04
私は帰宅部だから、早めに受験勉強をしようと前から決めていた。要領よく勉強をやれるタイプでもないし、センター受験して早く解放されたいとも考えているから。
都内の大学だけど、一人暮らしもしたいと思っている。…家に居づらいっていうのが理由のひとつ。あとはまぁ、学生のうちにそういうこと経験しておこうかなっていう。社会人になっていきなり一人暮らし始めるっていうのは、少し不安だから。
「じゃあ、そのときはお前んちに引っ越す」
「どうしてこの話聞いてじゃあってなるの?」
たまに鉄朗が分からない。けど、そう言われたことは嬉しい。だって一緒に住もうってことでしょ、これ。
にやけそうになるから、教科書読むふりして口元を隠す。だけどそんなことしても、鉄朗には見透かされてる。その証拠に鉄朗は今、にやって笑った。
「なまえが一人暮らしとか心配だからな」
「…鉄朗と一緒に住む方が色々心配なんだけど」
「どういう意味だよ」
どうもこうも、主に夜のことですけど。
…なんて、自習室で言えるわけがない。利用してる生徒の数は少ないけど、聞かれたら恥ずかしい。だから濁しておいて、問題に目を戻した。鉄朗は、まだ私を見ている。
「俺が本気で言ってるって、分かってるよな」
「分かってるけど、さぁ…」
親がいいって言うと思う?
多分、私がそう言ったのは間違ってない。親のすねをかじってる未成年という自覚があるなら、至極まっとうな返しだったと思う。だけど、その発言からまさかこんな、
「初めまして、黒尾鉄朗です。なまえちゃんにはいつもお世話になってます」
親と彼氏が会うなんていう事態に発展するなんて思ってなかった。
(鉄朗が、うちのリビングにいるとか違和感…!しかもなにその貼り付けたような、爽やかな笑顔!)
なんか色々言いたい。
今の鉄朗は制服をちゃんと着てて、すごい無駄に爽やか〜な笑顔で、好青年ぶった口調で話してる。私と初めて会ったときよりも爽やかさは三割くらい増してる気がするけど、鉄朗の素を知ってからはなんかもう違和感しかない…。
だけどお父さんは鉄朗のことなんてほとんど知らないから、なんとも思ってないみたい。鉄朗のその態度は、通常のものだと思ってる。
「どうやってこんな爽やかな同級生を捕まえたんだ、お前」
「あ、あはは…」
正確にいえば網に引っ掛けられたようなものだよ…とは言えなくて、お父さんの言葉に笑うしかない。
私たちのそんなやりとりにも、鉄朗は爽やかさを崩すことなく口を開く。
「お付き合いさせていただいて数年になるし、いつもなまえちゃんに泊まりにきてもらったりとかしてるから、ご挨拶をしなければと思ったんです。順番が逆になって、すみません」
「いや、いいんだ。彼氏ができたというのは、知っていたからね。それにもうなまえも高校生だし、ある程度は自由にさせようと決めてるんだ」
「……」
…お父さん、そんな風に考えてたのか。鉄朗の家に泊まるって初めて言ったときに何も言われたりしなかったから、てっきりもう私のことなんて放っておくのかなって思ってた。
「でも、こんな真面目でいい人そうな彼氏さんで安心したわ」
お義母さん(やっぱりなんか慣れない)が、お茶とお菓子を運んでくる。鉄朗はお礼を言って、受け取った。
お義母さんはお茶をみんなの前におくと、お父さんの隣に座った。…前まではその光景に対してなんとも思わなかったのに、今はなんだか疎外感を覚えてるから、本当私はどうしたんだろう。
「うちの親もなまえちゃんみたいに真面目で挨拶もしっかりできる子が彼女で安心だと言ってました」
鉄朗の言葉を聞いて、お父さんは目を細めて笑った。…むず痒い。
「!あ、ごめん…みっちゃんから電話きたから出てくる」
ポケットにいれてた携帯が震えたから取り出すと、みっちゃんからだった。お父さんが頷いたから、私はリビングから出ながら通話にでた。
もしもし、みっちゃん?
