狼と蝶 04



ナド・クライは北国スネージナヤと隣接してるだけあり寒く、険しい道もある。テイワット全体的に舗装されてる道は少ないが、ナド・クライはクーヴァキやワイルドハントの影響もあってか、厳しい自然の中にも不穏さや命の気配が乏しい場所があった。
しかし、緑も十分にあるある。ヒーシ島は幻想的な白さもあり、見所も多い。
絶妙なバランスで成り立っている自然環境だった。

なまえの場合はみるだけなら現地に赴く必要はないのだが、やはり実際に行った方が空気感を味わえるので、割とナド・クライのいろんなところになまえは足を運んでいた。
神の目所持者は動きづらそうな格好でも崖などの難所を普通に登ったりしているので、なまえの普段の格好でその辺を歩く程度なら特に今の服装でも訝しがられることはない。他の国ならば。しかし、気品ある衣服に身を包み、日傘をさした貴人が1人悠々と歩いているのは、ナド・クライではだいぶ浮いている。どれくらい浮いているかというと、宝盗団が襲うかどうかちょっと悩むレベルに浮いていた。……襲ってきたところで、人目がなければなまえは返り討ちにするのだが。

そして今日は特に宝盗団やワイルドハントに遭遇することなく、なまえはナド・クライの散策をしていた。
ナシャタウンを出て街道を外れると、険しい道……とも言えない道に出ることがある。そういった時、なまえは自身の体を浮かせて、崖やらを越えていく。
そして今回はボーンモス荒原の先まで行こうと思ってナシャタウンを発ったのだが、坂道がなまえには急だった。なので誰にも見られていないのを確認した上で、ふわりと体を浮かせて楽をすることにした。

「驚かせてごめんなさいね」

坂道から急に現れたなまえに驚いた野生動物は、逃げ出していく。その背に謝罪の言葉をかけながら、なまえはふわりと着地する。
スネージナヤからの道も、たまにこうやって楽をしていた。体力も筋力もないなまえには、テイワットの旅は荷が重い。
しかし最近は以前よりも歩くようになったので、多少の体力はついたはずだとなまえは思っている。

(なまえからすると)急な坂道を抜けても、ボーンモス荒原は勾配が激しい。なるべく負担の少ない道を選んで、なまえは歩く。
時折魔物に鉢合わせしても、いったんは逃げる。それでしつこく追ってきたら、処理をしてから先に進む。
青い琥珀と呼ばれてる場所を1度ちゃんと見たいと思い、なまえは今日、ナシャタウンからそこを目指していた。勾配はあれど距離は比較的近いので、体力がないなまえでも問題なく行ける。
荒原を駆ける風を感じながら、なまえは歩んでいた。やや冷たい風だが、体を芯から冷やすようなものではない。むしろ、歩いたことで少し火照っていた体には心地よかった。

「――……」

一瞬、歩みを進めるか迷った。進行方向をしばらく見つめたが、なまえは結局歩みを進めることにした。
魔物の声と、それを撃退している音がする方へと。

あまりヒルチャールが出ない箇所だが、全くわかないという訳では無い。ヒルチャールはテイワット全土にいるので珍しくもないうえ、これといった強さもない。
だからローエンからするとサンドバッグにもならないのだが、ここはナシャタウンに近い。戦闘狂とはいえ、彼も騎士だ。いくら自身の戦闘欲を満たせない相手とはいえ、無視するということはしない。
ただ、厄介な場所に湧きやがって、とは思ったが。
しかし大衆の安全を考えればヒルチャールで良かったうえ、被害が出る前に殲滅できて良かった。――そいったことを考えながら、ローエンは槍の穂先についた魔物の体液を拭いながら、振り返る。
少しずつ近づいてくる気配に気づいていた。が、魔物ではないなと判断していた。人数も1人だろうとローエンは予想していたが、案の定、1人だった。

「――こんにちは、騎士様」

ナド・クライではちょっと浮いて見える、品のいい服に身をまとい、日傘をさした貴人……なまえは、ローエンににこやかに声をかけた。
女性の1人歩きにしてはあまりに向いていない装いの女だったので、ローエンは少し、面食らった。

