救いを、許しを、永遠を。




それから、メルはアナトと別れ、道路を一人で歩いていた。
紺色の衣服を着た彼女の姿は、そこら辺の町娘に見えなくもない。

『わぷ』
「っと、お嬢ちゃん悪いなぁ?」
『え?え?』

いやでもどう考えても避けたよな?私。
そう思っていたメルだが、確かに避けてはいた。
ニヤリと笑う三人組の男性にメルは胸に手を置いて後ろに下がるが

「おっと何処に行こうと?」
『あ、えと』

腕を取られ、その油たぎったその姿に、ザザッと映像が変わる。
誰かに取られ、その身体を飛ばされ、その間に白い髪色の人が来てくれて。


『もう手放したくないの』
「ああ?っ!!!」
「あにっき、」
『もう、手放したく、なくなってしまったの』

こんなつもりじゃなかった。違う、違うのだ。
これを捧げれば、どんなものも大丈夫だと思っていた。
なのに、これが大事になるなんて私は想っていなかった。

そう言い出すメルに、なんだなんだとざわつく。
バチバチとメルの周りが雷を出す。

『どうして大事にしてしまったの?』

どうして大事にしてしまうの。
そんなことしても無意味なのに、計算だったのに、策略だったのに、作っていたのに。
なのに、いつの間にかそれが大事で、全てを其処に、置いてしまって。

最初から、手放したくなかったとでもいうのだろうか。

嗚呼そうなのだろう、きっとそうだから、こんなにも胸が痛くてたまらないのだ。

生まれてから、ずっとずっと、痛くてたまらない。
なのに、触れてくれていた手は、痛くなくなって、寧ろ涙がこぼれてとまらなくなる。

だから忘れてしまわねばならない。
手放さなければならない。
いい子ならいい子であるならば。

その時間を、ずっとずっと、守り続けるなら

『触れないで』
「っひ」
『この手を、腕を、触れれる人は貴方ではない』

失せろという彼女に、ひぃいいと三人が消えて居なくなる。
ふぅと言ってメルはそっと歩き出した。薄暗い路地裏に隠れ、その身体を隠して。

『(っどうして?)』

ふとくらり、眠たくなった。

どうせアルトリアらの時間もまだだろうし、
別にと思いながらそのまま寝てしまうメル。

「っ、寝たのか?」
「あ〜〜マジで死ぬかと思った。」

だがいいのかとメルが寝ている間、その身体を取って言う。
紺色の服をかきあげ、白い下着を触ると「んっ」と甘い声が出る。

「俺達に恥をかかせたんだからなあ?」
『ん、あっ』

下着の上からトントンと立ててやると、甘い声が漏れ続ける。
胸の方をかるく触った男がやわらけぇと声が出る。
ひぁっと声が出て目が覚めるメルが、蕩けたまま眉を上げて声を出す。

『うぁあ、あ、ああ、やあ、らあに?』
「お目覚めか?」

おっと、逃げようとしても駄目だぞという彼に、
メルはクルッと回って逃げようとしたのを掴まれる。
腰は上に上げられ、くたりと力が抜けて動けず、声しか出ない。

やだ、やだやだ、と声を上げる。
バチバチと音を立てて、力を入れようとした時だった

『んあ!!!』
「っと〜あぶねぇあぶねぇ」

気持ちいい所に触れられて、身体の力が一気に抜ける。
ぐちゅぐちゅと中を弄られつつ、身体をまた戻される。
ポロポロと涙を流し「やぁ、やあら」と首を横に振って拒絶する。

黄緑色の目が否定をしても、言う事など聞いてはくれない。
これは、触れてはいけないもので、食べられてはいけなくて。
あれでもなんで触れちゃいけなかったんだっけ?

誰に言われたんだっけ?

なんで触れて、しまって、落とされたんだっけ?


白い子供が、泣き叫んでいる。

紺色の子供が、真っ赤に華を染め上げて。

嬉しそうに、良かったというのだ。


どうして急に思い出すのか分からなくて、何もわからなくて、身体が上手く動かない。

いやだ、嫌なのだ。こんなの嫌だ、私は触れられたくない。誰にも、彼にも?
そう、触れられたくないから、その記憶を、私は守り抜かねばならくて。

もう消えて欲しい、私以外が、消えられないならば、消えて、私だけでも、白い場所に。


『いや!!!!!!!!』


そう言った瞬間、彼らが居なくなる。それどころか、

『…ここ、どこ?』

誰も居ない世界に、くたりとしていた身体に力が入り、起き上がる。

『…っ』

其処には、綺麗な額縁に飾った、綺麗な子供の姿があった。
夢で見た二人に、触れようとして止めた。
きっとこの絵画も、触れられることをされたくはないだろう。

そっと下がり、その世界を見てみた。

小さな子供が花冠を交換している姿が見えて、
その白い子供は、女の子だろうか?

