10.一歩、踏み出す



虎杖悠仁は、死んだ。
両面宿儺を止めるため、自死した。

──頭でそれを理解しようとしても、ついこの間まで一緒にいた人が死亡し居なくなったという事実に、なまえの心情はまだ追いつかない。
高専の敷地内の、神社の石畳の階段。
そこに腰掛け、体育座りのような姿勢になり、膝になまえは顔を埋めた。
蝉が鳴き始める、暑い時期になった。
黒い制服が光を吸い暑さに拍車をかけているが、伏黒から虎杖の最後を聞いたなまえは自身の膝に頭を預けたままだ。

「長生きしろよって…自分が死んでりゃ、世話ないわよ」

顔に絆創膏を貼った釘崎は、強くそう言った。そのきつさは虎杖への批難というより、理不尽に対して向けられたものだった。

「…アンタたち、仲間が死ぬのは初めて?」
同級生タメは初めてだ」

答えたのは伏黒だけだ。伏黒の右頬にも、まだ怪我が残っている。反転術式を使うまでもないほどの小さな、怪我だが。
なまえは体育座りの姿勢のまま、反応をしない。膝を抱えて、ぐるぐるとタラレバを考えてしまっていた。
あの時気づけていたら、虎杖が死なない未来はあっただろうか、と。

「ふーん。その割には、伏黒は平気そうね」
「……オマエもな」
「当然でしょ。会って2週間かそこらよ。そんな男が死んで泣き喚くほど、チョロい女じゃないのよ」

ゆるゆると顔を上げたなまえと、釘崎より上の段に腰掛けていた伏黒は、堪えるように釘崎が唇を引き結んでいたのを見た。

「──暑いな」
「…そうね。夏服は、まだかしら」

なまえは膝を抱えるのをやめ、額に滲んできた汗を拭った。

「なんだ、いつにも増して辛気臭いな、恵」

スパッとした声が、した。
なまえは、声の主、真希を見る。

「お通夜かよ」
「真希さん」
「禪院先輩」

伏黒の反応、なまえの表情を見て、真希は忌憚なくいつもの調子で言う。暑くなってきたにも関わらず高専の黒い制服に黒タイツでいる真希。顔色ひとつ変わってない。どころか、汗一つかいてないように見えた。

「私を苗字で呼ぶんじゃ──」
「真希、真希!!」

少し離れた木の裏から、顔をのぞかせているパンダと棘の姿があった。パンダは、その白黒顔を強ばらせながら、真希に言う。

「まじで死んでるんですよ、昨日!!一年坊が、一人!!」
「おかか!!」

これに、真希はさきほどの己の発言を振り返り、さすがにまずいことを言ったと思ったようで、汗をかいていた。

「は や く 言 え や。これじゃ私が、血も涙もねぇ鬼みたいだろ!!」
「実際、そんな感じだぞ!!」
「ツナマヨ」

いつもの2年生のノリと空気に、辺りが包まれる。
2年生と初めて会った釘崎は、少しついていけてない。困惑しながら、伏黒となまえを見る。

「なに、あの人?達」

パンダがいるからだろう。釘崎の言葉は疑問形だった。そんな釘崎を後目に、真希たち2年生はわーわーぎゃーぎゃーと騒いでいる。──この光景に、なまえは少しだけ、安堵した。
同級生の死という非日常を体験したあとの日常的な2年生のやりとりは、今のなまえには安心感を与えるものだった。

「2年の先輩たちだよ」
「禪院先輩。呪具の扱いなら学生一だ」
「狗巻先輩は呪言師で、ボキャブラリーはおにぎりの具」
「で、パンダ先輩。あと一人、乙骨先輩っていう唯一手放しで尊敬できる人がいるが、今海外」
「アンタら、パンダをパンダで済ませるつもりか」

釘崎が一番知りたいであろうところは、パンダのたった一言で終わった。
そしてそのパンダは、真希や棘とのやりとりが終わったあと、申し訳なさそうに手を合わせながらなまえたちに声をかける。

