公子と半神少女



額を切ったなと理解したのは痛みと、皮膚が切れた感覚からだった。そのあとにドロリと血が伝ってきて、右瞼におりてきたので強引に拭う。しかし額というのは少しの傷でも大袈裟に血を出すので、拭うよりも処置すべきだ。
──状況が、それを許せば。

「……ふう」

なまえは額のことは一旦忘れ、右目のみを瞑る。目に血が入るよりかは、こちらのがマシだと思いながら、目の前にいる巨躯の魔物を見上げる。
魔物は、軽やかになまえをぶっ飛ばした。その際に額に当たったが、正直全身が痛くてどこがどう当たったかは覚えてない。脳震盪を起こしていないだけ幸いかと、なまえは杖を握り直す。
魔物は、立ち上がったなまえを前に狼狽えるでもなく、落ち着いた様子で距離を詰めている。
しかし目はギラついており、なまえへの殺意を隠そうとしない。

(巨躯、固い。この武器じゃ、物理的な、ダメージ、不可)

先程撃ち合った感覚を思い出しながら、なまえは思考を巡らせる。脳裏に過ぎるのは、主の「なまえちゃんは見えない・・・・から、よく見て、感触や感覚から情報拾って、組み立てていかないと」という言葉だった。

(……みる、それから感覚、思い出せ)

動きは、どうだったか。魔物の走り自体は早くないが、攻撃速度は速かった。なまえの目が追える程度だが、動き自体に緩急をつけていた。
そこに元素攻撃も交えてきていた。
元素を扱うタイプの魔物は、ヒルチャールであれなんであれ、厄介だ。
知恵も、ある程度は持っている。
魔物だが、慢心もしていない。
今も襲いかかってはこず、なまえの出方を伺ってるあたり、あちらも考えているのだろう。

ここで劇的な必殺技とか、隠れた才能が目覚めるとか、そんな少年漫画的展開ドラマチックなことが起きないことは、なまえはよく分かっている。
彼女は、奇跡の神でも、奇跡の魔女でもない。
今の自分自身が持てうる全てを使い、構築し、目の前の魔物を葬らなければならない。

「──ふう」

再度、息をついてなまえは杖を構えなおした。
主に仕込まれた構え、動き、心得。
それから、彼女の中にある巨大な魔力。
技術はない、経験も乏しい。

なら、これが1番手っ取り早いだろうと、彼女は魔力を巡らせた。



「それで?どうやって倒したのか、詳細は教えてくれないのかな?」

くったくたのボロボロで璃月に帰ってきたなまえの見舞いにきた、ファデュイの執行官タルタリヤ。
タルタリヤは平素通り人当たり良く、にこやかにしつつ、彼の大好きな戦闘に関することだから絶対に聞き出すぞという意志が感じられたので、─なまえにしては珍しく─なまえは嫌そうな顔をした。ガーゼを気にするふりをして、タルタリヤから顔を露骨にそらす。

「……がんばって、倒した」
「うん、そうだろうね。でも俺は、その頑張ったの部分を詳しく知りたいんだよね」

ワクワクすると言いながら、タルタリヤは持ってきた果物の皮をむき出した。聞き出す気満々なタルタリヤだったので素直には帰らないだろうとなまえも分かってはいたが、まだいるつもりだと内心げんなりする。
うさぎさんにしてあげるよと言いながら、タルタリヤはナイフを器用に動かしていく。彼が手慣れているのは、弟妹の世話をしていたからだろう。

「冒険者協会が手をこまねいていて、そろそろうちにも支障でるから何とかしようかなと思っていた魔物を、君が消し飛ばしたって聞いたんだ。そりゃあ興味も持つでしょう」

タルタリヤの消し飛ばしたという表現は、誇張でも何でもなかった。
なまえは物理的な力ではなく、純粋な魔力のみで強大な魔物を消し飛ばしたのだ。
なまえが人の形をしている以上、出力は人依存だ。たとえその身に宿す魔力は、神の領域だったとしても、魔物の出力に比べたら劣る。
なまえが自転車だとしたら、今回の魔物の出力はダンプカーのそれだ。
その差を埋める力量も経験もなかったなまえが選んだ択は、「自転車でも大量にかかればダンプカーを押し潰せる」という、ゴリ押しだった。
なまえは無限に等しい魔力を、ひたすらに放出した。
それも面ではなく、同じ箇所にだけ。
雨垂れ石を穿つ──それを体現したような、攻撃だった。1ミリもずれることなく、同じところにひたすらに、なまえは魔力を放ち続けた。
魔力量で言えば魔物よりなまえの方が勝っていた。たとえ素の出力で負けていても、一定時間によどみなく放出する速さ・量ではなまえが勝っていた。
出力では勝っていたがそれ以外の魔力に関するスペックがなまえに劣っていた魔物は、対応が追いつかず、なまえの魔力により跡形もなく消し飛ばされたのだ。

「……がんばった、から」

しかし言語化できる語彙もないし、タルタリヤにそんな事を─彼を喜ばせるようなこと─を伝える気がないなまえは、そう言った。
タルタリヤは、吹き出した。

「あっ、ははは!そうだね、確かに!今回君は、頑張ったよ」

タルタリヤはなまえの素質には気づいているが、まだなまえは今回の魔物相手には勝てない技量だと思っていた。
だから最初遭遇したと聞いた時に、死んでしまったかと思ったがこうやって生還したと聞き、これは何か経験値を積んで強くなったに違いないと思い、見舞いがてらこうやって様子を見に来たのだ。
タルタリヤは、己の強さの方向性をなまえが理解して強くなったら、いの一番に彼女と戦いたいと願っている。恐らく、なまえの強さは他とは異なるだろうから、と。

「いつか俺に教えてくれれば、それでいいよ」

出来ればそれは戦いの時に示し、教えて欲しい。
とは口にせず、タルタリヤはうさぎに切ったりんごをなまえの口元に差し出す。なまえは、困ったようにタルタリヤとりんごを見比べた。

「自分で、食べられ、ます」
「いいから、いいから。機嫌いいからちょっとくらい、優しくさせて」

普段優しくない自覚あったんだというのは飲み込み、なまえは小さくため息をついた。自分が折れればさっさと帰るだろうと踏み、小さく口を開けて、タルタリヤからのりんごを口に含む。
かじりついたりんごの果肉はしゃき、と音を立て、断面を伝わって果汁が滲み出る。甘みの中にあるりんご特有の酸味と、しゃぐ、しゃぐとした食感を口いっぱいに感じながら、早く帰ってくれないかなと、楽しそうなタルタリヤを見ながらなまえは思うのだった。



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