07.イカレ具合
「伏黒のほかの、もう1人の同級生だよな?」
虎杖悠仁となまえの自己紹介は、虎杖のその会話から始まった。
つり目がちで活発そうな虎杖。虎杖の表情や声音は優しい。賑やかだが、騒々しくもない。かといって馴れ馴れしい訳でもない。どころか、幼なじみである伏黒より愛想があってコミュニケーション能力がある。
なまえの虎杖に対する第一印象は、概ねそういったものだった。
「そうだよ。みょうじなまえって言うの。よろしくね」
「俺は虎杖悠仁、よろしくな」
和やかに挨拶をかわしている場所は、原宿だ。
伏黒もいて、興味無さそうに人の行き来を見ている。
今日は、4人目の1年生を迎えに来ている。五条が指定した集合場所が原宿だったので、なまえは直行した。伏黒は宮城から上京してきた虎杖をここまで案内してきたそうだ。色々と虎杖は興味を惹かれていたようだが、伏黒に連行されてきたようだ。が、コンビニの袋を虎杖は持っていた。少しの寄り道があったのは確かだろう。
同級生同士、今後はなまえも呪術高専東京校からみんなで現地に来ることもあるだろう。今日からくる、4人目の1年生も含め。
「一年がたった4人って少なくね?」
袋からアイスを取りだし、食べながら虎杖は言う。
成長期の男子高校生だからか。食べるペースは早い。なまえは虎杖の言葉を聴きながら、「そんなものだよ」と答える。なまえの言葉に頷きながら、伏黒も続ける。
「じゃあオマエ、今まで呪いが見えるなんて奴、会ったことあるか?」
「……ねぇな」
「そんだけ
こういった環境だと感覚が麻痺してしまうが、実際は虎杖のようにこれまで呪いが見える人間に出会ったことがないというのが普通なくらい、呪術師という人種は少ない。あとは、たとえ見えていたとしても隠すなどしている者もいるだろう。それを抜きにしても、呪術師というものは少ないのだが。
かくいう虎杖も、両面宿儺の指を取り込むまでは、一般人だったのだ。
「4人目ってオレだったんじゃないのか」
「入学自体は、その子は前から決まってたんだよね」
「こんな学校だからな。何か事情があるんだろう」
「おまたせー」
3人で今日来る4人目について話していると、五条が現れた。こちらも、コンビニの袋を持っている。
その頃には虎杖はアイスを食べ終え、ゴミ箱にゴミを捨ててしまっていた。
「おっ。制服、間に合ったんだね」
急遽入学することになった虎杖。そのため、五条が言うように制服が任務までに間に合うか際どいところだったのだが、本日虎杖は制服を着ていた。
パーカーつきの制服で、伏黒やなまえのとはまたデザインが異なる。
「おうっ、ピッタシ。でも、伏黒のと微妙に違うんだな」
虎杖は、なまえのカスタム依頼済みの制服を呪術高専の女子の基本的な制服と思っているらしく、伏黒のと自分の制服の違いを比較している。
五条は袋から吸うタイプのゼリーを取り出して吸いながら、事も無げに答える。
「制服は希望があれば色々いじって貰えるからね」
「え。俺、そんな希望出してねぇけど」
「そりゃ僕が勝手にカスタム頼んだもん」
「……………」
「気をつけろ。五条先生、こういうところあるぞ」
「ガンガン言ってかないと好き勝手されちゃうからね」
五条との付き合いの長い伏黒となまえの言葉は、説得力があった。2人とも、そういう経験がありすぎるからだ。……言ったところで五条から改められたことはない、のだが。
「ちょっといいですかー?」
スカウトが道行く女性に声をかける。貼り付けたようなその笑顔は、見ていてとても胡散臭い。女性もそう感じたのか。歩みを止めることはない。
「自分、こういうものですけど。お姉さん、モデルの仕事とか興味ない?」
「急いでるんで……」
断られる・話を聞いて貰えないというのは、スカウトにとって良くあることだ。ここから話を聞いて貰えるよう、持っていくのが腕の見せどころ。
「話だけでもぉ〜」
相手に威圧感を与えないよう意識している声は、猫なで声に近いものがある。そんな声を出してるスカウトの男の肩を、第三者の手が強く掴んだ。
貼り付けた男の表情に、冷や汗が滲む。
厄介な輩に絡まれたか、警察か。スカウトの男は、そう考えた。
「ちょっとアンタ」
手の主……は、少女だった。が、男の肩を掴む力を緩めない。
なんなんだとスカウトの男が戸惑いながら振り返ると、意志の強そうなその少女は、はっきりとこう言った。
「私は?」
ワタシハ?!