綺麗な人で、その人の隣は、私だろうか?
紺色の髪色で、似たような髪の形をしている。

『うれしそう』

何処までも何よりも、ソレだけがあれば、それでいいと。
満足をしているような、その世界に
切り取られたことなんて、分からない。

でも、これがあれば、何よりも大事になる。

『きれい』

胸が痛い、怖い、これを、知った後が酷く怖い。
この場所に居続けたい。ぺたりと座って涙をポロポロと流す。
綺麗な場所で、紺色のこの服が、いつの間にか白くなっていた。

『あれ?私どうして』

白いワンピース姿に身体を見ても、
まぁいいかと思えてしまうから不思議なものだ。

触れたら分かる気がしたけど、触れてはいけない。
何時かわかる、その記憶が、酷く怖い。

会いたいのに、今は会えない。
もう、会えなくていいはずなのに、
会えた時はきっと、何よりも嬉しくて。

この場所に、ずっとこのまま居れたらいいのに。

そしたら、こんな痛みも次第に無くなっていく。

この額縁に飾られた場所だけを、見つめて、泣いているだけで。

『っ』

笑って、笑って、その痛みだけを、噛み締め続けて生きれるのに。

何にも要らないの、本当に、何も要らないから。

お願い、どうか、これだけは、奪わないで欲しい。

ひとつだけ欠けた、その後ろなんて、見れる勇気はないから。

どうか、この場所でひとしきり泣かせて欲しい。

真っ白なこの世界に、ぽつりと一人だけ。
もう誰も来なくて、もう誰も来れない。
この世界だけで、私は充分なのに。

涙を拭ってくれる人なんて、要らないの。

私が、私だけが拭えばいい。

メルは手の甲だけでなく、手のひらでも頬の涙を拭う。
拭っても拭っても、それは流れ落ちる。

止めないと、でも止めたくない。

止めてしまえば、嗚呼そうか。

『っふ、だい、じょうぶ』

この願いを、力にすればいいだけだ。
灯せ、灯してしまえ。胸に広がるその炎を。
ボッと燃える、その力に、身体を起こす。

そうだ、強く、此処は、私の味方なのだ。
この世界を上手く使えば、私は走れる。

そうだ、そう、この、箱庭に!!!

メルは後ろに下がってから、ばっと走り出す。
もっともっともっと早く。
胸に熱い、炎が黄緑色に光り輝いたその瞬間。


額縁の中に飛び込んで、
ゴロゴロごろと身体を転がして起き上がる。
その目の前には、大勢の者達が此方を見ていた。

「っな!?!?!?」
『っ!!!』

あの中央に横たわっているのが自分かと思いすぐに走る。

待ちなさいと言われても、手から滑り
何とか起き上がって触れないようにする。


軽い、軽い、その場所が、この場所が、嗚呼!!!!


『嗚呼!!!帰って来たよ!!!私!!!!!』


君の願いが、此処に、生きている!!!!


そう言ってメルはにやりと笑い、
つかまえようとする者達をするするとすり抜けて飛ぶ。
これは夢だ、幻、路地裏で眠っている夢の時間だ。

「っはっや!!!」
『っはは!!ねぇ!!夢を見せてよ!!!』

私は見せれてるよ!そう言ってメルは
胸に燃え続けるその黄緑色を掴んだ。

『此処が、貴方の』

がくりと身体が落ちる。このまま落ちれば死んでしまうのかなぁ。
それでもいい、この落ちる間に、ちらりとその場所をみた。
大樹の下では、小さな子供が、花冠を手渡してなんていなくて。

なのに、其処に生きていたのだと、
理解が出来て。涙が、上に上がる。

いや、落ちちゃうなんて駄目なんだよ。

そう思ってメルは空中で葉を作り、其処から飛んで
大神官の子供たちに背を向けて着地した。

『…わぁ、きれい。』

きらきらとして、すやすや、気持ちよさそうに眠っている女性。
似たような体つきというか、髪色をしている。その目が開く時は。
その目の前には、綺麗な大樹が、生き生きと生き続けていて。

