狼と蝶 10



(いくら私がこういう格好しているとはいえ、力量の差が分からないものかしら?)

襲ってきた宝盗団を返り討ちにしながら、なまえは内心で独りごちる。
女の一人旅。
色々と狙われやすくはある。
なまえは物理的には確かに無力だが、魔術でどうとでもできる上、使い魔もいる。そうとは知らない宝盗団などはなまえの見た目だけで判断し、彼女に襲いかかる。しかし、このように返り討ちにあう。
自身の見た目や振る舞いに釣られた彼らから小遣い程度の収入を得ながら、なまえは旅を続けていた。
旅の合間にファルカとのメッセージでのやり取りは、変わらず続けている。今回はなまえが返事をする番なので、蝶はハンカチへと戻してポケットにしまっている。次に休む時にメッセージを吹き込む予定だ。

――国から国への移動は、徒歩だと大変だ。
なまえなら使い魔で移動したりできるが、景色も楽しみたいと思ったので、今回のように徒歩での移動と使い魔での移動を使い分けている。
沈玉の谷の光景や空気感を気に入ったので、沈玉の谷は徒歩メインで移動してる。しかしなまえは筋肉と体力がないので、休みをこまめに挟んでいる。
水は清らか。空気は澄んでいて、緑が多い。
人通りも居住地ならそれなりにあるが、自然が多い道ならば人とすれ違うことは少ない。
さきほどの宝盗団や旅人、冒険者や商人とはたまにすれ違う。
自然が豊かなここは、獣のような魔物も多く、神の目や武道の心得などがないものは出歩くことはあまりない。これは沈玉の谷だけに言えたことではないが。テイワットはそういった感じだ。故に自然が多く残っていたり、危険地帯はそのままだったり。逆に人間のせいで荒れた箇所もある。

(国によって自然の雰囲気が異なるというのはどこの世界でも変わらないけれど、やっぱり面白いわね)

少し歩いたところで座って一息つきながら、なまえは川のせせらぎを眺める。フォンテーヌからここまで移動してきたが、フォンテーヌの華やかさから沈玉の谷の清涼な雰囲気への変化は、ある種の趣を感じる。どちらの雰囲気も、なまえは気に入っている。
隠居感覚でテイワットにきたので、余生を過ごすならば沈玉の谷の方がいいかもしれない。なにより、沈玉の谷にはお茶で有名な翹英荘がある。……などと他愛のないことを考えながら、なまえは水筒にいれていた水で喉を潤す。
ふう、と飲み干すと同時に一息をついてから、なまえは再度、周囲の景色をしばらく眺める。

「――隠居するなら、こういうところもいいわね」

なまえはそう呟きながら目を閉じ、心地のいい風と水の流れの音をしばらく感じていた。
しばらくそうしたあと、例のハンカチを取り出して、魔力を流してハンカチを蝶へと変え、ファルカへのメッセージを込める。

「――親愛なるファルカへ」

今まさに見ている光景の様子や飲んだお茶の感想や、そろそろモンドにつくと思うといったことを吹き込んで、蝶を羽ばたかせた。蝶はファルカが最初に込めた元素力を頼りに、ファルカのもとに飛んでいく。

沈玉の谷は璃月の一部だが、璃月の中心地である璃月港まではかなり距離がある。沈玉の谷はそれくらい広い。
それでいて璃月は起伏が激しい地形なので―魔神戦争による地形変化でより一層起伏が激しい場所もある―、使い魔や移動に特化した魔術がなければなまえには辛い道のりだっただろう。
高くそびえる岩壁を水でできた馬に跨って見下ろしながら、なまえは険しい道をスルーしていく。フォンテーヌではある時期において飛行物は禁止という法律があり、使い魔での飛行が該当したら面倒だと考えて使うのを控えていたので、ここまで来るのに思ったより時間がかかった。フォンテーヌの法律は不思議なものがあり、成り立ちを調べるのを楽しそうだとなまえは思った。

(さて……璃月は、どうしようかしら)

璃月とモンドは近い。
なまえの使い魔なら、すぐ駆け抜けることができる。「自分いけます!」とばかりに、水の馬は小さく嘶く。なまえは水の鬣を撫でながら、璃月港は上空から見下ろすに留めるにしようと決めた。
栄えている璃月港は人の流れが多く賑やかであり、活気にあふれている。海灯祭という行事の際の夜の璃月はそれはもう華やかだとファルカから聞いていたなまえは、来るならば来年の海灯祭のときの方がいいかもしれない、観光もその時にすればいいと考えたので、今回は見るだけにして降り立つことはしなかった。
人に悟られないよう認識阻害の魔術をかけてから、なまえは上空から璃月港を見下ろしつつ、使い魔に行くよう指示を出した。

ドラゴンスパインの道は寒く険しいとファルカから聞いていたが、なまえはドラゴンスパインに降り立った。
なまえが吐く息は白い。水の馬は呼吸を必要としないので、白い息はひとつ分だ。
スネージナヤで纏っていたポンチョ風のコートを羽織りながら、白い雄大な山をなまえは見上げる。
ドラゴンスパインは季節に関係なく、かつ温暖なモンドに似つかわしくないほどの深い雪や氷に覆われている。
積もることはあるが溶けることはないと言われている、ドラゴンスパインの雪。自然の摂理に反したそれは、地脈異常によるものだろう。
試しに炎の魔術を当ててみたが、溶けた。自然に溶けることはないが、元素や魔術の影響は受けるということだろう。

(魔導に身を置く者として、来てみたかったのよね)