「いやー、スマンな、喪中に」

許して、と言いつつ、パンダは自分たちの目的を話す。

「オマエ達に、"京都姉妹校交流会"に出て欲しくてな」
「京都姉妹校交流会ィ?」

つい最近入学したばかりの釘崎は、まだどういった年間行事スケジュールなのか、把握しきれていない。が、なまえと伏黒は2年生たちから話に聞いていたため、知っていた。

「……もう、そんな時期でしたっけ」
「そんな時期なんだよ。──京都にあるもう1校の高専との交流会だ」
「でも、二、三年生メインのイベントですよね?」

伏黒が確認するかのように言ったが、本来なら1年生は出れないので関係がない行事だ。だからパンダたちがなまえたち1年生に交流会に出て欲しいと言ってくることが、おかしい。

「その三年のボンクラが停学中なんだ。人数が足んねぇから、オマエら出ろ」

簡潔に分かりやすく、真希はそういった。
物言いも性格も、切れ味が鋭いのが禪院真希という人間だ。

「交流会って何するの?スマブラ?」
「なら3人でやるわ」

パンダが某大手ゲーム会社のゲーム機のコントローラーを握っているところを、なまえは想像してみた。見た目だけならかなり可愛いが、パンダはパンダではないと知っているとシュールな光景だった。

「東京校、京都校、それぞれの学長が提案した勝負方法を1日ずつ、2日かけて行う。つってもそれは建前で、初日が団体戦、2日目が個人戦って決まってる」
「戦うの?!呪術師同士で?!」

驚く釘崎に、真希は不敵に笑う。

「ああ、殺す以外なら何してもいい、呪術合戦だ」
「逆に殺されないよう、ミッチリしごいてやるぞ」

やる気に満ちたパンダは、腕を回す。
その様子を見ながら、なまえはしれっと言った。

「殺さないようにする方が難しくないですか?」
「よーし、なまえ。オマエにはまず、手加減から覚えて貰おうか」
「オマエほんと、顔に似合わず物騒だよな。ちゃんと手綱握っとけよ、恵」
「加減は本人に覚えてもらわないと困るんで教えこんでやってください」
「で、できてるから!ただ、殺しにかかってくる相手に加減するの難しくないですか?ってだけで!」

なまえを中心とした賑やかさが生まれる中、釘崎はふと不思議そうにこぼした。

「……ていうか、そんな暇あんの?人手不足なんでしょ、呪術師は」
「今はな」

釘崎の疑問に、パンダはい〜い質問ですねとまるでテレビのコメンテーターのような口調を真似たあと、答える。
冬の終わりから春までの人間の陰気は、大量に初夏に現れる。その要因は環境の変化だったり、自律神経の乱れだったり、冬季憂鬱だったり、五月病だったり……そういった主に4つの要素からくる、呪術師にとっての繁忙期だ。

「年中忙しいって時もあるが、ボチボチ落ち着いてくると思うぜ」

年中忙しい時の具体例としてあげるなら、大恐慌があったなど、だ。この場合は、年単位で忙しい時もある。……と、なまえは己の師から聞いたことを思い出していた。

「で、やるだろ?」
「仲間が死んだんだもんな」

仲間が死んだからこそ、強くなるために出来ることがあるなら、しろ。
言外の、叱咤だ。

「やる」

伏黒・釘崎・なまえの、3人は同時にそう答えた。
呪術師に立ち止まっている時間など、ない。

(うん、大丈夫。やる、絶対に)

そう思いながら、なまえは虎杖の姿を思い出す。その背中に、強くなると誓いながら。

「でも、しごきも交流会も、意味ないと思ったらやめるから」
「同じく」
「2人に倣い、同じです」

3人の返答と表情を見て、真希はどこか満足そうにしているようだった。

「まぁ、こんくらい生意気な方がやり甲斐があるわな」
「おかか」



交流会に出ると決めたその日、なまえは寮の自室で通話アプリを使って人に連絡していた。相手があまりスマートフォンを触らないタイプの人間なのと、現在育児中なので出れないかもしれないと期待はしてなかったが、6コールに差し掛かるかくらいのところで、繋がった。

