02


「...あーはい、そんなものです。はい、はい。そっちじゃなくて、」

ハッピーの運転する車に乗せられて、僕は後部座席にサキの横に座ってカメラを起動させていた。彼女は今、スタークさんと電話してる。

「ええ、はい、はい...はい。わかりました。」
「終わった?」

僕の問いかけに彼女は首を縦に振った。そして直後、僕の手のスマホを見て、微かに、ほんのちょっとだけ眉根を寄せた。

「...まさかアップしたりしないよね」
「しないけど...思い出に撮りたいんだ。ほら、滅多にないチャンスだし。ダメかな?」
「...私を撮らないなら、別に。」

彼女のその言葉に僕はありがとう!と笑ってカメラを回す。そんな僕を尻目に、彼女はバックパックを抱きしめて、視線を彼女側の窓に向けた。





「向かい合わせ?」
「うん。」

はじめての飛行機(しかも個人ジェット!)に興奮し切ってる僕はハッピーの目の前に座ったけど、彼は席を変えちゃった。サキはといえば───彼女は日本からアメリカに来るときに飛行機に乗ったことがあるせいか、僕のようにはしゃぐことはなくて、クールにハッピーの通路を挟んで反対側のチェアに座って、飛行機のまどから外を眺めてた。...まぁ、彼女がはしゃいでるとこなんて、学校でも活動中でも見たことないけど。

「ねぇサキ」

僕は彼女の目の前に座って、彼女の名前を呼んだ。相変わらず表情も口数もの少ない彼女だけど、ハッピーみたいに席を変えたりはしないし、こうやって僕の顔を見てくれるあたり優しいと思う。

「宿題持ってきた?」
「一応。」
「そっか。僕も。これから一体何するんだろうね。」
「...さぁ。天才が考えることなんて私達にわからなくて当たり前だよ、多分。」
「それもそっか。」

会話が途切れる。彼女とまともに話そうとすると話題がなくなってしまうことはよくあることで、まぁ慣れてるんだけど。でも今日は珍しく彼女から口を開いた。

「...今のうちに寝ておけば?」
「なんで?」
「トニー・スタークが奨学金でもインターンでも、参加者の家にわざわざ来るはずないってことはわかってるでしょ?なら、体力使うことなんだろうし、行くのはドイツ。時差ボケ防止に寝といた方が良いと思うけど。」
「たしかに。それもそっか」

じゃあおやすみ、と言った僕に、彼女は小さく頷いてマスクをした。あ、マスクっていうのは普通のやつ。ドクターがつけるやつみたいなの。そっと目を閉じた彼女に倣って僕もとりあえず目を閉じた。興奮し切ってる僕が寝られるはずもなく、僕は目を閉じたままとある日を思い出した。彼女は僕がクモに噛まれて力を手に入れた直後くらいに学校に転校してきた。日本から。大半の授業が一緒だったけど喋ったことはなくて、ただ頭がいいのは知ってた。よく先生の質問に答えてたし。でもある夜───

「...なんだろ?」

家の窓から外をボーっと見ていると、小さな影が遠くの建物を横切っていくのが見えた。僕は少し興味が湧いて、急いでお手製のスーツを着た。もしかしたらスパイか何かかも───なんて期待しつつ、僕は少しワクワクしながら窓から外に出た。その時はあの影の正体が知りたいって言う思いしかなくて、非日常的な空気にドーパミンが出てたんだと思う。いくつかの建物を超えると、影はすぐ見つかった。その影は、クイーンズで一番高さの高いアパートの屋上にいた。その影はその屋上でマスクを外した。気配を消して、僕はその影に近づいたけど

「...パーカー君?」

振り返ったその影は、僕の気配に気がついて、しかも僕のファミリーネームを呼んだ。そして僕は目を見開いた。だってその人の顔は、見覚えがあったから。

「...サキ?ってなんで僕だって───」

マスクを外して、彼女を見る。すると彼女は別に、と呟いて答えた。彼女は全身黒っぽい──上は着物っぽい服にジーンズを履いていた。

「なんとなくそうじゃないかって。」
「一体何してたの?こんな夜中に。」


僕は尋ねた。だって彼女は女の子だ。女の子が一人で歩くなんて危険だ。僕の質問に彼女は肩をすくめていった。

「何って、暇つぶし。」
「暇つぶし?こんな夜更けに?」
「夜更けじゃなきゃ誰かに見られるから。心配しなくても、クイーンズの街中を走るだけ。朝みんながするランニングを、私は夜にする。みんなは下の道の上でやるけど、私の場合はビルの上。単にそれだけだよ、スパイダーマン。」

彼女の答えに僕は少し脱力した。よくよく考えてみれば屋上をランニングなんて変な話なのに、ものすごく軽々と建物の間を飛んでいたのがクラスメイトという意外性に、僕はめっきり興味というか、関心を持っていかれていた。なんだ、スパイじゃなかったのかって。そっちこそ何してたの、という彼女の質問に僕は答える。

「課題を終わらせてボーっとしてたら君が見えたから。なんだろうって思って。なんかのスパイかもって思って追いかけたんだ。」
「...それ、あんま良くないと思うよ。私じゃなくて本当にスパイとかだったら殺されてたかも。」

彼女の声に僕はハッとする。たしかに彼女の言う通り、僕は少し軽率だったのかもしれない。

「そうだね、ごめん。」
「いや私に謝られても。」

それもそうだ。

「...どうする、コーヒーくらいなら出せるけど。帰らないと家の人心配するんじゃない?」
「あっそうだね、うん帰るよ───って君こそ、こんな時間にランニングなんて...お家の人が心配するよ。」
「大丈夫、家に人いないから。」

彼女のその答えに僕は目を見開く。微かに彼女が笑った気がしたけど、なんだかその表情は寂しそうで、僕はなんて言ったらいいか、わからなかった。いないってどういうこと?親が仕事とか?家族が日本にいるとか?はたまた僕みたいに───親がいない、とか。

「...そっか。アー、僕帰るよ。ウン。また明日、学校で。あっ!僕のことは誰にも───」
「言わないよ、大丈夫。」

慌ててそういった僕への彼女のその言葉は僕をほっと安堵させた。ありがとう、じゃあまた、と言った僕に、彼女が微かに頷いたのを合図に、僕らは同時に背を向けた。


「ピーター、」

揺さぶられて僕は目を開ける。いつの間にか僕は寝ていたみたいだ。ぼやけた視界の中で、僕を揺さぶった人の輪郭がくっきりとし始める。

「...サキ?」
「着いたよ。ほら荷物。」
「ありがと」

ぎゅっと胸に押し当てられたバックパックを背負いつつ、飛行機から階段を降りて空港にたどり着く。こっちだ、とハッピーに連れられて僕らは空港の建物に入った。そこから関門を抜けてタクシーに乗り込んでホテルまで連れていかれた。タクシーの窓から見える建物すべてが初めてのものすぎて、本当にドイツに来てしまったんだ、と寝ていたことで忘れていた興奮が再びやってくる。僕の隣に座るサキも、流石にこの窓の景色には目を見開いて、心なしかワクワクしているみたいだった、多分だけど。着いた先のホテルで、用意されていた最高なスパイダースーツに僕が出会うまで、あと数十分。

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