ぜひに、と言われて訪ねた白い部屋






それから数日が立ったある日。

『さて、廻廊に入ろうとは思います。』
「いいのですか?」
『第8章処か第9章に入らせてくれない以上、一度入るべきと思いまして。』

一応勝手に入るのも悪いと思ったメルは
サワアやクス、そしてコルン、ウイスと
前にこの場所に入ってくれたメンバーを集めて話をしていた。

『別に構いませんよね?上の人達は。』
「ええ、お好きにどうぞ。」
「お土産とか考えなくていいので。」
『まぁ強いて言うなら手土産人間というか記憶だからなぁ。』
「…ま、死なないで帰って来てくれればそれでいいですよ。」
「おや、付いていくとか言わないんですね?」

ウイスに茶化され、軽く睨むサワアに、おお怖いと軽く距離を取る。

『うん。また、戻ってきますよ。必ず。』
「ふ…その言葉、ちゃんと覚えていてくださいね?」
『勿論。で、だ。どうやって入るんです?』
「だあああああ」

崩れ落ちる何人かに対して、いや〜したことなくて!と笑うメル。

『最初どうやって入れたんですか。再現したらいけるとおもって。』
「出来なくはありませんが、おすすめしたくない
というかしたくないが正しいですね。」
「どんな場所かも分からないんですか?」
「私はあくまでもその場所というよりかはシステムを作った者です。」
『あ〜成程、システム作っただけで見える範囲は範囲外だと。』

そういうことです。

「ですので、その入り方及びその世界はメル、貴方が創り上げたというもの。
恐らく廻廊の名の通り、長くて屈折した歩廊とは踏んでいますが。」
『…いや、多分違う。』

螺旋階段の様に、下に続くんじゃないかと思ったのだ。
メルはそっと華樹に手を触れる。するとその場所に大きな穴が開くではないか。

『よっ』
「あっちょっと!!!」
「さらっといきましたねぇ〜」

お気をつけて〜という声に遠くから「はぁ〜い」という間延びした声が聞こえる。
穴は徐々に消えてすっと音も立てずに無くなってしまった。

そう、メルの予想は的中していた。

安心して移動出来る経路の場所である意味を持つ方だと思っていたのが正しかった。

直径大よそ30mだろうか、かなり広い穴が下に続いている。
その階段は白と灰色のコントラストで出来上がっており、
壁一面には点々と額に飾られた絵画と本が収納されていた。

額縁のある場所もあれば、少し間を置いて本が奥にしまわれている。
本の色合いは様々で、表紙が書かれているものもあれば、無いもの。
英語だったり、イタリア語か何かだったりと、文字は様々だ。

『上の方が無いというのは、そう言う意味か。』

下に行けば行くほど、恐らく始まりに戻るのだろう。
一番下が、一番目、そしてその地下の奥深くに

『0番目が眠っていると。』

流石に今日其処に行くなんてしたくはない。
今回は出来れば一人連れ去ってげふんげふん
帰って持ってくる…と、いうもので、あって。

『いやまて、何で君らが出てくるんだ。』

そう振り返ったのは、数日前まで出ていたミラ達だった。
いや〜と周りを見ながらなんでかねと言う。

「不思議と此処に辿り着いたというかね。」
「何か落ち着くというか、君の身体の中に
居た時みたいな感じ以上の安心感なんだよ。」
『…嗚呼そうか、本来此処にいるべき存在だったのか。』
「恐らくそうだろうね。」

メルの先を行こうとするフィズに、メルも移動し始める。
未だ空白の壁が長く続くので、軽く2つは降りないといけないのだ。

「戻るべくして戻ってきたというもの。」
『じゃあ、メリアも』
「アレは未だだ。正式な選ばれ方には入らない。」
『え、どういうこと?』
「本当に選ばれたら華が出る。その時にこの場所に入れる資格がもらえるだろうね。」

そうか、此処は死んだ人たちが眠る場所、という意味でもあるのか。
いやならば、それならば、0番目も、死んだというのだろうか。

私は、生きていないということになって。

「違う、君は生きている。」
『フィズ…』
「その魂は確かに生命を宿している。
それは華神らが願ったというのもあるだろうがね。」
『これが…』
「ま、何処に行くかによるでしょうね。
どうする?とりあえず一番下まで今日は降りるだけ降りてみる?」
『…一人なら、半分までとか思ってたけど。』

皆が居るなら、怖くない。
そう振り返って言うメルに、後ろで歩いていた者達がニコリと笑う。

「そうそう!こういうのは皆で閲覧していかなきゃね!!」
『わわ!!』
「ミラ…余りメルの身体を乱暴にしないの。」
「そうだよ、メルは普通の状態よりもやわいんだから!」
『ううん、なんでかミシュメールに言われると複雑。』
「なんで!!!」
「お前が一番この中でやわいようにしか見えんから。」
「ひどい!!!」

