君がくれた痛みを後生大事に抱えて
前回のあらすじ
1に戻れるようになったのに、1の時間が壊されました。
どうも、メルです。
現在、ですねぇ。
『いやえんぐうう』
はっはっはという子犬の目の前で酷く嫌そうに見つめる彼女の名前はメル。
本来の名前とは裏腹に、髪色は紺色ではなく、真っ黒。
何なら目の色も黄緑色ではなく、真っ黒に染まり切って
檻の中に入れられていた子犬をしゃがんで見つめていやそうに言ったのだ。
『はぁ〜〜〜〜此処何処やねん』
ワンとも言わない子犬が、クウクウとは言う。
ガリガリと主人と遊びたいのか、
それとも檻が億劫だからはよ出せこの野郎と言いたいのか。
子犬は耳が煩くなるくらいには檻をかきむしっていた。
『あーはいはい、出す出す出します出します。』
メルは子犬を抱き上げ、その身体を出してあげる。
解放しても周りに居て尻尾を振っているところ、
一応前者なんだと思っていたが、直ぐにその期待は消える。
『…はぁ』
あれから、1日が経過した所。
メルは身体を落とした所で布団から目覚めたのだ。
和室のほぼど真ん中で、布団は他に二つあり、
端に纏められていたのがみえた。
「都佑〜〜〜?ちょっと犬出すなら言ってよ。うっとうしいじゃない。」
『ごめんお母さん、もっと煩くなりそうだったから。』
「はぁ、こっちに来させないでよ?煩いったらありゃしない。」
そうイライラした茶髪の女性がドアを強く締める。
静かになったと思いきや笑い声が聞こえてくるのを見つめた後
メルはそっと子犬を呼び抱きしめた。
『…大丈夫、大丈夫。』
きっと戻れる。戻れると言い聞かせるしかない。
ピナクルの時に想い出したが、
我々華神は全員1桁の年齢で華を咲かせる。
想いが必ず、2歳から9歳の間に芽生えるというのだ。
それは、その人間が、生きる全ての、時間で在るもの。
『かえりたい』
そう言っても、此処が帰りたいと思っていた場所なのだと、
メルは知って嘘つきと胸の中で自分の胸を刺す。
向こう側になんて、もう二度と、戻れないのを知りつつ、
子犬を抱きしめながら、声を押し殺して泣いた。
それに気付いた子犬が、暴れていたのを止めて
メルの頬に落ちる涙をペロペロ舐めだした。
まるで大丈夫だと言わんばかりに。
その姿に、無力なのを知っていても
諦めない気持ちを思い出した。
そうだ、諦めてはいけない、
こんなところで枯れたりとか、
そんなのたまったもんじゃない。
『まずは知識。』
という訳で見つめた漢字ドリルだが……
『(ん〜〜〜文字がきたねぇんじゃ!!!!)』
加えて宿題をしても、嗚呼こんな漢字あったわとは思えど
どうやら年齢に思考回路も制限がかかっているらしい。
口に出す時は今まで考えていたのが綺麗さっぱり消える。
そりゃあもうホワイトボードを一気に
でかいボード消しでかき消したみたいに綺麗に消える。
「都佑ちゃんって勉強熱心だよね〜」
『へ?あ、う、うん、そう、なの???』
そうだと思うか?いやそうか。
メルは千代木都佑という名札を付けて笑って見せた。
そう、この世界での名前である。つまり本名。名のある力である。
正直最初に調べ上げました。自分の名前滅茶苦茶深い意味あるもん。
「そうそう、お父さんに付けてもらったんでしょう?」
「えっと、なんだっけ意味」
『あ〜…何処に行っても、何をしていても、
優しく、人を助けられる人で、あって、欲しいって。』
「そうそう!滅茶苦茶良い名前だよね〜ほんと羨ましいよ!」
そういう彼女に、そうかなあとメルは言う。
「そうそう!もう都佑ったらもっと自信持てばいいのに〜」
「おしゃれしたら可愛いのに、ひょっとしてしないだけ?」
『え〜?そうかなぁ、興味ないだけだし。』
こういう日常的な女の会話はオラ苦手なんじゃ!!!!
どれが正解だどれが!!!誰か助けてちんちくりん!!!!
