10.まずはひとつめの鼓動
割とあっさりと確定した。いずれ来るだろうと思っていたそれの到来に対し、なまえは特に喜びはなかった。だが、無事に宿せたのかという安堵はあった。
「妊娠しました」
五条への報告も、サラリと済ませた。
五条もあっさりと受け入れるだろうと思っていたが、意外なことに五条は固まった。目元を隠すサングラス越しでも分かるくらい、目を丸くしていた。こういう反応されるとは…となまえが意外に思っていると、五条はようやく口を開いた。
「……マジ?」
「マジです。心当たりがないわけではないでしょう」
なまえと五条は性行為の際、コンドームも使わなければ、なまえがピルを飲んでいるということもない。子作りが縛りの1つなので中に出す事もあったが…外に出した回数の方が多い。故に妊娠までに一年近くかかった。
五条は暫し考え込み、口を開く。
もう、動揺は消えていた。
「病院いった?」
「いえ、まだ。調べたのは検査薬です」
「よかった。今後は硝子に診てもらって。秘密裏に。妊娠のことも誰にも言わないように」
いつもの調子ではなかった。五条家当主として、呪術師としての言葉だと、なまえは理解した。
「……理由を聞いても?」
「僕の……六眼と無限を持つ呪術師の子どもが産まれる"かもしれない"。それだけで命を狙われる可能性があるから」
「分かりました」
同じように呪術師の生まれであるなまえは、すぐにその理由を理解した。
腹の子はまだどんな術式を宿してるかは不明。だが、腹の子が無限と五条悟の才能を持って産まれてくるかもしれない。(六眼は同時に二人は存在しないと聞いているが、それでも五条悟の子どもという付加価値は強い)その理由だけで、殺すに足る。そう考える連中がいることを、五条はよく分かっていた。
「……」
なまえは、まだ1ミリも膨らんでいない己の腹にそっと手を当てた。今後のことについて頭の中で考えを巡らせていた五条は、一度考えるのをやめてなまえの腹をそっと撫でた。まるで、慈しむように。
こんな触れ方ができる人なんだなと、なまえは頭の片隅で思った。
「大丈夫だよ。そのことに関しては僕に一任して、なまえはお腹の子と自分の体のことを考えてて」
「……そうですね。そうさせてもらいます。頼みますよ、"お父さん"」
何となく、そう呼んでみた。
この人も私も親になるんだなと、思ったからだ。一瞬五条は虚をつかれたような顔になったが、少しだけ笑った。
「任せてよ、"お母さん"」
「……先輩から呼ばれるとゾワゾワしますね」
「自分からふっといてそれはひどくない?」
五条の返しは最もである。こればかりは確かにと思い、なまえは一応軽くかつ適当にすみませんと謝った。……同時に、五条から「お母さん」と呼ばれたことで、また違う形で自分は妊娠したのだなと再確認させられた。
「……」
もう一度、まだ膨らんでいない腹を撫でてみる。
重さも動きも感じない。ここに命があると示したのは、あの無機質な妊娠検査キットだけだ。だが、それでも、
(母…か)
なまえの自覚の変化を促すには、十分であった。
「僕もいろいろ調べたりしないとね」
なまえを見据えながら、五条はそう言った。
この人にも父性が目覚めたのだろうかとなまえは少しだけ、本当に少しだけ、思った。
「妊娠中のセックスのこととか」
「……」
台無しだった。
いくら本気で言ってないとはいえ、ふざけるにしても内容が真面目に吐き気を催すほど気持ち悪いなと、なまえは五条に対して思い、改めて嫌悪を募らせたのだった。
「妊娠中でもできるんだよね?セックス」
「知りません。そう言うAVとかみてるんですか?控えめに言って、最悪最低です。仮に可能だとしても、絶対にしませんからね」
「なまえでしか勃たなくなったから、そういうのここ1年はみてないよ」
じゃあせめて口や手でしてよ、と、言ってきた五条。なまえは顔をゆがめて舌打ちをし、五条に背を向けて歩き出す。バカの相手をするだけ無駄だ、と。
が、五条がついてきてなおも話を続ける。
「しないって、もしかして今日から?」
「そうですよ。縛りのためのセックスですよ。子どもができたなら、する必要はないでしょう」
「えっ。それって出産後も?」
「……そういえば、その辺は詳しく詰めてませんでしたね」
「じゃあ別の縛りで、子どもできてもセックスするって、」
「違う、そっちじゃないです」
部屋に戻りかけていた足を止め、五条へと向き直るなまえ。それに合わせて五条も立ち止まり、なまえを見下ろす。五条は190ほどの身長なのでなまえを見下ろすことになり、なまえもまた五条を見上げなければならない身長差だ。
「子どもの人数です。縛りで、とかではなくて、現実的な話として」
「……確かに。僕は何人でも欲しいけど、そうもいかない」
困るのは、みょうじの術式でも無く、無下限持ちでも無い子どもが何人も産まれる場合だ。いろいろとややこしい事になるのは、想像にかたくない。縛りという観点から見れば術式の有無はどうでもいいのだが、後継者という点においては大事だ。
また、みょうじの術式持ちが必要だった。なまえが死ねば、夜刀神の怨嗟を受け入れて鎮める者がいなくなる。夜刀神は過去、六眼と無下限をもった五条家の当主でも祓いきれなかった特級なのだ。──あの時のなまえとしては、自分がいなくなってめちゃくちゃになるのも構わないと一族鏖殺したときは思っていたが、今となっては……子を宿したからこそ、そうなっては困るという方向に思考がシフトした。殺しすぎたかなぁと、今更悔やんでいる。いわゆる、「ぷっつん」状態だったとはいえ、後先考えずに鏖殺してしまった。
五条も、呪術師として見た場合、そういった事情を鑑みると五条家の術式だけを産めば良いとは思っていないようだ。
「だけど、五条の血を引く子どもだけってわけにもいかないからなぁ。……とりあえず当面は、それぞれの術式を継ぐ子ども一人ずつって感じでいいんじゃない?どうなるかは僕らじゃなくて、遺伝で決まることだ。これを縛りに加えるのは、なし」
「……そうですね。早ければ2人目で子作りは終わりそうですね」
「仮に2人目がみょうじの術式継いでも、僕はなまえとセックスするのやめないけどね」
なまえが思い切り顔を顰めて露骨に嫌だと態度でアピールしても、五条は一切気にしないのだった。嫌われていると分かっているからなのと、その程度で自分を省みるような性格を五条がしてないからだ。
なまえは、自衛しようと決意を新たにしつつとりあえず硝子には報告し、妊娠などの相談にも乗ってもらうかと、思考の矛先を五条からお腹の中の子に向けることで平常心を取り戻した。