お客人には迷夢をひとつ
前回のあらすじ
元の世界の記憶を忘れた迷子の華樹神様
『っけほけほ』
「最近咳き込みますね?」
体力ががくりと落ちるのも意味がある。
華が一度も咲かなくなったからだ。
何故かと考えると、靄のように見えなくなる。
この身体は、華神達は何度も言うが想いに縋ることで神の力を得るというもの。
想いが分からなくなった以上、その花は咲かすことを忘れてしまう。
花は閉じたまま咲くことすらも忘れて消えてなくなる。
それは人間の身体に戻るということで。
この空間での人間は少々キツイものがあったのだ。
おかげさまで体調の不調が絶望的だ。
前まであんあんとあれ程喘いだのも懐かしい程で。
ここ数日寝込んで動ける時があるのが良いくらいだ。
けほっと口から零した花に、コルンがぴたりと止まる。
『っけほ、こ、ふ、』
「…貴方は本当に、純粋で、穢れなど知らないのですね。」
『っけほけほっ』
白いアイスランドポピーの花弁が落ちる。
大きかったので咳き込んだのも無理はない。
華が出ない変わりに、内側から咲き誇りだしたのだろう。
早く願わさせねばならないが、早くさせて
下手に動かすと彼女はもう消えて無くなるのは目に見えた。
例え完成されていたとしても、願って消えるのでは話が変わる。
眠ったままで、忘れたわけじゃないのだと。
コルンは言われている気がして、胸が痛くなった。
其処迄して、貴方はそれでも前を向いて、
「辛くないのですか」
『けほっ、なに、が?』
「…いえ、なんでも。」
辛くない訳がない。
自身の知る者に犯され、逃げようとしていや
帰ろうとしていたのに、止められ、記憶をあやふやにさせられ、監禁されているのだ。
間違いなく別世界の自分だったら絶対殴り込んでいるだろう。
中立などいちいち考えている自分だが、こうなれば行動が早い。
どうせこれほど強く願う子の自分なのだから、かなりの頭が切れるはず。
少なくともこの場所に乗り込んでくることも、企んでいるだろう。
時間がないとはいえど、彼女がこっちを向いてくるわけがない。
何度抱いても見ているのは遠くの彼方。
気持ちいいのは意識的なことだけで、夜になると必ずひっそりと泣いているのを知っている。
余りに泣くので意識を飛ばさせて寝かしつけているのが日課になるほどだ。
帰してやりたいとは、ほんの少し思うが。
此方とて漸く手に入れた存在。
そうみすみす帰すなんて気持ちなど出てくるわけもない訳で。
「…痩せましたね。」
『っけほ、この、時期だからね』
夏が終わり、秋になる。
食事を共にするが、本当に華が咲く前から食欲が急激的に落ちた。
おにぎり一つ食べるのも漸く程な彼女の胃は、悲鳴を上げている。
早く帰さないと命すらも危ういぞと言われている気がして頭が痛くなる。
此方とてはいそうですかと渡せるなら最初から渡しているというもの。
恋心を抜きにして、この空間は通常の時系列と大きく歪んだ場所なのだ。
前にカランコエがメルに記憶をずっと持っておけと言い聞かせていたらしいが
それは歪んだ場所から唯一戻れる希望の光、いや一つの紐であるものだ。
その紐を手放した今、帰る場所なんて本当に考え付かない上に
「(下手にドアを開けさせて移動させると恐ろしいものだ)」
前にメルがこの場所から出ていた時があった。
丁度三人とも外れており、メルの状態的に放置してもいいだろうということで
徐々にこの空間に放置するようになってきた今日この頃。
ふとした時にドア前に突っ立って手を出しているのを見つけてすぐに身体を抱えて離した。
下手な空間に入れば魔女になり、他の空間に被害を及ぼすことだって充分に在り得るのだ。
それ以上に、この世界からまた彼女が消えると思えば、怖いことの方が勝った。
最近ふと笑うようになったが、それは作り笑いでしかない。
最初のようにうだうだとする姿も、今はない。
人形のように動き、答え返すことしかしなくなった。
まるで諦めたかのように見えるが、
もし諦めたら今彼女は死んでいることだろう。
彼女が諦めることは即ち死に直結する。
そのエネルギーは命をも回すものなのだ。
だから華は強く在るのだ。その願いだけに。
「メル様、其処までにしましょう。」
外を軽く歩かせるのも、体力がこれ以上落ちないように。
だが其処迄歩かなくなったのも、また体力が落ちている証拠で。
頬に触れてもなんにも音を立てない。
行為をする時は、最初のように目をギラギラさせる。
まるで、その時に自分を閉じ込めたかのように。
「…そこまでしても、あの人の印を解くのは手こずるでしょう?」
目をぱちくりとさせた後前を向いて歩きだすメル。
裏口から入って勉学に励むことにするらしい。
本当にカランコエ様の代わりで、華樹神の仕事をこなし続ける彼女。
余りにも集中しすぎるのでストップを出さないといけないレベルだ。
のめり込むにもほどがあると思う。それ程、彼女は真っすぐすぎるのだ。
だから、か。嗚呼、だから、選ばれたのかもしれない。
その場所しか見つめない彼女だから、樹は選んだのだろう。
純粋に何も知らずにではない。
全てを知っても尚、その両手を広げて伸ばす感情を。
「…私にはできません。」
それが、恐らく彼女の心が開かない決定打になっているのだろう。
行為をすれば、戻ってくる彼女に、
最近はたまにのめり込んでしまうので抑えている程だ。
やってる途中に話しかけると割と話をしてくれる。
好きなこと、前に何をしていたのかとか、
前の世界の事を聞けば結構教えてくれる。
印の効果が薄れるのは快楽に限ってのこと。
消し去ったのではなく、あくまでも上からかぶせただけ。
そのかぶせが消えれば、また同じ様に帰ろうとするだろう。
そう、させてやりたい。させてやりたいところだが。
「すいません、メル様。」
いいよ、大丈夫だよ。だからそんな顔をしないで?
