03.晴れの門出



「無事、呪術高専に入学できるよ」
と、五条からクラッカーを鳴らされながら言われたことを、なまえは鮮明に覚えている。
まず真っ先に嬉しいという気持ちがきた。その後、よかったという安堵だった。
それが3年間が無駄にならなかったという安堵だったのか、それとも、別の安堵だったのか。あるいはその両方か。自分の心の動きだが、なまえは未だによく分からない。が、嬉しいことには代わりがないため、制服のデザインの希望を出す時などもうきうきしながら出したものだ。
後見人の五条はその様子を楽しそうに見つつ、制服のデザインの希望書を受け取っていた。僕が出しておくよ、と。

「制服届いたら、見せ合いっこして写真撮ろう、恵」
「何でだよ。入学したらいやでも見るだろ」
「えー!ノリ悪いよぉ!」

本を読んでる伏黒は、無視を決め込もうとする。このまま流されたら、なまえがやりたい事もしてもらえないかもしれない。そう考え、なまえはさっさとやりたい事を口にした。

「だって、津美紀ちゃんに見せに行きたいし、こんな感じだったんだよって写真見せたいじゃん」

津美紀……伏黒津美紀は、伏黒恵の姉だ。
呪われて寝たきりになり、入院している。伏黒となまえはまめに見舞いに行っている。伏黒は、解呪のため色々と調べている。なまえはまだ呪術師ではないため伏黒ほど本格的に調べたりはできないのだが、伏黒が調査や任務でいないときは津美紀の入院中の様子を見たりしていた。
津美紀が呪われる前は、なまえも津美紀に可愛がってもらっていたのだ。それこそ幼い時の伏黒から、「お前の姉ちゃんじゃねぇ」と言われるほど懐いていたうえ、可愛がってもらっていた。
そんな津美紀が呪われて寝たきりになったとき、なまえは激しく動揺した。しかし術式が暴走することは無かった。だが、この時だったと思う。「呪術師という道しかないから呪術師になるしかない」という気持ちから、「身近な人を守るために呪術師になる」という気持ちに変わったのは。

「……」
「……恵がいやっていうなら、私の写真だけでも撮ってよ」
「……津美紀のため、だからな」

こちらを見ずに答えた伏黒に、なまえはそっと笑って頷いた。


ーー桜が咲き誇る、晴天の日。
伏黒となまえは無事中学を卒業した。なまえは特に問題をおこしたことがないから友達と和やかにかつ別々の学校になることを悲しんだり門出を祝ったりしたが、「やんちゃ」していた伏黒の方は色々あったようだ。
あと、伏黒恵という人間は、顔がいい。整った顔立ちで、切れ長な目をしている。ほかの男子中学生と比べたら大人びた態度でもあり、喧嘩も強い。頭も悪くないため、クールでかっこいいとモテている。きっと戻ってくる頃にはボタンがないのだろうと思いながら、保護者として卒業式に来てくれた五条となまえは車に乗り込んだ。

「伊地知さん、お願いしますー」
「伊地知、なまえを下ろしたらいったん僕の家寄って。そしたら着替えてすぐ出るから」

五条はこの後任務なので、補助監督の伊地知に迎えに来てもらっていたのだ。五条がたまに学校行事に参加したあとで任務というのが多々あったため、こういう風になまえが一緒に乗り合わせるということも多々あった。なまえは伊地知とは顔見知りだった。

「分かりました、五条さん。それと、みょうじさん」
「はい?」

毛先に着いていた桜の花びらをつまみながら、なまえは運転席の伊地知を見る。
伊地知は車を出しながら、ミラー越しになまえを見ながら言った。

「卒業、おめでとうございます」
「!えへへ、ありがとうございます。4月からはよろしくお願いしますね、伊地知さん」
「僕の妹分をよろしくね、伊地知」

五条の妹分という肩書きがつくと、厄介な雰囲気になる。そう思ったが伊地知は口には出さず、なんとか笑って誤魔化しておいた。
五条は伊地知の様子に深くツッコミを入れることはせず、サングラス越しになまえを見た。

「荷物まとめてる?」
「うん、引越し準備もばっちりだよ。恵も大体終わったんじゃないかな?」
「そっか。じゃあやっぱり、制服はあっちついてから渡そうか」
「りょーかい」
「なまえは、恵のボタン貰わなくていいの?」

五条から投げられた唐突な質問に、なまえは目を瞬かせる。指先で弄んでいた桜の花びらがこぼれ、スカートにおちた。

「え。なんで?」
「なんとなく」

笑いをこらえるような五条の様子になまえは内心首を傾げつつ、流れゆく窓の景色に目をやった。
呪術高専に入ったらこの辺りには来る頻度がほぼなくなるのだろうと思うと、感慨深いものがあったのだが、五条の言動で台無しである。

「別に恵とはそういうのじゃないんだよ?ちょいちょい、そういう変な気を使ってくるよね?」
「若人の青春は応援したくなるんだよ」
「遊んでるの間違いじゃない?」

怒ってるよアピールのために頬を膨らましながら、なまえは五条を見る。五条はくくくと喉を鳴らすように笑う。五条の形のいい唇が憎らしいほどきれいな弧を描いていたため、なまえはこれみよがしに不機嫌さを出してみた。が、五条はもう慣れたもので、ぽんぽんと適当になまえの頭を撫でるのみだった。
伊地知はこのやりとりをみて、

(五条さんと2人の時よりみょうじさんがいる方が車内の空気が穏やかだから助かる!)

と思っていたのだと言う。
無茶振りをしてきても一度なまえが窘めれば、それだけで少し伊地知は報われた気持ちになる。それくらい伊地知は、いつも五条に苦労させられているのだった。

そして余談だが、後日なまえが伏黒にボタンのことを聞いてみたところ、なまえの予想通り全部女子に持っていかれたらしい。

(女子ってこわーい)

同じ女子でありながら、なまえは他人事のようにそう思ったのだった。



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