そういったミシュメールに、皆がケラケラ笑う。
それでも足を止めることなんてない。
一人だったら絶対足を止めて後ろを振り返っていただろうに。

不思議と、後ろを振り返るなんて気持ちがおこらないのだ。

『確か、1,4,6,8,9,10だよね、見ていないのは。』
「嗚呼、そのうち8と9の検討は付いているから」
「1,4,6、10が此処で手に入ると。」
「0番目の時間はどうするの?」
『多分眠ってる。でも、全部を集めた
その先で、私は見てみたいと思ってるから。』
「成程、最後のご褒美、ということかな?」

ま、そういう風に捉えて貰っても構わない。
この手の中にあった、金色の紐の意味だって、知りたいのだから。

どうしてこんなにも、駆られる様な想いが出るのか。
その全てを、私はこれから知れるというもので。

そして同時に知るのだ。

『12番目になれば、私はまた記憶を忘れるんだろうなって。』
「メル……」
『でも不思議とすぐに思い出す感じがする。
まるでもう、忘れるなんて出来ないみたいにね。』

忘れたくても、忘れられなくなるのだろう。

次に、完成、されたら、きっと。

コツコツと足音が響く中、ペタペタと裸足の音も入る。

「ね、あいつらの件なんだけど」
「6魔女か?」
「確かお姉ちゃんみたいになりたくないってメル言ってたじゃん。何か思い出したの?」
『…断片的だけどね、サワア様と、ルメリア様が近くに居たの。』

凄く焦ってた。凄く怖かった。凄く、

『とても、悲しかったの。』
「メル…」
『恐怖や焦燥よりもずっと悲しかった。
どうしてって気持ちが胸から溢れ出て困ってた。
きっと認めたくなんてないんだと思う、でも。』

認める為にも、この長い旅を終わらせに行くしかない。
私の生きる場所は、もうすぐ見えているのだから。
トンネルが終わる、その光が物語っている。

「ここ、が。」
『10』

降りてきた場所は、とてもシンプルな処。
絵画の全てが曇りガラスで、中が本当に見えない。
手を触れようとしたミラの服ごと引っ張って後ろに引いたのは

「っメルトリア!!」
「触らない方が良い。触るなら入るメルの方が良い。」
「下手に入って私達が干渉したらまずいだろうからね。」

そう、この場所の主はメルなのだ。
メルのみが、その額縁の中に入れるというもの。
というかだ。

『え、待って、私これからコレに入らないといけないの?』
「そういう手筈でしょうが。」
『いや額縁の中って、絵画だよ?入るものじゃないよ?』
「貴方の感覚から言い出したら、樹の中に入ったり、
人が空を飛んだり、手から球やら枝やら蔦やら出たりと
現実からかけ離れたことは起きるどころじゃない。
何なら天使らの輪をどう説明するっていうの?」
『うぐ』

ソレを言われると、苦しいものがある。 

「先を急ぎましょう」

そうして辿り着いた場所。


「…酷いわね」
「ええ」

6番目の場所で足を止める。
それは、とてもじゃないが他とは比べ物にならない様な状態だった。

絵画の額縁は爛れ、ガラスもヒビが入っており、良い状態とは思えない。
それは中の状態が悲惨なのか、メルの精神がそう言わせてきているのか。

「どちらにせよ最後に入った方が良いだろうね。」
『次行こう』

4番目の場所。
それは他の額縁と変わらないように見えたが。

「いや普通だね」
『違うまずいこれ』
「え?なんで?普通だよ?」
『作りものだ』

そう、他の額縁は金細工が施されていたり、
銀色やら展覧会で展示されている様な輝かしい額縁が多かった。
勿論部屋に飾られるようなプラスティック製だったり、
木製のものもあったが、それを越えたものだ。

『他の額縁にも似たような植物が飾られていたでしょう?』
「え?ああうん、壁掛けタイプの観葉植物だよね。」

蔦が緑がとても生えて綺麗な場所だと思っていた周りの声に、
触らなくてもすぐに分かったというメルが見つめる。

『フェイクグリーン』

それは、植物をモチーフにして作られた
人工観葉植物の総称で、直訳すると

「偽物の緑、ということか。」
「でも偽物ってどういうこと?華神じゃなかったとか?」
『違う、もっと、もっと深いナニかだとは思う。でも、私次行くならここがいい。』
「え?!!?!正気!??!!?」

