05.初めてでも
なまえは3級、伏黒は2級呪術師として入学した。
いきなり2級で入学した伏黒は注目を集めた。なまえもある意味で注目を集めたが、意味合いが少し異なる。悪い意味で、の方だ。が、上級生とは問題なく打ち解けられた。パンダがいたが。2年生にパンダが在籍しているのだが、割愛する。
もう1人の入学生は遅れての入学だ。こう言った界隈だからそういうこともあるのだろうと、なまえは気にしなかった。
「じゃあ、今日から担任だからよろしくねー」
教室にて。非常にゆるーい調子で、五条は言った。宜しくも何も無い間柄の3人なので、改めての自己紹介はどちらかというと空気がシラケる。ので、緩くしまりのない雰囲気で、五条は呪術高専の決まりや施設などを説明した。が、なまえは思わざるを得なかった。
「この空間、空気感が身内過ぎない?」
「人手不足だからね。あとはまぁ、通常教科の教師がそれぞれいるよ。そこで新鮮さは味わってほしいね」
さすがにそこは五条ではないらしい。負担を考えると当然といえば当然だが。
教室に並んだ机は3つ。
もう1人は女子だと聞いているので、なまえは仲良くなれるかなと内心楽しみにしている。
「で、この後はその通常教科の先生との自己紹介ですか?」
「それは明日だね。授業開始とあわせてになる。ただこういう学校だから時間割通りにならないこともあるから、詰め込めれる時に詰め込むことになるよ」
これからのスケジュールはタイトらしい。
苦手科目のことを考え、なまえは渋い顔になる。伏黒はというと、そこに対して異論はないらしい。
「もう1人が入学するまでは僕含めこの3人だし、今更自己紹介も何も無いから、早速任務でもいこうか」
「いいの?」
「いいんだよ」
許可とってるんだろうか?と、伏黒となまえは同時に思った。が、責任を取るのは五条であることと、本当にこの3人でいると身内すぎて入学初日に済ませておくべきこと済ませたら、話すことなど何も無いのだからやることあるならそれでいいやと思った。
「じゃあ、伊地知呼び出して待たせてるから行くよ」
なまえは心の中で伊地知を労ったのだった。
伊地知の運転する車で来たのは、よくある廃墟だ。
4階建てであり、かつてはデパートか何かだったのだろうと伺える造りだ。
壁にはスプレーなどで好き勝手に落書きされており、人通りもない。立ち入り禁止となっているが、遠目からでも中にゴミがーそれも空き缶が普通に置いてあるかのようにーあるため、人が出入りしているのであろうことが分かる。
五条はガードレールに腰を落ち着かせながら、伏黒となまえに説明する。
「ちょっとした心霊スポットで、定期巡回で発見されたんだ。中高生の間……それも特にオカルト好きが知っている程度の認知度だけど、最近はネットやSNSで噂として広まりつつある。被害は軽度のものだけど、摘める芽は早めに摘んでおきたいし、難易度的には初めてにちょうどいいんだ。3級以下の呪霊の巣窟だからね」
初めて、というのは、なまえのことである。
伏黒はすでに呪術師としての経験があるが、なまえは修行をしていただけで実戦経験がない。呪術師になるための条件が「問題なく中学生活を終えること」だった。そのため、昨年のクリスマスに駆り出されることはなかった。
──……そうでなくても、なまえは昨年のクリスマスは、夏油との約束で呪術高専にはいないという選択をとっただろう。
「恵は、今回はなまえのサポートに徹して」
「サポート……ですか」
ちらりと伏黒はなまえを見る。
伏黒もなまえの術式が「どういうもの」か分かっている。だからこそ、「サポートがどういう意味か」を言外に五条に問うた。五条は、いつもの調子を崩さずに答える。
「経験不足をサポート、それだけだよ。大丈夫、いざと言う時は僕が止めにはいるから」
「そうだよ。だから安心して、恵」
「お前が安心させてくれ」
などとじゃれ合いながら、2人は五条の見送りを背に受けつつ廃墟の中に入っていく。五条は2人の背中を、ー目隠しに隠れて見えないがー微笑ましく思いながら見ていたという。
「廃墟って初めて入ったけど、こんなもの?」
人気がないがゆえのほこりっぽさと暗さに惑うことは無いが、珍しそうになまえはしている。伏黒はその様子を見ながら、こんなもんだと頷く。
「まだマシな方だ。入口近くに空き缶あったから誰かが出入りはしてるだろうしな。酷い時はホームレスの死体とかあるらしい」
「うわ、それだれ情報?」
「禪院先輩」
「真希さん、って言わないと怒られるよ」
軽口を叩きながらも、残穢をしっかり辿っているなまえと伏黒。そう残穢は濃くはないから、五条の言う通り3級程度しかいないであろうことが伺える。数も2,3匹程度だなと恵は考えた。
残穢を辿っていくと、階段に差し掛かる。
人気がなく電気も切れている廃墟の階段は、見上げただけで雰囲気がある。踊り場を曲がってすぐにでも何かが飛び出してくるのではと、人に思い起こさせる。
「うわ!ドブネズミいる!」
