01.最後の話
ーー2017年12月17日。
いつも通りの下校時刻。また明日と友達と言い合っていた、いつも通りに。だけど、その日は少し、いつもと違った。
「久しぶりだね、なまえ」
法衣のようなものを着たその人は、数年ぶりだというのに以前のように声をかけてきた。驚きはした。でもその驚きがどんな風に顔に出ているのか。正直分からなかったが、彼女……なまえの口はすんなりと言葉を紡いだ。
「久しぶり、傑お兄ちゃん」
まるで久しぶりに会った親戚。
本当にそれがしっくりくるような距離感だが、なまえは知らない訳では無い。目の前の男、夏油傑は特級呪詛師であるということを。
だが、なまえには警戒も嫌悪もなかった。
「髪型変えた?」
「ああ、少しね。しかし……数年で、大きくなったな」
懐かしむように目を細めながら、夏油傑はなまえの頭に向かって手を伸ばした。なまえはそれを避けるでもなく受け入れ、ぽんぽんと優しく夏油から頭を撫でられた。かつての、幼い頃のように。
「そうでしょ?いい女になった?」
「そういうところは悟の影響かな」
「えー。それはやだなぁ」
嫌そうにしながら、するりと夏油の手から逃れ、なまえは歩を進める。
「思い出しにきたわけでも、自首しにきたわけでもないんでしょ?」
3歩ほど進んで立ち止まり、振り返る。
なまえの制服のスカートが、冬の風にはためく。さきほど夏油が撫でていた髪も、乱れていく。撫でられていなかったと、隠すように。
「もちろん。あのときはフラれてしまったから、また告白しに来たんだ」
あの時、と聞き、なまえはいつのことかすぐに分かった。そして、何を言われるのかも理解出来た。
夏油は穏やかな様子でなまえを見ながら、手を差し出した。
「私と来ないかい?君を虐げてきた
「……」
以前言われたのと、一言一句違わない誘い文句だった。夏油は、記憶の中の夏油と同じ笑みを浮かべている。あの時、なまえが選ばなかった手を、差し出しながら。
「……ごめんね、傑お兄ちゃん。そっちに、行けないよ」
「そうか。残念だよ」
あの時と同じようにあっさりと引き下がった。分かっては、いたのだろう。夏油は、なまえに無理強いなんかしてこないのだ。自身の目的のための声掛けであっても。哀れみか優しさか。どちらか、あるいはその両方か。
測りかねていたが、優しさがゼロではないのだろうということは、夏油の次の問いかけで分かった。
「……私の手を取れない理由は、増えたのかな?」
「……」
思い出すのは、幼なじみのような間柄の人物だった。
「うん、そうだね。増えちゃったね」
「そうか。それは、よかった」
安堵の表情で夏油はそう言った。
変わらない。なまえの記憶の中の、よくしてくれていた昔の夏油傑と。よかったというのも心から発しているようだった。
(……やっぱり傑お兄ちゃんは、優しくて真面目なんだよ)
そう思いながらなまえが夏油を見ていると、夏油はさきほどまでの表情を引っ込め、ニッコリと笑った。
「今日はお願いもあってね」
「お願い?」
「近々、戦争を仕掛ける予定なんだ」
急にぶち込まれた不穏な話題。いや、こっちが本題だったんだろうなとなまえは理解した。まずは懐かしさから情に訴えて、というところか。
もうなまえは守られているだけの子どもではない、夏油のそういう意図が読み取れる程度には大人になっていた。
「いつ?」
「1週間後。それで、お願いというのは、そのときはそこにいないでほしい」
「……え、それだけ?」
「それだけだ」
にっこりと笑う夏油に、なまえはじっと探るように見つめた。夏油は笑みを崩さないため、すぐに無駄かとやめた。
「……いいよ、どうせ私はまだ正式な呪術師じゃないし。友達と遊んでおくよ」
「助かるよ」
ぽん、と再度頭を撫でて、夏油はそのまま歩いていく。別れは実にあっさりとしていて、逆に寂しさはない。だが、どうしてもなまえには聞いておきたいことがあった。
「ねぇ、傑お兄ちゃん」
ぴたりと足を止めて、夏油はちゃんと振り返ってくれた。
数年前と同じように、夏油のなまえへ向ける眼差しは優しい。
「傑お兄ちゃんは、1人じゃないよね?」
それだけが、ずっとなまえは心残りだった。
手を取らないと選んだのは自分なのに、手を取らなかったせいで夏油が1人で過ごしていたならと気にしていた。
1人は、いや。
それがなまえにとって根強くある価値観だ。
夏油はなまえからの質問が予想外だったのか。目を瞬かせたあと、ゆっくりと表情を和らげた。
「ああ。私には、家族がいるよ」
「……そっか。じゃあ、よかった」
胸のつっかえがひとつ、とれた。それに顔を綻ばせながら、なまえは夏油を見る。
「じゃあね、傑お兄ちゃん」
「ああ。──なまえ」
「ん?」
「息災で」
「……お兄ちゃんも、"お達者で"」
それが呪詛師夏油傑と、みょうじなまえの最後の会話だった。