陽を継ぐ番人の左手には夜
「此処に居ましたか」
そうちらりと向いた彼女の先には、
紺色の髪色をした女性が立っていた。
「エフェメラル様が居られないので皆さん泣きながら捜索されていましたよ?」
『(ごめん……)』
「ふふ、慈悲の神が私にお導きして下さったおかげで、貴方を見つけることが出来たのです。」
慈悲、ね
『(慈悲などあったらどれ程良かったか)』
「エフェメラル様…」
『(あと私の名前はメルだよ、ラズール様)』
「ラズール様だなんて、私のことは
気安くラズールとお呼び下さい。
我々原初は貴方のことを守る者達です。」
『(要らない、私を守る人は私だけ。)』
「エフェメラル様……」
『(居ない存在を何時までも待ち続ける私が馬鹿なのか)』
「そんなことは…」
分かっている、こんなこと、無駄なことなのだと。
でも、どうしても考えてしまう。
ふらふらと動く身体を支えつつ、ラズールは前にゆっくりと歩く。
本当はメルが嫌と言おうが、抱きかかえてでも戻したかったが、
振り返った時の、悲しそうな顔をみて、どうしようもなくなったのだ。
歩かせるべきなのだと
そう、言われているような気がしてならなかった。
「…貴方はどうして、そこまで追い求めるのです」
『(え?)』
「我々原初は、ルメリア様の実子にみえて違います。
ルトラール様からの力を注がれた神々の存在に等しい。」
それでも、人間の感情を持っているのは、
「貴方のことを心配しているのは、
あの方に創られたからではないのです。
私達は、私達の目で、貴方を見て、心配したのです。」
ーどうか、この子を、よろしくお願いします。
「ルメリア様とルトラール様の間に産まれたのは、
貴方一人だけなのですから。」
『……っ、げほっごほっ』
「エフェメラル様!」
「っラズール!エフェメラル様!!!」
そう気付いた者達がメル達の元に駆け寄る。
アンダルシアは全王様から呼び出されていた
第二宇宙の神々と合流し、ラズールの所に
案内していたところだったのだ。
「お前、また抜け出して…!!」
『ごほっ』
「メル、お主…!サワア、メルを連れていけ。」
「っ…分かりました、メル様失礼します。」
そう言って命令を出したヘレスに、サワアは
ヘレスにぺこりと頷いた後、
アンダルシアとラズールの面々にもお辞儀をする。
メルをそっと抱き上げると、
吐血していた血を避けようと動く彼女に声を掛けた。
「血がついても構いません。それよりも、もう少し力を抜いて下さい。」
『(でも、私重たいし、あと貴方に)』
「言っておくが、メルよ。それは考えても無駄だ。」
そう言ったアンダルシアにメルは振り返る気力もなく、
ただ脳内でアンダルシアに問いかける。
『(どうして?)』
「ちょっと強くサワア殿に聞き返せばちゃんと答えてくれる。」
『(え?えっと、さ、さわあ、様?きききき聞こえてます?)』
「ええ、聞こえていますよ、メル様。気分はどうですか?」
『(気分は不調ですが、というか血が付きますから体制かえっ)』
ごほごほと咳き込みだす彼女に、嗚呼動いて冷やしたなお前とお小言を貰う。
「お前の状態は緊急入院して手術を三日三晩した
10歳前後の子供と変わらない状態なんだよ。
人工呼吸器をつけて軽く起き上がるだけでも
厳しいというのに、つけずに動き回ればそりゃ戻る。」
『(んなこと言われたって、そんな感じしないんだもの)』
「まぁそりゃそうだろうな、急になったんだから。」
そう軽く頭を撫でられるメルに、撫でたアンダルシアが微笑む。
楽になるのは、恐らく力を使っているからだろう。
そういえば、彼女達は力を使っても髪色が変わらないが、
どういう原理なのだろうか。それとも、力がそこまでではないのか。
「こちらです」
「おろしますよ」
ゆっくりと自室にもどってくる。
嗚呼そうだ、此処から逃げたくなったのはそうだった。
『(帰らないと)』
「…メル」
『(お母さんが)』
「おぬっ」
「お母さんは帰ってこないよ。」
「っアンダルシア!!」
黙れと言った彼女がメルに言い聞かせるように
ベットに手を置いてメルの目を見て言う。
「此処はお前の知る病棟ではない。入院していた場所でもない。
その記憶はお前でありお前ではない。気付いている筈だ理解しているはずだ。」
違う、違う。
「何にも違わない。ならこいつらをどう説明する?
