12.場外乱闘



──京都姉妹校交流会へ向けてのしごきは続いていた。が、これは何も絶対それとは関係ないだろうなと思ったのはなまえだけではないはずだ。

「おい、飲み物買ってこい」

あちぃからと真希はお金を渡しながら言ってきた。ちゃんと人数分の金額があるので、脱水症状対策に用意してこいということなのだろう。真希は、こういうところが素直じゃない。

「二人でいけば、荷物持ちとしても十分ね」

釘崎は伏黒となまえを見、そう言いながらグーを作り、ジャンケンの構えになる。釘崎のおろしたてのジャージは当然ながら新品なので、まだ釘崎に馴染んでない感覚がある。なまえも少し、新しい運動着が欲しくなった。釘崎の着ているとのは、本人がジャージと言ってもなまえのものと違って趣味で運動をするような人が着るスポーツウェアなので、デザインがおしゃれだった。機能性重視でジャージを普通に買ったのはなまえだが、年頃の女の子だからか。釘崎のようなスポーツウェアが羨ましくなった。
今度買いに行こうと、誰に言うでもなく決めながらなまえもジャンケンの構えになる。伏黒もまた、拳をぐーにする。

「いくわよ。じゃーんけーん、」
「ぽんっ!」


少し遅れてやってきたパンダと棘は、1年生のうち2人足りないことにすぐに気づいた。

「恵と野薔薇は?」
「パシった」

真希は端的にそう答える。
無事じゃんけんに勝ったなまえは、軽いストレッチをしている。伏黒と釘崎が戻ってきたら、即しごきに入るからだ。いつもなら棘も混ざるところだが、今日はすぐに混ざってくることは無かった。呪言を扱う関係上、口元を隠しているのと語彙をおにぎりの具で縛っている棘は一見すると分かりがたいが、乙骨憂太に次いで優しく常識的なところがある。
そんな棘と、パンダが少し不穏なものを感じさせたので、なまえはいったんストレッチをやめて真希、パンダ、棘のやり取りに耳を傾けた。

「大丈夫か?」
「3歳児じゃねーんだ。お遣いくらいできんだろ」
「今は2歳児でもはじめてのおつかいしてますし、野薔薇ちゃんと恵だから大丈夫ですよ」
「いや、そういうんじゃなくて」

真希となまえのノリには乗らずに、真面目にパンダは否定する。そして、彼の「心配なこと」を話す。

「今日だろ。京都校の学長が来んの」

真希の表情がわずか、固くなる。あわせ、なまえもようやく、パンダが何を心配しているかを理解した。
──先日、1年生であるなまえ、伏黒、釘崎、虎杖が派遣され、虎杖が死亡した少年院での任務。あれは上層部が噛んでいると、なまえは五条から呼び出され聞いていた。

「上は悠仁を消したがっていて、ついでに僕への嫌がらせで全員死んでもいいやくらいの気持ちで1年生を派遣させた。宿儺か……あるいは、最低でも『堕児の女王』のなまえが死ねばいいくらいの目的で」

五条は、こう言ったことは当事者であるなまえに隠さない。呪術規定に基づけば、なまえは本来祓うべき対象だ。それを五条悟と……夏油傑が人間という呪いをかけたのと五条悟という後ろ盾があるから、ギリギリ人間として生きるのを見逃されてるというのに過ぎない。

「そしてこっからなんだけど、その上層部には京都校の学長がいる。交流会で今更直接なまえにどうこうしてくるつもりはないと思うけど、接触は避けた方がいい」

五条からはっきりと忠告されたことを思い出しながら、なまえは口を開く。

「京都の学長が、恵たちに何かするってことですか」
「標的だった一年……虎杖は、死んだんだ」

真希は冷静に事実を述べ、そのまま続ける。
が、死んだというのがなまえの胸にずしりとくる。いい加減、前を見ないととなまえは軽く自分の頬を叩いた。棘が心配そうに見ていたため、大丈夫ですと言う代わりになまえは少し笑って見せた。

「なまえ単体をどうとかじゃなく、恵達を表立って今更どうこうするつもりもねぇだろ」

そう。真希が言うように、狙われるとしたら伏黒や釘崎ではなく、なまえの方だ。京都の学長は、虎杖の次か、あるいは同じくらいになまえが存在していることが許せないだろう。そういう価値観なのだ。上層部というものは。

「教員は立場があっても、生徒はそうじゃねぇだろ」

パンダは、京都の学長よりも、生徒の方を気にしている。京都校の生徒のことを知らないなまえは、パンダの発言が意外すぎて目を瞬かせた。が、真希の表情に変わりはない。

「来てるって言うのか、真依が」
「憶測だよ。打ち合わせに生徒は関係ないからな。でもなァ、アイツら、嫌がらせ大好きじゃん」

京都の生徒ってそんなに性格ひん曲がってるんですか?となまえが口にしていた頃……伏黒と釘崎は、京都の生徒二人と対峙していた。パンダの不安、的中である。

「なんで東京コッチいるんですか、禪院先輩」
「あっ。やっぱり?雰囲気近いわよね」

一人は、禪院真希の妹の禪院真依だ。釘崎がいうように真希に似ているが、真希がストレートのポニーテールなのに対し、真依はくせ毛のショートカットだ。ノースリーブのワンピースタイプの制服を着ている。

「嫌だなぁ、伏黒君。それじゃあ真希と区別がつかないわ。真依って呼んで」

その真依の隣にいるのは、がたいのいい顔に傷のある男だった。京都校の3年生、東堂葵だ。値踏みするように、伏黒と釘崎を見ている。

「コイツらともう1人か……が、乙骨と3年の代打…ね」

東堂は、言動から察するに乙骨憂太と3年生の代わりに出る伏黒たち1年生を見に来たようだ。だが、真依の方はそうでもなさそうだ。彼女は指先で髪をいじりながら、「至極丁寧」な口調で話す。

「アナタ達が心配で、学長について来ちゃった。同級生が死んだんでしょう?辛かった?」

言葉だけは気遣いがある。そう、言葉選びだけならば、だ。言葉の裏に含まれているものに気づかないほど、釘崎も伏黒も鈍くはない。

「それとも、そうでもなかった?」
「……何が言いたいんですか」
「いいのよ、言いづらいことってあるわよね。代わりに言ってあげる」

あくまで、丁寧に、優しく。
しかし、隠しきれないどろりとしたものを滲ませながら、真依は言った。

「"器"なんて聞こえはいいけど、要は半分呪いの化け物でしょ。そんな穢らわしい人外が隣で不躾に"呪術師"を名乗って、虫唾が走っていたのよね?死んで清々した?……ああ、ごめんなさい。まだもう一人、人外が生きてたわね。呪いを生み出してる、人外が」

虎杖の死を侮辱し、なまえを人として否定している。悪意で歪む真希に似た顔の真依。たとえ真希に似ているとはいえ、その性質は全く違うようだ。
虎杖のこととなまえのこと。二つの地雷を同時に踏み抜かれた釘崎と伏黒は、表情が歪むのと怒りの感情を隠さない。

「真依、どうでもいい話を広げるな。俺はただ、コイツらが乙骨の代わり足りうるか。それを知りたい」

東堂はそう言いながら、一歩前にでる。
東堂は、上層部が絡んでいる今回の少年院のことはどうでもいいと思っているようだ。少なくとも、真依のような態度や雰囲気はない。

「伏黒……と言ったか」

名指しされ伏黒は、身構える。そんな伏黒を見ながら、東堂は真面目に、真剣に、尋ねた。

「どんな女がタイプだ」

伏黒だけでなく、釘崎にもクエスチョンマークが浮かぶ。今、この空気感で聞くようなことか?なんでそんな質問が?と。
そんな2人の戸惑いをよそに、東堂は自分のシャツをビリビリと破きながら話を続ける。

「返答次第では今ココで半殺しにして、乙骨……最低でも3年は交流会に引っ張り出す。因みに俺は、身長タッパケツが、デカイ女がタイプです」


──轟音。反射的に音がした方を見ると、伏黒が吹き飛ばされている姿をなまえは目にした。

「恵!!」
「!なまえ、待て!」

普通に駆け出すものとばかり思った止めるために真希が手を伸ばすが、それは空を掴んだ。真希は、目を見開く。

「……はぁ?!」
「消えた!」

なまえの姿は、その場から煙のように消えていたからだ。

急く。
急げ、走れ、と。
景色が全て、流れる。直接見ているがまるでフィルターを通しているかのような、感覚だ。

「やる気がまるで感じられん」

血の匂いがする。知らない男の声。パイナップルのような髪型の男だ。
血の匂いは、知っている。伏黒のものだと理解した。
あんな衝撃を伴う攻撃を受けていたから流れているかと思う反面、ふつふつとその血を流させたであろう知らない男に対する怒りがわく。

「…下手に出てりゃ、偉そうに。そこまで言うなら、やってやるよ」

怒りが一瞬、引いた。
その声音から、何をするか察したからだ。
声がした方をみると、頭から血を流しながら立ち上がっている伏黒の姿があった。

「──恵!」

その光景に、目を疑ったのは東堂だけではなく、伏黒もだった。急に目の前に、なまえが降って湧いたように見えたからだ。なまえは伏黒の目の前に降り立ち、伏黒を守るように支える。
出血が酷く見えるのは額だ。額は少し切れただけでも血が出やすい。だが、恐らく、骨も折れたりしているのではとなまえは察する。

「なまえ、お前、今どっから、」
「──なるほど。お前がみょうじなまえか」

パイナップル頭の男……こと、東堂はなまえと恵を見る。なまえは知らないが、値踏みするような視線はなく、その表情はさきほどより落ち着いたものになっていた。が、なまえはそんなこと知らない上、関係がない。

「……あんたが、恵のことボコボコにしたの?」
「そうだな。つまらん男だと思ったが、」
「──許さない」

東堂の言葉を遮り、なまえは呪具をスカートから取り出す。東堂はそんななまえに構えながら、「怒りと呪力をちゃんとコントロールできてる。話とは違うな」と冷静に考えていた。の、だが、

「『動くな』」

棘の呪言により、固められたかのように東堂の動きが止まった。そこに、パンダの拳が打ち込まれる。

「何、やって、んのー!!」

衝撃により、数歩、東堂はよろめく。棘は伏黒に近寄り、状態を見る。パンダはフゥと息をついた。

「ギリギリセーフ」
「おかか!」
「うん。まぁ、アウトっちゃアウトか」
「恵、大丈夫?」

ハンカチを取り出し、なまえは伏黒の額に当てる。ふらつきはあるようだが、伏黒は意識がしっかりしているようで頷いた。が、なまえに先程から抱いた疑問を投げかける。

「……なんだよ、あの、瞬間移動みたいなの」
「ツナマヨ」

棘も気になっているらしい。なまえは交流会までとっておく予定だったけど、つい使った自分にまだまだ精神面が未熟だなと思った。

「私も半分堕児だから、同じように角を通ってきただけだよ」
「どうやら、退屈し通しってわけでもなさそうだな」

東堂は、なまえと伏黒を見ながらそう言う。なまえは、自分よりも遥かに体格が大きい東堂を睨みつける。

「絶対、許しませんから」
「そうか。みょうじなまえ、なら交流会で俺を倒して見せろ。それと、パンダ。乙骨に伝えろ。『オマエも出ろ』と」
「オレ パンダ ニンゲンノコトバ ワカラナイ」
「………」

めんどくさいと思ったらしいパンダの反応を、棘は白々しい目で見ていた。
その横で、あのパイナップルだれ?当日殺さない程度にボコるからと聞きつつ、伏黒に肩をかしながら東堂を交流会のときにいかに攻撃するかなまえは考えていた。

「……俺が返す借りだ、これは」
「私も腹の虫が治まらないの!」
「はいはい、分かったから。恵の治療受けに行くぞ」

俺が運ぶ方が早いからとパンダは伏黒を家入硝子のところまで運びに行った。残された棘は、宥めるようになまえの頭を軽くぽんぽんと撫でた。
なまえはそうされ、まだ頭に血が上っていたかとようやく自覚し、力を抜きながら苦笑した。



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