悪龍ドゥリンが果てた場所。
地脈異常そのものな場所。
モンドで最も険しい場所。
冒険者ならばそそられそうな要素があるが、魔導の者としても興味深い場所だ。
ドゥリンの遺骸の近くに降り立ったので、水の馬を伴いながらそこに向かう。

悪龍の遺骸を見るに、サイズ感はこの雪山と遜色ない。
これを打倒したバルバトスとその眷属であるトワリンの死闘は、想像にかたくない。

「……骨ひとつでも、相当な素材になるわね」

遺骸の巨大な骨を見上げながら、なまえは独りごちる。「黄金」のレインドットがドゥリンを創造したというが、とんでもないものを作ったものである。
同じように創ることがあるなまえとしては、あらゆる意味で参考例になる。
骨に手を伸ばし、なまえはドゥリンの遺骸をそっと撫でた。凹凸があり、滑らかだ。生き物の骨の感触だ。
ドゥリンが討たれたのは500年前なのに、一切風化していない。

(何を思って創ったのか知らないけれど、本当にとんでもないものだわ)

果たして何を思い、ドゥリンはこの地に堕ちたのだろうか。
創造主へ恨み言でもあったのだろうか。
それとも、トワリンやバルバトスへの怒りだろうか。
世界への悲しみだろうか。
また、創造主たるレインドットはどう思っただろうか。
喪ったことを悲しんだろうか。
それとも、討たれたことに失望したのだろうか。

「……」

ほんの少し物思いにふけたあと、なまえはドゥリンの骨から手を離し、遺骸に背を向け歩き出した。水の馬はなまえに静かに従い、彼女の後を歩く。

「人目に付く場所にでたら、あなたは隠さないとね」

ブルル、と水の馬は返事をした。
それにちょっと笑いながら、なまえはドラゴンスパインの暗い空を見上げた。

――モンドまで、あと一息。
今日はもう少ししたら日が暮れそうなので、どこかで亜空間に作った「家」にいって休むことにしようとなまえは考える。

(……明日か明後日には、モンドに着くでしょうね)

ファルカにもメッセージが届いている頃だろう。みようと思えば様子をみることができるがそれはせず、ファルカの反応は再会の楽しみにしておこうとなまえは1人顔を綻ばせた。

なまえが起きたとき、蝶が枕元に止まっていた。距離が近づいているのもあり、すぐ返事がきた。蝶を頭に止めさせる。このあと顔を洗うので、手は空けておきたかったのだ。
あくびをこぼしながら、なまえはファルカからのメッセージを再生させる。

「親愛なるなまえへ」

お決まりの冒頭の言葉から始まる、ファルカのメッセージ。ファルカ自身の近況の話、なまえの旅路への話、などなど。顔を拭きながら聞き、想像できるファルカの様子になまえは顔をほころばせる。化粧水や美容液、乳液などでスキンケアをしつつ、「ついたらこの蝶で連絡してほしい。会えるのを楽しみにしている」と最後まで聞き終える。
そうして身だしなみを整えて朝食を取り一息ついたあと、なまえは木製の扉を開ける。

――ドラゴンスパインから離れたら、モンドの穏やかな気候地帯になった。やはり地脈異常による急激な変化というのは、恐ろしく厄介なものだ。
朝の日差しにちょっと伸びをしつつ、なまえは出てきた扉を振り返る。そこに扉……がついた家はなく、ありきたりなテントだった。
パッと見は普通のテントだ。なまえ以外が開けると、中は簡素なテント。しかしなまえがあけると、彼女が作り上げた居心地のいい空間……ちょっとした部屋に繋がる。
なまえはこのようにして、快適な旅を過ごしていた。

「……これを使う機会はしばらくなさそうね」

魔術でテントを畳みながら日傘をさし、なまえはそう呟いた。
モンドに近づいてきているので、なまえは水の馬は使わずに徒歩で移動している。彼女なりに頑張って歩いたので、うっすらとモンド城が見えてきた。そのタイミングでハンカチを蝶の姿にして、今日の昼過ぎには着きそうだという内容を吹き込み、蝶をはばたかせた。蝶がモンド城へと飛んでいくのを見届けつつ、なまえも歩き出した。――再会まで、あと少しである。なまえが浮き足立つ心を自覚しながら歩いていると、声をかけられた。

蝶が再生したメッセージを聞きながら、ファルカはどこで待ち合わせするか考える。書類を片付けるふりをしつつ。おそらく、なまえはまず宿を取るはずだ。宿までファルカが迎えに行くというのが、1番手っ取り早い。

(連れていくとしたら、キャッツテールのほうか)

エンジェルズシェアの蒲公英酒を飲ませてみたくもあったが、あそこは個室がない。久しぶりに会うのだから、ゆっくりと過ごしたいというのがファルカの希望だ。キャッツテールには個室がある上、猫がいる。なまえが猫派だと聞いていたのもキャッツテールがいいと判断した理由の一つだ。なにより、材料がなんであれうまい酒になるディオナの腕前に驚くなまえの様子を見たかった。
ふむ、と息を漏らしながらペンを置き、ファルカは蝶を己の手に乗せた。

「親愛なるなまえへ」

まずはここまでの旅路を労う言葉を吹き込む。そして次に、迎えに行くから宿が決まったら宿の名前を吹き込んで返事をして欲しい旨を吹き込む。なまえはもう近くまで来ているのだから、短めにして早い返事をした。窓を開けてやると、蝶は羽ばたいていった。
風が窓から入ってくる。
ファルカは自身の金髪を揺らす風を感じながら、しばらく待ち遠しげに城門を見つめた。



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