。」
「したこと無いかもしれないのでは?」
「それ言い出したらアニュラス様とかでしょ。したことあります?こんなこと。」
「する訳がない。もう大会開始直後から驚き止まらなくて審査員ほっぽりだしてるくらいだよ。」
『いやしようよ。其処はせめてして下さいよ。』

何のための資料なんですか。ちゃんとお目通ししてよ。
いやしてるしてるしてるんだけどねぇ。

「面白い組み合わせばっかで目が放せなくてさ、一応審査はしているよ?」
『ならいいですが。』
「にしてもいつになく真剣そうだね?眼の切れが異常。
もう少し戦闘の時もそれくらい真剣になってくれたら
君のお師匠が楽出来ると思うんだけれども。」
『…うるさいですね。
そんなの別にどうだっていいじゃないですか。』
「あらあら。妊娠で機嫌悪くなっちゃった?」

いやほんとにうるさいな。

『さっさとしましょ。こんなことに時間割いてたら後が詰みます。』
「…では配置について下さい。」

そう言われ、メルは自分のレーンに位置つく。
そう言えば笑ってへらへらしていた時は外側の7番だったりしたな。
あー昔は2レーンが多かった気がする。今回も2レーンだが。
3から5はあったのに1、6、8レーンはマジで運無かったな。

まぁ100mなんだから何処走っても変わりはしない…とおもうじゃん?
それが案外違うんですよ。場所にもよりますし、風にもよりますが
大体3〜6レーンがシードレーンだと言われています。

今回6人組なので2レーンから1人目でずれています。
その為メルが走るのは実質3レーン目、そうシードレーンに入ってるのです。
それを分かっているからこそ、余計に力が入るので、常に気を抜くようにしている。

ワンワン泣いたのが数年前の様に感じる。
前を向いて、その先を見据える。

綺麗な場所が、鮮明に見え始めていた。

位置に付いてと合図に構え、セットで腰を上げる。
ぱぁんと鳴り響くピストル音に足を前に出し身体を徐々にお越し走り出した。
隣の圧迫感なんぞ気にしている暇などない。常に前だけを維持し、力は足だけ。
後は勢いでとにかく前を真っすぐ走り続けるだけだ。顎を引いて腰を正して、常に維持する。

キラキラと見える、その光に、笑みが零れそうになる。
息が出来ない。早く、速く、ゴールに辿り着かないと。
周りの速度よりも更に向こうへ、
白いテープに少し触れた所から徐々に速度を緩め、
数メートル先でゆっくりターンを描き、外に捌ける様に歩いていく。


その動きはプロかよと声が漏れるのも無理はない。


「そりゃあ芽生、元々競技選手候補者だったもの。」
「え?!?!?!?」
「そうなんですか?!?!?!?!」
「ええ。どこぞの誰かさんがしごきにしごきまくったおかげで…ねぇ?」
「うぐっ…だって小さい頃から動きが滅茶苦茶良かったんだぞ?アレは宝の持ち腐れってやつになるもんだって。」
「だからと言って所かまわず連れてく馬鹿がおりますか。」

まだ未熟児だったものを。

「…その時の感覚がちゃんと残ってるんだろうな。そういや言われてみればアイツ、走る時妙に綺麗だったもんな。」
「あ〜そうそう、ご両親両方とも何か習ってた?って聞いたら父親そうだって言ってたけど、確かあの人は短距離走だったし。」
「え?俺は長距離だけど。」

え?

「あ、あれ?お、お兄さん…水面高校とか知ってます?」
「みなも?なんだ?そんな高校何処にあるんだ?」
「えっえっ、し、四国のあの高知県って知ってます???」
「あ〜〜知ってるけど、そんな高校何処にもないな。」

俺が行っていたところはそんなところじゃない。

星火せいか高校って言うんだけど。」


星火(せいか)

それは、小さな火や、比喩的には、
始まりの小さなきっかけや希望を意味するもの。

水面は皆揃って一緒にと全てを包み込むもの。
もしも水面よりも前に、その場所にいたとしたら?