そんな声が聞こえてくる。幻聴ではないのだから困ってしまう。
酷いことをし続けているというのに、それでも昔みたいに威嚇をしない。
「ストックホルム症候群というのをご存知でしょう?
私に其処迄期待しないで頂きたい。」
誘拐や監禁事件などで拘束されている被害者が、
加害者と同じ場所で長い時間を共有することにより、
加害者に対して共感や好意、さらには信頼など、
特別な心理的つながりを持つようになることだ。
違うと言うが、明らかソレと同じ行為であるのは事実。
これは誘拐ではないものの監禁であっているのだ。
大神官の印だって、本当は付けられなくてもいいはずだった。
「私を庇うために動いてくれたのですよね?」
一体何にそんな恩があるのかと覗きそうになって止めた。
それを知ってか、昔ねとメルが声を掛ける。
『コルン様がアルトを助けてくれたの。』
「…向こうの話ですか。」
『私もコルン様に滅茶苦茶怒られたこと何度かあってね?
もう走ったりすると怒られるんだよ。』
「…言っておきますが私も普通に怒りますからね???」
ええ、ええではありません。
『沢山見てくれた。沢山教えてくれた。』
「…それで恩とは、随分と高く見積もっていますね?」
『低い高い関係ない。コルン様は私を見てくれた。』
ずっと迷子だった私を、裸足で何処に帰るかも分からない私を。
『その場所だけを見つめてくれた。今いる私を、ずっと見てくれた。
それが何よりも嬉しかったし、どんなことよりも勇気になった。』
「…良い行いをされたのですね、別世界の私は。」
『コルン様って言うのはそういうところから。』
「だから私は呼び捨てだと。」
『だって貴方までコルン様って言うと分からなくなっちゃうから。』
成程
『だからね、コルン様には感謝とか超えた何かを感じているの。』
「言葉が見つからない感じですか?」
『うん。何時か見つけるけどね。』
忘れて居るだけだといいなあとメルはぼやく。
『そんなことより破壊神の所にいかなくていいの?』
「…現在は帰ってくるなと突き返されまして、
逆に帰る場所がないのですよ。」
『っふふ、じゃあ私とおんなじだね?』
こてんと首を傾げて言う彼女に、はあと頭を抱えた。
こういう話をするということは、誘っているということで。
失礼と言って身体を抱き上げ二階に上がる。
行為をするのは決まって客室の方だ。
彼女の部屋ですることはない。
それは彼女との約束でもある。
場所を変えすぎると色々困るらしい。
まあ、記憶にかぶせているだけの状態だし
一緒にさせるには最近気が引ける。
というか正直こっちがストックホルム症候群なのではと思う始末だ。
『コルン様コルンみてどんな顔するかなあ』
「絶対私は殺されますね。」
『そうおもう?』
「私だったら間違いなくそうですよ。」
貴方がそういう方なら、尚の事と頬に触れる。
嬉しそうに目を輝かせだすのだから、本当に困る。
求めてくれるのは嬉しい、嬉しいのだが……
「サワアお兄様を呼ばないのですか?」
『…いいよ、貴方が居ればそれだけで。』
「っ、私は、私にはこういうことを言う資格などないと分かっています。」
分かっているのです。
「今日と言う今日は言います。メル様、手折らないで下さい。」
『…それがどういうことか、分かっているの?』
「わかります。私は処罰を明らか喰らうでしょうね。
貴方は帰ることなんて出来ないでしょう。」
恐らく彼女は逃げようとして、逃げなかったのだろう。
敢えて自分に捕まえらせるように移動した。
感情を行動を、意思を、全て仕組んで変えてきた。
そうして、環境に適応させていたのだろう。
そこまでしても、その場所を、望む。
こっちが手折るしか、ないというもので。
「私を庇うというのはわかりました。
ですが、無理にずっと居るのは違う。」
『ふふ』
「…何を考えているのですか。」
『見ればいい、この真の蔵にある奥の真実を。』
そういって片手で胸にそっと触れるメル。
ニヤリと笑う目は、ギラギラと此方を見ている。