惹かれる何かがあるのだ。
他の場所を見てみないと分からないが、順番的には此処が最適解だと思った。
その赤い靄が、何かを知らせようとしてくれている。

とても、とても大事な、何かを。

「次いってから決めよう。」

そうフィズに言われてメルも足を進める。


「いち、い…いち?」
「く、ろいな」

それは、墨汁で染め上げたに等しい程の黒さ。
誰かがぶちまけたのだろうか、いたずらにしては酷すぎる。

「一体誰がこんなことを……」
「…メル、お前…見たくないのか?」
『分からない、分からないけどった』
「っメル!!」
『皆走って!!!』

ガシャンと音を立てて黒い蔦がメル達を捕まえようと出てきた。
それに走り出した皆にメルも駆け足で走り続ける。

「なにあれなにあれなにあれなにあれ!!!!!」
『分からない!とりあえず上まで突っ走るのみ!!』
「新手の運動会競技種目とかやだよ!?私!!!」
『そのノリ分かるの今私とメルトリアだけだから!!!』

空飛べたらという彼女にそうかとメルが言う。

『皆想像して空飛ぶ想像!!』
「え!?でも空飛べないんじゃ」
『違う此処は安全な廻廊!!』
「ならアレはどう説明するの!!!」
「つべこべ考える暇あるなら実践あるのみ!!」

そう言って飛んだのはメルトリア。
操作は少々雑くも、その浮遊は初めてするにはお見事であって。

続いてミラ、フィズと空を飛び出す。

「っあ」
『っミシュメール!!!』

手を引っ張り、片手を外に伸ばさせフィズに取らせる。
そのまま勢いでミシュメールは身体を何とか宙ぶらりんにしつつも空に上がる。

「メル!!!」
『っ!!』

メルトリアの手にメルは左に寄り、身体を勢いよく外に飛ばす。
空に手を伸ばし、彼女の手を取れたと思ったが、

「っだめ!!!!」

手が掠り、メルトリアの手を取れずに身体がばっと風を切って落ちる。
その速度が異常に早いように感じたが、何処か遅くも感じ始めた。

すると、その空間事が遅くも見えてくるもので。

ーで、ーーーで

『え?』

声が聞こえる。後ろを振り返り、下の方を見た。
黒いどす黒いナニカが、声を絞り上げるように言う。

ーオイテイカナイデ

その言葉に、聞き覚えが、良い覚えがあった。
そうか、貴方は、貴方も、そう思ってて。

身体の腹がぐっと上に引き上げられる感覚がでた。

空へといっきに飛び、そのまま視界は黒から緑に変化した。
華樹の外に出てきたのだろう。ミラ様!?という声が聞こえる場所に戻ってきた。

黒い腕は更に此方迄戻ってくる。

嗚呼そうか。

『大丈夫だよ』

その言葉で黒いナニカがぴたりと止まる。
ぐるぐるというその影は、とても、酷く、怯えていた。
後ろでかなり警戒されているのを感じるのだ。

『ごめんね、ずっと一人で寂しかったんでしょ?』

そう言うとびくりと反応して大きくなる。
メルを包み込もうとするのが、止まる。

『…いいよ?寂しいから、包んで一つになって、寂しくなくなるなら。』

そうしてほしい。そう言ってメルは両手をその黒に伸ばす。
すると、徐々に大きさは縮まり、びくびくと反応しては距離を置きだすではないか。

ほら、ほらと言ってもその姿はどんどん小さくなり、やがて


「こ、ども?」

頭を抱えて、黒い身体を手で髪の毛ごと抱えて丸まった小さな子供が出てきたのだ。

『…怖いね、怖かったね。』

その言葉に、びくりと反応しては下を向いて顔も見えない。
後ろは華樹で、もう下がることが出来ず、更に身体を縮める。
まるで、悪いことをして謝っているようにも見えて。

何も、悪いことをしていないのを、押さえつけていた。

あの時のように。

『誰も貴方を責めない』

そう言っても震えは止まらない。首を横に振る子に、そうと言うしかない。

『まだ、貴方を見れないの。』

その言葉に身体の震えがぴたりと止まる。

『まだ、貴方の場所にいけない。』

でもね、そう言ってメルは両手を下ろし、片手を胸に置いて言う。
腰をぺちゃりとおろして、左右に開くように、膝を下したまま。
その股に手を置いて、それでも片手は胸元にあるのだ。