「…考えた方が負けってもんか?」


100m走特別枠前半&後半戦


第01宇宙:32+1=33
第02宇宙:22+3=25
第03宇宙:25+4=29
第04宇宙:18+5=23
第05宇宙:29+2=31
第06宇宙:23+0=23

第07宇宙:29+1=30
第08宇宙:20+5=25
第09宇宙:25+2=27
第10宇宙:26+4=30
第11宇宙:31+0=31
第12宇宙:23+3=26


さて、残る競技種目が少なくなってきた中で、
待ちに待っていましたと叫ぶ者達。
そう、借り物競争である。
このお題、書かせた者が大神官だったのだが…。

「あれ?メルも出るの?」
『ビビるでしょ?第4から貰ったんだよ。』
「うひゃ〜〜もっってもてやん。」
『いや煩いな。』
「ひょっとしなくても機嫌悪い?」
「単純に真剣勝負の最中変に気分を落としたくないだけでしょうがね。」

此処は穏便に。
お前ら聞こえとるからな?!?!?!

そう言うカンパーリに対してメルトリアがうんうんと頷く。
いやそこコソコソすんなコソコソと…!!

「では、頑張って下さい。期待しておりますよ?メルトリアさん。」
「ええ!が〜んば〜りますっ!!」
『…いやにしてもメンツもメンツで面白いよね。』
「そもそもこんな競技思いつく方が面白い。」
「全くだよね〜全キャラ使うとか馬鹿みたい。」
「お姉さん????」

色々刺さる人いますからやめたげて?
え〜そう?

「それならいっか!」
「…それはどっちのいっか!だ?別にしなくてもいいの方?それとも気にしなくて良い方???」
「そんなこと言ってると始まるよ。」

近くにはうちのぱっぱが立ち上がりソレをみてブッと吹き出してしまった。
嗚呼もうやめてこっち見ないで。笑ってしまうから。
似合わねぇ〜〜〜〜〜!!!!似合うっちゃ似合うけど、場違い感が半端ねぇ〜〜〜!!!

「…位置に付いて」

よおい、スタート!!

そう開始の合図としてピストル音が鳴り響く。
走った先にあるお題箱の中から選び出した答えは…!?


「はぁ!?!?」
『(っマジか!!!ちょ、マジで言ってる?!?!?)』

メルが選んでしまったのは

〈おーっと各華神らが固まっている!?これは一体どうしたことか!?〉

「いやどうしたもこうしたも…誰だよこんなお題出した奴は!!!!」

そう叫ぶのは最果てから出てきた第11宇宙ダブリアだ。
金色の髪の毛を乱雑に掻きむしり叩き落とした用紙の内容は

「うひゃ〜ICカードとかあるのここ。」
「…頑張って。」
〈おっと此処で互いに見せ合ってる!!〉

内容が余りにも突飛だっているからだろうな。
ちらりとメルは自分の用紙を見つめ、手を上げた。

〈おーっと此処で第4宇宙から特別カードで呼ばれたエフェメラル選手が手を上げた!〉
「何事です?」
『お題に沿ったものならば誰でも、構わないんですよね?』
「ええ、構いませんよ。」

そう言うルール、ですから。

ニコリと笑う大神官にそれならとメルは周りを見渡した後、一直線で走り出した。
ゴールから正反対の場所。其処に、行く。行くのだ。
ねぇ、私ね。沢山ある場所から、此処だけを選んだんだよ。

『お父さん!お母さん来て来て!!!』
「え?!?!?」
「別にいいけど…」

両手に彼女らの手を取り笑って走り出す。
この競技、内容が内容な為に浮遊は勿論華を使うことを許可している。
そう、その為、メルはにやりと笑い二人共と声を掛けた。

『これは夢だよ。』
「え?」
『だから、こうやってお空を走ることだって出来るんだ!!!』
「え?!??!ええええええええええええ?!??!?!?!」

ぎゅっと握った後、メルは空中に華を創り出したではないか。
それもいつもとは違う白い花弁ではなく、金色の花弁を。
青い髪の毛の色が、目の色が色鮮やかに変化する。

二人は追いついていなさそうに宙ぶらりんになりつつあり、
ちゃんと走ってと言えば無理無理無理無理と声が叫ばれる。

「お母さん高い処苦手なの覚えてないの!??!」
『うん!!!でもちょっとだけだから!!』
「誰が3mをちょっとって言うのよ!!!!」
「優子!!!」
「何よって…ちょ羽矢斗はやと君!??!?!」