そう脳内で目を強く閉じ、手に力拳を作って叫ぶメルなんてつゆ知らず
彼女達はメルの前で机に手を置いたり前に突っ立って話をしていた。
教室の外をちらりと見れば、この教室が2年4組という数字が見えた。
24、つまり時間を表すというもので、いや勘違いしたい。
もうあれが全部夢、だったら…嗚呼、そうか。
「はい授業するよー皆席についてー」
「げ、じゃあね」
『あ、う、うん。』
「まず48ページ、右を…そうね、今日は…千代木さん。」
『はい!あ、え、えっと…』
クスクスと笑い声が聞こえるのを、受け止めつつメルは教科書を取って立つ。
椅子が慌ててたったことで後ろに倒れるのを直す。
こらと先生が笑い声を注意しているのが聞こえた。
目が合うと、先生はとても困った様に笑うから、目を見るのを止めることを決意した。
授業では、現在理科の話が出ていた。
植物の話を声に出して話す。
これ普通、小学3年の範囲ではと怪しくなる。
いや単元を無視する教員いていいんか。
「はいよくできました席についていいわよ。」
『はい』
「このようにーーー」
授業の声を聴きつつ、目を合わせつつ、その勉強に取り組む。
ねぇ知ってる?という噂話が耳に入る。
一応これでも力は使えるのだろうが、
怪しまれない様に華は一度も出していない。
と言うか、出せないのかもしれない。
だってサワア達のことをいくら思っても、
どれだけ時間が過ぎようとも、何一つ額縁は現れないのだから。
ーあの子先生に目付けて貰えてるらしいわよ?
ーええ?いいなぁ勉強出来るのに出来ないふりしてるんでしょ?
『(っ違う、しているのに、外に中々出てくれないんだ…!!!)』
理解をしている、分かっている。
なのに口に出るのは理解していないような言葉ばかり。
分かって欲しいと思わない方が良い。
なのに、分かって欲しくなって
つい多めに要らないことを言うからこうなる。
誰も知らなくていい、誰も、気付かなくていい。
メルは、8歳になる年を覚えていない。
文字通りすっぽりと抜け落ちていたのだ。
それは分かっていて、正直なんでかとは思っていた。
まぁ、此処に来てすぐに悟った。
小学2年生は大体7歳から8歳の男女を集めたもの。
正確には7歳の子を対象とした、生年月日4月1日に生まれた者とか
なんか色々とごちゃごちゃした内容があるが、色々すっぽかそうと思う。
ー笑い方もなんか変だし、ちょっと気味悪いよねえ?
『(帰ろう、その前に先生に会いに行かないと)』
色目とかそういう、ズルしようとして先生に会って話してなんていない。
それを教員たちも知っているし、恐らく私の家庭環境を知っているからだろう。
父は仕事でろくに帰ってこず、
母は育児放棄を始め出した処か、
明らかに虐待をしているのは、
家に何度帰っても理解しろと言い聞かされるもので。
「大丈夫?」
『…はい、大丈夫です!先生さようなら。』
メルで在った時の、優しい笑い方を思い出して言う。
そうすれば皆は安心そうな顔をしてくれる。
だからそれに甘えるくらいは、許されたかった。
「っなんでこんなことも出来ないのよ!!」
『(いや〜〜そりゃあまだ言うて7歳だからなぁ)』
メルは物が投げられないだけマシだと思うことにした。
テストの点が非常に悪く、文字も汚いからと言われてか
今日は父が帰るまで勉強を見て貰う日だった。
どうやら母も父も勉強は出来ていたらしい。
特に母は成績が良く、
一度言われたことはすぐに覚えるタイプであって。
私は逆で、何度も繰り返さないと理解が出来なかった。
そう、その結果はこうなる
「はぁ……ほんと、なんであんたが私の子なんだか」
『っ』
鋭い目付きが隣にあるのを、気が察知する。
胸が締め付けられ、願いを思ってしまうのを抑え込むので手一杯だ。
もっときれいにと3冊程出したノートに書いとけと言い出した。
なんなら授業の範囲を少し超えている。
『っそんな、できな』
「つべこべ言わずやる!!!」
あっはい。やりますやります。
まぁ覚えることは正直出来るし、まぁやっても無意味ではない。
何なら寧ろ、高校くらいの勉強に戻したいくらいだ。
いやもう中高の範囲が愛おしい、恋しいよ、ぼくぁ。
内心ほろりとしつつも、その手を休めることはしない。
もっと綺麗にと叩くのは机。
びくりと身体が心が反応するのは、
かつてそう言われていたから。
これが、1度目だと。
多分だが、今までの中でTOPと言って
いいくらいの酷さを誇っているだろう。
間違いなくウイスさんやサワアに視られなくてよかった。
何ならあの場所全員にバレたくない。
だって彼らに知られたら、間違いなくこの女は終わることだろう。
魂ごと終わるのが先か、
魂を放置して地獄を見せるのが先か、