ヘレス様はまだしも、サワア様のその姿は?
輪は?一体どう説明を付ける。」
「っ」
「此処はお前が知っている場所よりも程遠い。
其処はお前が我々を守るために作った切った時間。
だからお母さんは何処にも居ない。帰ってこないよ。」
その言葉に、メルの力が爆発したのか、
身体の周りからアンダルシアにツタを這わせる。
アンダルシア!と叫んだラズールだったが、
何事かと何人かがドアを開けて入ってくる音が止まる。
「いない、いないから、そうおびえなくていい。」
「…エフェメラル様」
「こわかったな、なにでおこっているのか、わからなくて。
つらかったな、いつもどおりではない、そのかんかくが。」
ぼたぼたと零れ落ちる涙と共に、力が徐々に弱まっていく。
「いない、あのひとは、どこにもいないよ。
それでも、きみは、きみだけは、あのひとを、おぼえつづけてる。」
『っふ』
「だいじょうぶ、これはゆめで、さめないながい、ゆめなんだよ。」
違う、嗚呼、違うのだ。
これは夢ではなくて、現実で、醒めない夢を見た現実で。
あの人達が神様になんてなれるわけなくて。
酷い、そうだ、これは酷い夢を見ているんだ。
そう言い聞かせては、何度だってその身を維持した。
キープして、止めて、留めて、言い聞かせた。
でも、それはあくまでも一時的なもので。
本質は、根本的な解決になんて、至っていなくて。
「君は此処にいる、大丈夫。だぁれも、君を見ていない。」
『っ、ふ、……っは』
「だから安心してよ、良い子な君は。」
言う事が聞けるだろう?
そう言ったアンダルシアに、メルはこくりと頷いた後、
そっと身体を横に倒しそのまま目を閉じた。
「…っはああああ」
「なんじゃ」
「焦ったぁいぎでだあああ」
「お恥ずかしいところを見せてしまいすいません。
先程まで瀕死状態のまま脱走していたエフェメラル様を
保護するためにこの場所を捜索していた面々が脱力しただけです。」
「はぁ」
「まぁあのまま我々が見つけれなければ、
彼女、死んでいたでしょうね。」
なっと言ったのはヘレスだ。
気付いておったのかと言うヘレスに、サワアはええと答えた。
「ええ」
「どうしてそれを早くいわん!!」
「言われなかったので。それに、
私が行こうとも、遅かれ早かれ
ラズール様達が見つけていたでしょう?
ま、瀕死とあらばそう遠くに行かない。
と、踏んだ結果がこれでしょうが。」
「う」
仰る通りである。
「それにしても、その病人の目を放すとはどういう仕事をしているんです?」
「…言い訳をすると、我々も思い出しながらの仕事をしているんだ。」
「まぁ蘇生というか、蘇ってまだ生後1年足らずですし。」
「自分達の状態が疎かだというのに、彼女のサポートとなれば必ず穴が開く。」
だから数人で協力をしているのだが
それでも彼女は目を盗んで外にでる癖がある。
それはウイスやルトラール辺りに聞いたら
納得するものでもあるだろう。
一人になりたいとき、必ず夜闇の月が出ている場所に出向くのだ。
この全王宮の奥にある華樹神庭には、いくつもの部屋が作られている。
そのうち、彼女がよく入る場所は限られているのだ。
「ま、我々で後は面倒見ます。
すいませんラズールを連れてお帰りして頂いても?」
「わかりました、ではいきましょう。」
そう言われては下がらない訳にもいかない。
ちらりとメルを見たサワアはぺこりと
お辞儀をしてその場を後にした。
「なぁ、サワアよ」
「なんでしょう?」
「あの子、メルは、お主から見てどうみえたのじゃ?」
「それは、どういう意味でしょうか?」
「神かそれとも人の子か。」
帰る間、長い廊下を歩いて戻る。
「我には神になりつつある人の、迷い子にしかみえんかった。」
「…それでいいのでは?」
そう前を進み、ヘレスの方を見ているようで見ない。
少し顔を左に寄せて言うヘレスの隣にはラズールが続けて話す。
