未完ならまだ良い
大樹の下で雨宿りをする一同。
これは暫く止みそうにないなと言うベルモッドに
メルはちょこんと座って距離を置く。
サワアらが来れば威嚇していたのだ。
何に嫌っているのか、思考を読もうとして止める。
反対側に位置するところに座ったメルはヒヨコに声を掛けた。
『ねぇ、ぴよちゃん』
「ぴ?」
『卵から孵った君は、一体どんな姿になるの?』
私を食べてくれるの?
『この醜い小さな時間を。君は全部喰らって忘れさせてくれる?』
二度も捨てられた、この醜い時間を。
『…逃げるに等しい、よね。大丈夫、大丈夫だよ?』
辛くない。苦しくない。怖くない。
雨足は強まるばかりだ。
『…嫌なの。私が私じゃなくなるみたいで、怖い。』
「ぴい」
『一緒にいるのにね、何処に居る時よりも、すっっごく遠く感じるんだあ。』
おかしいよね、自分が遠ざけているに等しいのに。
其処にしか生きていないというのに。
自分から切り離して、なにが助けてだよ。
ほんと、馬鹿らしい。
消えてしまえばどれ程いいか。
消せれるなら忘れられるならどれ程良いか。
でもそんなことできるわけがない。
自信がないというのもあるが、本当は怖いのだ。
皆に嫌われるのが、忘れられるのが。
酷く、怖いのだろう。
触れられる位置に居る。
確かめられる時間に生きている。
その手を身体を、委ねられたらどれ程楽か。
どれ程、その時間を、望んだというのか。
叶うのが怖い。叶えたくないことすら、怖くなった。
もう何処にも行けない。走ることも歩くことすら。
その手を、一緒に歩いていくれる手すらも、
伸ばす感情を、抱く、行為すら、怖いのだ。
目を閉じて耳を塞いで、その首元を締め上げて。
誰も彼も私を見ない見てくれない時間に居たい。
そしたら誰もが傷付かない。誰もが私を知らない。
誰?と言われた方が、いっそのこと。
『らくなのに』
「ぴい……」
寂しそうに鳴くヒヨコに、ごめんねと答えるしかできない。
きっと分かってくれているのだ。この感情を知ってくれてる。
優しいね、この感情に触れてくれて、大丈夫だよって言ってくれるんだね。
可愛いね、この醜い私を見てくれても、それでも傍に居てくれるんだね。
『独りぼっちの方が、随分と楽になってしまったんだもの。』
「ぴい……」
『大丈夫だよ。私は此処に居るよ?ずっと、ずっとずっと。』
ずっといる。生き続けている。息が出来てしまっている。
身体が悲鳴を上げているのも分かるが、
精神的なダメージも現在進行形で来ているのは、
正直身に染みて感じてはいるのだ。
余り他の者に近づいて欲しくない。
傷付けるからではない、愚かなことだ。
『嘘つきは一体どっちの方だか』
愚かで浅はかな、弱過ぎる愚弄者が。
一体何処からモノを言うというのだろうか?
望むなんて、許される訳がないのだ。
だって私は、相手が傷付くのを見た、
自分自体が傷付きたくないのだから。
『っふふふふふふ………嗚呼、愚かなのはどっちだか。』
鼻で笑って蹲り馬鹿だなあとぼやく。
雨脚はどんどんと酷くなっていくばかりだ。
晴れる気配など何処にもない。
だってそりゃあ当然だ。
『(嫉妬なんていっちょ前にしやがって)』
愚か過ぎてもう声すら出ない。
冷たい自分が醒めたこの身体に言い出してくる。
何処か雨音がぴたりと止んだ気がするのは、気のせいだろう。
ー愚かなことを願ってどうなるというのだ。
誰かが目の前で言ってくれる。
嗚呼そうだよ、そうなんだよ。
『分かってる。どうにもならないってことだけは。』
ー何も分かっていない。どうにもならないなら願わなければいい。
『でも願ってしまった。想ってしまった。縋ってしまった。』
「ぴい……」
その額縁に、触れ続けてこそ、私で在るという者。
代償は支払うもので、ソレを持ってしまった私は、愚か者。
誰もが笑えないその時間こそ、私が望んだというのだろうから。
ー憐れな者だな。人の感情を持つからこう不味い所に行くのだ。
『はっ、なら天使に神に情すら無に帰してどうなるというのだろう?』
その先に、幸福など何処にもありゃしない。
何処に行ったって、結末など同じなのだ。
だって私が、望んだのだ。
『たったその一欠けらすら、私は想ってはいけないというのか?』
それこそ、なんて、酷い結末だろうか。
その場所でどうか、皆が笑い続ければいい。
私なんか、居ないその場所に、嗚呼そうか、最初から叶っていたんだ。
笑って見てくれていたから、この額縁に触れさせてくれるのか。
ならこの種は一体何処に咲けばいいのだろうか?
