「ようこそ、此処が最果てです」
「本日は此方になります。」
「わ、すぱ」
「トマトスパゲッティに
レタスとサツマイモと林檎のサラダ。
玉ねぎとキノコだけの中華風スープに
ひき肉とじゃがいものチーズクリーム煮込みです。」
デザートにはコーヒーの入ったアイスです。
そう言ってルトラールが芽瑠の前に置いた食事。
食卓が彩り、とても色鮮やかに見えた。というかそう。
芽瑠と暮らし始めてもう半年、
否、七か月余りが過ぎようとしている処。
彼女は他の華神と違って食に頓着が無い。
本人から聞くと食べたくないのと答えた。
ー私が食べると何時も誰かが怒ってた。
ーだから食べる癖を付けなかったの。
「(そんな子が自ら作って食べるようになるとは
…彼女には感謝してもしきれませんねぇ。)」
芽瑠曰く、料理をしなかったのも食べなかったのも
全て時間を共有してしまうからだとのこと。
ルトラールが早く自分から次の人に移転して
そのまま自分は帰らなければと思っていたらしい。
しかも本気で。
だから自分のことは誤魔化した。
食事も別世界の物は食べてはいけないと
何処かで変なことを聞いていたらしい。
成る程、それは食べない。
律儀な彼女なら尚更だ。
でも、帰ることを諦めた訳でもないだろう。
ならば何故か、それは
「だって私のこと、見てくれる目をしてくれたから。」
「え」
「何時も何処か見ていて、羨ましそうだったから。
早く帰らないとってその為にも体力付けてた。」
「そんな…私の?」
「でもそんなことしなくていいって分かった。」
此処に居る人がそう言う。
そう言って胸を撫でおろす芽瑠に
ルトラールは目を真ん丸とした。
彼女は願いは言えども身体の中に入ることは無い筈だ。
きっと感情だけだろうと、思うが、もし伝説が伝説ならば。
力がその中に、存在が収納されるということで。
それはつまり
「私も前を向かなきゃって思ったの。」
此処に来るべくして、迷い込んだということであって。
それはつまり、あの廻廊に落ちた子であるということで。
華樹の時間が、ルトラールの胸を締め付けた。
紺色の子供が、此方を見る前に、ルトラールの口が開く。
「芽瑠様…」
「ごめんね、今までお世話かけました。」
「いえ…そんな」
「私ももっと体力付けて前を向かなきゃ。」
それは、それは…【何処の前】だというのですか?
其処に、私達は存在しているのですか?
そこには、貴方は、生きて笑っていますか?
遠く行く彼女の目に、嫌な予感を感じた。
「ルトラール?」
「…いえ、なんでもありません。
あまりにも芽瑠様が此処まで
お食事を摂られていることに感動してつい。」
「私其処まで食べてないわけじゃないよ!?」
「口に入れる動作は、でしょう?
食事というものもルールがあります。
ほらそこ、嫌そうな顔をしない。」
「いやだって〜〜〜〜」
「ハシュクロード様も嘆かれますよ?」
そうやって盾にするそう睨む芽瑠に
何とでも言いなさいとルトラールは答えた。
「貴方はもう少しふと…おや」
「どうしました?」
「いえ、これは」
「美味しい?ねぇ美味しいでしょう!?」
「一体何を入れたのですか?」
「そんな毒みたいな…前にウィアリスさんや
シャクちゃん、ルリちゃんが来ていたの憶えてる?」
「え、ええ、初めてお会いした時に
各宇宙の得意分野を仰られておりましたね、それが何か?」
「何でか知らないけど、
創造で種を作れることに気が付いてね?」
そう言った芽瑠に食事をしていた手が止まる。
…なりません、それに気付いては。
かたりと席を立ったルトラールが芽瑠に近づく。
「(それは貴方の生きていた、別の時間の物であって)」
『あ』
次のことが、何となく想像できたメルが声を出した。
ん?どうしたの?と上を向く芽瑠。
「それで種を使って育てたの!そしたら異様にありすぎて
これならいっそのこと菜園とか作っちゃおうよ
って話になって作ってさ〜って、どうしたの?ルトラール。」
「…芽瑠様、それは、一体どうやって使ったのです?」
「えっと、確かぼけっとしていた時に思い出したの!