「貴方の仰る通り、あの子は現在神になりつつあるもの。
勿論彼女は神になる器であり、神に選ばれ、産まれた子。
ですが、長い間人間として、ずっと人の子達と共に過ごし
多くの世界を見続け、走り続けた子供でもあるのです。」
その時間が、尾を引いているだけのこと。
だから夢遊病者のように、ふらふらと外を歩いてしまう。
まるで、其処に帰るように。
「慈悲の無い神の居た場所で生きた時間が彼女を縛り続ける。
それはきっと、もう。神になったとしても。」
「…そうか」
「ですが、あの子はとてもお強い子です。
我々はあの子だからこそ、傍に居たいと強く想う。」
その想いが、彼女に引き合わせてくれたと、ラズールは微笑み言うのだ。
「貴方達破壊神を、もう恨まないでと言われるように。」
「…っ」
「ふふ、本当は貴方方を殺すつもりだったのですが。」
ー無礼なことをいう、すまない。話を聞いてくれはしないか。
「あの子を思い出した、あの約束を果たす時が来たと思えば、そうするしかないのですよ。」
ー華樹の神が、命を落としかけている。
「…ラズール様」
ーたのむ、助けてくれ。
「様だなんて、貴方までよして下さい。」
「そうにはいかぬ。我々破壊神は
あの子達に無礼なことをした者達。」
「それは破壊神だけでなく、我々天使もです。
ですので様を、ましてや敬称を略した上に
友の様に接しろとは難しいのですよ。」
ーメルを、あの方々のお子を。
「貴方方にはお礼を言っても足りない程のことですから。」
「…サワア様、ヘレス様…!!」
「それこそ止して下さい。我らのことを敬称など。」
「いいえ、そんなこと出来るわけないではないですか。だって」
ー貴方の手で、助けて欲しい。
「貴方方は、あの子が大好きな神様達でもあるのですから。」
そう笑うラズールに、ヘレスとサワアは
目を丸くして二人して見つめた後、
嗚呼と笑って肩を落とした。
「狡いのぉ。ほんと。」
「ええ、全くですね。」
「ふふ、あの子に、似ましたから。
体調が戻れば第二に来れるように
手筈を整えておられたのでしょう?」
「っ気付いておったのですね、
流石原初の我々神々の神様。」
「それこそ止して下さい。
もう古く過ぎた昔話の逸話にすらならない
伝説級のおとぎ話でしょう?」
「ですが、現におられる。」
華樹神も、華神も、加護天使も
「原初であり、全てを統べていた者の、英雄たち」
原初
「貴方はその迷い子の手を取って戻ってきてくれたではありませんか。」
神の子である、人の子を。
「神に約束を交わしたのでしょう?」
ーどうかこの子と、一緒に。
「“末永く、共に手を取り歩み続けて欲しい”なんて。」
「……ぷはっ、っふふふふふ!」
「おかしいですか?」
「ええ!とっても。」
そう肩を高くして落とすラズール。
サワアより前に行って言うのだ。
「事実をそんな大事そうに言うのですから!」
「…そうでしたね。」
「ええ!帰りましょう、嗚呼ついでに華神星にお寄り下さい。
先日お紅茶とお菓子を調達したばかりなのです。」
「ほぉ、それはそれは、どうされます?」
「行く以外選択肢などあるわけなかろう。」
ではそういって三人はすっと消えていなくなる。
「…全く、貴方も狡いですねぇ。」
そう桜の葉を置いて言う。
「選んだ道を、よかったかななんて、我々に聞いて戻ってくるなど。」
元来た道を戻ってこないで頂きたい。
「貴方が選んだ貴方しか歩めない貴方の道なのです。
それを我々は付いていくのみ。振り返るなんてしなくていい。
貴方が思った貴方の描いた貴方しか見れない世界なのです。」
ただ、もし、もしも不安で辛いならば。
「どうか前に居られる者達に手を前に出して下さい。
そうしたら、どんな者達でも貴方の手を取ってくれる。」
正直に、生き続けようとする貴方だから。
「我々原初は、始まりを何よりも愛する貴方を愛するのですから。」