『嗚呼、戻れないんだよ?私』

待ち続けたって無意味だ。理解をしてしまえと言い聞かせる。
眠っても無意味だ。時間は進んでしまう。過去に戻れない。
振り返ってはいけない。そっちを向いてはいけない。
だから、私は前をずっと見続ける。

でも、そう言ってメルは膝をついて、
胸に手を当てゆっくりとその身体を倒した。

『貴方の願いを、私も引き継ぎたい。』

それは何時になるか分からない。まだ旅は始まったばかりだ。
でも、もう少しで、全てが終わるとメルは続けて言う。

『私は何度だって太陽しか見ない』

その大樹に、額縁に、帰ってくる。

それこそが、私の大事にしてしまった、
触れることなど、許せない、時間。

『……また来るよ、私。』

何時か、この記憶が思い出した時には、
ちゃんと泣けれるだろうか。


と言うか、どうやってもどってしまおう。


『ん〜かといって後ろは振り返りたくないし〜〜〜
なんか滅茶苦茶視線感じるし〜〜嫌だし〜〜〜〜
だとしても戻れないんだったらもういっそのこと道作るか?』

突っ走ったらいけなくはないだろうと思うも、ううんと身体を右へ左へと倒す。

ああそうだ!!ひらめいた!!!

『綺麗な箱庭の、小さな世界!』

嗚呼そっか!

『箱庭から出る感じで戻ればいいのか!』

そうだ、それがいい!!

そう言ってメルは自分の身体で在ろう者の上をジャンプして走り出す。
さぁ、戻ってしまえ!その魂ごと!!

『その時間だけしか存在しない、真っ白な世界へ!!!!』


戻れそう言ったメルの言葉に反応してか、
大きな額縁がぱっと広がったではないか。

その枠の中に、ケタケタと笑う子供が
二人して花冠を交換しあいっこしていて。

見つけたと言ったメルはそのまま地面を蹴って、
その中に飛び込み、額縁と共に消えた。







「………っ、な、んだったんですか」
「あれは、いったい…」

急に現れたと思えば、元の場所に返そうと思って
各々がメルを捕まえようとしても、誰一人触れれず、
そのまま適当に話をして自分で帰っていったではないか。

それも

「…あの、姿って、まさか、いや、そんな」
「……ほんと、なんで、それだけなんですか。」
「お兄様…」
「もっと他にもあったでしょうに、
なんで、それだけにしたんですか。」

本当に欲が無い。本当に、欲を、
捧げてしまったのではないのだろうか。

そうでないと、あんな世界を、
望むわけがない。そうであってほしい。

皆が見た、その場所が、もし、彼女本来の願いならば。

それは、残酷過ぎる、結末を物語っていて。

嬉しそうに笑う、子供が二人。

その時間を、彼女は、何よりも、誰よりも、大事にして。

それの、代償を、支払うというのか。


魂が、戻りし、その日に。


「…それでも、私は待ちますよ。これが、代償というならば。」

幾らだって、待ってやろう。

振り返らなかった彼女の、気持ちも汲んでやらねばならない。
なんなら振り返った瞬間全員で消える覚悟くらいはあった。

なのに、あの子はしなかった。

あんなに振り返ってこっちを見ていたというのに。
もうすぐ、目の前に、その会いたい人がいたというのに。

ただただ、其処に見えた、額縁の中の通りにある、
この場所にしか、目を向けて居なくて。

「痛いですね、ほんと。」

胸が、此処に、生きて、居たいと、言うのだから。
本当に、残酷なことを、
彼女はしていると分かっているのだろうか。


まぁ、でも、本当に爪が甘いとクスクスと笑う彼に、お兄様と声が上がる。


「自分から隠れている場所のヒントを見せてくれるだなんて。」

ほんと、酷い人だ。そう言った彼の言葉を知らず、メルは目を覚ます。

空は暗くなっており、先程居た盗賊みたいな山賊さんはいない。
やはり夢だったのかとメルは元の道路に出ていく中、その奥では


「全く、血生臭いことはしたくないんですがねぇ。」

彼女の清らかな心を、汚すなんて、よろしくありませんから。
ぱっと破壊神の方に投げ捨てる界王神の目が冷たい。

「貴方の管轄ですし、お好きにどうぞ。」
「…」
「ひぃ!!!!」
「はぁ……面倒過ぎる。」
「そうおっしゃらずに。此方も記憶を消さずに彼女自ら逃げたんです。
寧ろ褒められていいレベルでは?」
「そりゃアイツが褒められてもお前を褒める要素何処にもないだろうに。」

