岩神と半神少女のはじまり



なまえと鍾離が出会ったのは、璃月ではない。
璃月とモンドを結ぶ道中だった。
その日、鍾離は往生堂の仕事の一貫でその辺に赴く必要があった。仕事が終わり、さあ帰ろうといった矢先、ヒルチャールが騒がしいことに気づいた。
そちらの方に行ってみると、1人の少女がヒルチャールの群れに囲まれていた。恐らく群れに見つかり、逃げ場のないところまで追い込まれたのだろう。少女は武器を構えていたが、出方を窺っているようだった。構えはちゃんとしているが、動きが固いように見えた。戦い慣れていないのだろう……と判断した鍾離はすぐに動き、少女を助け出した。

「大丈夫か?」

突然現れてヒルチャールを蹴散らした鍾離に驚いたらしい少女は、空色の目を丸くしてしばし鍾離を見つめたあと、頷いた。

「あの……ありがとう、ございます」

たどたどしく礼を述べる少女に鍾離は少し、表情を和らげた。
ヒルチャールに追い立てられいたばかりなのだから、そうした方がこの少女の緊張も和らぐだろうと判断したのだ。

「俺は問題ない。璃月に向かうのなら、俺も戻るところだ。迷惑でなければ、共に行こう」
「……りー、ゆえ?」

初めて聞くとばかりに聞き返してきた少女に、鍾離は少し目を瞬かせた。
鍾離は、地理的にモンドから璃月に移動しているのだろうと思ってそう提案したのだが、少女の反応は鍾離が想定したものと違った。

「お嬢さんは、モンドから来たんじゃないのか?」
「……」

少女は、首を横に振る。柔らかそうな金髪が、それに合わせて揺れた。ふむ、と鍾離は顎に手を当てわずかに考える。

「──お嬢さんの目的地は?」
「……どこも、ない、です。外から、きたばかりで……色んなとこに、行きたいって、思ってます」

そっと目を伏せながら、少女はそう答えた。人見知りのようだと、鍾離は少女の様子から察した。
目的のない旅。
そういう旅をする人間がいることも、鍾離はよく知っていた。外からというのが気になったが、それよりも……鍾離は、少女がただの人間では無いことを感じ取っていた。
そちらの方が、気になっていた。
同行を提案したのも、少女がどういった存在か・どういう性質のものか見極めたいと思ったのもある。

「それならば、道中色々教えよう」

見極めるつもりもあるが、あまりに少女が見ていられないほど何も知らないため、鍾離はそう提案した。少女は少し考えてから、頷いた。

「よろしく、お願い、します」
「ああ、よろしく。俺は鍾離という。お嬢さんは?」
「……なまえです」

一瞬だけ目を上げた少女……なまえの空色の瞳と、鍾離のトパーズのような色合いの瞳が合う。ぱっとそらしたのはなまえの方だ。
見た目より幼く見えるその様子に、鍾離はちくはぐさを覚えたのだが……のちにそのちぐはぐさは、なまえの情緒が発展途上であるがゆえだと知るのである。

──これが往生堂の鍾離と、なまえの出会いだ。
璃月へ向かう道中でなまえはだいぶ鍾離に慣れ、璃月についてからも度々鍾離に教えを乞うようになった。
最初は監視もかねていた鍾離だが無垢で疑うことを知らぬなまえの無害さは十二分に理解し、彼自身もなまえに親愛を抱いたので、彼女の面倒を少し見ていた。
住むところの手配とか。ちょっとした仕事の紹介とか。璃月での生活の仕方、テイワットに関してだとか、様々なことを与え、教えた。
なまえは渇いた大地に水が染みていくように、教えられたことはすぐに覚え、身につけた。なまえのその様子は、教える側の鍾離としても楽しくて喜ばしいことだった。

そういった2人の姿は璃月の人々にも馴染み、受け入れられ、ちょっとした師弟のようだと微笑ましく見られた。
やがて璃月に慣れてきたなまえが鍾離の代わりに彼の財布を持ち歩くようになり、付き人めいたことをするようになるのだった。だがその頃くらいから、璃月を拠点になまえは色々と見て回ることも増えた。短い期間の時もあれば、数ヶ月にわたることもあった。弟子の独り立ちかい?と人々から言われることもあった鍾離は、少しだけ苦笑した。誰も彼も……自分ですらも、あの少女が自分の後ろをついてまわるのが、いつの間にか当たり前になっていたようだ、と。
鍾離がそうした実感から少しの寂しさに似たものを抱いたのは、最初だけだ。今では、戻ってきたなまえが見たものを彼女視点で語り、何を得たのか聞くのが、鍾離は楽しみだった。

「──ただいま戻りました、鍾離先生」

旅装束が少しくたびれた状態で璃月に戻ってきたなまえは、いつものようにまず真っ先に鍾離へ帰還の挨拶をしに来る。それを当然と思うことなどなく、無事に帰ってきた彼女に、鍾離は安堵する。
その安堵と無事を喜ぶ気持ちを乗せた言葉を、勝利はその形のいい唇で紡ぐ。

「ああ。おかえり、なまえ」



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