11.理解→成長



1人、高専の敷地からでてきた伏黒。
誰もいないだろうと思っていた伏黒は、なまえが待ち受けていたので目を丸くした。なまえはその様子を見ながら、寄りかかっていたガードレールから離れる。

「一緒に行くよ」
「……途中までならいい」

そしりを受けるのは俺だけでいい。
ーー伏黒はそう言いながら、歩き出す。その背中を見ながら、なまえはついていく。

「一人で全部やろうとしないでよ」

なまえは振り向かない伏黒に伝えるが、伏黒は答えない。それでも、なまえは言葉を紡ぐのを続ける。

「これからも一緒に戦ってくんでしょ?なら、私にも少しでもいいから、背負わせてよ」
「俺の……自己満だ」
「恵」
「……津美紀のことも、協力してもらってんのに」

ようやく口を開いたかと思えば、なまえが思っていた以上に伏黒の声は弱々しいように思えた。
釘崎は伏黒が虎杖の死に動じていないように見えると言っていたが、何も感じていないわけがない。虎杖の最後を看取ったからこそ、伏黒は背負った物がある。
それを、伏黒は一人で抱え込もうとしていると、なまえは気づいた。

「それはそれ、これはこれだよ。……それに、私だって、いっぱい恵に頼って、甘えてる。だから、お互い様だよ」

まだ振り向かない伏黒。
なまえはそれ以上は口を閉ざした。が、そっと伏黒の服の裾を掴んだ。一人で行こうとする伏黒に、何があっても一緒に行くからと言う代わりに。

「……」

伏黒は振り払うことも文句を言うことも無く、それを受け入れた。

「──喋ったりの対応は、俺だけがする」
「……ん、分かった」

短くかわしたやりとりを最後に、目的地につくまでなまえと伏黒は無言だった。



──集合住宅。
用があるのは、そこに住んでいる、岡崎正の母親だ。
事前に伏黒から言われたように、なまえは会釈などはしても、喋らずにいる。説明は、全て伏黒が行った。……すでに最低限の説明は高専関係者からされていることだが、改めて現場に居た者として、伏黒は今日、ここに来た。

「正直、自分は少年院あそこの人達を助けることに、懐疑的でした。でも、仲間達は違いました。成し得ませんでしたが息子さんの生死を確認した後も、遺体を持ち帰ろうとしたんです」

伏黒は、現場で虎杖と共に特級と会敵した。虎杖が特級を足止めをするといい、伏黒は釘崎・なまえを探すために別行動をとった。その際、伏黒は、岡崎正の服にあったゼッケンだけははぎ取ってきていたのだ。
──遺体は生得領域とともに、消滅してしまった。

「息子さんを助けられず、申し訳ありませんでした」

ゼッケンを渡した後、伏黒は深々と頭を下げる。なまえもまた、静かにそれに倣った。

「…いいの、謝らないで。あの子が死んで悲しむのは、私だけですから」

涙に震える岡崎正の母親の声を聞き、なまえは、顔を上げることが中々出来なかった。


呪術師になる、ということは誰かを救えるということだ。だが同時に、救えなかった命や掬いきれなかった思いもある。それらは澱のように心に残った。だが今後、呪術師として生きる上で、それらは目を背けてはならないことだ。

「……大丈夫か?」
「ん、大丈夫」

高専に戻り、ジャージにそれぞれ着替えて、真希たちが釘崎をしごいている運動場に向かう2人。なまえは目を少し気にしつつ、隣を歩く伏黒を見た。

「──恵はさ、やっぱり強いよね」
「……なんだよ、急に」
「なんでもない。ただ、私もすぐ、追いつくから」

今のところ、なまえが胸を張って強いと言えるのは体術だけだ。技術も精神面も、まだまだ未熟だ。伏黒の隣に、呪術師として並んで立てない。
だからすぐ追いつくとしか、今は言えなかった。
伏黒はなまえを見たあと前を向く。

「俺だって誰かを待ってやれるほど余裕あるわけじゃないからな」
「置いてかれないようするし、追いつくから、絶対」

気合いを新たに運動場に行くなまえ。隣を歩く自分より小さいなまえの決意を、伏黒は静かに聞いていた。


運動場につくと先にしごかれていた釘崎が、声を荒らげていた。ジャージがなく、制服でずっと動いていたようだ。伏黒となまえにしごかれるのをバトンタッチし、釘崎は街にジャージを買いに出かけた。
なまえはパンダと棘を同時に相手にし、伏黒は真希から呪具の扱いを受けている。伏黒は、長物の呪具が自分の手に馴染むことに、少し驚いていた。
その近くで、なまえはパンダたちと実戦まがいの訓練をしている。

「やっぱり1年の中じゃ、なまえが接近戦は頭ひとつ抜き出てるなぁ」

パンダの攻撃をかわしながら棘へ足払いをかけるなまえ。訓練とはいえ、2人を相手取りながらの動きでもなまえはぶれない。体幹がいい、身体がしなやか……もあるが、単純になまえは力も強かった。半分呪いのようなものだからだろうか。コントロールを覚えるのに時間はかかったが、今はそれが強みとしてなまえを生かす手段となっている。

「でも、それだけじゃだめでしたから」

呪いへの抵抗があっても、接近戦が強くても、あの少年院では数で押し切られそうになった。そうならないためには地力を底上げし、好きになれない自分の術式に磨きをかけるしかない。そう判断したから交流会にも出ることと、自分と呪術の系統が近い箭括一夜に再び教えを乞うことを決めたのだ。
仲間が死んだ。
もう二度と、そんなことが起こらないように。
長生きしろと言った彼の分まで、生きるために。

「っと!」
「高菜」

足払いをよけてそのまま反撃に転じてきた棘の一撃を受け流し、なまえはパンダの攻撃の受身をとる。吹っ飛ばされるも空中で体を捻って態勢を立て直して着地をとり、棘とパンダを見据え直すなまえ。

「1体1ならなまえも私らから一本とれんだ。お前も置いてかれんなよ、恵」
「……分かってますよ」

すぐ追いつくからと言っていたなまえの表情を思い出しながら、伏黒は真希から借りた長物を構える。
伏黒は、自分は目指されるような立ち位置にいるわけではないと思っている。むしろ近接戦闘でなまえに一歩劣る自覚があるので、伏黒とて強くなるためには使えるものはなんでも使うと決めている。
なまえが真希たちとのしごき以外でも何かしてるようだと察しつつ、伏黒は深くなまえに聞くことはしていない。幼なじみとはいえ、あれやこれやと首を突っ込むものではない。なまえが呪術師として考えて決めたことなら、なおさらだ。

「ぎゃあ!パンダ先輩、ずるいそれ!」
「そーれ!」

パンダから足を掴まれてジャイアントスイングのように放り投げられたなまえを見ていると、伏黒は少しだけ心配になった。あいつ、ホントにちゃんと考えてるよな、と。


「呪具の持ち運びか」

しごきの小休止。各々が腰掛けながら話すのは、伏黒の近接戦闘に関してだ。
まだ近接戦闘の経験や基礎値、膂力などが足りない伏黒のそれらを補うなら、呪具で補えばいい、というものだ。が、伏黒には1つ懸念がある。

「術式上、両手はパッと空けられる様にしたいんです」

伏黒の術式、「十種影法術」は手で影絵を作り、そこから式神を呼び出す。手が塞がっていては、術式発動までのラグが発生するというのはデメリットだ。

「足技主体にはしないの?」

なまえは水分を補給しながら伏黒に問う。
なまえも堕児を使役する術師タイプだが、素の戦闘力が軽く人間離れしているのと、伏黒と違って堕児を呼び出すまでのルーティンが必要ない。そのため、サバイバルナイフのような呪具を両手に持って戦うことが出来る。

「やってみたけど、影絵がちゃんと出来なかった」

足の影に隠れたりだとか、と伏黒は答える。
あとは普通に立っているだけより角度ができてしまうので、影絵が正しく成立しなかった。

「禪院先輩は2つ以上持ち歩くこととかザラですよね?どうしてるんですか?」

真希は呪具を使って戦うゴリゴリの近接戦闘型だ。身体能力も高い。呪具に関して聞くならと、伏黒が問いかけるのは納得の相手だ。

「パンダに持たせてる」

だが、なんの参考にもならない回答が返ってきた。伏黒が聞くんじゃなかったとばかりの顔になったため、なまえは思わず苦笑した。

「物を出し入れできる呪霊を飼ってる術師もいるよな」
「アレは無理だろ、レアだし。飼い慣らすのにも時間がかかる」

そんな呪霊がいることは知っていたが、確かに京都姉妹校交流会に向けてと考えると現実的ではない。どうしたものかと考えながらなまえが伏黒を見ると、伏黒は何かを考え込むようにしながら影に手を伸びしていた。
トプ……と、水面に手を伸ばしたかのように伏黒の手が指に沈んだのをみて、なまえは目を瞬かせる。伏黒はその視線に気づいて、少し笑った。