「あ、あの……あ、お母さんいる?そう、かわれそう?」

電話に出たのは、目的の人物の息子だった。今年小学生に入学したばかりで、なまえは入学祝いに自由帳をプレゼントした。まだ6歳で少し舌足らずなところが残っているものの、やりとりはしっかりとできる。おかあさーん、と、幼い子どもが母を呼ぶ声がする。母にスマートフォンを子どもが持っていくという微笑ましい情景を、なまえは思い描く。
ぱたぱたと子どもが駆ける音と気配の後、大人の女性の柔らかい声がした。誇らしげに、お母さんに電話!と告げる声のあと、目的の人物がスマートフォンを受け取ったようだった。もしもし、と、声をかけられた。

「すみません、突然。でも、どうしてもお願いしたいことがあって……また修行を見て貰えないでしょうか。体術じゃなくて、呪術のほうを。……えーと、確かに悟お兄ちゃんが先生ですけど、またしばらく忙しいみたいなのと……あと、術式のタイプ的に教わるなら悟お兄ちゃんより、あなたの方がいいと思ったんです。──一夜さん」

電話の相手……五条悟の妻、箭括一夜に、なまえはそうお願いした。
とりあえずすぐには答えられないから後日改めて直接話そうと言われ、なまえはそれを了承し、その日は一旦通話を終了させた。


箭括一夜は呪術師だ。だが、ほぼ引退しているようなものだ。彼女の経歴と術式が凶悪すぎるが故に、上も迂闊に箭括一夜という呪術師を使わないようにしているのだという。
夫婦別姓だが五条悟と7年前に結婚し、6年前に第一子、昨年には第二子を産んでいる。第一子である息子は無限を継いでいる。
なまえと一夜は、なまえが子どもの頃からの付き合いだ。体術をなまえに叩き込んだのは五条ではなく、一夜だ。

「──体術は今回、2年生たちにしごかれるということでしたね」

改めて設けられた日、なまえは五条が家族のためにと用意したという一軒家に赴き、手土産を持って箭括一夜を尋ねた。一夜本人が迎えてくれたが、ちょうど娘がぐずっているのでしばらく待ってと言われ、なまえは一夜が娘をあやしているのを見ていた。
そんな中、スリング型抱っこ紐で第二子の娘を寝かしつけながら、一夜はなまえに問うた。
一夜は五条と同じ白髪だが、こちらは後天的なものらしい。
息子と娘は、産まれた時から五条にそっくりだった。
なまえはうとうとしている赤子を起こさないようにと思いながら、答える。

「はい。だから呪術のほうを、と思いまして」
「嫌いは克服できましたか」
「……」

なまえは、自分が生まれ持った呪術が嫌いだ。
人も呪いも食い尽くす堕児を無限に生み出し、使役できるという呪術。使えば使うほど、自分が純粋な人間じゃないと言うのを突きつけられるので、嫌いだ。

「正直、まだ、嫌いです。でも……使えるものなら、使っていくって、決めたから」

強くなりたいんですと、なまえは膝の上に置いた手に力をこめた。
一夜は、その様子を見たあと、目を伏せた。

「ーー分かりました。五条先輩の許可も得てるので、修行を見ましょう」

ぱっ!と顔を輝かせるなまえ。
その様子を目に入れつつ、ポンポンと抱っこ紐ごしに娘の背を撫でながら、一夜は続ける。

「ただ、私もこういう状況なので、こちらの都合に合わせてという形になります」
「すみません、ご迷惑おかけします。──よろしく、お願いします」

なまえは、深々と一夜に頭を下げた。
手間を取らせることになる。そう思いつつ、強くなるためならと決意をあらたにした。



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