Beloved 2
組織というのは独自の情報網や連絡手段を持っている。
タルタリヤが所属してるファデュイもそうだ。なんなら、テイワットでも随一といって差し支えない。諜報員は各地に散らばっているのだ。そして人の目というのからは、よほどの奥地にいるか仙人のように特別な術を持つ者以外、完全に逃れるというのは難しい。
ましてや、大して身も隠したりしていない、冒険者であれば見つけるのは容易い。なんなら冒険者協会というのはスネージナヤ…ファデュイの本拠地にあるのだ。タルタリヤ目当ての彼女──なまえの現在地を知るのは、時間がかからなかった。
「やあ、この間ぶりだね」
璃月の一般的な食堂で淡々と食事をしていたなまえに、タルタリヤは親しい友達かのように声をかけた。ごくりとちゃんと飲み込んでから、なまえはじっとタルタリヤをしばらく見つめた。反応のなさに、もしかしてとタルタリヤが思い至ったのと、なまえが口を開いたのはほぼ同時だった。
「……あの時の人か」
「俺の事忘れてた?」
あまり表情が変わらない反面雰囲気や仕草でわかるなと、気まずそうに目を泳がせたなまえを見ながらタルタリヤは思った。なまえの気まずそうな様子を見つつ、当然のように彼女と同席しつつ、店員にタルタリヤは適当に注文する。
璃月に来てしばらく経っているのと、往生堂の客卿の鍾離から教わったりもしたので、箸以外にはタルタリヤもだいぶ慣れた。食べ物も璃月とスネージナヤではだいぶ違うが、食事への適応は割と早かったとタルタリヤは思い返していた。
「俺も今は璃月にいるんだ。いやぁ、よかったよ!君が璃月拠点にしてるようで。この間の約束を果たせるね」
「……あれは、本気だったのか」
「もちろん!本当に楽しかったんだよ」
頬杖をつきながら、タルタリヤはなまえを見つめる。なまえはその視線を受けつつ、食事を続ける。タルタリヤが己の目の前に現れたことへの驚きなんかはないようだった。興味が無いのかもしれない。
もう少し反応見たかったなぁなどと思いながら、タルタリヤは話を続ける。
「それで、いつしようか」
戦闘を、と言わずとも、なまえもタルタリヤを思い出すのと同時に約束の内容も思い出したようで、通じていた。
「今日でなければ、いつでも」
「今日は予定あるんだ」
「いや、ない。ただ、気分じゃない」
堂々とかつ淡々に言い切ったなまえに、タルタリヤは笑う。
清々しいまでの言い切りだった。
その気じゃない人間をその気にさせるのも楽しいが、今はそれは悪手だろうとタルタリヤは考える。できれば末永く、なまえとの戦闘を続けていきたいタルタリヤは、まずはなまえとの繋がりを維持するのを選んだ。
「いいよいいよ、君の気が乗ったらで。そっちの方が俺も楽しめると思うし」
「そういうものか」
「君はこの間、楽しくなかった?」
運ばれてきた料理を─不慣れな箸を使いながら─食べ始めるタルタリヤ。タルタリヤは、なまえの回答が是でも非でもいいから、この間のことを聞いてみたかった。
タルタリヤにとって久方ぶりの強者との戦闘だった。璃月での彼の仕事は、彼にしては大人しく進めている。多少のフラストレーションもある。だから、楽しい戦闘ができるなまえとの出会いは、彼にとって僥倖だった。1回で終わりじゃなく、何度でもとタルタリヤが願うのは、当然とも言える。
タルタリヤの考えなど知らぬなまえは、少し考えたあと、
「君のような戦闘スタイルは初めてだったから驚いた……のと、そう、だな。誰かと戦って、そういうことを感じたのも、初めてだな」
「……」
思っていたよりもしっかりとした回答が返ってきて、タルタリヤは箸を止めて目を軽く見開いた。その後、それはもう嬉しくて仕方ないとばかりに笑った。
「ははっ!そうなんだ!それは、いい事聞けたなぁ」
「嬉しそうだな」
「それはそうだよ。そういう意味では、俺は君の初めてってことになるのかな」
「ある意味ではそうかもしれないな」
楽しそうな男と、淡々とした女のやりとり。
傍から見てる分には温度差を感じられるが、当人たちは全く気にせずにいる。
食後の茶を飲んでいるなまえを見つつ、タルタリヤもまた自分が頼んだ料理を食べた。
「ところで、今日は予定ないんだよね?」
「ああ、ない」
「なら、ちょっと俺に付き合ってよ。もちろん、戦いは今度でいいし、気分じゃないなら断って構わない」
「……何をするかによるな」