そう呼びかけながら遠くなってく、なまえの声と足音。俺の前にはなまえの父親と、新しい母親。ここまで話していて思ったのは、この二人はいわゆるいい人だ。できた親、とも言える。娘のなまえを理解しようとしてるし、なまえの意志や意見を尊重してる。そして俺に対しても、刺々しさとかは全然ない。
(…だから、あいつも辛いんだろうな)
疎外感を覚えて、嫌いになれればなまえも割り切れたはず。でも本当にいい親で、新しい母親もいい人だからそれができない。だけど、うまく馴染めなくなった、か。
「…黒尾くん」
「!はい」
「なまえは、弟ができてから…何だかよそよそしくというか、遠慮がちになってね」
「……」
心配そうにしてる父親は、気づいていたらしい。ちらりと母親の方を見ると、少し寂しそうにしていた。…どっちも、見抜いていたらしい。
本当にお前の親はできすぎた親だよ、なまえ。
「あの子は自分が邪魔になったとか捉えてるんだろうなと、思ってる。…私が二度目の結婚だというのは、君は聞いてるのかな?」
「…はい」
「そうか。…だからなまえは、家族になろうとしすぎてるんじゃないかと思っているんだよ」
「……」
ああ、なるほどと思った。そう考えれば、なんかしっくりきた。あいつ真面目すぎて「家族にならなきゃいけない」って思いすぎて、逆にぎこちなくなってそんで勝手に疎外感覚えてるのかって。
(……本当、なまえんちの親すげえよ)
すごすぎるから、娘のあいつはなんかちょっと不器用なんだろうな。
「…そういった話は聞いたことあります。何でそうなったか本人も分からないって言ってたんですが、お父さんの話聞いて分かりました」
「…そうか。私たちが何を言っても、逆効果みたいでね…だけど、そうやって理解してくれる君がいるなら、少し安心したよ」
なまえの父親は、表情を崩した。母親の方も、ほっと息をついていた。
「黒尾くん」
「はい」
「あの子をよろしく」
リビングに戻ろうとしたら、昼寝から目が覚めた弟が泣いてた。あやしてみたけどぐずりが止まらないから、ベッドにまた寝かせてお義母さんを呼びにいく。そういえば今日は弟がなかなか寝付かなかったって言ってたから、眠りが浅かったのかもしれない。
「あの、起きちゃってて泣きやまないんだけど」
「!ありがとう、なまえちゃん。すぐいくわ」
お義母さんは私と入れ替わりで出て行く。リビングに入ってソファーの方にいけば、いるのは鉄朗とお父さん。だけど、なんだかさっきと雰囲気が変わってて、首を傾げた。
「なに?なんの話してたの?」
「ん、いやなに。お前の恋人に任せておけるという話だ」
「え。待って…本当になんでそこまで話飛躍してるの?」
鉄朗は一体何を言ったんだと思って鉄朗を見れば、目があった。にやりって笑うのかと思ったら、鉄朗は優しく目を細めたから、
「ほ、本当に何の話したの?!」
ものすごく、ドキドキした。
結局なんの話してたのか教えて貰えなかった。お義母さんに聞いても、同じ。
ただ、帰る前に鉄朗が「もうちょっと肩の力抜いてみろよ」って言ってきて、その時の私にはなんのことかさっぱり分からなかった。
そして、結果的に言うと、鉄朗の猫かぶりの効果は絶大だった。鉄朗と遠出する〜とかいえば、「黒尾くんなら安心だ。迷惑かけないように」とか快諾される。なんてことだ、猫かぶり効果本当やばい。今ではうちに鉄朗が泊まりにくるのまで快諾されるようになった。そのときの鉄朗の爽やかな笑顔ときたら、誰だこの人状態…。
そして泊まりに来た鉄朗は、今日も私の親の前ではそうしてた。
「こうやって信頼勝ち取ったから、将来同棲しても何か言われねえだろ」
「そのためだったの?!」
「そうだけど」
「…鉄朗ってアホだよね」
一緒にゲームしてたけど、そろそろ寝るから片付ける。二人で共同プレイすると、楽に進む。さくさくプレイ、気持ちいい。
「アホってなんだ、お前」
「いたっ!」
片付けてる私の尻を叩いてくる鉄朗。こ、この男本当に…!最近私の扱いが雑になってるんじゃないの?!