あれ程崩しても、彼女はそれでも変えないというのだから。
本当に完成されているのだと呆れてものがいえない。
『最初は嫌だったよ、普通に貴方に触れさせたくなかった。』
でも、それはきっと違うことでとメルは下を向いて言う。
『印を焼かれてから、ぼやけるの。誰かが好きだった。』
「っ」
『胸が苦しくなる。息が続かなくなる。そこに居たい。胸が痛くてたまらなくなる。』
でも、分からない今こそが、一番幸せでいいとこぼす。
まるで諦める様に言い聞かせるのだから違うと否定するしかない。
言い聞かせないと、そんなの、そんなのまるで貴方は、
「(最初から諦めた願いを捧げたというのですか?)」
二度と叶う事の無いようにと、念を押して。
ニコリと微笑む彼女に、顔が歪んでしまう。
それをみせたくなくて、彼女の腕を引いて抱きしめる。
背中を叩かれて、首を横に振るしかできない。
貴方はそれほど苦しまなくていい。
自分がしてきたことは確かに罪深いことだが、
なにも体罰を与えたいからとしてやったことではない。
本当にこの子のことが好きだし、まぁ好きだったのは
この世界に居たエフェメラルではあるのだが。
それもだが、彼女と出会い本当に堕ちたというのもある。
恐ろしいくらいに馬鹿なことはするのだ。
見ていないとひやひやしてしまうくらいには。
嗚呼、それだから自分もこんこんと
彼女に説教を垂れ流したのだろうなあと思い浮かぶ。
此間彼女が熱湯に手を触れたのに滅茶苦茶叱ったのだ。
あれ程気を付けなさいと言ったでしょう!と怒ると笑われた。
そりゃあもう嬉しそうに、泣きそうな顔で、しまいには泣き出した。
噛み締めて、飲み込んでしまうのが、本当に上手いのだ。
「そんなことしなくていいのです」
『コルン……』
「無理に飲み込まなくていい。嫌なら食べなくたっていい。」
だというのに、貴方は嫌がる素振りもせずに嫌な物でも飲み込んでしまう。
味わうように、噛み締めて、ただその感情を、飲み込んだ。
『結婚式来週だってね?』
「…メル様」
『楽しみだねえ』
「…駄目です、お願いします。」
止めて下さいと力を強めるコルンに大丈夫と声がかかる。
では何故泣いているのですか。汗だよと嘘を付かれてもバレるというのに。
ぽろぽろと泣いている彼女の目じりをそっと優しく拭い去ることしかできない。
その願いを、その感情を、和らげることすら出来ない。
『この手が、此処に。あるだけで、いいの。』
「…駄目です、それでは、それではいけません。
もう来週は出ないようにしましょう。」
『何言ってるの。出るに決まってるでしょ。』
この印もそこで取ってくれるって。
そういったメルが、うっとりとしてみるのだ。
嗚呼、もうやっと、この時間が終わるのだと。
噛み締めるように、寂しそうに泣いている。
「…殺せるのならば殺して下さい。」
『死なないで、生き続ける。』
「は、それが貴方流の償わせ方ですか?」
『地獄でしょう?』
「…そうですね。」
忘れても、忘れなくても。
地獄には変わりない。
『私ね、貴方が私を好きでいて本当に良かったと思う。』
「…何故ですか?」
『貴方はとっても真面目で賢いから。』
私と同じ考えをしてくれる。
そっと見つめる黄金色の目に、ゾクリと反応した。
赤くみえたのは、気のせいだろう。
「ですが、式にでるのは構いませんが…」
『華が咲かないからって?大丈夫だよ。ちゃんと咲く。』
というか
『咲かないと私自分で胸を刺してまでえぐらせて出すから。』
「あの一応華やかな式なのですから、出来れば血は止していただけると助かります。」
『まぁするとしても裏手かな♡?』
「裏も表もしないで下さい。」
『でも刺すことに変わりないよ。』
刺すか刺されるかの二択。
そう言い切るメルに、本当に覚悟が決まったのだと改めて見る。
だから、抱けとでもいうのだろうか。
両手を広げて、今この時間だけは忘れさせろと。
嗚呼それならば
「お望み通り」
貴方の望みをかなえて差し上げます。