「いいタイミングだな。ちょうど今、安全が確保されたところだ」
「まあ……私は運が良かったのね。ありがとう、騎士様」
「礼を言われるようなことじゃねぇよ」

騎士として当然のことをした、とまで言うようなことはなく、ローエンは槍を仕舞う。
なまえはローエンの様子に、たおやかに微笑む。

「いいえ。少なくとも私は目的地まで安全に行けるもの。それは騎士様のお陰」

ちらり、とローエンはなまえの胸元にある水元素の神の目を見た。

(お嬢様みたいな見た目とは裏腹に、全然怯えてねぇくせに)

恐らく、目の前の女はたとえ先程のヒルチャールの群れに自分より先に遭遇していても、自力で何とかできただろう。証拠はないが、ローエンにはそういう確信があった。
騎士としての長年の経験、戦闘狂ゆえの直感から来る確信だった。

「それでは……ごきげんよう、騎士様」

なまえはにこやかに微笑みながら、ローエンに簡易的な礼をして、先へ行こうとする。
彼女の目的地まで、あと少しだからだ。

「――どこまで?」

ローエンにそう聞かれ、なまえは足を止めてローエンの方に振り返りながら答える。

「青い琥珀をみようと思ってるの」

服装から察する通り、地元民ではないようだ。ローエンはしばし考え、なまえの方へと歩き出す。

「送ってく。ヒルチャールの群れが他にもいるかもしれねぇからな」
「――……そうね。お言葉に甘えさせていただくわ」

隣に並ぶことは、しない。護衛もかねたものなのでローエンが少し先を歩く。なまえの歩くペースに合わせつつ、だが。

「最近ナド・クライにきたのか?」
「ええ、少し前に。――あなたは、西風騎士団の騎士でしょう?」
「ああ。……おっと、名乗ってなかったな。俺はローエンだ」
「そういえば……私も忘れていたわ、ごめんなさいね。私はなまえよ」

和やかに自己紹介を終えたあと、ローエンは引き続き質問をなまえに投げかける。

「あんたも神の目を持っているんだな」
「ええ。でも、騎士様ほど戦えないわ。だからこうやって送ってもらえるというのは、助かるわ」
「そうか?あんたなら問題なさそうな気がするけどな」

直球で確信を投げかけるローエン。なまえは、ころころと笑う。

「それは買い被りよ」
「ふーん?」

明らかに信じて無さそうなローエンの反応。なまえは、一切気にしない。ローエンもそれ以上は特に言及しない。
なにせ、目的地はもう目の前だ。
淑女の目的に水を差すほど、ローエンは無粋な騎士ではない。

「このルートとるってことは、風の翼もってるのか?」

青い琥珀へと続く平坦な道は、スターダストビーチを通り、洞窟の道をぬけ、橋を渡るルートだ。ボーンモス荒原から青い琥珀に行く場合、崖から飛び降り、風の翼を使う必要がある。ローエンが考えるように、風の翼がなければこのルートはまず選ばない。

「ええ、持ってるわ」
「なら、問題ねぇな。先に行ってる」

一応崖下の安全確認のため、ローエンから先に降りた。しかし彼は風の翼は広げず、槍を構え、そのままきりもみ回転で着地した。

「――降りてくるの、ちょっと待ってろよ!」

少し声を張り上げてから崖上のなまえにローエンはそう言った。彼の視線の先には、上から人が降ってきたことに驚いて固まっている宝盗団の姿があった。
ヒルチャール同様戦っても楽しくはない連中なので、ローエンはさくっと宝盗団を倒し、縛って転がしておいた。ナド・クライに警察はないが、自警団のようなものはある。特に商会からすれば宝盗団はどの国でも厄介なので、商会の自警団に引きわたせる。
西風騎士団での拘束もできなくは無いが、直接的な被害を受けたとかではないかぎり、それをすると領事がどうとか面倒なことになるうえ、駐屯地からここまで遠い。ので、ローエンはあとで適当な商会の自警団に連絡すればいいと判断した。

「降りてきていいぜ!」

崖下から再度声を上げ、崖上のなまえに声をかける。みていたなまえは、トン、と崖から降り、やや早めに風の翼を開いて、軽やかに着地した。着地の際にふわりと広がった裾が、花のようだった。裾を少し払いながら、なまえはすくっと立ち上がり、ローエンと彼が倒した宝盗団を見る。

