あてはまらずともよいのだと、それを受け入れた
「怖いと思うことがある」
唐突に、こぼすようにこの男は言った。
互いの体の熱が引いて、息が整って来たタイミング。事後特有の倦怠感と脱力感を訴える体を、男…V.Tフロイトに向けて、その顔を見る。
怖い、などとらしくない感情を吐露したのでどんな表情をしているかと思ったら、表情は平素通りだった。
V.Tの方に向き合った私の体に腕を回し、腰を掴む。そのまま強引に自分の方に引き寄せようとしてきたから、それに合わせて動いてあげた。もう少しで鼻先が触れ合いそうな距離に、なる。
V.Tの表情は平素通りだけど、瞳は私に向けられた情がある。表情と瞳に宿したものはそのままでいるV.Tに、先程の言葉について聞いてみる。
あまりに彼らしくない吐露に、興味がわいた。
「怖い、とはなにがですか?」
「こうもお前を欲する理由が、分からないと気づいて、怖いなと思った」
「──……貴方は、私の強さを気に入ったと言ってましたよね?」
私はACには乗らない。乗れるか、乗れないかで言えば乗れるけれど、戦闘狂であるV.Tのお眼鏡には叶わないレベルだ。
だから、彼付きの秘書になると決まった時、話をしっかり聞いてもらうために私の何かを彼に認めさせる方がいいと思った。デスクワークや諜報、色仕掛けはあまり効果がないだろうと、物理的にV.Tを投げ飛ばしたら思いのほか気に入られ、最終的に「お前に欲情した」と言われ、肉体関係を持つようになった。
だからそう言う経緯的に、私が持つ強さを認めて、そこが入口になり私という人間を意識したのではないかと思っていた。
「それは間違いない。けどな、それだけなら欲情しない」
ハッキリと言い切るこの男は、性に淡白なほうだった。週5で求めてくる現在は信じられないが、こうなる前は本当に淡白な男だった。
事前に聞いていた情報でもそうだったし、他の隊員がそこそこの頻度でいく娼館なんかも数えられるくらいしか利用してないようだ。
「それだけで欲情するなら、俺は今まで戦ってきて愉しかったヤツらにも、欲情したりできたはずだ。でも、戦闘で昂ることはあっても、相手とどうなりたいとかは、なかった」
腰に回されていた手が、私の頭に回される。その手はそのまま、私の髪を撫でる。何かを確認するように。
「だけど、お前にだけは飽きることなく昂って欲情する。が、その理由が、分からなくて、ドラッグのようで怖いなと思った」
……例えはアレだけども。
この人は、彼の中の最大の判断基準である強さだけに当てはまらない理由で誰かを求めたのが始めてで、その求めた強さ以外の理由がわからないのが、怖いってなってるってこと、か。
──無垢な少年のような、可愛らしい情緒だと、思った。
「貴方もそういうことを考えるんですね、V.T」
「俺だって戦闘やアセン以外のことを考えるさ」
気を悪くした様子もなく、少し低く小さな声で笑うV.T。
つられるようにして少し微笑んで、瞳を見つめる。そらすことなく見つめ返してくるこの男の眼差しは強く、熱い。
「別に、分からなくていいと思いますよ」
それこそ、卵が先か、鶏が先かと言った問答のようだしと付け足す。
じっと、私の言葉を待つように黙り、見つめてくるV.T。
「欲しいと思ったというのは、原初的な欲求もあるかもしれないし、もっと別の理由かもしれない。けど、貴方が私を欲したという事実だけは、揺らぎようのないこと。こういう理由だから欲しいと思ったわけではないなら、理由なんて些事で、欲しいと思ったあとから言葉を尽くして理由という形に当てはめようとしても、きっと…しっくりこないと思います」
何もかも理由づけたり、言葉に当てはめられるほど、人間の思考や心理は簡単では無い。大昔から解明しようと、仕組みを知ろうという研究や学問はあるが、3大欲求に紐づくだとかそういうのでない限り、複雑に絡んでいたりする。かと思えば、シンプルな理由もあったりする。
だから、分からないというのはある意味、正常だと思う。それにV.Tの場合、こういうことを考えられる情緒があるのかと、少し安心して…それから──。
「欲する理由が分からないことが怖いと思うくらい私を欲したというのだけは、伝わってきましたよ」
少し、可愛いと、思えた。
少年のような情緒を、初めて覚えたらしい、その様子が。
「…珍しいな、俺の髪をお前が撫でるなんて」
「ふふ。この行動も、理由が分からない気持ちからきてるものかもしれませんよ」
本当は、可愛いと思ったから撫でたというのは、言わない。
言うのはなんだか恥ずかしいし、少し悔しいから。
私が撫でてる時、少し目を閉じて甘んじて撫でられてるV.T。いつもより柔らかいその表情を、見つめた。
「なあ」
「はい」
「もう一度、抱きたい」
「──しょうがない人ですね」
理由が分からないくらい求めてるなら、しょうがないからと嘯いて、覆いかぶさってきたV.Tを受け入れる。
薄い皮膚ごしに感じる、V.Tのしなやかな筋肉や体温に、なんだか胸がいっぱいになった夜の話。