何変なこと言うんだという彼に、いやいやと笑う。

「何を仰る。貴方の暇つぶしを見つけて差し上げたというのに。…破壊神ジーンよ。」
「ああそりゃどーも。界王神アナト様?」
「っくくく、ま、別に構いませんが。」

あの子がああやって、自分で切り抜けられるのは
褒められるべきであるのは間違いないでしょうし。

「それにしても一体何処に消えていたんでしょう?」
「さあ?」

++++++++++

それからメルは何事もなくアルトリアらと合流。
現在は食事を共にしていた。

「そういやメル、本は見つけたのか?」
『いんや?』
「でも滅茶苦茶すっきりした顔してない?」
「いやというか目が赤いか??」
『んぐ』

ちょ、大丈夫?そう喉に詰まらせたメルが涙を出して咳き込む。
現在肉を頬張っていたところだ。

もう大丈夫?と言われ、大丈夫と答えた。
そう、もう、大丈夫なのだ。この、黄緑色の光が、ずっと傍で居続ける。

『次の街って何処だっっけ?』
「えっと、たしかミーヌの街?」

いけるか?どうかなぁ大分街やら里やらない処だから。
そう悩む二人に対して、そっとメルはスープを手に付けた。
音も立てずにそっと無理して飲み込んでしまう。

同じように、誰かと飲んでいた気がする。
それは、同じ髪色で、確かに、笑ってくれていて。

いや違うそれは、あれでも

『(まずい、現実か、空想か分からなくなってきている)』

少々流石にそれは不味い。早く想い出さないと、
どれが綺麗な状態か分からないのは不味い。
あれでも、私は想い出したいのか?本当に?

目を閉じて、その情景に戻る。


『…本当に戻ってきやがったぞこの野郎。』

そう目を閉じてぱっと開けたのだ。
ただそれだけで、椅子に座っていた身体がぺたりと落ちる。
ううん、おかしいなあ。

『…なんか、いや〜〜?まさか、ねぇ?』

ひょっとして、これ

『ちゃんとした場所に入れなくなりつつある?』

目を閉じてもう一度目を開けた。
すると、全く違う場所に来て居るのだ。
綺麗な額縁の前に、白い世界の中に今は生きている。

どうも、3パターンを繰り返せるようになりました。煩い。

『んなこたしりたくねぇんだわ!??!?!?!』

いやどうするんだこれ!!!!!
どうやったらこうなるんだわ!!!!

頭を抱えても仕方がない、とりあえずアルトらの所に戻る。
一応戻れなくはない上に、時間の進みが妙に止まる。
白い世界は、幾らだけいても、こっちに帰ってくれば一瞬らしい。

では、あの額縁の中の場所と、此処は?

『(寝よう)』

メルはいつの間にかベットに居ることに
余り考えることをしない様にする。
次は少々長い旅路になるのだと聞いている。

その間に、あのぬくもりを教えてくれる人に、早く会わないといけない気がした。
そうしないと、そうでもしないと、とんでもない所に、迷い込んでしまいそうで。

酷く怖い。早く、早く会わないと、いけないのに。
目を閉じる、その涙がポロリと落ちて、全くという声が聞こえる。

「泣き虫に戻ってしまいましたねぇ」

目を開けてしまえばいいのに、身体が重くて、あけれない。
ジワリと出てくる涙が、心が悲鳴を上げている。
この夜に、この部屋に、一番会いたい人が今現実にいる。

いや違う、これは夢だ。そうだ、夢に違いない。

あんな額縁に綺麗に、閉じ込めているだけで、何処にも彼はいない。
存在しないならば、これは、夢の中で間違いなくて。

嗚呼現実だったらいいのに、目が覚めたら誰もいない。
貴方が生きている、その時間なんて、もう、何処にも居ないと。
私は理解したくない、会いたいのに、会えないのだ。

あの箱庭の中でしか、私は貴方に会えない。

「…大丈夫、此処に、居るんですよ?僕は、此処に。」

だから泣き止んで。そう言われても、涙は止まらない。
目を開けるなんて出来ない。そうしたら現実だと分かってしまうから。
これは夢なのだ、夢で、在ってしまわねばならない。

