02



「研磨、それ新しいゲームでしょ。いいなぁ」

研磨となまえの関係は、なかなか良好だ。なまえに人目を気にする研磨の性格を教えれば、距離感を保って接していた。研磨も少しずつなまえに慣れ、今では普通に会話してる。

「それ、おもしろい?」
「…別に、普通かな」
「研磨の感想いつもそれだけど、私よりプレイングうまいよね」

なまえは結構ゲームをする。最初はその趣味を意外だと思ったが、結構ガチなゲーマーだった。黒尾はその意外性もまたいいと思っている。だから研磨とたまにこうしてゲームの話をしているのだが、実は気になることが黒尾にはあった。

「あ、そうだ。ねぇ、今日帰りに買い物いこうよ、黒尾」
「……」

なんで恋人の俺は名字呼びで、研磨は名前呼びなんだろう、と。




「……」

なんか、機嫌悪い…?
買い物にきたけど、黒尾がなんか、拗ねてる…。だけど何かしたかなって、心当たり探してみるけど、何にもない。思い浮かばないけど、背中に刺さる視線がものすごく、訴えかけてくる…!

「く、黒尾…?なに?私、なんかした…?」

参考書を置いて、振り返って黒尾を見る。よくない目つきで、じとーって見てくる黒尾。ものすごくその視線は居心地悪い。だけど、これは黒尾が拗ねたときの視線だ。めったに拗ねないし、自分のことをあまり人に悟らせない黒尾が出してくるサインのひとつ。

「…名前」
「名前?」
「そう。なんで中学の頃からつき合ってんのに、俺のこといまだに名字なんだって」
「……え?そんだけ?」

聞き返せば、あからさまに眉を寄せた黒尾。そして、無言で私の頬を抓ってきた。

「ひ!いひゃ…!」
「そんだけって言うけどなぁ、結構地味に気になってたんだよ」
「ご、ごめ…やめ…!」
「結婚したらお前も黒尾になるんだけど」
「?!!」

自分の目が丸くなるのを感じながら黒尾を見上げてると、ぱっと手を離された。その直後にほっぺが一気に熱くなって、思わず目を泳がせた。

(えっ、ちょ、まっ…今のって、今のって…?!)
「あと何で研磨は名前呼びなんだよ」
「えっ。だってみんな研磨研磨呼ぶからうつったっていうか…。あっ、もしかして、研磨に妬い…いひゃっ」
「さっさと参考書買って飯食いに行こうか、なまえちゃん?」

いい笑顔で私の頬を抓ってくる黒尾。今度は両頬だ、ひどいよこの男!しかも否定しないってことは図星だ!かわいいとこあるのに、なんでこんなかわいくないことしてくるの?!…なんてこの状況でいえるわけないから、頷いておく。黒尾はようやく両手を離して、自分の目当ての参考書を手にした。私もさっきまで見ていた参考書をとる。それを見て、レジに向かって歩き出したから、ちょっと慌てた。

「ま、待ってよ。…てつろう!」

呼んで、恥ずかしくなる。今までずっと、私にとってこの恋人は「黒尾」だった。その呼び方が、馴染みすぎてて。知ってる名前を口にしたはずなのに、むず痒くて。…名前で呼ぶって本当、すごい。

(ああ、それってそういえば、くろ…鉄朗から初めて名前で呼ばれたときに、思ったなぁ…)

…結構、寂しい思いを、鉄朗にさせてたのかもしれない。そう考えたら申し訳なくなって、先を歩いてた鉄朗の、手を掴んだ。それで何か埋められるわけじゃないけど、ごめんねというのも何か違う気がする。鉄朗は、謝れとか思ってるわけではないから。
私が鉄朗の手を掴むと鉄朗は立ち止まってから私の手を繋いで、半歩後ろの私を肩越しに見た。

「よくできました」

いつもの笑みだった。
楽しそうだけど、少し意地悪そうな笑み。
それを見て少し安心して、ぎゅっと鉄朗の手を握った。

「…もっと誉めてくれてもいいんですよ?」
「ベッドの上でしてやるよ。…いて!」

今のはちょっと叩かれてもしょうがないことだよ、鉄朗。




「あ、姐さん!」
「……その呼び方やめてよ、山本」

私をそういう風に呼んでくるのは、モヒカン頭の山本だ。なんでも、鉄朗の彼女だからそう呼ぶらしい。鉄朗も最初呆れてたけど、今はもう何にも言わない。私がやめてって言っても山本は聞かないし、しかも犬岡まで真似してそう呼び始めたから目立つったらない…。