が、都会っ子であり元々見えている体質であるなまえからしたらそんなことより、ドブネズミの方が珍しかった。ドブネズミは壁から剥き出しの配管の上を、素早く走り抜けて行った。
「廃墟っぽい!」
「廃墟だろ」
階段を登りながら、伏黒はなまえの様子を見る。
緊張したりしてる様子はない。が、いつもより興奮しているようだと思った。だから黙らせる意味もこめて伏黒が軽くデコピンをすると、なまえは不満そうに唇を尖らせる。
「初めてでテンションあげすぎるなよ」
「……はーい、恵センパイ」
「なんだよ、それ」
「恵のが私より先にーー」
他愛のない会話を打ち切り、伏黒となまえは同時に構えた。なまえは即座にスカートから呪具ーサバイバルナイフのような見た目だーを取り出した。
残穢の主の気配が、近くでひとつ消えたのだ。
「……縄張り争い?」
「他に呪術師は来てねぇから、そうなるだろうな」
3級の呪霊たちは、共存……いや、弱いが故に群れていることが多い。それが縄張り争い、あるいは共食いのようなことをしているのは、通常の3級とは異なる可能性がある。
異様な気配というのはしないため、イレギュラーな3級だろうなと伏黒は当たりをつける。
「どうする?さと……五条先生のとこに、戻る?」
素直に経験者に聞いてくるのは、なまえの美学だ。同時に、ちゃんと己の未熟さを理解しているといえる。だが、今後もそうであっては困るのだ。毎回伏黒が側にいてやれるわけでもない。自分の判断で、どう行動を起こすべきかを選ばせなければならない。
「すぐ五条先生に頼るって選択肢は捨てろ。こういう時のための、術式があるだろ」
なまえの術式は索敵・偵察にも向いている。
偵察をしろと、伏黒は提案しているのだ。
「……でも」
が、当の本人は伏黒が思っていたより、不安そうにしていた。伏黒も一度、幼い頃になまえにイラついてなまえの術式の暴走に巻き込まれたことがあるから、なまえがいざ使うことにしり込みしてしまうのも理解はできた。だが、呪術師になると決めた以上、その一線はいい加減超えるべきだと伏黒はなまえに言葉をかける。
「俺は今回サポートだ。それに……入る前に言ったろ。お前が安心させてくれ、って」
「……」
なまえは、ぎゅっと呪具を握りしめた。
「分かった、やる」
なまえの表情の変化を見て、伏黒は無言で頷いた。
その呪霊は井の中の蛙ではあったが、3級呪霊の中ではイレギュラーな存在だった。短期間でこの辺りの人……ではなく、所謂「腹が膨れた」状態の呪霊を食うことで、力をつけていた。
性質的には蠱毒、に近いのかもしれない。
定期巡回の際にいなかったもので、五条悟は2人を送り出す前から気づいていたが、あえて言わずにいた。イレギュラーと言えど3級。まだそれほど危険ではないからと言うのと、変になまえが意識すると思ったからだ。実際、言わなくても伏黒が思っていた以上に緊張していたので、言わなくて正解だった。
そしてその呪霊は、伏黒となまえの侵入に気づいていた。が、井の中の蛙だ。また度胸試しに来た無力な人間程度に構えていたのだが、今日は違った。
部屋の隅から青黒い煙のようなものとー普通の人間であれば失神するようなー悪臭が、湧いて出た。
「……いた、右から3番目の、とこ」
術式を行使し、使役している「堕児」と視覚を共有しながら、なまえは伏黒に告げる。伏黒はそれを見守りながら、なまえに問う。
「そのまま使役して戦えそうか?」
なまえは視界を共有したまま、
「うん、いける」
しっかりと、頷いた。
煙が、瞬く間に具現化する。それに伴い、悪臭は引いていく。
呪霊の目の前に現れたのは、四足歩行の……体の全てが直線でできた、獣のような何かだった。
その舌は鋭いが、太く曲がりくねった注射針のようだった。また、ぽたり、ぽたりと、青みがかった脳漿のようなものを滴らせてる。
これは、なんだ?
低級呪霊なりに考えを巡らせるも、既に遅い。その注射針のような舌は、呪霊の目前に迫っていた。
お疲れ様と迎えた五条に対し、なまえは肩の力が抜け、伏黒は少し睨みつけた。
「……分かってましたね?」
「色々といい経験になるかと思って。なにより、恵がいたからね」
五条はなまえを労わってから、先に車で休んでるよう伝える。報告はこのまま伏黒から受ける形になるからだ。
「僕以外に頼ること、自分でやらなきゃいけないことをなまえに分からせるには、色々ちょうどよかったと思うんだけど」
「だから余計にムカつくんですよ。結局、アンタの手の上かって」
「いやー、どうだろうね?なまえが堕児で索敵や偵察はするだろうなと思ってはいたけど、初めてで堕児を戦闘で使うとは思ってなかったよ、正直」
ちらりと、五条は目隠し越しに車内にいるなまえをみた。伊地知から飲み物を貰って、お礼を述べているようだ。
「恵がいたから、なまえは使おうと思ったんだろうね」
サポートとしてはばっちりだったよと、五条は伏黒の肩をぽんっと叩いた。そして、車に戻るよと促す。伏黒はため息をついて、五条に倣って車に戻るのだった。
余談だが、高専に戻ったら「予定外の任務に連れ出すな」と五条は夜蛾学長にシメられた。