嗚呼そうだ、夢なら、そうか、夢なら、どれだけ、いいか。

醒めない夢を、見続けれれば、どれ程、楽なのか。

真っ暗なその場所ならばと目をそっと開く。
その紫色の目が身体ごとびくりと反応した気がする。

『だいじょうぶ、こわがらないで?』

ぼろぼろと涙が零れ落ちていく。

それに、拭ってくれる彼の手の優しいことと言ったら、
余計に涙が出て来てしまうではないか。
起き上がる私に、起きるなと言わんばかりに押してくるが、
ちゃんと強く押せばその力が緩まる。

嗚呼優しいのね、名前も顔も、分からない。

『やさしい、ゆめね?』

その手は暖かくて、この胸が手が痛みが全て綺麗に泡になって消えてしまう。
なのに、涙は痛みは、同じ様に出てきてしまう。嗚呼違う、夢だと思うから。
現実なら、どれ程いいのか。いや、現実に生きているのに。

夢、そう、夢であって。

「…夢ですよ、これは夢です。」
『…!……うん!!』
「ふっ、それにしても、そんなにこの手が好きですか?」
『うん、優しい手だから。』
「っ!!…全く、貴方というお人は。
本当は夢ですら出るつもりはなかったんですがねぇ。」

そんなに僕に会いたいと泣いてしまうので、
ついつい出てきてしまったではないですか。
そう言う彼に、ええと私は会いたいって思っていないという。

ついむきになったので、嘘嘘と言って否定して笑う。

『ずっとずっと、会いたかったんだよ?』
「……ほんと、夢なら素直なんですね?」
『へへ、いつか、現実でも会えたら、いいなぁ。』

そんな日は二度と来ないのを、私は知っている。
ボロボロと涙が溢れてとまらなくなる。
いやだいやだ、このまま夜が明けないで欲しい。
朝が二度と来ないまま、この時間に閉じ込められてもいい。

なのにそんなことは在り得ないのだ。

必ず雨が降れば晴れるし、夜が来れば朝になる。
太陽は、その場所に、光り続けてくれるのだ。

夢の中ならば、どれほど、残酷だと言い切れるのだろうか。

会いたい

『あいたいよ、っ、ふ、……あいたい』
「…っ、会えますよ、必ず。貴方が望めば。」
『ううん、それなら、会えないよ?私達はもう、二度と会えないの!』

だから、夢の中だけで、この顔も見えない暗闇の中だけで、
ぽすんと、彼の胸の中に抱きしめられて、嬉しさが胸に広がっていく。

嗚呼、夢なのだ。これは、私が一番、見たかった、そんな、夢の中。

ごめん、ごめんね、私の一番、会いたい人。

私はもう、望むなんて、出来なくなったのだ。

弱くてごめんなさい、でも、貴方を守る為には、これしかないのだ。

まだ忘れている、その真実が、私の胸を、心臓を、縛り付けてくる。

これ以外なんて、術を知らないから。
私は次の時間、全てを知ったまま生まれるだろうから。
きっと、逃げ続けていくんだろうな。

嗚呼それだって、いい。つかまえてくれなくていいから。
どうか、この、夢の様な時間だけは、今だけは、今、そう、今だけ。

『さめないで』
「…っ」
『おねがい、ねぇ、かみさまぁ』

抱きしめてくれた力が強まって、現実だと思ってしまう。
嗚呼現実だったら、よかったのに。きっとこれは夢だから。
もしも現実じゃなかった時、その時、目覚めた瞬間がつら過ぎるから。

だから、弱い私は、この時間を夢だと思い込ませるのだ。

背中に手を、彼の脇から腕を回して抱きしめる。それに気付いた彼が一瞬固まるが、直ぐに力を抜いてくれた。

そう、これは夢だから。大丈夫、覚めたら、この人は何処にも存在しない者なの。

だから何一つ、苦しくなんて、悲しくなんて、辛くなんて、ないのだ。

そう、だから、大丈夫、大丈夫なの。

この時間だけを、覚え続けられるならば、嗚呼どうか、それだけでいい。

『花冠を、交換する、その時間だけが、其処にあればいい』
「…っ、それだけじゃなくたっていいんですよ。」
『いいよ?それだけでいいの。もう何一つ要らないの。』
「もっと欲張って下さい。もっと、もっともっと、
人間ならば、貴方ならば、有るはずなのに。」
『ううん、なんにも、要らないよ?沢山願ったって叶わない。』
「…っ、ふっ、叶えない願いなんてあるわけない。」
『あるよ?だってここに、私が願っているコレが、そうなのだから。』