まるでその胸に、その子がいるように、そっと、優しく、でも強く握りしめる。

『いつか行く。君を、迎えに行くから。』

だからどうか、待っていて。

『必ず、貴方と貴方の前に生きていた私をひっくるめて。』

この通り、そう頭を下げる為に、メルは胸に置いていた手を股に入れ、ぺこりと頭を下げた。

『ごめんなさい、ずっと待たせてる。まだ沢山泣かせてしまう。怖がってしまう。
それでも待ち続けて、どうかお願い。耐えていて。
急いで、でも、確実に、貴方を迎えに行く準備をいましてる。』

お願いどうか、待ち続けて。その日の為に。

『貴方が日向で笑えるその日まで。私は今頑張って走り続けてるから。』
「…うん、わかった。」
『っ!!!』

ばっと顔を上げたメルの前には、

「まってるね?」
『〜〜〜〜っ!!!!』

クレヨンで塗りつぶされた、目の見えない子供が口を少しだけ開いて笑う様に言ってくれていたのだ。


++++++++++


『っ』
「…メル」

墨汁で、落書きで、酷い荒らされ方をされていた。
それは、私が思ったその情景なのだろう。
酷いことをされている、いやされていたのだ。

それに酷く傷付いた私が、メルトリアの世界をみて旅した。
どんな気持ちだったのだろうか、どんな世界をみたのだろうか。

メルトリアの場所は少し他の場所よりも長い廻廊だった。
フラッシュバックで見た記憶の額縁はとても綺麗に鮮明だったのだ。

でも、メルトリアの記憶は他のよりもくすんでいた。
それは、まだ見てない記憶が多くあるという証拠である。

恐らく、0と2が全てを知らせてくれるだろう。
他の記憶も、触れていかないといけないと思っていると
余り無理をしないで下さいと背後で声が聞こえる。

「貴方のその状態ではとてもじゃありませんが其処に行かせれません。」
「同感ですね。そんな震えて押しつぶされたら帰ってきたくてもこれませんよ。」
『…大丈夫』
「じゃあこの動きに耐えれると?」

そう言ったサワアの言葉が放った次の瞬間。
メルの身体は腕を引っ張られて地面に押し付けられる。
腕を上にあげられ、身動きを取れないように上に跨られていた。

「ほら、振り払ってみなさい。今の貴方なら
私のこの力程度充分に振り払えるはず。」
「っお兄様!!!」
『っ!!誰が!!!』
「出来るわけがない。気が物語っています。」
『っ放して!!』
「放しません。放したら貴方はあの子を追いかけるでしょう?」
『っ!!!』
「抱きしめて、二度と、此処に戻らない。」
『違う戻る!!』
「ならどうしてこの手を振りほどいて走らないのです。」
『っそれは』

教えてあげます。そう腕に力が入る。

「戻れなくなる感じが、貴方の胸に残っているから。」
『…っ、ち、が』
「綺麗に否定出来ないのは、肯定と取りますよ。」
『……っ』
「だんまり、ですか。」

サワアの言う通りだ。確かに、戻れない感じはした。
あの子を抱きしめれば、そのままその身体が綺麗になくなる感じも否めない。
こっちも大事にしたい。だから走るなんて無理なのだ。

でも、それでも会って抱きしめてやりたいと思った。

『あいたい、よ』
「…っ」
『いちばん、いち、ばん…っ、あわ、なきゃ、だめなのっ』

泣かなくてもいいのに、何故かあのクレヨンが頭を胸を、この右手を痛ませる。
胸が苦しくて、誰かに握られているみたいだ。

そのクレヨンは、一体どんな気持ちで塗りつぶしてしまったのだろうか。

笑えていなかったあの口元。目は、一体どんな色を映していたのだろうか。

まるで全てが嘘だと言い聞かせ、守るようなその姿。
あの子こそ、日向で笑い続けるべき存在なのではないのだろうか。

あんなまっくらで、薄汚れた場所にいるべきではない。
何処よりも光に遠い、地下の場所。

早く助けにいってやりたい。
抱きしめて、この温かな場所で、ずっと泣き続けてやりたい。
ひとしきりないたら、温かいご飯を食べて話すのだ。
長い長い、夢の様な現実の物語を。

あの子と二人だけでも、皆を集めて賑やかにも

どんな形だって、彩れる、未来が見えるのに。

「焦っては全てが泡になってしまいます。」
『っふ、ひっ、うう』
「大丈夫、貴方はお強い方です。」

そう腕に力を入れていた手を外し、そのまま身体を抱き上げ
腰を地面に付いてメルを抱きしめ背中を軽く叩いてやるサワア。

ボロボロと涙を流し、口を開けて泣いた。

何時か、サワアのように、強くなれるかな。

その時は、沢山この胸で、泣かせることが出来るだろうか。

そんな日が来れるように、私は向き合わなければならないのだろう。