月の夜に



あれから何年が過ぎただろう、、
いつの間にか刀を持つ事も、夜な夜なその刀を振る生活にも慣れた。
それが当たり前になった。

妹が居ない当たり前…。

そんな事に慣れたくはなかった。
でも、振り返っても居ない姿を探し続けることは、ひどく苦しくて、鬼に殺されてしまった人を見るたびに、妹の姿に重なって

ああ、俺が殺した様なモノだなと
思わずには居られなかった。

「紬さん。隠、到着しました。
 後は我々が引き継ぎます」
「…ああ、よろしく頼んだ」

これで今日の任務も終わる。
後は野良鬼に出会わなければ、納めた刀を再び抜くことはない。
朝が来れば、鬼は出ない。鬼殺隊も眠りに着く。

「月は、こんなに明るかったのか、、」
顔を上げて初めて気づいた。
今宵は月が明るく低い。
見惚れるほどに美しい。
鬼が居なければこの時代の夜はとても良いものなのだ。
「それを守り続ける…必ず、、」


『こんばんわっ。』
「っ!!!」
ーー後ろっ!!鬼っ!


咄嗟に刀を抜いてそのまま腕を払ったが、その切先に感触はない。

地を踏む音がして少し後ろに鬼の姿がふわりと降り立つ。月明かりが照らす姿は想像していたよりも人形の様に整った姿をしていた。

『酷いなぁ。』
ーー嘘だ。
『挨拶をしただけなのに。』
ーー嘘だ。…何で、、
『ま、しょうがないよね?』
ーーだって、、その姿は、、

『あなた鬼狩りだものね?』
首を傾げて微笑むそれは妹、深琴の癖で、成長はしているけれど、その姿は見間違える事などできない程に深琴の姿で…

ただ瞳だけを変えていた。

口がカラカラに乾いて、言葉が喉に張り付いた様に外に出る事を嫌がっている。

ーー認めたくない。
  生きていた事は嬉しいのに…

  ミトメタクナイ、、深琴が…。

『でも不思議なの。』
ーーやめてくれ、、もうその姿で喋らないで、、


『あなた、とーっても、美味しそうな匂いがするの
 稀血ってやつじゃないわよね?』


"血縁関係がある人間は血縁関係を持つその鬼に対してより栄養価が高くなる"
"言わばご馳走ってやつだ"

シャッっと音を立てて、深琴の手で扇子が開く。鈍く光るそれは明らかに殺傷能力のある刃物。

ーー来る!!

どうしたら良い?
鬼は斬る。鬼は斬る。鬼は斬る。


    じゃあ、、深琴が、鬼なら?


目の前を通り過ぎる扇子を日輪刀で払い除け、握る手目掛けて体を捻って足を蹴り上げる。
しかしその足は扇子で受け止められ、深琴の手から手放させる事は叶わなかった。

『あなた意外と出来るのね!
 ただ震えてるだけの"名ばかり"かと思っちゃった』

命の取り合いをしている筈なのに、その声も口調も遊んでいるみたいで、昔の深琴の事ばかりが思い出される。
昔はもっと引っ込み思案であったけど、あのまま一緒に成長していたら、こんな成長もあったのかも知れない。

そんな事を考えながらも、何度も振るわれる扇子は刀で止めきれなかったものが、頬を掠めて赤く線を引く。

ーー深琴。…深琴なのに。

  深琴じゃない…。

殺意を向けられているという目の前の現実に奥歯を強く噛み締めていた。



『深琴。今日はここまでだよ』
場違いとしか言いようの無い、明るい声が二人を静止させる。

ーー?!!新たな鬼?!

『お兄ちゃん!』
「……え、、」

深琴は扇子を閉じると、凪に興味をなくした様に体の向きを変え、他に目もくれず真っ直ぐに走っていく。
月の光が逆光となって、声をかけた鬼の姿をはっきりみる事は出来なかった。
しかし凪にとって、問題はそこでは無い。


「……え、せ。」
『…ん?』
「妹を!深琴を返せっ!!」
逆光のなか、その鬼が笑ったのが分かった。
『ああ!君はあの時の。
 何を言ってるんだい?手を離したのは君だろう』
『お兄ちゃん?知ってる人間?』
『少しだけね』

「兄は、、兄はお前じゃ無いだろうが!!」
『じゃあ君は、深琴が返ったらどうするの?
 大人しく喰われてやるの?
 誰かを深琴に喰わせるの?
 深琴の頸を斬るの?

 君は兄なのに?』
「っ!!」


『返さない。もう俺のだから』

さぁ帰ろうかと手を差し出した鬼の手を深琴は躊躇う事なく、むしろ喜んでにぎると、チラッとだけ凪を不思議な生き物を見るような目をむけて去っていく。


"深琴の頸をきるの?君は兄なのに?"と鬼の言葉が何度も頭の中で反芻していた。


- 2 -

*前次#


ページ: