太刀川慶と年下同期の日常 その1



28万人が住む三門市に、ある日突然異世界への「門(ゲート)」が開いた。
門からは「近界民(ネイバー)」と呼ばれる怪物が現れ、地球上の兵器が効かない怪物達の侵攻に誰もが恐怖したが、謎の一団が現れ近界民を撃退。一団は界境防衛機関「ボーダー」を名乗り、近界民に対する防衛体制を整えた。
結果、依然として門からは近界民が出現するにも関わらず、三門市の人々は今日も普通の生活を続けている。

その「ボーダー」に所属している、1人の女子大生がいる。
ボーダーが表立って活動する少し前に入隊していたため、組織内では古株に値する。本人にその自覚はほぼないが。隊員の優劣を決める要素となるトリオン量が多く、また「黒トリガー」という希少で戦闘力の高いトリガーに選ばれたため、図らずもS級隊員として活動することになってしまった。だが驕ることもなく、自己主張するわけでもなく、与えられた任務をこなしつつ学生生活を送っている。

これで見た目が地味ならば、組織内にいても噂の的になることなどなかっただろう。その見た目と、彼女が入隊するまでの話が美談として広がってしまってるため、少々面倒だった。だがいちいち噂を否定して回ったところでと思い、結局彼女は諦めた。

人生は諦めも肝心。

齢19にしてそう考え、淡々と生きている彼女の名は、みょうじなまえ。
上層部の評価は概ね良し。能力は花丸、隊員としての気質としては可もなく不可もなくといったところだ。同期からは「真面目でお人好しな性格」という評価を受けている。付き合いのない・浅い隊員からは、噂の人という程度の認識。……だった。
太刀川慶という隊員のレポートを、手伝うまでは。



「……何度も言いますけど、年下で専攻も違う相手にレポートとか手伝ってもらってなんとも思わないんですか」

そこまで無表情というわけでもないが、表情の変化をあまり見せないタイプであるなまえが眉間に皺を寄せながら、きついことを言っている。彼女をあまり知らない人物が見たら驚くところだが、直接その言葉を向けられた太刀川は、もうそんなことは気にならない。……訂正、最初から気にしてなどいない。

「だってお前なら俺より理解できるだろ?」
「……こういうことは、自分でやってこそ意味があるんですよ、太刀川さん」

大きなため息とともにそう言って、太刀川の真っ白なレポートを思わず睨みつける。提出期限は明日だ。なぜここまで放っておいたのかと聞けば、「普通に忘れてた」と悪びれもせず返ってきたのだ。自分のレポートはさっさと終わらせていたが、その時点でレポート大丈夫ですかと声をかければよかったと後悔した。

「要点はまとめます。形式もちゃんと指示します。だから太刀川さん、せめて自分で仕上げましょう」

ほぼ丸写しと大差ないことだ。でも、せめてなにかは太刀川にさせた方がいいと思った。でなければ、なんのためにボーダー推薦でこの人は大学に入ったんだという話になる。太刀川の大学入学を泣いて喜んだらしいご両親が、今度は違う意味で泣くのでは?となまえは会ったこともない太刀川の両親の心中を想像してしまった。

「えー」

なのに、当の太刀川はこれである。
眉間の皺を深めながら、なまえは大きなため息を再度ついた。

「えー、じゃないです。成人男性がごねないでください、可愛くないですし」

戦闘以外は残念というのは人づてに知っていたが、こんなにひどいとは思わなかったという感想を抱いたものだ。
それでも見捨てないし見限らないから、真面目でお人好しと同期たちから言われるのだ。

「とりあえず、まとめ終わるまで待っててください」
「映画みててもいいか?みてみたいのがあったんだよ」
「……どうぞ」

ちなみに今2人がいる場所は、なまえが一人暮らししている部屋だ。太刀川のテスト勉強やらレポートやらの面倒を最初はボーダー基地のラウンジで見ていたが、ランク戦参加したいと言い出したりと集中力が持たなかったので最近ではなまえの部屋で行っている。
太刀川からすれば私物もある程度持ち込めるし、餅などの好物を食べながら映画をみてる間にレポートの下準備が行われるという状態だが、そのうち自分でも下書きとかさせようとなまえは決意を新たにした。

「なあ、人をダメにするソファー買わないのか?」
「太刀川さんが独占する未来しか見えないので買うのやめました」

残念そうな顔をされた。やはりその気満々だったかと、なまえは再度ため息をついたのだった。



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