「姐さん、お願いがあるんですけど、」
「ごめん、絶対いや」
「まだ何も言ってないんスけど…!」
「だってどうせろくな事じゃない…」

別に山本のことが嫌いだから言うわけじゃない。ただ、前に山本のお願いでテスト勉強見たときに相当手を焼いたから警戒してるだけで…。もう二度と勉強みないって言ったけど、鉄朗に頼まれたら教えそうな自分がいる…。人に教えられるほど余裕があるわけじゃないけど、鉄朗に比べたら帰宅部の私の方が時間はあるから、とか考えて引き受けてしまいそう。

「ちょー大事なことっス!姐さんにしか、頼めなくて…」
「…私にしか?」

なんだろう…そんな大事なこと任されるような覚えとか、全くない。だって勉強は人並みだし、鉄朗に教えてもらってバレーのことは覚えたけど、やったことあるのは体育のときだけ。だからバレー絡みなら山本は私に頼みごとはしないと、思う。もし勉強じゃないとするなら山本が何をお願いしようとしてるのか、分からない。
首を傾げてると、山本は至って真剣な顔で口を開いた。

「ゴールデンウイークに合宿で練習試合するんスけど、そんときにうちだけ女子マネいないとか悔しいんで、姐さんにその時だけマネージャーとして来てもらえないかなって!」
「山本って本当バカだよね」
「何でですか?!俺、マジですけど…!」
「マジだからなおさらだよ!そもそも、マネージャーしたことない私が行っても邪魔にしかならないでしょ」

正論だと思ったのか、山本は言葉に詰まった。…女の子との接し方が分からないらしい山本からすれば、私は確かにそういうことを頼みやすいんだろうな。私を選んだ理由は想像できるけど、そんな理由でいきなりマネージャーとして一緒にいって、マネージャーの仕事ができるかと言われたら、ノーだ。

「ごめんね、山本」
「姐さんに断れたら、諦めもつきます…」
「そ、そんな落ち込まないで!なんか私がいじめてるみたいでしょ!」

どんだけ女子マネに飢えてるんだ…!
音駒高校男子バレー部大丈夫なのかなとか、変な心配した。



「…山本、そんなこと頼んだのか」

鉄朗の部活が終わるまで待って一緒に帰る約束をしていたから、学校で山本に頼まれたことを鉄朗に話した。鉄朗は呆れている。

「あー、怒らないであげてね?マネージャーいないのは確かに大変そうだなぁとは思ってるし」
「まぁな。今は控えの部員に任せてるけど、本当ならそいつらにだってボールを触らせてやりてーし」

どこの部活もマネージャーがいないと、一年生か控えの部員に任せるものらしい。それは運動部に入ってるみっちゃんから聞いたことがある。帰宅部の私には無縁だとか思ってたけど、割と身近にあった。

「お前がマネージャーしたいとか言うなら止めねえけどさ」
「うん?」
「…ゴールデンウイーク、お前どうするんだよ?俺は合宿いくし、予定ないなら家にいるのか?」
「……」

鉄朗が、心配してる。
鉄朗から目をそらして前を向けば、手を握られた。少し握り返して、小さく息を吐く。

「…みっちゃんちに泊まりにいく約束は、してるよ」
「…そうか。じゃあ、いい。…いや、なんていうか…お前んちの親が悪いとか言う訳じゃないけど」
「分かってるよ。だって居心地悪く感じてるのはさ、私が勝手にそう感じてるだけだし。弟だって、かわいいと思ってるよ」

うちの父親は、再婚してる。
新しい奥さんをお母さんとは思えなくて、お姉さんのように思って接してたけど、二人の間に息子ができてから、私が勝手に疎外感みたいなのを感じてるだけだ。変わったのは親でもない、私の受け取り方。でもそれをどう処理すればいいか分からなくて。処理の仕方が分からないし、二人のことを嫌いになったわけじゃないから、なおさら家にいづらいと思ってる。だから鉄朗は、私を心配してる。

「…鉄朗には感謝してるんだよ、本当。鉄朗がいなきゃ、多分もっとしんどかった」

鉄朗の手を、少し力を込めて握る。そうすると鉄朗は、しっかりと握り返してくれる。いつでも、そうしてくれる。

「あー、でも情けないよね。高校生なのにこんなことで悩んじゃって…」
「情けないとか思わねえよ。そんだけお前が、家族のこと考えてるってことだろ」
「…そんなこと言われたら泣いちゃうよ?」
「泣いていい。というか、泣け」

繋いでいた手を引かれて、鉄朗に抱きしめられる。
制服から鉄朗の匂いがする。部活のあとだから、少しだけ汗の匂いもする。私より少しだけ熱い、鉄朗の体。

(…落ち着く)

片手は繋いだまま、もう片方の手を鉄朗の背中に回す。鉄朗の手が頭に回されて、私の髪を撫でる。…こういうことさらっとできる鉄朗ずるいなぁ、なんて思いながら鉄朗の胸に額を寄せた。




20140613(20250210)



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