「少し見えていたけれど、やっぱり強いのね」
「こんくらいは普通だ」

縛っておいた宝盗団を適当な場所……誤って崖から落ちたりしないような場所に転がしてから、ローエンはなまえに目的地を指さす。

「この橋を渡ったら、あんたの目的地だ」

今いる道の向こう側。
青い琥珀と言われる場所は、視界に収まっていない。その前に、欄干もなにもない、鉄の板を適当に繋いだような橋を渡らなければならない。
途中、少し傾斜になってる箇所があるがそこは一部が崩れており、足場が狭くなっている。そこはさすがにローエンはなまえに手を貸した。
風の翼持ちだから落ちてもなんとかなるが、騎士として手を貸さないという選択肢はないのだ。なまえは手助けの礼を述べながら、そのままローエンの後をついていく。
そのまま坂道を越えると……。

「……」

幻想的。
ありきたりだが、なまえに真っ先に湧いた言葉はそれだった。
ターコイズブルーの水面は、光の加減によってはグラデーションの変化でうっすらと紫に見える。足場になりそうなくらい大きな水草が湖面の一部に顔を出している。その水草は、鋼鉄の鯨への道のように生えている。
無機質な鯨は、物言わず佇んでいる。
豊富なクーヴァキの明かりはゆっくりと地表から放たれている。
満ちたクーヴァキの影響か。朝でも夜でもない色の空が頭上には広がっていた。

「……想像していたよりずっと、きれいだわ」

ポツリとなまえはこぼした。
なまえもこれまで色々なものを見てきた。しかしこの青い琥珀の光景は、そんな彼女にとっても大変珍しいものだった。
もう少しゆっくり見ていようと思い、なまえは座れる場所を探す。

「ほら、ここに座ったらどうだ」

なまえの動きから察したローエンは、なまえを促しながら座るのにちょうどよさそうな場所にハンカチを敷いてやった。

「汚れてしまうわ」
「別にこんくらいの汚れ、気にしねぇよ」

騎士としての行動と気遣いだ。あまり断るのも失礼になるので、なまえはローエンのセリフを素直に受け入れた。

「ありがとう」

なまえは礼を述べ、ローエンがハンカチを敷いてくれたそこに座り、しばらく青い琥珀を眺めていた。
ローエンは、なまえが満足するまで付き合ったのだった。

ナシャタウンを歩いていた時、なまえに声をかけられ、ファルカはなまえから酒ではなくお茶に誘われた。珍しいと思っていると、「紅茶も好きなのよ」と、なまえは微笑んだ。
頼んだ紅茶がきたところで、なまえはファルカに声をかけた理由を話し出した。

「西風騎士団にローエンという騎士がいるでしょう?」
「ああ。なんだ、知り合ったのか」

知り合う接点ができなさそうな2人の邂逅に、ファルカは少し驚いた。戦闘狂と貴人。知り合うきっかけはなんぞや、と気になった。

「ええ。彼に助けてもらったの。そのお礼と、返したいものがあるのだけれど……駐屯地までお邪魔していいものかしらと思って」
「なるほど。……あー、なんだ。その、ローエンはちょっと、駐屯地に今はいないんだ」
「そうなの?モンドに帰還したのかしら?」

西風騎士団の一部団員は、モンドに帰還しつつある。それはなまえも人々が話しているのを聞いていたので、ローエンもそうなのかと判断した。ファルカは、苦笑しながら話した。

「いや、ローエンは、ちょっと単独行動をしていてな。戻りは未定なんだ」
「そうなの?」

居場所の特定はなまえにできるが、必要性がない。が、あの時ローエンが使ったハンカチを洗って返すと言って預かっていたので―恐らくこの時点でローエンは単独行動の予定だったから断ろうとしていたが、なまえの気が済まないからと預かったのだ―どうやって返すかと少し考える。

「俺から返しておこうか?」
「……そうね。それが確実ね。あの時はありがとうとも、伝えておいてくれる?」
「ああ、任せろ」

ファルカに任せるのが確実だろう。
また会う機会があれば、お礼はまたその時にと考え、なまえは紅茶で満たされたカップに口をつけて喉を潤した。

「あなたにもお願いしたお礼をしないとね」
「別にこれくらい気にしなくていい」
「ささやかな自己満足よ、気にしないで」
「本当にいいのに……でも、そうだな。なまえの気が済まないというなら、また今度飲みに付き合ってくれ」
「それはいつもと変わらないじゃない」

なまえの言葉にファルカは目を細め、笑いながら言った。

「それがいいんだよ」



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