痛みを伴ううねりの名は、



フロイト撃墜後
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「お前は先にルビコンから本社に戻るんだったな」

明日も大規模な作戦があるにも関わらず、いつも通りに私を抱き潰したあとのV.Tフロイトは、そう聞いてきた。お互いの体温でぬくぬくとした布団の中で、疲労からくる睡魔を覚えながらうなずく。

「はい。一足先にアーキバス本社に戻ります」

私は、機関から出向できている。アーキバスが依頼をしてきたからだ。
今はV.Tの秘書付きということでルビコンにきたが、本来の業務は社内調査・同業他社へのスパイだ。
アーキバスにはアーキバスの諜報部隊がいるけど、彼らは戦闘を兼務しているのと、社内内部の調査であれば別の者にというところが上層部の意図だった。

──表向きは直接雇用で、私はV.T付きの秘書としてここに配属されたけれど、上層部の意図としては、ヴェスパー部隊の調査をということだろう。調査報告をあげたけど、握りつぶされたか、金で買われかたかで正しく評価されなかった可能性が高い。だからこそ、今後についてアーキバス本社と、私が在籍している機関との間で話し合いが行われる。1人の尻尾を掴めた点に対しては評価はされるだろうが、多分もっと期待されてはいただろう。本業の方での評価は及第点行くか行かないかといったところか。
ちなみに秘書業務に関しては大いに評価されてる。V.Tのデスクワーク業務の効率化とか、諸々のこれの世話で。今まで何人もの隊員が世話係につけられては、「無理です」と泣いていた……らしい。それを成し遂げたからと、手当が増えていた。
話が逸れた。
ちょうどルビコンにおいてのコーラルを巡る戦いも、終止符が打たれそうなところだ。
バスキュラープラントで吸い上げたコーラルは、あとは持ち出されるだけ。
それを阻止しようとする連中の掃討が、明日のヴェスパー部隊の仕事だ。
ルビコン解放戦線だけでなく、ドーザーの集団、Radの頭目のシンダー・カーラーが、とんでもない方法で阻害しようとしていることは、聞いている。詳細は作戦内容の一部に抵触するので、聞いてはいないけど。
そして正直、眼の前の男に対しては、よほどのことがない限り大丈夫だろうと思っている。

「俺たちも明日の作戦が終われば、引き上げになるだろう」

企業としても、部隊としても大詰めの作戦。
その前夜にも関わらずいつも通りだから、逆に安心感すら覚えていた。

「本社に戻るのはつまらないな。当分は出撃もなさそうだ」
「事後処理などあるでしょうね」
「憂鬱だ。──…お前も、古巣に戻るのか」

首席隊長のV.Tと、V.Uスネイルには、私の事は本社から開示されている。私の本業に関する権限は、彼らにしかないからだ。…主にスネイル第2隊長しか使ってないので、もっぱら彼専用スパイとなってた気がしなくもないが。

「さあ、どうでしょう。上の考えもあるので……なんとも」

こればかりは雇われなので、本当になんとも言えない。私個人の感情も多少は考慮されるだろうが、ほんとに多少だ。

「俺から秘書を外すなと言っておこう」

至って真面目な、本気の顔で言うV.T。
この人は時々、自分の我や我儘を通すことに、本気を出す。私に関しても、その我を通す要素らしい。えらく気に入られてるというのは、もう十分知っていたけど。

「ダメだと言われたら俺お抱えとして雇うか」
「……まぁ、できなくはない、ですよ」

欠伸を噛み殺しながら、答える。
機関は個人とも取引している。よほどアレな事情が相手にあるとか、報酬がクソとかでは無い限り受ける。
V.TはAC以外に金を使うようなものや趣味がないので、私個人を継続的に雇うくらいは余裕の蓄えがある。
──正直、そんなに気に入られてるとは……という驚きが少しあった。

「お前とアーキバスとの契約が残っても残らなくても迎えに行くから、待ってろ」

私の方に手を伸ばし、頬に触れながら言うV.T。触れられるがまま、その手を受け入れる。
事後の疲労感、2人分の体温で温まったベッド…そういった状況で取り留めのない話をしていて、そろそろ瞼が限界だった私は目を閉じて──…。

(……なんて、答えたんだっけ……?)

そもそもちゃんと、私が口にしたものは言葉になっていただろうか。
あの時、どんな気持ちでいただろうか。
彼は、どんな表情をしていたんだったか、と、今になって手繰り寄せようとしても、あの時に睡魔に侵されていた脳はろくに仕事をしていなかった。
曖昧な記憶しかない。
やり取りもこんな感じだったような……と、勝手に補完している部分がある気がする。
なんで覚えていないんだろう。

(……ああ、もう。いやだ)

覚えていないことを悔やむことで、私は、何度目かも分からない実感をする。
恋をすっ飛ばし、彼を愛していたのだ、と。
実感し、思い知らされる。
もう彼はいないのだということを。
居なくなってからそうだと自覚してしまった、自分の愚かさを。
気づかないうちに、彼をどれほど愛していたのかということを。

「……」

──…これは貴方が持っていた方がいいというのが、第1部隊の総意ですと渡された、彼のドッグタグを取り出す。

──ザイレムで、V.Tフロイトは、戦死した。
「レイヴンの火」を起こした独立傭兵レイヴンと戦い、死んだ。
彼らしい死に方だと思った反面、衝撃を受けたのも事実だ。
強さは知っていた。
ACに乗らなくても、彼の戦闘の記録を見ていた。
だから…だからきっと、ザイレムからもケロッと帰ってきて、「改めて俺のお抱えだ」とか言って、言葉通り迎えに来るんだと、当たり前のように思っていた。
手の中のドッグタグを、両手で握りしめる。
まるで神に、祈るように。

(ああ…こうやって、飲み込みきれないものが、傷になっていくんだなぁ)

貴方が私に与えたものは飲み干しきれずにいる。それは大きくうねり、私の中に傷を残していることを知ったら、貴方はどんな反応をするのだろうか。
想像してみるけど思い出すのは一緒に過ごしていたときの「いつも通りの彼」だったから、心の中のうねりはさらに大きくなった。



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