わからない、わからなく、なってしまった。
もう、何処にも行きたくなんてない。
道が見えない。怖いとかの概念を越えた所に居る。
真っ暗闇の、ただ一つだけに。
「ぴい……ぴい!ぴ、ぴぴぴぴぴ!!!」
『ぴいちゃん?何を』
頭から降りたヒヨコが何かを言おうとしている。
何を言いたいのかは分からないが、
懸命に何かを伝えようとしているのはわかる。
『…そんなに頑張らなくていいんだよ?』
「ぴ…ぴぴぴぴぴ!!!ぴー!!ぴぴぴ!!!」
『翼なんて要らない。地から空を見上げ続けるこの時間こそが…ん?』
待て。華はそもそも、どうして空を見上げるのだろうか?
華樹は宇宙の中心に位置している処であり、
其処から何処にでも通ずる道は出来る。
逆に言えば、何処にも行けない一つの場所にとどまっている。
だが、何処にでも行けるというのも、廻廊に繋がったあの12の扉にだけであり
いや、待て。じゃあ華神と華樹神らは何故「別世界の人間で在らなければならない」のだろうか????
『…この世界の力ではない?
違う、待て待て待て待て待て待て待て待て』
もしも、もしもだ。
ガリガリと下に枝で書き殴る。
地面が見えるところに、円を三つ均等に描いて
上をA、右下をB、左下をCと描いて、その互いの円に線を描く。
『Aはこの世界、Bは華神らが、Cは華樹神らが。』
そう位置付ける。
『BとCが移動出来ない訳がない。』
必ず道があるはず。でも、もしこれが、移動出来ないのではなくて
『似たような世界線がくっついた、ただの双子であれば?』
そしたら、その間、いやこの3つの中心に位置する所こそが…
『この世界の理が存在する場所?』
ー正解
よくできたねと言われて初めて顔を上げた。
その子は少年のようにも見える。
金色の目をした、白髪の、子供が、こちらをみていた。
『君は?』
ー理その者。今はアレスが司ってくれている処だよ。
じゃあ、やはり…
『全王様はこの世界、他の世界にも頂点が居て、それを束ねているのが貴方。』
華樹神の頂点に位置する者だというのか。
そう言うメルに、ご名答と笑う少年。
『まさかと思うけど、他の世界軸に、私の様なハーフがいたりする?』
ーおや、其処迄分かったとは。流石賢いね。
やはり。嫌な予感は的中するだろう。
『プラティアは天使の前に前世があった。…悪魔と人の子供だった、とか?』
目が細まる彼に、メルは笑った。
恐らくだが、天使、悪魔、人間の三種が、この世界のA、B、Cに位置するのだろう。
プラティアは「悪魔」に居た別の何処かの世界に居た者。
私も恐らく、別世界の者の可能性が非常に高いと思っていたが、どうやら違うらしい。
ー君はこの世界の人間である者で間違いはないよ。
『…戻ってきている証拠があるからか。』
そういうこと。
そう彼は言う。
『華樹神に林檎を食わせるのは、貴方のその理に触れなければいけないから。
そうしないと全ての世界に手渡し出来る道なんて敷けないからでしょう?』
ー流石、選ばれた者ではあるねえ?
