ホットミルクの薄膜事件
それから、一日、二日と経過したある日。
「メル??マジでやってるの???」
『あとちょっと』
「流石に三日目は駄目。」
あああと半泣きのメルに、最低限の食事と風呂しかしない処
向こう側のコルンもかなり苦労したのだろうなとアルトは感じた。
心なしか「ああ分かってくれますか」と嘆きの声が聞こえてくる始末だ。
「ったく本当にするとはねぇ」
『うう』
「忘れたくなる気持ちも分からなくはないけど。」
はいどうぞとカフェオレを置いたアルトに
ありがとうと言って冷たいカフェオレを飲んで一息つく。
ピンポンと音が鳴って、家のドアと、リビングのドアが開く音に声が上がる。
「失礼します」
「どう?仕事捗ってる?」
『コルン様!リキール様に、アンダルシア様フェルも!』
「元気そうで何よりだ。」
「メルが余りにも仕事魔だから強制的にひっぺがして今強制的に休憩入れさせてるところです。」
「お前も苦労するよのお」
「ほんときつい。」
そんなこと無いはずなんだがなぁと言うメルに
軽くチョップを入れて叩くアルト。
もうその距離感に、余程疲れているのを悟る。
「仕事が捗るのはわかるけどね。時間はある程度守ろうよ。」
『うう、ごめん。これでも善処してるんだけど。』
「欲望に完全敗北してるじゃん。」
『ううううう』
「まぁまぁ、私の書面大丈夫?変なこと書いてたりしてると思って気になってきたんだけど。」
『んーまだ第8手を付けてないから、ついでだし見てくるならいいよ?』
「ほんと?!?!」
『それくらい大丈夫。』
「だから言ったじゃろう?それくらいなら構いやせんと。」
『ほらご先祖様ほんと。』
タッグを組む二人に、フェルがありがとおおと言う。
この状態ならとアルトはフェルを連れて中に案内する。
アンダルシアもフェルだけではと思ったのか移動して、
この部屋には天使と破壊神しか残らないようになった。
「それにしてはお疲れのようですが?少し詰めすぎでは?」
「忘れたいなら消す方法など幾らでもあるだろうに。」
『…バレるか。』
「嗚呼、イルも心配していたからな。」
優しい人ですから。きっと全部包んで抱え込んでいるのでは、と。
『第八もうさぁ〜〜〜嫌いだってば〜〜〜〜』
「っくくく、なのに受け入れる神が何処にいるというのか。」
『あいここ。』
そうソファーに寝転がっていたメルがぱっと起き上がり手を上げる。
リキールはソファーに両腕を置いてメルを見ていた身体を起こした。
『ん〜〜〜〜!でも休憩したし大丈夫だよ。』
「そうやって向こうでは此方を忘れようとしたんですか?
いや、違いますね。此方側と向こうを整理する時間すら
嫌になったとでもいいましょうか。」
『…コルン様?』
「そうしなくても帰って来たんですよ、メル様。」
『わかってるよ。ごめんね。』
「謝るのは私の方ですよ。」
そうだけど、そうなんだとは思うけどね。
それでもあの時間は忘れたくない。
印が徐々に消えていく中、ぼんやりとするのもある。
忘れたくなんてないのだ。
全て全て、覚えて居続けたい。
それがたとえ、地獄だとしても。
この首を手に取るのは何時だって私でいたいのだ。
『完成されたとはいえども、私だけだと未完成だから。』
「ほぉ?面白いことを言い出すもんだな。」
『でしょう?』
アンダルシアが消えかけている今、少々考えたことがある。
だが、それをしてしまえば、向こうは死にゆくというもの。
いや、下手すれば…考えたくはないが。
「メル様?」
『気にしないで。』
「はあ」
「メルこっちはおっけーだよ。」
『じゃあリキール様ちょっと手伝って欲しいことが。』
「なんだ。」
『コルン様はアルト持ってって欲しい。』
「メル????仕事するつもりならいかないけど????」
『監視委員此処にいるじゃん。』
そう指を指すメルに、まぁそれならと納得するアルト。
一応第8でいたので、各々信頼は高い方である。
「任せろ。精々羽根を伸ばしてくるがいい。」
「…分かりました。それではアルト行きますよ。」
「はい!!あれまさかひょっとしなくても手合わせします?」
「してほしいのですか?」
「してほしかったりなかったりしてなかったり?」
「どちらですか…」
はっきり言いなさいと言われつつ、
二人して消えて居なくなるまで見るまでもない。
メルはさてと、と言って残されたカフェオレを飲み干す。
「にしても考えたな。二人きりにさせたかったのだろう?」