こう誰かと一緒に居て、食べ物食べれなくてね?あれでも」
一体誰と一緒に、たべて
そういう芽瑠に、ルトラールは席を立ち、
芽瑠の名前を呼ぶと、可愛らしい声でうん?と振り返る。
ふわりと風が起きた感覚に芽瑠は顔を上げた。
手が頬に振れ、額を合わせる。
「お許しください、芽瑠。」
「る、とら、る?」
「こちらをみて」
目が合う、その紫色の光に、身体が止まる。
嫌な予感は何時も的中する。
まだ咲かない花、死なない華神の消滅。
発生するはずの無い種の数々。
間違いない、この子は
嗚呼、早い幾ら何でも、早すぎる。
なら、もう少し、深く作っておかねば。
今度はもっともっと、後に、戻れるように。
「あれ?でも、芽瑠は」
「私は何も気付いていない、
…憶えていない。復唱してください。」
「私は、なに、も?気付いて、」
「ええ、」
「な、にも、おぼえ、て…」
青い目が紫色に変化する。
その眼に、目を細めた。
「…本当に良い子ですね、
貴方は、恐ろしい程に。」
「る、と、あれ?、わ、たし」
「眠くなりましたね、寝ましょうか。」
コレは夢ですよ。そう、それは夢。
そう言いながらカランと落ちたフォークを放置し
うとうととする芽瑠を抱き上げ部屋に戻る。
紫色に光り続ける目に、ルトラールは答える。
こてんと胸に頭を委ねる彼女に距離を取られ、
今まで心を開いてくれていないことを知り、
少し、いや大分胸が痛いが。
もしこの勘が正しいのならば、これは正しい対処だ。
「貴方は、それに対して今気付かなくてよいのです、
知らなくてよいもの。貴方は華神に成れる素晴らしい存在で」
そして?そして。ルトラールはぼやく
「貴方がこんな、こんな場所に、帰って来てはいけません。」
「わ、たしは、華神に」
「………ええ、そうですよ。その記憶は在ってならない。」
「こ、れが?」
「ええ、何が見えますか?」
「む、こう、いる、よ?」
そうルトラールの服を掴み
少し前のめりになりつつも前を指さす。
「誰が、居ますか?」
「えと、き、んじょ、のおねえちゃ」
「…お姉ちゃん?」
意外な言葉に、内心ほっとする。
「うん、芽瑠の、花も、教えてくれた。」
「……成る程、そう言うことだったのですか。
これは、嗚呼それでも、いけませんねぇ。」
「うう?」
「芽瑠、此方を向いて。」
「でも、しろい、子、いるよ?」
「……っ!!!!」
白い髪の毛の、おん、なのこ?
そういう彼女の言葉にルトラールが目を見開いた。
あれ違うような気がするという彼女に、
芽瑠と違う声のトーンで上を向いた。
「る、と?なんで、ない、て」
「…っ、あな、たが、そういう、ことを…っ!!!」
本当は、こんなことなんてしたくない。
何度も何度も言い聞かせていくしかない。
なんでこの子なのだ、なんでこの私なのだ。
選ばれなくていい、貴方は笑って日向の中で。
ずっとずっと、笑い続けて、色んな場所を知って
色んな時間に生き続けるべきであって。
そうルトラールの強い想いがこの部屋に充満するように声が続く。
「…っふ、うう、め、る、」
「…いる、よ?」
そう、此処に。
その言葉に泣いた後、決意したのか涙を風でふき取った。
紫色の目が、強く光り輝きだす。
「ええ、そうですね。此処に、居ますよ。」
ずっと、この、心の奥底で。
私達はずっと、貴方を見続けています。
待ち続けていますから、どうかどうか、
安心してその長い旅に行ってください。
願わくば、どうか、健やかに。
そう上を向かせる、紫色の目に少し悲しくなった。
この事実を知られたら色々と殺されるだろうが
そんなことは知ったことではない。
これは掟、決まりなのだ。
華神は、廻廊に落ちた子は
願い以外のことは思い出してはいけない。
そう、その、時間以外の、記憶を。
受け継ぐには早すぎるからだ。
もし思い出すなら、もっと後、せめて
「…いつか、いつか貴方が、11番目に回った時。
貴方は全てを知り、全てを理解して、決めることになる。」
「る、と…?」
「そうして12を見つけ完成させ、元の0に戻るその時。
貴方がその目をしていることを、私は、私達は。
どうか心より、お待ちしております。」
「な、にを」
「だからどうか、気を確かに持って下さい。
どうか食べて寝て、元気に前を向いて。
でも寂しければ怖ければ後ろを向いて。」
私は何時だって、貴方の後ろから見守っているのですから。
そう言われてメルはばっと後ろを振り返った。
いつも気になって向いていたのは、