そう叫ぶ女性に、はははっと嬉しそうに笑ってコッチを見てくれる。

「凄いな!!本当に走ってるぞ!!」
「むーり無理無理無理無理無理無理無理無理」
『大丈夫だってお母さん!ほらほら〜ほ〜らほらほら〜』
「…ものっすごく嬉しそうですね。」
「ええ、見たことないくらいには笑顔ですね。」

そりゃあもうにっっこにこである。
父親の方は金色の華を踏みつけ軽く走っているのに対し
母親の方はひたすら拒絶している。

『ね、お母さん。』
「なに!?!?ちょ、地面でもいいじゃない!??!」
『それだと駄目なんだよ。』
「なんで?!?!」
『お願い。』

そう笑って手を自分の方に引き寄せる。
華は彼女の足元にふわりと入り込み上に上がっていくではないか。

『…ありがと、お花さん。』
「芽生…?」
『あのね!こっちは優子でこっちは羽矢斗はやとって言うんだよ〜!』
「おい、親を呼び捨てにすんなとあれ程言っただろうが。」

だがメルは聞く余地も持っていないらしい。
ニコニコ笑って下を向いて話す。まるで花が生きているかのように…いや、生きているのだろう。

メルの背中には、キラキラと輝きを放つ、金色の花弁が見え隠れしていた。
衣装が衣装なので、どうしてもスピードを上げると後ろが広がる。
でも今はそんな速度ではない。ふくらみの違和感は、中にある華が姿を現したことで多少理解はしたが…

「…芽生、お前、一体」
『はしろう。』
「え?」
『…ね!』

嗚呼、楽しい。楽しいよ、ありがとう。私の大好きなお花さん達。
白い花弁だけでなく、小さな黄色い花弁や、青い花弁が足元を彩っていく。
白は小さな小ぶりの花弁だけではない。大きめの花弁まで見え隠れする。

それは、かつてエフェメラルが咲かせた華そのものであって。



ゴールテープがみえる。今度こそ、そのテープを切った。



〈ゴール!!1位は第4宇宙〜!!〉


『はっ、はっ、はっ…あ〜〜つかれた〜〜〜!!!!』
「…芽生」
『ん〜?ありがとね!お二人共!』
「え?あ、嗚呼いや、まぁ」
「終わりましたか?」
「うわっ!!!びっくりしたあああ!!!」

し、失礼…。そう困惑するコニックさんに、嗚呼すみませんと父親が謝った。
母親の方はひたすらに声が出ない様で、父親が背中を軽くさすってくれていた。

お送り致しますと手を差し伸べる彼に、二人は頷きそっと手を取る。
瞬で消えた後、よく頑張りましたねと大神官からお褒めの言葉を授かっていたメルは地面に腰を掛けくつろいでいた処だった。

「お題に沿ったものでしたね?」
『ええ』

そう紙きれを指で挟み、上に上げてしまう。
その紙の内容が、全宇宙に知れ渡る。


「…は????」
「”自分と出身地が同じ人”…?えっちょ」
『出身地、それはその場所で生きていれば特段問題はない。そうでしょう?』
「…そうですよ。」
「…成程、これはお父様の粋な計らいってところでしょうかねぇ?」
「どういうこと?」

そう聞いたのはブルマだ。ウイスののんびりした声にエフェメラルさんはと話を続ける。

「数多の場所にその身を降ろし、華神らに出会いました。
極端な話を致しますと、この場に生きている誰でも
彼女は選んで構わなかった。」
「ならサワアさんとかにすればよかったのに。」
「いえいえ。あのお二人でなければいけなかったんですよ。」
「…あ、そっか。メルさん、本当は一緒に参加したかったのかな?」

思いついたようにぼやいたのは悟飯だ。
親との思い出作りなんて、そんなのメルの人生からしたら多少なりとも出来そうな話ではあるが…
考えても見て欲しい。誰が好きで自分の生きていた場所から蹴落とされ、様々な世界を旅して呑気に両親と思い出作りを楽しむ暇があるというのだろうか。