どっちが良いか選ばせるか分からんが。
どうしてかマジで分からんが、
何故か彼らは私を愛してくれていると思う。
それはひしひしと伝わってくるから、
照れ臭くなって、そっぽを向いてしまうのだ。
でも、そんな温かい日差しなんて、
この場所には何処ひとつもない。
なのに、私は、この場所に帰りたいと思った。
嗚呼、そう、悪い子だから。
「全く、他の子はもう小学3年や
4年の範囲までやってるっていうのに。」
『(両親の願いに見合わない子は、
悪い子と判定されるのがこの世界の暗黙のルール)』
私が愛されるなんて、彼女の手を取るなんて、
そんなの、想うことすら許されていないのだ。
その目を見ればすぐに理解する。
冷たい、敵にすら見せない、差別したような目。
先生や友達の目は、もっと円いのに、彼女だけは違う。
私が何をしたんだというんだ。
ああすいません、現在進行形でしているコレを抜きでお願いします。
まぁ間違いなくコレだろうが。
「出来るまでご飯抜きだから」
『え!!??』
待て待て待て待て、この歳で流石に無茶な量だ。
つべこべ言うなと叫んだ女性がヒステリックに外に出て叫び出す。
いやぁ私も貴方の子供なんてと思っていいでしょうがこれは。
…だが、この時も、私の中には、いや、この子が、
私だったのだと思うと、なんだか悲しくなってきた。
私が落ちてきたから?
いや、違う、私が手を繋いであげれなかったから。
手放したから、彼女はこんなひどい場所に落とされ、
独りぼっちで生きていたのだろう。
願いの前辺りから大体浮上すると仮定すると、恐らくもうじきだろう。
記憶を漁れば、昔はこんなものではなかったと知る。
なんなら、3歳から6歳入るまでくらいが大事そうに抱えた絵画が見える。
嬉しそうに笑って抱きしめる女性に、子供も嬉しそうで。
その光が、何処までも在って欲しいと、子供は願ったのだろう。
期待、していたのだろう。
きっと、気分が悪いだけだから。天気も雨なだけだから。
天気が晴れるように、何時かきっと、と想い続けてきたのか。
あの感じをみて、もう手遅れだと察知した自分の勘は当たるだろう。
それはもう、恐らく、カウントダウンは始まっている。
とにかく勉強はしていて損はない。
なんなら書き殴って無理矢理覚え続けるしかない。
覚えているのに、分かっているのに、身体は言う事を聞かない。
理解しても、報われない願いがあると、私は痛いほど知っているのだから。
++++++++++
暫くせずに、その願いは当たる。
母が本当に帰って来なくなり出しやがりました。
いや〜〜〜〜身体の調子が良くなるのが悲しい現実。
父は、凄く悲しそうな顔で私のことをしゃがんでみてくれる。
そんな顔をしなくていい、頑張ってくれているのは分かっている。
でも、見てくれなかったのは逃げていたのは事実だろう。
これから、この子はこの子犬とこの父親と共に暮らす。
長くも、短い、濃い時間を、少しずつその願いを溶かしていくだろう。
「何が食べたい?好きなのを言っていいぞ。」
『……。』
「…そっか、おにぎり置いておくから、お腹が空いたら食べな?」
そう言って席を外す父親に、背中越しに手を伸ばしたのを下した。
気付かれないように、そっと笑ってうんと頷く。
目を顔を戻し、さてと脳内で考える。
『(此処か、私がこれほどまで食を拒絶し、欲のない場所は)』
メルトリアの時よりも、こんなの何倍も酷い。
何だこんなの楽じゃんとか内心思っていた時が何度かあったが、
いやこれを理解してからの、メルトリア、ミラ、フォルスとなれば
そりゃあ壊れていくし、フェルの時に閉じこもるのも分かる。
自分がいるから、影響され、酷い結末に向かう。
そう思わせるに相応しい時間であり、墨汁をかけていたのは
恐らく彼女達全員に、察して欲しくなかったからだろう。
サワア達が怒って、母を殺さないように。
なんだかんだ言って、生みの親であり、母親ではある。
愛着だってそれなりに湧いてしまうもの。
こんなひどいことをされていても、それでも、ねがうのだ。
『(あのひの、おかあさんに、どうか、もどってほしい)』
嬉しそうに、笑っている額縁に飾られた母親が酷く辛く、胸を締め付けてくる。
そんな時間は在ったとしても、戻ってくる気配はない。
それどころか、崩壊して、その記憶すら、空想だと思わせてくるレベルだ。
この子は、本当に優しい子なんだなと強く想う。
だって墨汁はサワア達が傷付かない様にしたものだろうし、
母親に強く言わないのは、これ以上酷く、絶望して欲しくないからだろう。
自分に対して、自分が、悪いからと、言い聞かせる為に。
その首を心を心臓を、差し出してでも、願いを強く抱いて縋った時間。
神々が見たら哀れだと思うだろうか?