やはりそうか。最初から食わせる魂胆で動かしていたのか。
どうあがいたって、絶望でしかない、その時間。
…読みが当たっていて酷く冷めて冷静になれている気がする。
『じゃあ一つ質問。』
ーなんだい?
『BとCの移動は可能?それとも不可能?』
ーんん〜可能ではあるが、余り宜しくない。
『それは華樹神と華神の力の差か?』
ー…。
『やはりそうか。力というか華の位置が違うから
BからCは難しく耐えれないが、CからBは可能であるが
Aに移動するか中央に戻らないといけなくて
選択肢が狭まる上にデメリットがでかすぎると。』
ー本当に、何処までも知っているんだね。
いやいや、答え合わせなんだから知らないんだよ。
『私が良くいく空白の世界は君がいる世界で間違いないね?』
ー…その通り。何度も何度もこっちに来て居るのに、僕を見ない。
一応声は掛けているんだけどね。
そう言う彼に、何度かではあるが、気になった声はあった。
恐らくあの声の主が、彼なのだろうが。
『本題。華樹神は願いを捧げその願いが叶わないことで力を発揮する。
それは、願いが叶わない間だと「道」が開けるからとかそういうものでは?』
想いは覚えて居ればずっと生き続ける。
それはその道をずっと見続けているからというもので。
願いが叶えられれば、満たされる。そしてその場所でしか生き残れなくなる。
何処にもいけない、かえる術など知らなくて良くなる。
だって其処が、帰る場所だったのだから。
帰る意味すらなくていい。
道を見なくていいのだ。
華神らは人々は、其処で息をするのが正解なのだから。
だが、華樹神は違う。その道を全て理解しつつ、その道を塞いでは困る。
華神らの移動だけでなく、華樹神らの移動ルートまで塞ぐことになるから。
だから華樹神の願いは叶わないことが第一である。
そして、私は叶わない願いを差し出してしまったのだ。
ー…理解が早くて助かるね。その通りだよ。
『なら、願いが叶ってしまえば、華樹は死ぬのか?』
ー正確には時が止まる感じ。天使が死なない様に、ね。
成程、仕組みはほぼほぼ似たようなものか。
天使か華樹の者、その名前が違うだけであって。
役職の位置的には同じらしい。
ではその理の場所に、名前等あるのだろうか?
『…華樹の植えている場所は、貴方の居る場所へのルートでもあるもの。
その道に向かうことを許された者いや、司るしか術がないもの。』
国境、辺境を意味するもの。
『別名フロンティア』
それが、貴方の居る理の位置。
そうでしょうと言うメルに、全く何処で知識を得たんだかとため息を吐かれる。
ー君は本当に理を覆す存在だねぇ。逆に問おう。君は此処に来て何がしたい?
『皆が笑っていられるならばそれだけでいい。』
そして、その時間を、守れられるならば。
もう、何にも要らないというのに。
ー…欲が無い。ま、欲が無に近いからこそ選ばれるという者なのだが。
『え?』
ー全王という存在に近いというか、その上というかなんというか。
僕が創り出したものに近いからね。
ー君はその頂点に立った時、どんな顔をするんだろうか?
その翼は、本当に、「天使の翼」だと思っているの?
ぞわりと悪寒が背筋を通って全体に伝わった。
あの翼は、その華樹に選ばれた翼だとしたら?
それを戻すということはそれ即ち、その場所に自由に移動できるというもの。
『待って、華樹の記憶、廻廊に基づくものってまさか』
ーその通り。理、フロンティアに選ばれし者が、本当に辿り着けるかの試練に近いものだよ。
君は3番目の神になりそうだが、まぁ大丈夫だろう。
12が終わる、その時には、ひょっとしたら、ひょっとするかもしれない。
いや逆にこれもし皆に知られたら、あの地に行くことを拒絶するだろう。
…知られたら、逃げ続けるしかないな。
『ねぇ神様』
ーん?なんだい?人間と天使の狭間に位置する子供よ。
『私に翼って、戻せるもの?』
ー…そんなもの、容易いというもの。
だがバレるかもしれない。いいのかい?