記憶が例え無かったとしても、その「残り」に対して、疑問を抱けば、もう終わりだ。
暇どころかソレだけにしがみついて離れなくなってしまうというのに。

「長い長い旅を経て、漸く在るべき場所にお戻りになられた。
…そしてその先で、一番一緒に居たかったお人を、連れたということ。」
「帰りたいのかな?おねえさん。」
「悟天…」
「いいえ、帰りたい等と言ったものではありませんよ。」

もっともっと、深い者ですから。


「なんで連れた。」
『駄目だった?』
「嗚呼いや…別に駄目とかじゃ」
『ならいいでしょ。』

場所は変わり、裏側にて。メルは休憩に水分補給を共に取っていた。

「芽生、あのお題。サワアさん達でも良かったし、なんなら近かったでしょう?」
『…運動会。』
「え?」
『ちゃんと来てくれた日ってさ、保育園だけだったんだよ。』

覚えてる?そう振り向いたメルに、うんと母である優子は答える。

覚えてるよ。覚えてる。

貴方が前ばかりを向いているから。
何処か遠くに行ってしまいそうで
怖くて名前を呼んでしまって、
呼びつけた形になり、
タイムロスになってしまったこと。

貴方が楽しそうにしているから。
こっちまで楽しくなって
大人なのに子供の様にはしゃいでしまったこと。

その時間が、たった、一度だけに、なってしまったこと。

「覚えてるよ…ごめん、ごめんね?」
『…ううん、いいよ。いいの。』

ボロボロと涙を流し、首を横に振る。
抱きしめてくれた腕が温かい。
強く願えば願うほど、花の威力は増大する。

だからこれ以上居られない。
人間である、お二人には。

「時間です」

もう、いられないのだ。

そっと離れる身体に、首を横に振った。
もっとずっと一緒に居て欲しかった。
終わって欲しくないわけではなかった。

芽吹く春も
色めく夏も
褪せる秋も
眠れる冬も

全部全部、共に過ごし
また同じ芽吹く春を、見たかった。

ただそれだけなのだ。

たった、それだけ、だったのだ。

言わないと後悔する。
待ってと声を掛け、振り返る二人にあのね、ともじもじしつつも声に出す。
そう、コレは夢、夢だから。


『来てくれてありがと…』
「芽生…」
『えへへ』


でも、言えない。言えないよ。もう、言えない。
言って壊れたらどうしよう。今度がないかもしれない。
こんな奇跡が起きたんだ、またがあるかもしれない。
そのまたを、此処で壊すなんて、したくない。

ならば、その日の為に、眠らせておくべきだ。

まだ、冬で、在るべきなんだよ。


「…仕事が忙しくて、何時も夜遅くまで待ってくれて。」
「…羽矢斗君?」
「ご飯、作ってくれていい子に待ってくれた。」
『…ふ』
「…もう、待たなくていいんだよ?」

その言葉にボロリと涙が溢れ、零れ落ちる。
言わないで欲しい。そんな、そんな酷いことを。

「お腹が空いたら食べればいい。」
『やだ』
「芽生」
『いっしょ、いっしょが、いいの。』

春の昼下がり。午後が近い、真昼間にて。
3人一緒で、黄色いシーツの真上で楽しむ、ピクニック。
フワフワの卵と、大きな白いおにぎり片手に
冷たい水を共に喉の奥へ押しやって。

笑ってその時を、共に過ごす、だけの時間。

手を取り、その温かさに眩暈がする。
嗚呼此処に生きているんだ。
この場所に、存在している。

触れる温度が、そっと消え、記憶だけにしか、残らなくなる。
やがてその記憶も、色褪せ、無くなってしまうというのに。

何が大丈夫なのだろうか?全く持って大丈夫ではない。

「またね」
『…うん。』
「ふふ…では、お願いします。」
「…畏まりました。アイビーさん?」
「あいよ。」

そう言ってドアの処に持たれかけ待っていたアイビーが動く。

『おかあさん、おとうさん』
「ん?」
「なぁに?」
『…ありがと。』

貴方達に出会わせてくれて。

そんな言葉を飲み込んだというのに、
どういたしましてと答えが返って来た。
嗚呼、どうして私は顔に出やすい性分になってしまったのだろうか。

この時ばかりは、嬉しくてたまらなかったのだ。