『なんのことだか。君に手伝って欲しいものあるのは事実。』
「ほぉ?破壊神に何を手伝わせるとでも?」
『リキールってさ、魔術の特訓付き合ってくれてるんだよね?』
「何だ今更。フェルの組手なら貴方がすればいいだろう?」
そう言いながら、メルはコップを片付け、裏口から家を出る。
それに付いていくリキールにそうなんだけとと答えた。
『魔術にも種類があって、気の練り方でも変わるのは知ってるでしょ?』
「ああ。ああいう星は特殊だからな。
イルも結構気に入っていて良く話すから知っている。」
『ちょっとお試しに採点してもらおうとね。』
「…成程、軽い組手と言った所か。何処からでも構わん。」
そう言ったリキールに、メルは距離を取って、さてどうしようかと考えた。
裏庭は広いとは言えども、その範囲はまぁまぁで、軽く剣を交えるならいいが
広い範囲をぴょんぴょんとは出来ない。
本当は玄関側の方に移動したいのだが、
それだとこの魔術やらの力は通用しない可能性が高い。
と、いう訳で。
『っふん!!』
「っと」
足をダンとつけ、リキールの足元を掬おうとした。
一応考え方は気の感じと直結しているこの感じ。
「華樹の力か?」
『そんな、ところ!!』
「甘いな」
『わ!った、と!!』
「それくらいだと避けるのも簡単だぞ?」
蔦を出して彼を捕らえようとするが、
するすると避けられる。
根を張らせて下から捕まえるにしても、
下やら後ろを気にするメルを見て
すぐにばれてしまうのは分かっている。
『ん〜これをこうしたら?』
「威力は良いが、精度が悪そうだな。」
『じゃあこう!!』
「…軽く凶器になるのはなんとかならんのか。」
『その調整にと貴方にお願したんだけど。』
「はあ…ソレは俺の方がいいのか?本当に。」
どっちかっていうとコルンの方ではと言うリキールに
いやいやとメルは首を横に振った。
『もうあの人と組手なんて出来ないから、ねっ!!』
「大事か」
『皆大事なんだけどね。』
「…成程、厄介な種を貰ってきて困っていると。」
『そんなとこ!』
「っと、さっきのは良かったぞ。」
『え!?待ってどれだろ!??!』
「…せめて繰り出すなら一つにしないか?」
そうため息を吐いたリキールにだってえとメルは声を上げた。
「其処迄焦らずとも、今回で達成するつもりもないだろうに。」
『あら、そうかなあ』
「新しい力は慣らすのに時間もかかる。俺ですら破壊に慣れるのに時間がかかったんだ。」
『身勝手の極意が滅茶苦茶難しくてさ、新しい力をと思ってね。』
「華樹らの力ということか?それの実験とは、まあ光栄な話だ、なっ。」
『っわわわ!』
「と、大丈夫か?」
『ありがと』
いや、いい。とメルがこけそうになったのを咄嗟に受け止め体制を元に戻すリキール。
「ん?どうかしたか?」
『…あ。そっか。何も一つに絞らなくていいのか』
「あ?なにをっ!?!?!?」
そういったメルが指も慣らさずにリキールの周りに黄金の草を生やしたではないか。
それにただの草かと思っていたリキールだが、嫌な予感が胸を騒がせて困る。
「…何をした」
『なぁんにも?』
「お前、本当に自分が未完成だと思っているのか?」
『ううん?完成されたと思ってる。』
「嘘だな。未完成だと思わせて制限をしている。」
それを緩ませてこの状態。リキールは跪いて腰をそのまま落とした。
「完敗だ」
『あらあ』
「メル!!」
『あ、アンダルシア』
「お前何をしてるんだ!!」
『実験対象狐さん。』
「捕獲された」
「リキールお前もちゃんと逃げんと軽く死ぬぞ!!」
まったくと言って回復をするアンダルシアに、すまんとリキールが笑って答える。
「メル、お主それ向こう側で?」
『してないよ。まだね。』
「…しようとはしたと。」
『向こうのコルンに止められまくった!』
「成程な、隔離もしたくなるわけだ。」
『どういうこと?』
「気付くのがお勉強、じゃなかったか?」
ああーわるいんだあ。
そう不貞腐れるメルに、良いとリキールが手を止める。
いつの間にか黄金の草花は消えて無くなっていた。
「あれに花言葉もあるのか?」
『ないよ私が想像した幻の花というか草。』
「…末恐ろしい奴だなお前と言うやつは本当に。」
あの範囲に入ると、その考えていた
内容まで真っ白にさせてきたというのに。
草に入れば最後。思考回路を全て奪う訳でもない。
ただ、考えていたことが靄の様にかかり、
上手く反映されず完全な隙が
生まれてしまうというもの。
