豊かな土壌を得て
環境の変化というのは大人であれ子どもであれ、ストレスになる。子どもであればそれが体調に出るというのはざらにあり、アルハイゼンが預かったなまえも例外ではなかった。
故郷から教令院への移動、そこから息をつく間もなくアルハイゼンの家。
大人でもぐったりしそうな内容だ。
まだ幼い体にかかった負担は大きく、なまえは熱を出した。
幸い喉の痛みなどはなく、発熱と倦怠感だけで食欲はあり、医者からも疲労だろうと言われた。安静にしているようにと言われたので、なまえはベッドで大人しくしている。
アルハイゼンは果物を切って、なまえのベッドの横にあるサイドテーブルに置いた。目を閉じていたなまえは目を開け、アルハイゼンをベッドから見上げる。
「……ごめんなさい」
「何故、謝る?」
いつもと変わらぬ様子でアルハイゼンは聞き返す。
なまえはもぞもぞと掛布で口元を隠しながら、目を逸らした。熱に潤んだキャラメル色の瞳からは遠慮と、罪悪感が感じられた。
「風邪ひいて、迷惑かけちゃったから……」
「……」
「お仕事、も……お休みしてもらって」
「そこは気にしなくていい。君の養育も俺の仕事だ」
俺の仕事になってしまったというのが正しいところだが、なまえを追い詰めるようなことを言うつもりはアルハイゼンにはない。引き受けてしまった以上、彼は完璧にこなすだけだ。
弱ってる子どもを置いていくほどアルハイゼンは非情ではないし、非常識でもない。
だから気にしなくていいというのは、アルハイゼンの本心だ。なまえはそれでも申し訳なさそうにしている。
「そこを気にするより、早く元気になってもらった方が俺としては助かるんだ」
なるだけ、彼なり柔らかいようにと、アルハイゼンはなまえに言い聞かせる。おずおずと言った様子で見上げてくるキャラメル色の瞳を、アルハイゼンはじっと見つめる。
アルハイゼンの眼差しは、なまえに悪いことなど何も無いと、雄弁に物語っていた。
瞳をふせ、なまえは1度目を閉じると、小さく頷いた。
アルハイゼンの言葉を素直に受け入れたということだろう。
「……果物は、食べられそうか?」
「はい」
子どもの看病などしたことはないが、幼い頃祖母にしてもらったことを思い出しながら、アルハイゼンは身を起こしたなまえの背中とベッドヘッドの間に枕を立ててやり、即席の背もたれを作ってやる。ゆっくりとその背もたれに身を委ねながら、なまえは「ありがとうございます」と言って、アルハイゼンが小さく切った果物を手を伸ばした。
自分よりも遥かに小さななまえの手が果物が刺さったフォークを掴み、口元に運ぶのを見届けて、アルハイゼンは本を取り出した。
「ゆっくりで構わないから、食べられるだけ食べるといい」
待っている数分、見つめているのもなまえが居心地が悪いだろうと思ったアルハイゼンは本を開いた。
アルハイゼンが手にした本を見たなまえは果物を咀嚼するのも程々に飲み込むと、口を開いた。
「っそれ、どんな本、ですか?」
「……」
内容はなまえの知能なら理解できるであろう論文だ。が、アルハイゼンは説明したり見せたりすることなく、本を閉じた。
熱が出ているにも関わらず知らない本を目にして、興味でなまえの瞳が輝いている。光を受けたキャラメルのデザートのように。
「──元気になったら、君に貸そう。それを楽しみに、治すといい」
本の虫というより、知識欲の塊。
なまえの資料に書かれていた性格に関してのところを思い出しながら、アルハイゼンは治すことを最優先にさせた。
もとより聞き分け良かったなまえは何度も頷いて、果物を食べ切り、薬も泣き言もこぼさずに飲んだ。それから水分もしっかりととって、十分な休みをとった。
その結果、翌日には熱が下がり、「おはようございます。元気になりました。あの本、読ませてください」と待ちきれないとばかりにアルハイゼンに言うなまえの姿があったという。