まずは種が1つ



なまえです、と、ぺこりと頭を下げた幼い女の子を、アルハイゼン書記官はいつもと変わらぬ表情で見下ろしていた。
アルハイゼンのはるかしたにある小さな頭は、ぺこりと下げたことで、つむじがしっかり見えている。


簡易的に説明すると、明らかに業務外である幼児の世話を、アルハイゼンはある賢者から押し付けられた。
教令院預かりになった幼児がいるというのは、アルハイゼンも知っていた。
遊学者ダリオッシュが片田舎で見つけた子ども。教令院にその存在を報告し、協議が行われた上で親から引き離し、教令院預かりとなった。親も持て余していたようだというのは、目を通した書類からでもアルハイゼンには読み取れた。
閉鎖的な田舎で、異様に頭が回る幼い子ども。
「良くない」扱いを受けていたか、持て囃されていたか。アルハイゼンの目の前にいて頭を上げ、じっとアルハイゼンを見つめる子どもは、どちらかといえば前者だ。紙面から見るとあからさまには邪険にしてないが持て余していたので、教令院預かりになることに大きな反対などなく、両親はすんなりと目の前の幼い子どもを教令院に渡したという。
だからといって、アルハイゼンは憐れむことなどしないのだが。

「アルハイゼンだ」

不本意さは隠し─なにせ、目の前の子どもとて好きでアルハイゼンの所に押し付けられた訳ではなく、むしろ振り回されてる側だから─、アルハイゼンは子どもに名乗る。
キャラメル色の瞳でアルハイゼンを見ながら、子ども……なまえは、口の中でアルハイゼンの名前を呟き、覚えた。

「お世話に、なります、アルハイゼンさん」

子供らしい舌っ足らずさは残っているが、選んだ言葉は子どものそれより大人びている。そうならざるを得なかったと言うより、知能が高いからどう振る舞うべきか分かっていると言ったところだろう。
それに胸を痛めるようなセンチメンタリズムはアルハイゼンにはなく、彼はこれからについてなまえに話す。

「ある程度は聞いているだろうが、改めて説明しよう。君はしばらく、俺のところで暮らすことになった」
「はい」

こくりと、なまえは頷く。

教令院はお世辞にも子どもを置いて暮らすには向いてないから養育者はいるだろうというのは協議でも出ていて、アルハイゼンを推したのはとある賢者だ。アルハイゼンの自宅で暫く過ごし、ある程度成長したらなまえは教令院に戻ることになる。それまでは準備や予備学習期間であり、時折教令院に通うこともするだろう。
──優秀な分、子ども1人の世話くらいアルハイゼン書記官ならできるだろうという評価と、賢者の推薦もあり、特に反論もなくアルハイゼンが養育者に任命された。
正式な仕事だが、書記官の業務に子守りは無いとアルハイゼンは思ったが、なまえの能力を見てみたいと思ったのもあり、引き受けたと言ったところがある。
今のところあまり手がからなさそうだという印象を、アルハイゼンはなまえに対し抱いた。

「あまり家では騒がないようにして欲しい」
「はい」
「足りないものに関しては教令院から経費が落ちる。後日買いに行くので、何か必要な物があれば俺に言ってくれ」
「はい」

経費という単語はなまえくらいの子どもなら分からないところだが、知ったかぶって頷いてる様子はないので、言葉に関してもやはり同年代より知ってる範囲が広いようだ。
すでに将来的にはグランドキュレーターに!と望まれるくらい、なまえは記憶力がいい。絶対記憶の持ち主だと資料にあった。
論理の組み立てもしっかり出来ているが、語彙力がまだ子どものそれなのでたどたどしさはある。だが裏を返せば喋り方を磨き、さらに語彙力や知識を増やせばこのなまえという子どもは討論のうまさに拍車がかかるということなので、「将来性」という面でアルハイゼンはようやっとなまえという個人に興味を持った。
家に帰ったら色々と本を与えてみようと決め、アルハイゼンはなまえを促して教令院から出て帰路についた。

──途中で自分の歩幅だとこの小さな子どもは走ることになると気づいたアルハイゼンは効率を重視し、なまえを抱えて帰ることにしたので、すれ違った学者たちから2度見されたという。



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