「確かにこれはちょっと、瞬でやられると怖いな。」
『…なら、奥の手で取っておいた方がいいのか。』
「常時されると普通に怖いぞこれ。」
『あはは、おかしいなあ通常攻撃を覚える予定だったが。』
「それなら蔓のやつやら最初の方が良かった。」
あの地面から生やしたアレかと納得するメルにそうだとリキールが答える。
「誰かのを真似たのか?」
『そう。お母様のを真似てしてみてさ、まだ慣れなくて。』
「まぁ血は引き継いでるだろうし、後々出来るようになるだろう。」
『ごめんありがとね。』
「もういいのか?」
『大体コツ掴めたから、もう一度一人でやってみる。』
「ある程度人としていないとなまるぞ?さっきみたいに。」
『あはは、今度ビルス様辺り呼ぼうかなあ。』
「あいつなら喜んで相手するだろうよ。」
そういった後、ふとリキールはメルの名前を呼ぶ。
どうしたの?と振り返ったメルが裏手の蛇口を捻った時だ。
「お前ずっと裸足のままか?」
『うん。前の方でもそうだったし、なんか靴を履くより裸足の方が感覚凄く良くてさ。』
汚いから家の出入りは石鹸で洗ってると言って
念入りに洗い出したメルに、そうかと答える。
『やっぱ靴履きたいんだけどねえ、華樹の外に出る時くらいかなあって。』
「…まぁ、それならいいが。」
『どうしたの?結構力出る感じ?』
「いや、いい。では失礼するぞ。」
コルンはどうせ外でアルトの組手を見ていることだろうし。
そういったリキールにフェルがバタバタと足音を立てて帰ってきた。
「あ!皆こんなところに居た!!」
『フェル!』
「ごめんもう大丈夫!幾つか訂正あったからそれ確認して欲しい!」
『了解。また気になったらいつでも来ていいからね?』
「その時は逐一連絡いれます。」
『あはは!了解しました。』
「じゃあ帰るか。」
『またね〜〜』
メルは軽く足を洗って綺麗にした後、
玄関から出て行った彼らを見送り、
そっと手を下す。
『…黄金の草花、ねえ。』
貴方はソレを、恐れていたというのだろうか。
ちらりと下を見たら、その花がぶわりと広がる。
かさりと触れると、何もかもがぼやけて考えられなくなる。
嗚呼自分にも効果があるのは困るが、それもそれでいいかと思い、
メルはそのまま丸くなって少し横になってみた。
身体がだるくて、とてもじゃないが起きている感じがしない。
まるでうたた寝をしているかんじだ。日向ぼっこで気持ちがいい。
あの春先とか、冬の昼間に少し暖かい太陽が自分を照らして
程よい体温になっているこの感じ。
全てがどうでもよくなってしまう。
だとしても、眠たいから寝るかと言われてもそうでもない。
ただただ、その時間をぼーっと費やす感じ。
そのまま首を手に取り、華を折ったらどうなるだろうか?
きっととんでもないことになるのは間違いないだろう。
しない、そうしないよ。大丈夫。
『…気持ちいいなあ』
こんなところで寝ていると、大体全員何をしていると言うだろう。
でも、玄関先でこうして寝るのは、今に始まったことではない。
『いつまで待つんだろう』
親の帰りを待っていた頃、寂しすぎて玄関先で寝ていたのを思い出した。
黄色いタオルケットに身を包み、涙を見せないように定期的に拭いていた。
顔が赤くなってたりするので、バレるというのにも気づかずに。
『待たなくていいのにねえ』
帰ってくる人なんて、もう此処には居ないのだ。
帰ってきたとしても、いまではないのだから。
胸が苦しくなって、ふわりと沈んでいく。
魔女になんてならないし、なるつもりはない。
もう此処が全ての終わりで、終焉の位置。
この先なんて、もう何もないというものなのに。
未来を見つめて、ただ真っすぐ手を伸ばしてしまう。
『…まって、も、いみ、ない、の、に。』
それでも、貴方を待ち望むよ。
何時までも、何処までも。
目を閉じて、すやりと眠り始めるメル。
寝息が定期的に変わると、ガチャリとドアを開けた。
「…どうしてもここで寝るんですね。」
指輪が反応したので気になってきましたが。
そう言って黄金の草から彼女を抱き上げたのは
向こう側に帰っていたコルンだった。
「私を待ってくれていたのですか?
それともあの時間のサワアさんを?
いや、それとも、また違う人?」
誰でも良い訳でもないが、それでも貴方も言っただろうに。
待たなくてもいい、此処でいなくてもいい。
すやすやと眠るメルに、クスリと笑みがこぼれる。
「おやすみなさい、良い夢を。」