『だからバレた時に付けて欲しい。』
ー…決意はどうやら固まったようだね。それなら協力するよ。
僕は何時だって、君を歓迎しているのだから。
そういった時だった
「ぴい!!!」
『った』
突然噛みついて来たヒヨコに、痛みが出た。
ジワリと手に血が現れて、そのままにしてしまう。
ヒヨコは寂しそうに、怖がっている。
『え?あれ?待って』
そう言えばとよく回りを見渡す。
周りに色など存在していないかのように、
グレーの色で染まりあがっていたではないか。
自分と目の前の者以外が、
全てに色など存在していなかったかのように。
ただ、単色の色しかなくて。
息がしづらい。
ー…この世界は僕の管轄に近いからね。時など止めること造作もない。
『…天使も?』
ー勿論。見てみたらいい。
怖くても身体が動く。血が流れない様にしなきゃいけないのにそのまま後ろに返った。
サワアらが少し困ったように話をしているのが見える。
その距離感に、胸が酷く痛んだ。
『とまってる。もう、私だけなの?』
「いいえ、貴方だけではありませんよ。」
『っ!?え!?!?!?スピスさん!?!?!?』
ー管轄に入っているとは言えど、流石に一人だけだとまずいからね。
一応一部の者達は動かすようにしたんだ。
そういった神様がちらりと向いたその先には
とてつもなく、怒っている大神官が手を後ろで組んで立ち尽くしていた。
「…いけませんね。余り此方側に干渉されてしまっては困ります。」
ーすまないね。少々指導が長引いたんだ。
「…連れていくつもりで?」
ーさあ?それはこの子の願い次第だ。
そう言ってメルの背後に入り、そっと頬から胸元に手が移動する。
キンと音が鳴ったと思えば、胸元が光り出したではないか。
気になって下をみてしまえば、其処には
『〜〜〜〜っ!!!』
ーほら、君は選ばれている。
白と金色の華が、咲き誇っていたではないか。
「…容赦しませんよ。」
ーだろうね。でも流石に多対一は酷すぎる。ルールを決めよう。
「……いいでしょう。何です?場合によっては無かったことにさせますが。」
ー君にそんな権限ない癖に、いっちょまえに吠えるねぇ?そんなに、この子が…大事かい?
「触れないで貰えると助かります。」
主に、貴方が。
睨む彼に、メルはびくりと反応した。
ーこらこら、震えているじゃないか。怖がっている。大事にしたいんだろう?
「…っ、失礼。エフェメラルさんに言ったつもりではなかったのです。」
『あ、い、や……別に、私は』
ー…。可愛らしいね、ほんと。
もう、どうしようもないくらいには。
ー君には教えておこう。「この子に翼を戻す時が来た」この意味わかるね?
「……ええ。」
ーそれでは今度こそ
『え!?ちょ、待ってあのぴよちゃんは?!?!』
ーっくくく、そんな慌てなくて大丈夫だよ!また、会えるから。
ふわりと上がっていく彼に、メルは手を伸ばした。
それに愛おしく感じたのか、クツクツと喉で笑ってから優しく答えてやる神様。
と言うかお前の名前を私は知らないんだが。
ーそんなのなんだっていいじゃないか。例えばそう。君がさっき言っていた、フロンティア、とかでもね?
じゃ、スピス。後はよろしく。
そう言って消えた神様に、世界の色がじんわりと戻っていく。
「…エフェメラルさん」
『何?』
「貴方は全てを今知っています。だからこそ問いたい。」
貴方は、何処に行きたいですか?
