形はできたが、名はまだ知らない
──何かをしてあげたい。
ふと湧いたその気持ちに、なまえは最初、自身の気持ちにも関わらず、首を傾げた。
何かをしたいと思うことは、主の元で過ごしていたときに芽生えたが、「何かをしてあげたい」という気持ちは、初めてだった。
己の気持ちの変化や芽生えに他者より疎いなまえは最初、その気持ちがわいたとき、上手く言語化できていなかった。しかし今、ふと、暗闇に火が灯ったかのようにその気持ちの形が分かり、言語化できた。
「なまえ?どうしたんだ?」
隣を歩いていたなまえが不意に足を止めたので、彼女を送っている途中だった嘉明はすぐに気づき、振り返る。
1歩ほど先の距離にいる嘉明の顔を、なまえはまじまじと見つめた。
何かをしてあげたいと思った対象は、今目の前にいる嘉明だ。
(どうして、嘉明にそう思ったのかな?)
不思議そうに見てくる嘉明になんでもないと首を横に振りながら、なまえは再度歩き出す。その様子を見て、嘉明もなまえの歩幅に合わせて歩き出す。
歩きながら、横を歩く嘉明をなまえは横目で見る。
店を出て並んで歩いていたところだったので、嘉明は先程の食事について話し出した。
「美味しかったな!」
「うん」
何が美味しかったかを楽しそうに語る嘉明に、なまえは都度相槌をうったり、自分もここが美味しいと思っただとか、他愛ない会話を続ける。続けながら、なぜ嘉明に何かしたいと思ったのかを考えていたが、答えはでないままだった。
そうこうしているうちになまえの家に、ついた。
──余談だが、後見人の鍾離となまえは、同じ家で暮らしてるわけではない。近所ではあるが、それぞれ別々で暮らしている。
なまえは、今、答えが出なかったことがとても残念に思えた。それゆえか、焦るような気持ちになった。
「それじゃあ、またな」
玄関前までくると、嘉明は手を振りながら帰ろうとする。ほとんど衝動的に、なまえは嘉明の服の裾を掴んだ。掴まれた嘉明は目を丸くし、掴んだなまえも目を瞬かせてしまった。
「なまえ?何かあるのか、用事とか」
平素通りの、彼らしい気遣いが滲む声に、なまえは首を横に振る。短めな柔らかな金髪が、彼女の視界の端で揺れた。
「えっと、あのね」
「うん」
「ご飯、美味しかった、ごちそう、さま」
「うん。……うん、さっきも店でるときに聞いたから大丈夫だぜ、お礼は」
律儀だなと、嘉明は朗らかに笑う。
そんな彼を見ながら、なまえはうまく言葉にすることができない己に、初めて歯がゆさを覚えた。
「あの、だから、ね」
「うん」
「私も、何か、したい」
口にして、気づく。これじゃあまるで、奢られたから何かしたいと言ってるようなものだと。
自分の何かしてあげたいという気持ちの正確な由来は分からないが、少なくとも奢られたからではないということだけは、自分の気持ちに疎いなまえでも分かった。
失敗したと僅かに視線を落とすなまえ。
嘉明はというと、言われたことが意外だったようで、目をぱちぱちと瞬かせていた。その後、頭をかきながら、口を開いた。
「気にしなくていいのに。奢る方が楽なんだよ、オレ」
「うん。聞いて、る、けど……奢られてるからとか抜きに、しても、嘉明に、何かしたい」
なぜと聞かれたら、分からない。分からないけど、奢り奢られは関係ないのだと言うことだけはしっかりと伝えなければと、なまえは言葉をたどたどしくも紡ぐ。先程よりかは正確に伝えられたがなぜか嘉明の顔が見れず、彼の服の裾を掴んだまま、俯くなまえ。
「……そ、そっか。なんか、嬉しいな」
「……そう、なの?」
「ああ。あ、でもな!奢るとかはなしだぜ、オレに」
奢られるのは本当に強い抵抗感がある彼らしいと思いながら、なまえは俯いていた顔を上げて、嘉明を見る。
いつも前と夢を見てる彼の瞳が、なまえを真っ直ぐに捉えていた。
夕日によって、いつもと色味が変わっている嘉明の瞳を、なまえは見つめ返した。
「だから、その」
少し、目を泳がせたあと、嘉明はまた、なまえの瞳をじっと見つめた。──夕日のせいだろうか。なまえには、彼の頬も少し赤いように見えた。
「もし、本当になまえが何かしたいっていうなら」
「うん」
「また、オレにご飯作ってくれたら、嬉しいなって。……も、もちろん!嫌なら断っていいぜ!」
予想していなかった提案に、なまえは首を傾げた。
「そんなこと、で、いいの?」
「そんなことなんかじゃない、オレにとっては」
後頭部をかきながら言う嘉明。その様子を見ながら、なまえは頷く。
「うん。作るよ、いつでも」
「!本当か?でも、暇な時とかでいいからな?!無理とかはして欲しくないんだ」
嘉明はぱっと喜んだあと、すぐにそう言った。嘉明のその様子になまえは少し笑って、
「私が、したくて、やることだから、大丈夫だよ」
今度はちゃんとはっきりと正確に、自分の気持ちを言葉にした。
その後、材料費について少し揉めた─と言っても自分が出すといって2人とも譲らなかった─が、なまえの食事のついでに作るものだから材料費は不要ということで、落ち着いたのだった。