08.強い女
──釘崎のイカレ具合を確かめたい。
虎杖のことを引き合いに出しながらそう言った五条に、なまえは、ん?と、違和感を覚えた。
「あれ……でも、野薔薇ちゃんは経験者なんだよね?」
「今更なんじゃないですか?」
ついこの間まで一般人だったのに、イカレている虎杖。イカレ具合は分からないが、地方で呪いを祓っていたという経験がある釘崎。祓えていたというのであれば、逆説的に躊躇も嫌悪も恐怖もなく……五条の言葉の借りるなら、「イカレている」ということになるのでは、と。伏黒となまえがそう思うのも、無理はない事だった。
2人の疑問に、五条は廃墟を見ながら答える。
「呪いは人の心から生まれる。人口に比例して、呪いも多く強くなるでしょ。地方と東京じゃ、呪いのレベルが違う」
ーー虎杖と(強制的に)二手に分かれた釘崎は、一体の呪いを仕留めたところだった。
決まった……と、余韻に浸る釘崎の耳は、物音を拾う。物音がした方を釘崎が見ると、そこには震えて座る子どもがいた。
(子ども…遊びで忍び込んで、呪いに…ってところか)
そう当たりをつけながら、怖がらせないようするために釘崎は獲物のトンカチを一度仕舞う。その上で腰をかがめ、目線を低くし、子どもに声をかけた。
「ほら、もう大丈夫。おいで」
が、震えたまま子どもは首を横に振る。
これに釘崎は少なからずショックを覚えたが、すぐに切り替えた。
「子どもは美人に懐かないってのは本当みたいね。虎杖呼ぶか」
そう言いながら屈めていた体を伸ばした時、だった。
「まって」
震えながらも絞り出すように声を発した子ども。釘崎は再度、子どもに視線を向ける。
「おいていかないで」
壁をすり抜け、毛むくじゃらの呪霊が子どもの背後に現れる。即座に釘崎はトンカチを構えたが……鋭い爪が生えた呪霊の腕が子どもを掴み、その細く柔らかい首筋に刃物のような爪を向ける方が早かった。
「レベルといっても、単純な呪力の総量の差だけじゃない。『狡猾さ』、知恵をつけた獣は、時に残酷な天秤を突きつけてくる。命の重さを賭けた、天秤をね」
保護すべき非呪術師か、己の命か。
まるで人間の凶悪犯のような、二択である。
「でも、その天秤つきつけてきた呪霊をさくっとヤッちゃうって選択取れば問題ないよね」
しれっとなまえがそう答えたので、五条はくつくつと楽しそうに笑う。
「なまえもそういう判断は、大概イカレてるよ」
その選択がとれる実力があればこそ、である。
なに、仮に足りなくても力を合わせればいいと五条は考えを付け足す。
「まぁ、その辺のチームワークはおいおいだね。今後は任務で知らない呪術師とも現場で協力するってこともあるだろうし。ーーお」
毛むくじゃらの呪霊ー釘崎相手に子どもを人質にとり、「残酷な命の天秤」をつきつけてきた呪霊だーが、廃墟から壁をすり抜けて飛び出してきた。
し損じたか?と、恵が祓いますと腰をあげるも、五条がそれを止めた。
次の瞬間、飛び出した状態のまま呪霊は断末魔をあげる。その体の内側から、貫くように鋭利なもの……釘が飛び出る。ザク、ザクザクと、音を立てながら。
釘崎の術式によって、呪霊はそのまま燃え尽きるように消えていき、無事祓われた。
「いいね。ちゃんと、イカレてた」
満足げな五条の呟きが、静かになったその場に残った。
廃墟から出てきた2人が子どもを連れていたため、子どもは安全なところまで五条と伏黒で送ることになった。なまえは、虎杖と釘崎と廃墟前に残っている。一応虎杖は要監視対象だからということで、なまえが残ることになった。
「ようやく東京これたっていうのに、初日から呪いの相手なんだもの。あー、早く帰りたい!」
こっちは新幹線で何時間もかけてんのよ、と釘崎がボヤく。新幹線で何時間もかけて東京にきて即任務、とは、確かにハードスケジュールである。それなのにここまで元気なのはすごいなと、なまえは感心した。
釘崎は伸びをしながら、腰掛けているなまえに目をやる。
「なまえは、元々東京住み?」
「うん、ずっと呪術高専育ちだよ」
「高専育ち?」
虎杖も聞き返し、釘崎も違和感を覚えたのか目を瞬かせる。特に隠しているようなことでもないので、なまえはさらっと答える。