其処に彼がいるかもしれないと、無意識に想っていたからで。
「…私はこれから、貴方に酷いことをします。
決して許されない行為です。」
「…いいよ?大丈夫だよ?」
「っぐ…駄目です、許しては、いけないのです。」
メルは振り返り、彼女の姿を見た。
ぽろぽろとこぼしながら、ルトラールの頬に手を触れた。
まるで涙を拭うように、そっと、割れ物を扱う様に触れる。
私は貴方なら、それで、いいよ。いいんだよ。
一瞬、解除されたかと思った。
そう笑うものだから、焦ったが
どうやら杞憂だったらしい。
目の色は依然と紫色に輝いていた。
「…お許しください。
貴方は、幾ら何でも…早過ぎるのです。」
最終段階と同じような力を使い、
能力に目覚めてしまえば
その先の向こう側に、
救いなど確実に存在しない所に
走ってしまうことを
私は怖くて仕方がないのです。
だから、これは憶えていなくていい。
貴方が触れたから彼女は死んだなんて
そんな残酷な記憶は抹消して良いものだ。
「嗚呼こんなの、天使失格ですね。
…弟の方がまだずっとずっと、天使であるのに。」
抹消されるべきはどちらだ。
私の方が過ちを犯しているというのに。
彼女は、それすらも許してくれる。
この子の力は日々成長している。
教えがいがあると言うのは嘘ではない。
寧ろ怖くなる。吸収が余りにも早すぎて、
何処か遠くに、行ってはいけない場所に行く。
だから
「まだ早い芽は時を遅くすればいいだけの話です。」
決して破壊してはいけない。
破壊は中立を妨げる行為になる。
善悪が判明すると言っても過言ではないからだ。
「ハシュクロード様、貴方が
どうしてこの子に肩を入れてくるのか、
少し分かりました。」
貴方はこの残酷な時間すらも許す
この子が幸せになって欲しいと願ったのですね。
私だって、色々苦労はしていますが
夜に泣くこの子が笑えば良いと思っています。
ほぼ毎日のように泣くので、不安にもなります。
感情は命そのもの。彼女が消える時は私も消える。
私達天使は華神様に作られた形なのだから。
「芽瑠様、どうか、その夢を忘れて下さい。」
どうか、その辛い時間は、
貴方が抱きかかえるにしては大きすぎる。
ずっとなんて、それこそたまったものではない。
なのに、なのに貴方はそういう時程嬉しそうに笑う。
其処に楽園等、無いと知って。
「お願いします…どうか。」
天使の力を使っても、きっと貴方は戻ってくる。
迷い込んでも、必ず戻る。
その間たった一時の中だけでも。
どうか幸せに、居て欲しいと思う。
「こんな煉獄の中に居座りたいだなんて、
どうかそんな、戯言を言わないで下さい。」
永遠の責め苦を受けることもなく
最高でそして最終的な幸福でもなく
そのどちらにも属さない場所。
それが、この場所。
魂からの浄化を望む崇高の場に辿り着く場所。
それが最果てで、花を咲かせ、その子の全てを知る。
その時間を、貴方は望むというのか。
望んで追いかけて辿り着いた場所が
地獄よりも地獄にあるこの場所だというのならば。
「…っ、貴方は、どれ程、その魂を殺すのです。」
此処を楽しいと幸福に満ち満ちる等
それは、在ってはいけないのだ。
それは、幸せとは程遠いものなのだ。
それは、それを、人は
「悲しい。と、寂しい…と、言うのですよ。」
そう言っても、彼女には届かない。
ニコリと微笑むこの子は、
間違いなく此処に居て
良いべき存在ではないというのに。
宇宙はなぜこの子を選んだのだ。
何故、この子ではないといけないのだ。
罪は無い筈だ、この子は間違いなく白。
何なら驚きの白さを誇っても良いくらいの白だ。
なのに人は忌み嫌い彼女をきっと叩いて来たのだろう。
それを、仕方が無いと許して生き続けた。
だから、感情が欠けている。いや、欠けさせたのは誰だ。
これは、罰なのかもしれない。
私がしてきた、罪を此処で償えというのだろうか。
「…忘れなさい、せめて、時を止めなさい。」
自分ではない、誰かの、絵だと思え。
そうすれば、お前ではない。
誰かの世界の、全てになる。
そう言い聞かせる彼にうんと芽瑠が唸る。
「それも、分かった上で。
貴方は此処に来ているのですよね?」
痛みすらも感じなくなったそのお心が
願わくばどうか、本来の幸せを得られればと
その、踏み台になってもいい。
一緒に、なんて戯言は捨てなければいけない。
彼女の糧となり、血肉となり
そうして願わくば。
「貴方が笑って生き続ける世界が来ますように」
そう想うしか、私には選べないのだから。