「だってアホじゃん…そんなことで」
「そんなことじゃねえよ。大事なことだろ」
「いたっ」
また尻を叩かれた。睨みながら鉄朗を見ると、今度は頬を摘ままれた。力は強くないから痛くないけど、されてて気持ちがいいものじゃない。
「ちょ、っと…!」
「俺は結構真剣に、お前のこと考えてるんだけど」
私の頬を摘まんだまま、鉄朗はじとっと見てくる。…拗ねてる…。どうやら、本当に本気で考えてるらしい。
「…そりゃ、私だって考えたことないわけじゃないんだけどさ」
「うん」
「そこまで具体的に考えたことはないから、びっくりした」
ただなんとなく、ずっと鉄朗といれたらいいなっていうのは、ある。そんな私と違って、鉄朗はとっても具体的に考えてるみたい。…嬉しくなって、鉄朗の手を頬から離して自分から鉄朗に抱きつく。お風呂あがりの鉄朗はあのとさかみたいな髪型じゃないし、同じシャンプーの匂いがする。
「嬉しいよ、鉄朗」
鉄朗は私の背中に手を回して、抱きしめてくれた。
ああ、もう…本当幸せだ。死ぬなら今がいいかも。あ、嘘です。やっぱりもっと、鉄朗といたい…。
「…分かればいい」
「うん、よく分かったよ。私本当、鉄朗に愛されてるね」
「何を今更」
ちょっと強気な口調だった。抱きついてるから鉄朗の顔が見えないけど、きっと不敵でふてぶてしい顔をしてるに違いない。ちょっとニヒルなあの顔、嫌いじゃない。
「っし、寝るぞ」
「うわっ」
鉄朗は私を抱えて、立ち上がる。思わずしがみついたら、そのまま鉄朗はベッドに倒れ込む。スプリングが軋んで、鉄朗に抱かれたままその振動を受ける。鉄朗は楽しそうに笑ってて、電気のリモコンを手に取ると電気を消した。
「びびった?」
「びびるよ!」
言い返しながら、暗闇に慣れてきた目で鉄朗を見る。鉄朗は私の頭をそのおっきな手で撫で回す。ぐしゃぐしゃにされるけど、寝るだけだから気にしない。くすくす笑いながら、布団を引っ張って自分と鉄朗にかける。…薄ピンクの布団、鉄朗に似合わないなぁって一人でまた笑って、鉄朗の胸に頭を預ける。
鉄朗の、生きてる音が聞こえた。
「…明日、午後から部活だっけ」
「ん。一回家に帰る」
「お疲れさまです」
「もっと労ってくれていいんだぜ?」
「おやすみ!」
起きる頃には、鉄朗はいつものあの寝方だ。そしてあの寝癖の髪型になってるから、私の部屋にある姿見で寝癖を寝起きの顔で睨みつけるはず。明日の朝の鉄朗の様子想像してまた小さく笑った。
鉄朗の寝方のせいでひっついてられるのは今のうちだから、鉄朗をぎゅってしておいた。鉄朗にまだ頭を撫でられてたから、すごく落ち着いた。
(……なまえんちでヤるのまだ躊躇うから、これ生殺しだよなぁ)
幸せだなぁとかのんきに思ってた私は、鉄朗がそんなこと考えてるなんて思ってもなかった。
20140614(20250210)