──と、スカウトの男が、驚愕したのも無理はないだろう。彼のこれまでの経験で、逆スカウトなどされたことはないのだから。
「モデルよ、モデル。私はどうだって聞いてんの」
「いや……あの、今、急いでるんで」
スカウトの男と少女……本日呪術高専に入学する4人目のやりとりを遠巻きに見ていた五条悟一行。
「俺達、今からアレに話しかけんの?ちょっと恥ずかしなぁ」
「オメェもだよ」
思わず伏黒がそうツッコミをいれるくらい、浮かれた格好─2018年グラサンをかけ、クレープ・ポップコーンを右手左手に持っている─虎杖。完全にお上りさんか観光客のそれである。
なまえはというと、4人目の少女とスカウトの男のやりとりが少しツボに入っていた。まだ話すどころか自己紹介もしてない4人目の少女のことを、「やばい、好きなタイプの女の子だ」と思うくらいにはツボに入っていた。
「おーい、コッチコッチ」
完全に声をかけづらい空気にも関わらず、五条は平素と変わりのない様子で、4人目の少女に声をかけるのだった。
スカウトの男は、その隙にとばかりに逃げ出していた。
「釘崎野薔薇。喜べ男子、女子が増えたぞ」
自己紹介がこれである。強さしか感じないと、なまえはますます釘崎野薔薇という少女に好感を覚えた。対し、伏黒は胸中で「ウザ…」と思っていた。顔にこそ出てないが。
「私、みょうじなまえっていうの。よろしくね」
「俺、虎杖悠仁。仙台から」
「伏黒恵」
フレンドリーな自己紹介をする、なまえと虎杖。伏黒は端的すぎた。じとーっと、釘崎は主に伏黒と虎杖を見る。まるで値踏みするかのような視線だが、伏黒と虎杖は動じない。
「私って、つくづく環境に恵まれないのね」
虎杖と伏黒を見ながら、釘崎は深々とため息をついた。その後、なまえを見る。
「よろしくね。私のこと名前で呼んでいいから。私も名前で呼ぶし」
「!うん!ありがとう、野薔薇ちゃん!」
虎杖と伏黒に対してため息をついた釘崎だが、なまえへの対応は柔らかい。同性には優しいタイプなのだろうか。なまえからすれば、嬉しいことである。
伏黒はなまえと釘崎のやりとりを横目に、五条に尋ねる。
「これからどっか行くんですか」
「フッフッフッ。せっかく一年が4人揃ったんだ。しかもそのうち2人はおのぼりさんと来てる。行くでしょ、東京観光」
この話が聞こえた時点で、なまえはどうせよからぬ事だろうなと思っていた。伏黒も、あまりいい反応ではない。が、東京にきたばかりで五条との付き合いも浅い虎杖と釘崎は、それはもう素直に顔を輝かせた。
「TDL、TDL行きたい!」
「バッカ、TDLは千葉だろ!!中華街にしよう、先生!!」
「中華街だって横浜だろ!!」
「横浜は東京だろ!!」
神奈川だよとなまえはツッコミを入れるも、興奮している2人の耳には届いていない。わーきゃーはしゃぎながら、五条にまとわりついている。伏黒は、呆れ半分、そんなうまい話ないだろという気持ち半分でやり取りを見ている。
「それでは行き先を発表します、静まれ」
本当に初対面か?と聞きたくなるくらい、息もぴったりに釘崎と虎杖は静かになり膝をつき、神妙に五条からの行き先発表を待つ。
「六本木」
「六本木?」
キラキラと顔を輝かせる虎杖と釘崎。
なんとなく「オチ」が読めてきた伏黒となまえ。
「いますね、呪霊」
「うん、知ってた」
淡々と現実を受け入れる伏黒となまえ。
五条が4人を連れてきたのは、古びたビル。伏黒が言うように、呪霊がいる。