だからいいの、この願いだけが、私の時間でいい。

もう他の時間なんて、全て捨てたって構いやしない。
この時間だけが、この、花冠と、彼の時間だけが、生きればいい。
それ以外なんて望まない、望んでしまいたくないの。

綺麗な箱庭を、花畑を、綺麗な額縁に飾ったまま。

終わらない、終わらせない。その時間だけを、私は胸に魂に、刻むのだ。


『また、明日。』
「っ、え?」
『夜になって、夢の中で、会いたいな』
「…分かりました。」

それくらい、お安い御用です。

そう言った彼が、チュッとリップ音を立てて
瞼の端に零れ落ちそうになった涙を吸い取ってくれた。

「また明日」
『…うん!』

また、あし、た。

そう背中を掴んでいた手がぱたりと落ち、
そのまま胸の中で意識を飛ばした
彼女の事を見つつ、背後の気配に笑った。

「随分と愛らしい約束をしてやるんじゃなぁ?」
「…すいません、本当は会いに来るつもりもなかったんですがね。」
「よいよい、これくらいの我儘、我儘のうちにはいらんじゃろうて。」

それにしても、随分と狡い男よのお?
と黒髪を揺らしてちらりと彼の顔を覗き込むように言う。

「女をな、かせ、るなんて」
「…ええ、おかげさまでもらい泣きをしてしまいましたよ。」
「……サワア、お主」
「大丈夫ですよ。それよりも、こっちの方が心配ですから。」

沢山泣いて、沢山、想い込ませ、言い聞かせていたのだ。
その感情が、想いが、向こうで喋っていた彼女達に顔向けが出来ない。

その額縁に、飾った時間が、どれ程残酷なことか、彼女は知らない。

「…ルメリア様に相談をしておってな、話を聞いて来た。」
「……聞きたくありません。」
「華樹神の願いは一度願えばその願い以外の時間を多く吸い取り、その分の願いを外にはじき出す流れ。」

即ち、彼女が多くの人達に出会い、助けられれば助けられる程、彼女が華樹神になった時、願いが叶えらえる量が決まってくるということであって。

12という短くも長い間に、多くの人達にどれだけ愛されるかによって変わる。
逆に言えば、誰も見られなければ、その一定数を越えられなければ、華樹神になることはなく、そのまま産まれた形のままで固定化されるらしい。

「もう戻れぬ、戻れぬところまで、来てしまっておると聞いた。」

残酷じゃが、それが現実。そういうヘレスに、メルを抱きしめる力が強くなってしまう。
ちゃんと加減はしているが、強く抱きしめてしまうのも、ヘレスには分かっていた。

「その願いは叶わないとも、聞いておる。」
「もし叶えば」
「…誰にも会えなくなるそうじゃ。
消滅よりも、残酷な場所で。そこは何もない、ただその願いだけが、叶えたかった願いだけが額に飾られた世界で。その中に、独りぼっちで生き続けるのだと、強制的に連れていかれると、聞いておる。」
「……っ!!!!」

それは、帰らなきゃと笑って言っていた彼女の言葉であって。
白い世界の中に、彼女は何度も何度も戻って行っている。

いや違う、逆だ。戻らされているのかもしれない。
徐々にその時間に、慣らしている時間だとしたら?

「ただ救う手立てはある」
「っなんですか!!!」
「っ」
「あるんですか、そんな、そんなバカな」
「…方法は二つ。一つは我々全員の記憶を消し去ること。」

そうすれば流石にその量であれば彼女は人間に戻る。

「じゃが、彼女は全てを知ったまま、独りぼっちになるじゃろうが…」

そんなの、何も知らない方がまだマシではないのだろうか。

「ただ、希望があるとすればこっちの方か、」
「…あるんですか」
「こやつが華樹神となり、その理全てを覆すということ。」
「っ!!!!」
「それが、こやつとお主が生き残る一つだけの選択肢。」

選べと、仕える破壊神は言うのだ。

「まぁもっとも、後者になればかなり際どいとは聞いておる。
今現在全力を尽くしてルメリア様らも手を貸してくれておる。」
「…ほんと、頭があがりませんね。」
「嗚呼、そう思うならば、毎晩逢瀬にきてやればいい。」
「おっあっ、ちょ、ヘレス様?!?!?!?」
「っくくくく、下手に声を出せば起きるじゃろうて。」

安心せいとちらり彼女が入って来たドアの方を向いて言う。

「彼女らにはこれから説明をするからのお?」
「…っ」