かじられる覚悟はまだできていない



ヒールで歩く音が、カン、カンと響く。
室内よりも冷えているそこ……ガレージを歩いていると、白い息が出てくる。すぐそこだしとめんどくさがらずに上着を持ってくるべきだったかと、一瞬悔やんだ。
いや、用事をさっさと済ませればいいと、ガレージを歩く。その先には用事……の人物、V.Tフロイトがいて、定期メンテナンスされている愛機ロックスミスを見ていた。
カジュアルな普段の格好の上に、ブルゾンを羽織っていた。
AC馬鹿というのが過言では無いこの男は、(暇じゃないのに)時間を見つけてはこうして自機を見に行くことがある。その行動パターンは私が配属される前からなので、どれだけ経っても変わることの無い男なんだなと思った。

「V.T」

白い吐息混じりに呼びながら、彼の近くに立つ。V.Tはちらりとこちらを見たあと、またロックスミスに視線を戻した。

「秘書か。どうした」
「どうしたじゃないですよ。仕事中ですよ」

人がトイレに行ってる隙に逃げ出したのだから、本当に油断ならない。ちっとも我慢できない、子どものような人だと思う。
そうだったか?と嘯いている唇は、少しだけ弧を描いてるから、当然だが分かっててやっている。
緩く、ため息を着く。大きな白い吐息が、口から零れる。
彼はまだ、ロックスミスを見ている。

暗く落ち着いた青の機体。
乗り手のV.Tもこの機体を駆るとき、恐ろしい程に冷静で、それでいて楽しんでいる。
普段のお子様じみた彼からは想像できないけれど、そういう意味ではロックスミスの色合いは、彼によく合っているなと思った。
アーキバスよりもベイラムのパーツを使っている自由さも彼らしい気がする。……企業傭兵としてはいかがなものかと思わなくもないが。まあ私は厳密に言うとアーキバスではないので、そこに関してはとやかく言わない。

「あと少しでルビコンに発つな」

不意に、ロックスミスを見つめたまま、V.Tはそう言った。
彼の横顔を見るが、彼がこちらを見る様子は無い。表情も平素と変わりないので、感慨に浸って出た言葉でも無さそうだ。

「そうですね」
「お前も来るんだろう。ご苦労なことだが、俺としては出撃以外が退屈しなくて済む」
「……今からでも取りやめましょうか」
「よく言う。スネイルとは違う意味で仕事人間なくせに」

うっすらと口元に笑みを浮かべ、楽しそうにV.Tは言う。第2隊長を頭の中で思い浮かべながら、「あの人ほどではないです」と返しておく。
あの人の仕事に関するスタンスは、なんか、こう……人と違うものがある。それに私は仕事人間と言うより、報酬……金のために頑張っているし、金のための仕事の苦労なら大丈夫というだけだ。だから第2隊長と同じ括りされるのは腑に落ちないけど、態度と顔には出さない。

「ルビコンに思いを馳せるのもいいですが、仕事に戻ってください」

だいぶ寒く感じてきたので、そう訴える。
仕方ないなと言って、V.Tは身を預けていた手すりから体と手を離す。そうして徐にブルゾンを脱いで、乱暴に私の頭にかけてきた。

「……ちょっと」
「着ておけ」
「もっとこう着せ方あるでしょう?あと洗ってるんですか、これ」

頭からおろして肩にかけるようにして、すんっと匂いを嗅ぐ。怪しい感じは無いが、この男の私生活が終わってるのは知ってるので、気にしてしまう。
私のそんな様子に目を細め、喉を鳴らすようにV.Tは笑う。

「なんかいいな、今のお前のその格好と、匂い嗅ぐ様子」

V.Tの細められた目に宿っている、悦と熱。
最近、私へと向けられるようになったもの。
それがどういうものか分からないほど、ウブでも無知でもないつもりだ。だけど、気づいてないふりをする。気づいていると悟られたらきっと、この男はもっと容赦なく……私を喰らうためにグイグイくるだろうと分かっていたから。

「──中に着いたら返します」
「そうしてくれ」

歩き出したV.Tに続きながら、肩にかけた彼のブルゾンをしっかり握った。
ふわりと肩から自分のとは異なる匂いが少しだけして、何だかこれは抱きしめられてるようだなと思ってしまった自分を、少しだけひっぱたきたくなった。



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