そう言われて、私はと声を出した時だった。
ざあざあと雨が降り出した。
「あれ?エフェメラル様戻って来てたの?」
『…うん。ちょっと寂しくなっちゃって。』
笑って答える。ヒヨコはぴいと鳴ってメルの身体に上って胸元に入り込んでしまった。
いつの間にか胸元の華は無くなっていて。それと同時に大神官らも消えて居なくなっていた。
「どうしたの?」
『白昼夢』
「え?」
『寝ぼけて白昼夢を見ていたんだよ。』
雨が止む。
人々は歩き出す。
その先に私の生きる場所が見えた。
道が、見えるのだ。
ふわりと首元にあったエメラルドが突如ふわりと浮かび上がる。
「え?!!?なになになになに」
ピンと音を立て、色が黄緑色へと変化し、その色を指し示した。
「まるでこっちだと言わんばかりに示しますですますわね。」
『現にあっちなんだろうよ。私が行きたい場所はね。』
「エフェメラル…」
『行こう。終着点はもうすぐだ。』
旅はやがて終わりを告げる。
千年の時間が流れる。
華樹に身を捧げる。
その先に、私は笑えているだろうか?
嗚呼いや、笑うしかないのだ。
笑えないなんて、出来るわけがない。
強くないのだ、私はずっとずっと弱いまま。
だが、この願いは折れる術を知らない。
いや弱いから、茎というものがないのだ。
ぽきりと折れるのではなく、引き千切ることしか出来ない。
だからこそ強すぎるというものなのだ。
だって折れないと魔女に等なれないのだから。
一人で、ずっと、一人で。
例え折れても、直ぐに再生成されることだろう。
何度も何度も何度も何度も
引き千切ろうが燃やそうが何をしようが変わらない。
生き生きとしたその華を咲かせて、知らしめてくるのだ。
〈願いは変わらない想いも全て代えることなど許されない〉
だから、胸が痛くてたまらないのだ。
もう、要らないといっても、許してくれない。
確かに彼と結ばれたらどれ程嬉しいだろうか。
きっと三日三晩泣き続けられるだろう。
自信がある気はする。
でも、そこじゃないのだ。
私が追い求めている場所は、そこではないから、胸が痛くてたまらない。
『…ほんと、ざんこくだなあ』
メルは一人前を歩いている。その後ろに皆がついて行ってくれていた。
ヒヨコはすやりと眠って、ただメルは淡い黄緑色の指し示す場所に歩いている。
ー…道が決まったようで何よりだ。待っているよ。
エンドロールのその先で。
その途端、綺麗に色が戻って行った。まるで夢だったかの様な時間で。
メル?と来てくれた彼女の姿が止まる。
『……知ってる?不思議の国のアリスって物語。』
「え?どうしたの急に。」
小さな子が大きくなったことで抱っこは断念。
メルは彼女らが来た時くらいに歩幅を戻す。
まるで一緒に歩くかのように。
少々半泣きのマルカリータの前を
メルは歩きながらアルトリアにぼやく。
『ワンピース姿の子がウサギを追いかけて
不思議な国へと落っこちる話。
最後は確か、女王様に処刑される時になって
怖くて逃げて、元の世界に戻っていく話。』
「…そうだった気がするけど」
『戻れたらいいのにね。』
「戻るつもりなの?」
『うん』
「……そっか。」
『怒らないの?止めないの?』
「止めれないでしょう?」
その目が、物語っているから。
その、黄緑色の目が、何処までも、先を見据えているのだと。
嗚呼そっか、あの子が、見てくれているから。
決意した時間を想い出して、メルは鼻で笑ってしまった。
『そっか』
「うん。それよりも、次の場所。ムタリア草原の街に
美味しいパンが売られているんだって。」
「お?良いな。」
「なんでも朝から出したら昼には売り切れだとか!」
「早く言って食べないとなーーー」
「ーーーー!」
音が遠くなる。歩いているのに、歩いていない。
目を閉じて、前を向いた。
白い世界に、一人で歩いている。コツコツと音が鳴り響く。
何処に行きたいのだろうか?何処に辿り着きたいのだろうか?