やや警戒というか慎重な返しをするなまえ。
2回目会った男に対する反応としては、正しいと言える。
これからゆっくりと距離を詰めていく楽しみを思いながら、タルタリヤは口を開いた。
水面をなまえは見つめる。釣り糸が垂れた、水面を。そしてその次に、隣で同じように釣り糸を垂らしてる男──タルタリヤを見る。
釣りが趣味だと先程話していたタルタリヤは、慣れた様子で竿を握っている。なまえは釣りでも行こうかと先程誘われ、予想してなかった誘いに目を瞬かせたあと、まぁ予定もないしと思ったのと健全な誘いだったのでとりあえず頷いた。嫌になったらバックれればいいとも思ったのだ。
先程までは結構喋りかけてきたタルタリヤだが、騒がしいのは釣りに支障が出るからか。釣りをはじめてからは口数が減っている。
なまえもそれほど喋るタイプではないのと、沈黙が気にならないタイプなので、先程餌をつけてもらった釣竿を握っている。釣りをしたことがないと言えば、タルタリヤがつけてくれたのだ。
当たりが来る感覚がある、らしいというのはなまえも知ってる。当たりというのがよく分からないが、まあ引っ張られれば分かるだろうと構えている。
そんななまえの横で、タルタリヤは一匹釣り上げていた。
「うん、中々の大きさだ」
釣り針を魚から抜きながら、タルタリヤは言う。釣り針を抜く様子も手馴れているし、釣り上げるまでもスムーズだった。
「……その魚は、食べられるのか?」
「これは食用じゃないね」
「そうなのか」
見たことない姿かたちをしている魚を見た後、なまえは水面に目を移す。自分の釣り糸は、ぴくりとも動いていない。
(やはりここは、私がいたところではないな)
ここ数週間で実感していたことを、なまえは改めて確信していた。
なまえは、巡海レンジャーだ。
星々を飛び回る、義侠の徒。
その時もとある星に降り立ち、彼女が斬り捨てるべきものを斬り捨てていた。そうして次の星に行こうとしていたとき、だった。
くらり、と不意にめまいに襲われた。その時に、嗤い声がたしかに聞こえた。だからめまいを堪えながら振り返ったのだ。そしてその時には、もう既に彼女はこのテイワットにいたのだ。
テイワットとなまえが直前までいた星は、環境も自然も全く違うので、即座にどこかに移動させられたというのは理解出来た。
直後、ヒルチャールに襲われ、理解は確信に変わった。そしてとりあえず情報を得るために人がいる場所を探し、歩き回り、彼女は璃月にたどり着いた。
璃月は、彼女が捨てた故郷と雰囲気が似ていた。──似ているだけだった。
持明族も狐族も天人もいなかった。─なまえの故郷の言葉を借りるなら─璃月に主に住んでいるのは殊俗の民だ。ただ、仙人がいるらしいと言うのは、璃月の民から聞いた。あとは、岩王帝君という神がいるのだとか。
神ときいて星神のようなものかと思ったが、話(主に講談)を聞いていると、星神のように運命には縛られていないようだった。
そうして情報を集め、金を得るために冒険者登録して過ごすうちに、異なる星ではなく、異なる世界なのではとなまえは結論づけた。
その結論は日々を過ごしながら集めた情報をもとに出したので、なまえはそれを比較的すんなり受け入れられた。元々いた場所に未練などがないのも、受け入れられた一因でもあるだろう。
「…あ」
などと思っていたら、くん、と糸を引かれる感覚を覚えたので、なまえはほぼ反射で竿を引いた。そうすると、ふっと、釣り糸からはなにも感じられなくなった。そのまま釣り糸をあげると、釣り針の餌はなくなっていた。
「タイミングが悪かったみたいだね」
タルタリヤは自分の釣り竿を立てかけると、当然のようになまえの釣り針にまたも餌をつける。自分でも出来るだろうと思いつつも、なまえはタルタリヤにつけてもらっている。餌をつけながら、タルタリヤは口を開く。
「タイミングとか教えようか?」
「いや、いい。本当に釣りたいわけじゃない」
なまえからすると、時間つぶしになればそれでよかった。タルタリヤは深くも聞かず、かつアドバイスを与えることも無く、そっかとだけ言うと、自身の釣りに戻った。
いつの間にか、タルタリヤは3匹目を釣っていたようだった。
(思ったより、考え事に没頭していたな)
そういう意味では釣りもいいかもしれない。誘いに乗ってよかったかなと思いながら、なまえは再び、水面を見つめるのだった。
20250211