黒猫の日々

退学クライシス




綱吉は今日も頭を抱えていた。
今日は理科のテストが返ってくる日で、勿論綱吉はテストの出来が良くない、そして理科の担当は根津という人物なのが原因だ。

「あくまで仮定の話だが……、クラスで唯一20点台を取って平均点をいちじるしく下げた生徒がいるとしよう」
「あの…っ?」
「エリートコースを歩んできた私が推測するに、そういう奴は学歴社会において足を引っ張るお荷物にしかならない」

返ってきたテストは案の定点数が悪く、他の生徒に見せびらかせるようにされたそれに綱吉は声を上げる。勉強の出来ない生徒に対してのいじめ行為をするのが根津という教師だった。

「エリートコースの癖に、生徒の足を引っ張ることしかできないんだ」
「なにを…!」

依都にしては耐えている方だ。拳を握って、返ってきた理科の答案がぐしゃりと歪んでいる。周りがなんと言っても構わない、綱吉のよさは自分は知っている、疑う余地もない。それでも、綱吉への侮辱は、辱めは耐え難いものだった。……だが、リボーンには依都は出来るだけ綱吉を守らないように言われている。リボーンがいて、綱吉に命の危険はない、耐えるのがお前自身の10代目ファミリーとしての修行だ、と。なので、この後どこからか見ているリボーンからのお仕置きが起きても仕方ない。それでも、依都は耐えられなかった。
より強く拳を握ったその時、ガラッと音を立てて教室のドアが開く。

「コラ!!遅刻だぞ!!今ごろ登校してくるとはどういうつもりだ!!」
「ああ!?」

鋭い眼光が根津を射抜く。引いた根津など眼中にない獄寺は、そのまま綱吉の元へと向かって挨拶をしたために、周りがどよめく。一体、と。
そんな中なんとか体勢を持ち直そうとして再び例え話を持ち出す。

「あくまで仮定の話だが、平気で先生に歯向かったり、平気で遅刻してくる生徒がいるとしよう」

間違いなく、依都と獄寺のことだろう、とそれは誰にでもわかった。眼鏡のブリッジを押し上げて根津は続きを言葉にする。

「そいつらはまちがいなく落ちこぼれのクズとつるんでいる。なぜなら類は友を呼ぶからな」
「……は?」
「おっさんよく覚えとけ」

獄寺が根津の襟を掴み上げる。
依都は綱吉の前にいつの間にか立っていた。そして、根津を掴み上げる獄寺を視界に映す。

「10代目沢田さんへの侮辱は許さねえ!!!」

初めてだった。
綱吉はそれどころではなくて、頭を抱えていたけれど、依都は綱吉の家族以外で、自分以外に初めて綱吉を面と向かって守ろうとした人間を見たのだ。目を瞬きさせる。銀の髪が次ははっきりとして感じて、初めて、依都の目に本当の意味で獄寺が映った。



依都にとって、綱吉以外の人間は背景のようなものだったのだ。



もちろん、綱吉の家族は別だ。奈々は優しい。9代目は依都が綱吉のそばにいるのを許してくれた。それと、依都の依存とも言える誇りを誇りと認めてくれた友人である雲雀、綱吉をマフィアのボスにするために現れたリボーン、綱吉が恋する女の子である京子。何人かは背景ではない者もいるが、それ以外は大して気にもならない雑音と同等だった。だから、綱吉がダメツナと呼ばれようが過保護と呼ばれようが、依都は綱吉の側にいて、綱吉をターゲットにするいじめからひたすらに綱吉を守り続けた。ダメツナなんかじゃない、ツナのいいところは分かるやつが分かればいい、そんな風にして、分からない者達をわかってない、と、所詮その程度なのだと思っていたのだ。
獄寺も、所詮そのくらいだと思っていた。けれど、獄寺は依都の予想を超えて、綱吉への侮辱を決して、許さなかった。暴力で根津に抗議して、綱吉には笑ってみせた。背景を、獄寺は破ってきたのだ。本人にそのつもりはなかっただろうけれども。

「君のお気に入り、退学だって?」
「退学なんて、ツナがなるわけないわ。……恭、グラウンド、多分真っ二つに割れるけど……根津が真っ二つに割ったら、退学は考え直すって言ったんだから、仕方ないよね?」

そしてその暴力が原因で、獄寺、綱吉、依都は連帯責任で退学を言い渡されていた。15年前のタイムカプセルを見つければ退学はなし、しかし、そんなタイムカプセルは存在しないことを綱吉と依都は聞いてしまい、その際に根津の、真っ二つに割ったら考えてやってもいい、という言葉もしっかりと聞いていた。爆発音の聞こえるグラウンド、死ぬ気弾によって頑張る綱吉。ならば依都のやることは、この並盛の支配者への根回しだ。

「随分思い切ったことを言うんだね」
「言い出したのは根津だもん」
「……修繕費は根津の給料から出そう」

それが、全ての答えだ。
並盛をこよなく愛する雲雀が、運動場がめちゃくちゃになって怒らないわけがない。それで綱吉が雲雀のターゲットになるのは、依都は困る。とても。雲雀は強い。そして、友人であっても並盛を脅かせば互いの信念の為に戦うことになるだろう。ならば、先に言い出した張本人を雲雀に告げて、ターゲットを変更すればいい。そしてその言質は取れた。ならばもうあとは綱吉を手伝いに向かうだけだ。

「恭、ありがとう」

それだけ言って笑う。友人価格で甘く判断してくれたことくらいは、依都にも分かっていた。だから笑って、礼を言って、上履きを脱いでから窓枠に足をかける。そこで運動靴に変えながら窓から飛び出して綱吉の元へと依都は走った。
その様子を雲雀が見つめて、面白くなりそうだ、なんて口角を上げたのは知らないだろう。

「うおおおお!!!」

叫び声と爆発音。爆発による砂埃が舞う中、依都は恐らくグラウンドを割っただろう綱吉を探す。

「ツナ!」
「あった!10代目!タイムカプセルです!」
「……獄寺?」
「なんだテメーか」
「獄寺くん?タイムカプセルあったって…」
「ツナ!」「10代目!」

あからさまに眉根を寄せた獄寺も綱吉の言葉を聞けばコロッと表情を変える。犬の尻尾のようなものが見えた気がしながらこちらです、と綱吉にタイムカプセルを見せる獄寺がタイムカプセルを開く。中からは幾つかの紙、手紙だろうか。

「これ、40年前のじゃない」

何年に書かれたものかが記載されていたので、それを見て依都はいつのものかを判断する。獄寺が落ち込むもののそれを見た綱吉は慰めながらいくつかの紙の束を確かにこれが見つかってもだけど……と見ていれば数枚のテスト用紙を見つけて、その点数が一桁であるのを見つけた。

「オレと似たような人もいたんだな……あれ?」
「どうしました?10代目」
「この名前……」
「なになに、根津銅八郎……根津じゃん」

エリートコースの根津のテストが平凡な並盛中にあって、しかもそのテストの成績は一桁台。ともなれば、あとはもう話は簡単だ。
依都は思ってもいなかった成果に思わず口角が上がる。

「私、ツナの制服取ってくるよ。……獄寺、根津は任せてもいい?」
「あ?誰に言ってんだ。10代目を侮辱した罪、償わせてやる。テメーは10代目の制服とっととお持ちしやがれ」

なんだか仲良くなってる…?と綱吉は首を傾げる。依都からの敵意がなくなっただけではあるのだが、進歩したような気がする様子に、まだ退学が解決していないにも関わらず何故だか綱吉はほっとしてしまったのだった。

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