頑張ることは嫌いじゃない。努力は必ず実を結ぶ。ただし、正しい努力に限る。闇雲にやっていて、失敗から学べなければそれはただ何かを「やった」だけであり、努力が報われたことにならない。そこを吐き違えてはならない。
「『また、外に出たのですか。このままでは嫁の貰い手がなくなってしまいますよ!』」
やや大袈裟に頭を振る。キッと睨みつける視線の先、中世風の庶民の服に身を包んだ女生徒が裾から出てくる。
「『そんな、お母様!私は結婚などに興味はありません。外で子供達と遊ぶこと、それが私の喜びです』」
「『黙りなさい。私はあなたのために言っているのですよ』」
女生徒はそのまま舞台の中央まで進み出ると、私の強い口調を受けて目を背ける素振りをした。
「ストップ!」
ホールに響く大きな声に、私たちは一斉に動きを止め、観客席中央に視線を集める。
「お疲れ様。一旦休憩にしよう」
偉そうに台本を丸めた先輩の一言で、舞台上の役者たちや裏方はわらわらと動き出す。私は台本を取りにステージから降り、主役の先輩にアドバイスを求めた。
「そうだなー、今のところただの毒親って感じ。この母親ってさ、当時の常識に合わせてるだけで、実はちゃんと娘のこと大切に思ってるでしょ?」
「はい」
「だったら、私に対してキツく当たるだけじゃなくて、そこに愛がなくちゃ」
「愛、ですか」
「観客にそれが伝わるかは置いておいて、舟橋ちゃんが思う厳しい母親像を改めてみた方がいいんじゃないかな」
「わかりました、ありがとうございます」
台本にいくつか書き込みをし、踵を返そうとした時だった。
「それと」
「はい、何でしょう」
「舟橋ちゃん、またお客さんの方向くの忘れてるよ。言ったでしょ、私へのセリフでも、基本はお客さんに背を向けちゃダメだよ。いいね?」
「……そうでした。気をつけます」
そうだ。演劇は舞台の上で人が物語を演じるものだが、それは客に見せるためにある。いくら彼らの中で世界が出来上がっていても、それに客を「第三者」として引き込まなければ意味がない。
演技が上手いということは、その演技を客に届けようとする姿勢ができているということだ。そういう役者は決して観客に背を向けない。
焚かれた薄暗い照明の光すら届かない舞台袖で、私は深く息を吸い込んだ。

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