「私、身寄りがないから、五条先生が後見人で保護者なの。だから小さい頃からずっと呪術高専で暮らしてるんだ」
「!そうなのか。悪いな、なんか」
「気にしないで。それに、そういうのってこの界隈では珍しいことじゃないから」
なまえが言うように、身寄りがなかったり家族と疎遠になっている呪術師も一定数存在する。理由は様様、だが。
どこまで話すべきかと考えたが、自分の存在は周知の事実なので、まぁ全部話してもいいかとなまえは考えた。
「元々、呪物を取り込んだ人間から生まれたのが私だから、私も虎杖くんと同じで、半分呪いみたいなものなんだよね」
「ちょっと、さらっと重い話じゃない」
「話しちゃっていいのか?」
虎杖と釘崎の表情から気遣いの色が見えたので、なまえはすこし笑って暗に大丈夫だと返す。
やはり虎杖も、そして釘崎も、優しい。
そう感じながら、なまえは話を続ける。
「でも、もう結構知られてることだから、あとで噂として知られるより今言ったがいいかなぁって。まぁ、そんな理由で、ずっと東京で暮らしてるけど……それが、どうかした?」
「!そう!だからね、色々お店案内して欲しいの!」
予想していなかったお願いになまえは少し目を瞬かせた。が、中学のときに仲が良かった友達とはこれから遊べる頻度が減るかなくなるかだろうと思っていたなまえにとって、釘崎からこうやって誘われたのはとても嬉しいことだった。
「うん、いいよ!」
「よっし!!」
釘崎が小さくガッツポーズする。そんなに嬉しいことなのだろうかと、なまえは首を傾げる。釘崎が地方民だからというのもある。が、それだけではない。
「田舎が嫌で東京に住みたかったから呪術高専に入学したの!だから、買い物とかすっっごい楽しみで!!」
「……野薔薇ちゃん、強いよね」
他人からすればそんな理由と切り捨てられるようなこと。それに釘崎は、命をかけられるのだ。なまえが言うように強く、五条が言うようにイカレていると言えるだろう。
強いと言われた本人は、満更でもなさそうにしつつ、「強いの他にもほら、色々褒める言葉あるでしょ?」と言ってきた。
「優しいよね。あと、髪染めてる?でも、きれいだよね」
「もっと褒めていいのよ」
「みょうじ、これ多分終わんねぇやつだ」
和気あいあいと、そんなやりとりをしながら、3人は五条と伏黒を待つのだった。
「俺じゃなくて、なまえをあそこに残した理由はなんですか」
監視なら甘いアイツより俺の方が向いてるのに、と伏黒はつけたす。
子どもを送り届けた後、五条と伏黒だけになったそのタイミングで、伏黒はすぐにその話を切り出した。五条はいつもの軽薄で掴みどころのない調子で、答える。
「別に深い意味は無いよ。ただ、なまえも自分のこと話すなら今がいいかなぁってちょっと気を利かせただけ」
「……アイツの過去のことですか」
「そ。なまえの性格なら、後から人づてに聞かれるよりさくっと話そ〜くらいに思ってるよ」
流石、後見人兼保護者である。物の見事に的中し、なまえはまさに虎杖と釘崎に簡単にだが自分のことを話していた。伏黒もまた、確かにアイツはそういうところあるなと納得していた。
みょうじなまえは、自分に対する頓着が薄い。
強いていえば自分の呪術を好ましく思ってないからあまり知られたくないというくらいで、過去を語るくらいならば抵抗なく話す。同情が欲しいとかではなく、ただかつて自分に起きた出来事として。
「悠仁も野薔薇も優しい。そして悠仁となまえは、後天的か先天的かの違いで、同じようなものだ。互いになんらかの影響があるかもしれない」
「いい影響とは限りませんよ」
「なまえのことになると過保護だなぁ、恵は。ーーとられると思ってる?」
「思ってません」
食い気味な伏黒の返答に、五条は愉快そうに笑う。対し、伏黒は不愉快そうに眉をひそめた。よくしている、不機嫌な顔だ。
「ま、大丈夫だよ。なまえは、恵のことがだーいすきだから」
「そういうのじゃないんで」
「なまえを小さい頃から育ててきた僕が言うんだから、信じなって。あ、それとも、本人から言われたいとか?」
「……」
伏黒はその後、何を言っても無駄だと判断し、無視を決め込むのだった。五条のからかうような戯言は虎杖、釘崎、なまえが待つ廃墟前につくまで続いた。