それとも、可哀想だからと救いの手を差し伸べるだろうか?
答えは、何方も違い、神など、この世に存在などしないというもの。
子供の影響は強く、その感情すらも落ち込んでしまう。
身体が重たく、熱を出すペースがものすごく速い。
入院の話しも出てきたくらい、身体は細い。
次第に食べないのに、父も怒りだしたのだ。
もっと食べろと、生きれないという彼に、つぶやいた言葉に叩かれる。
ー生きなくていい、もう、いらない。
生きないとどうするんだと言う彼の気持ちは分からなくはないが、
「った」
「ううううう」
『…パピ』
メルを必ず叩くと、子犬が牙を剥いて父親に噛みつく。
悪いのは分かっているので、躾なのを甘んじて受けていても、
この小さな犬は、白黒の子は、
そんなの関係ないと言い切る様に噛みつきに行く。
何度もたたかれて、噛まない様に躾が向いたら、少し安堵する。
嗚呼、本当に、守られているのだ。
子犬は、こんな父親の母親のことを聞かなくていいと。
君はちゃんと、理解して前を向こうとしているのだと。
理解しているように、敢えて、嚙みついたのだろう。
分かっていて、この子がこれ以上酷い目に合わない様にするには
敢えて自分で分からないように
牙を剥いて方向を変えた方が良いと悟った犬が時間を稼いでくれている。
ソレを理解してくれるのを、分かってか、この子犬は、犬は、傍に寄ってくれる。
『…ごめんね、ありがとう。』
全く、面倒な飼い主を持って酷い目に在ったと
言わんばかりに鼻息をフンと勢いよく飛ばして答える犬に
メルはクツクツと笑ってしまった。
そうだ、笑ったら怒られると思って両手を上にあげて、縮こまる。
母が居ると笑ったらへらへらするなと言って流石に叩いて来たことが何度かあったからだ。
普通に児童相談所に報告案件であるのだが、この子はしない。
いや、したくないのだ。そうすれば、この子の願いは二度と叶わなくなる。
嗚呼、まだ、まだ、こうなったとしても、それでも、願いに縋るというのか。
絶えてしまったと分かっていても、それでも、耐え続けるというのか。
二人が自分の手を取って、
誇らしくして前を向いて未来に連れてってくれていた、
あの鮮やかな陽だまりの、花畑の中に。
遠い遠い、過去に、この子は未だ、と縋り付いている。
在り得ない、そんなの、賢い彼女は分かっているだろうに。
そんなことないと、子供のように縋り付く。
子供からかけ離れたくらいの、知識を理解しつつも、言うのだ。
いやだいやだ、おいていかないで、と。
ぼたぼたと涙が零れ落ちる。
犬はそっと距離を取ってくれた。
父は外で何かを話していている。
目を閉じて、耳を塞いで、身体を丸めて眠りにつく様に言い聞かせる。
理不尽だと皆は思うかもしれないが、
割と大事なことを彼等は言ってくれているのを私は知っていた。
食べなくなったのは、三人で食卓を囲まなくなってから。
笑わなくなったのは、彼等が私の前で笑わなくなってから。
記憶に縋りたがるようになったのは、遠い過去になったから。
『っふ、っうう、っ、うう』
胸が痛い、過去になるから、もう、戻れないから。
二度と帰れないその現実も、勿論涙の理由ではあるが、
この時間が、いや、あの時間が、向こうの世界の時間が
夢なんて幻想で、終わらされるのが、酷く嫌になったのだ。