誰の名前が私の名前なのだろうか?私は一体何がしたいのだろうか?
分からない。分からないけど、これだけはわかるのだ。
『…好き。好きなんだよ、サワア。』
どうしようもなく、好きに、なってしまったのだ。
好きだから、庇ったとかじゃないのだ。
彼がずっと私を見てくれていたからとかでもない。
違う、ずっとずっとずっと最初から。
あの、青く広い箱庭のど真ん中で出会ったあの瞬間から。
綺麗な子供だなと、思ってしまったのだから。
どうしようもないのだ。ほんとうに、どうしようも、ないのだ。
好きが止まらなくて、誰かが話しているのを見ると心が分からなくなる。
そして急にこの白い空間に辿り着いては、落ち着いて元の場所に戻る。
それをひたすら繰り返している。ずっと、あの大樹から離れて。
ずっと歩いている。その道など見えないはずなのに。
綺麗な黄金色の線が先を示してくれていたのだ。
白い世界に一線の、金色なる線。
嗚呼何時だって私の味方でいてくれる。
瞬きをした。
彼の声がその場を通る。
「すいません。ちょっといいですか?」
「なんだ?急に。」
「メル」
『』
「この言葉で貴方はすぐに分かったはずです。」
言われている。分かっている。気付いているよ。知ってる。
でも、変えられない。何にも、代えがたいのだ。
『分かってるよ、サワア。』
「…っ。」
『この言葉で貴方はすぐに分かってくれる。』
そうでしょう?そう振り返ったメルに、じっと見つめる。
その紫色の目が、恐ろしいくらいに、怖くなくなった。
もう、私はそんな場所に、存在していないから。
目を閉じてまた開ける。
それは空白、綺麗な、真っ白な世界。
此処が、私の居場所で、此処しか、私は望まない。
旅はいずれ終わってしまう。もう、あと、少しなのだ。
たわいもない時間は、あっという間に溶けてなくなってしまう。
ふと目の前を見た。綺麗な額縁が、完成されているのが見えた。
綺麗な子供が、花冠を互いにかけあっている。
綺麗に飾られたその絵画を見るだけで、胸の痛みがじんわりと広がる。
分かっている。此処でとどまりたくないことくらい。
あの暗闇に居る時みたいに、溢れ出る幸福を、
ずっとずっと感じ続けたいことくらい。
馬鹿な私でもわかり切っているのに。
出来ないのだ。許せないのだ。
これいがい、わたしは、のぞまないと、わたしがきめたのだ。
ふとガラスに触れて膝を立てた。
縋るように、手だけが伸ばされ、頭を
その額縁にあるはずの透明な壁に叩きつけて目を閉じた。
『あいたい』
この時間に、触れて会いたい。会い続けてその時間に触れ続けるだけでいい。
もうそれだけでいいのだ。何にも要らない。他なんて必要なんてしない。
此処が完成完璧な場所だから、私は、未完ならまだいいと思っているのだ。
だって未完成ならば、旅等終わることもないのだから。
この時間を、追いかけ続ける、ことが出来るのだから。
嗚呼そうだ、手放したくないのだ。
最後は叶うか叶わないかに選択されるのだ。
それすらも嫌なのだ。
叶うも叶わないもどちらも選択肢を取りたくない。
きっと彼等は私の願いを無理やりにでも叶えさせない様に行くつもりだろう。
そうすれば華樹のルール上、叶わない願いが完成される本来の形。
華樹神として生き延びるのは、そっちの道しかないのだから。
でも、私はどちらも望まない。私はこの願いを持ちづづける。
そしてサワアらを活かしつつ、この世界に閉じこもることもしない。
この額縁の中だけに、とどまることを決意したのだから。
もう揺るがない。これ以外に、方法など知らないのだ。
『だいじょうぶだよ』
大丈夫
『もうすぐ、あいにいく』
だから、それまで待っていて欲しい。
あと、あと、すこしだけ。
ほんの、瞬き程の、一瞬だけだから。