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調査兵団への入団顔合わせの後は、兵舎の案内、所属先決定のための模擬訓練、夜はささやかな歓迎会が催される。

模擬訓練、対人格闘の相手はなまえより20センチは背が高い。監督する分隊長からの指示を聞いていると、隣に立つ訓練相手が前を向いたまま、話かけてきた。

「異性でこの身長差って、流石にやりづらいよね。」
「お手柔らかにお願いします。」
「こちらこそ。僕は第四分隊所属のモブリット・バーナー、よろしく。」
「なまえ・みょうじです。よろしくお願いします。」

開始の号令とともに、一定の間合いを取り相手を観察する。身長も力もこちらが不利だ。真っ向勝負は、しない。なまえが一気に間合いを詰めると、モブリットはすぐに反応し、半歩踏み込みながらリタの胸倉めがけて右腕を伸ばす期待通りの動きに対し、相手の右腕を交わすようになまえも右前に踏み込みながらモブリットの真横から背中を押す。

モブリットは慣性の法則のまま、誰もいない自分の目の前によろめきながらも即受け身を取り、すかさず繰り出されたなまえの蹴りを後退して躱す。若手とはいえは、さすが実践経験のある兵士。訓練兵相手とは随分勝手が違う、加減が難しい。下手に加減してしまうと、じっとこちらを視察している分隊長に感づかれるかもしれない。

(…やりづらいなぁ)

そんななまえの思いなど知るはずもない、本気のスイッチが入ったモブリットが向かってくる。組み合いながらも冷静に相手を観察する。
対人格闘において、相手の目線、筋肉の動き、息遣い全てが動きを読む情報になる。なまえは得た情報を頭で処理するより先に自然と体が反応してしまう。加減するためには、反応する体にストップを掛け相手の動きに意識的に自分の体を合わせる必要がある。

組み合うモブリットが右足を動かした。咄嗟に右足に重心を移そうとする反射反応に抗い自分の左足に重心を残すと、次の瞬間背中に強い痛みが走る。足を払われ背中から地面に押さえつけられたなまえの体に跨り、組み敷いたモブリットの左手はなまえの首を押さえつける。

酸素を求めて喉から音が漏れると、すぐに手は外されなまえの頭を挟むようにモブリットの両腕が置かれた。互いに呼吸は荒い、モブリットの顔から汗が一滴落ちる。

「対人には、自信があったんですが、敵いませんね」
「本気にならないと、僕が負けてたよ。」

そんなやり取りをする2人に黄色い声が聞こえる。

「おーいモブリット!いつまで可愛い女の子押し倒してるのー!」
「なっ!ハンジさん!誤解を招く言い方しないでください!」

眼鏡の女性兵士、“ハンジさん”が冷かすように声を上げると周りの見学者の視線が一斉に自分たちに集まった。すぐに立ち上がったモブリットはなまえの手を取起き上がらせる。

「…ご、ごめん、そんなつもりは一切ないから!」
「はい、わかっていますよ。気にしないでください。」
「ありがとう。あの人は僕の所属班の班長でハンジさん。すごい人なんだけど、いつもあんな調子で…。」

“ハンジさん”は笑顔でこちらに手を降っていた。

模擬訓練を終え、夕食までの僅かな時間を自室で過ごす。年頃の女性にしては多くないなまえの荷物は荷解きされることもなく部屋の隅に置かれたまま。本人は窓際に置かれたベッドに寝転び天井を見つめる。

やっとスタートラインに立った。
自分の目的のためには、なんだって使ってやる。

「私は強くなった。利用されてはいけない。」

自分自身に言い聞かせるように、記憶に残る優しい声を思い出し目を閉じる。その言葉を聞いた幸せな時を思い返す。



*****



想定より配属が少なかったこともあり、新兵の模擬訓練は予定より早く終了したが、その後の会議が長引き、日が沈み暫くたった頃。エルヴィンは、執務室の扉を開く。

「…遅え」
「ああ、待たせたな。」

随分前から待っていたのか、暗がりに見える目が不機嫌に光る窓からは月明かりが差す。

「お前が気に入ったとかいう新兵、大したことねぇな」
「なまえ・みょうじ、確かに特に秀でたものはなかったように見えるが…。」

手にしている新兵のリストからなまえの情報が書かれた1枚を引き抜き、内容を目で追う。

「何だ?本当に顔だけで班に入れようとしたんじゃねぇだろうな?」
「…それも悪くはないな。だが、彼女はハンジの下につくことになった。」
「今年は新兵が少ない、あいつならそう簡単に死なせねぇだろうな。」

キース団長が就任後、巨人殲滅を第一に掲げる方針の下、壁外調査で展開される陣形により膨らむ死者数。王都や住民からは税金泥棒だの人殺し集団など好き勝手言われている。人類の未来のためには巨人の殲滅、壁外世界の調査が必要だとどれだけ声を上げたとて、壁内での平和な暮らしに慣れ親しんだ住民に受け入れられることは難しいのだろう。

「第一分隊の配属は、この5名になる。」

新兵全員分の書類の中で、名前に下線が引かれた物のみをリヴァイに手渡す。

「成績は上位だが、実践で使うにはまだまだだ。」
「ハッ。訓練兵団の成績なんざ実践で何の参考にもならねぇだろ。」
「ああ、だからお前には期待している。」
「壁外で犬死にしねぇように叩き込んでやる。」

悪態をつきながらも、面倒見の良いリヴァイだ。兵士の育成は彼に任せれば、火の車状態の資金繰りに本腰を入れて取り組める。こちらはこちらで相当面倒だが。団長を支える立場のエルヴィンにとって、目下の悩みの種だった。


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