「ツナ、ツナ」

なまえと同じようにそれを目撃していた棘は、真希とパンダに呼びかけた。なんだ?とばかりの真希とパンダに向かって、

「なんとかなりそうです」

と、浮かべた笑みを崩すことなく、伏黒は言った。



「──十分、あなたの術式も汎用性が高いですよ」

夜、五条に頼んで寮の門限時間外の外出。
といっても、同じ高専敷地内だから許されたものだ。
箭括一夜が指定した場所で、術式の修行をなまえは受けていた。

「幼い頃から嫌いなままで理解を深めていないだけです、あなたの場合は」
「うっ……おっしゃる通りです……」

実際、体術のほかの術式の基本的なことは箭括一夜からなまえは教わっている。しかし嫌悪が勝り、それだけだ。それならばと体術だけはみっちりしこまれたが。
一夜は使役した蛇を遠隔……離れた場所に召喚して見せる。蛇の祟り神、夜刀神と縁深い彼女は、蛇の使役や蛇の呪霊を用いた術式を得意とし、どこからともなく蛇を召喚できるのだ。なまえと同じように、ノーモーション・ノールーティンで。

「好きになれとは言いません。ただ、自分が何ができてどう生かせるか、それだけは把握しなさい」
「っ!」

いつの間にか、一夜の蛇が幾重にも集まり纏い、なまえの足の動きを止めていた。反射的に堕児を生み出して薙ぎ払わせるも当たることはなく、蛇たちは恨めしげにチロチロと舌を出して散っていった。
その様子を見ながら、一夜は続ける。

「120度以下の角度であればどこでも・・・・出現できる。この性質をもっと理解しなさい、なまえ」

でないとまた同じことですよと言いながら、踊りかかってくる一夜の使役する蛇や蛇の呪霊たち。合わせるように、一夜も駆け出す。
呪具はなし、術式のみでの反撃。
それが訓練内容なので、なまえは堕児に迎撃を脳内で命じる。それだけで意思が伝わるので堕児は一夜へと向かうが、その堕児に巨大な蛇の呪霊がまとわりついて絞め上げる。
次を、となまえが思うも、一夜の服の袖から飛び出してきた蛇が首に巻きついてきた。絞められる、と、なまえが思わず大量の堕児を出そうとするも、

「──そこまでです」

蛇はゆるりとなまえの肩に乗るだけだった。
堕児を絞めていた蛇の呪霊もゆるりと堕児を解放し、すぅ、と霧のように消えていった。なまえの肩に乗っていた蛇もするすると降りていって、一夜の方へと這っていく。その蛇を抱き上げながら、一夜はなまえを見やる。

「まずは何も出来てないことが分かりましたか?」
「……分かりました」
「よろしい。では、それから何が出来そうか考えておいてください。明後日、その答えを見せてくださいね」
「はい、ありがとうございました!」

箭括一夜には、五条との間にできた子どもが二人いる。
家事と育児がある彼女の貴重な時間を割いて貰っていることを改めて意識しながら、なまえは頭を下げた。

施錠はしておくからという箭括一夜の言葉に甘え、なまえは寮に戻る。最中、今日のことと箭括一夜の言葉を思い出す。

「……出来ないことと、出来ること、か」

ぽつりとそうこぼしながら、なまえは自分の術式や堕児について考える。嫌だと思いながら、最低限は扱ってきた術式。本当に最低限だったなと思い、なまえは自分の頬を挟むように叩いた。気合いを入れ直し、寮に向かう。
できること、出来ないこと、そして術式が似ている一夜の術式の扱いを思い出し、考えを煮詰めていく。

「……真希さんにも、ちょっと相談しよう」

相談し、煮詰まった考えと合わせた回答。
期日にその回答を箭括一夜に見せると、彼女は微笑みながら、「第一関門はクリアですね」と答えたのだった。
自他ともに認める、みょうじの呪術師としての成長だった。



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