「嘘つきーーー!!」
「地方民を弄びやがって!!」
六本木ですらねぇ!と、釘崎と虎杖が後ろで叫んでいる。そんな2人になまえは諦観を滲ませながら、「あの人、こういうところあるから」とだけ言うのだった。
「でかい霊園があってさ、廃ビルとのダブルパンチで呪いが発生したってわけ」
「やっぱ墓とかってでやすいの?」
釘崎より先に切り替えが終わったらしい虎杖は、そう尋ねる。ついこの間まで一般人だった虎杖は、基礎的な知識がまだない。
「墓地そのものじゃなくて、墓地=怖いと思う人間の心の問題なんだよ」
「あー学校とかも似た理由だったな」
「集合的無意識みたいなものだね」
「しゅう……えっ、なに?」
「ちょっと待って、コイツそんなことも知らないの?」
呪術師なら知ってて当然のことを知らない虎杖に、釘崎が怪訝そうに問う。伏黒は、釘崎に虎杖のことを説明した。話を聞いた釘崎は、特級呪物を飲み込んだ虎杖に引いた。
「きっしょ!!ありえない!!衛生観念、キモすぎ!!」
「んだと?」
「これは同感」
「フォローはできないね」
「みょうじまで?!」
賑やかになる4人の会話を後目に、五条は淡々と今日の任務の話をする。
「君たちがどこまでできるか知りたい。ま、実地試験みたいなもんだね。野薔薇、悠仁。2人で建物内の呪いを祓ってきてくれ」
ふと、だから虎杖に呪霊発生の要素などを詳しく説明しなかったのかなとなまえは思った。現地で直接、のが理解が早いからとまで考えたが、すぐにその考えを否定した。
(悟お兄ちゃん、適当だもん。それはないな)
「あれ、でも、呪いは呪いでしか祓えないんだろ。俺、呪術使えねぇよ」
虎杖のこの言葉でなまえは確信した。
これは説明全くしてないな、いつもの適当さだな、と。
「君はもう半分呪いみたいなもんだから、体には呪力が流れているよ。でも、ま、呪力の
布に包まれたものを、五条は虎杖に手渡す。虎杖が布をとると、包丁のような刃物……呪具がでてきた。
「呪具、『屠坐魔』。呪力の篭もった武器さ。これなら呪いにも効く」
虎杖は満足気だが、釘崎の審美眼には適わなかったようだ。容赦なく、ダサッと吐き捨てていた。
一通りの説明を終え、建物へと入っていく。釘崎と虎杖。五条は虎杖にだけ、最後の注意事項を伝えた。
宿儺は出すな、と。理由もきちんと伝えて、虎杖を送り出した。
なまえ、伏黒、五条は建物の前に座り、2人が祓い終わるのを待つ。そう時間はかからないだろうというのが、五条の予想だ。
「やっぱ俺も行きますよ」
真面目な伏黒は、やや心配そうに口にした。
五条はこれを病み上がりだからととめた。
「でも、虎杖は要監視でしょ」
「まぁね。でも、今回試されてるのは野薔薇の方だよ」
「?なんで?」
経験がないに等しい虎杖ではなく、地方で呪術師としての経験がある釘崎がなぜ試されるか分からず、なまえは首を傾げる。伏黒もまた、同じような疑問を抱いていた。五条は自身の頭を指でつつきながら、理由を説明する。
「悠仁はさ、イカレてんだよね。異形とはいえ、生き物の形をした
普通は躊躇がある。あるいは、恐れがあるのだろう。普通とは縁遠いなまえだが、五条からその話をされれば、確かにそう言うものなんだろうと思えた。
「才能があってもこの恐怖と嫌悪に打ち勝てず挫折した呪術師を、2人も見たことあるでしょ」
だから、と、五条は続ける。
「今日は彼女のイカレっぷりを、確かめたいのさ」