03.思い出話



あれやこれやと五条悟と……いや、五条悟に連れ回され、ある程度の物を買い終えた。なまえにとっての新居である五条の家にもろもろ運び込まれるのを手伝いつつ、整理をする。そういう作業に1人で追われていた。
五条悟は、あれで特級呪術師だ。忙しい身分で時間を作り、なまえが生活するための地盤は整えて行ったのだ。

(あの人は軽薄だ。けど、こういうところが、腹立たしい)

見透かされて、手の上で踊らされてるような気がして腹立たしい。毎度こういった感情に襲われながらも、粛々と荷解きや整理を進めていく。付き合いもそれなりの間柄だ、なまえの腹立たしさの咀嚼の仕方ももはや慣れたものである。
それが紛れたところで、今度は別の……感傷に似た考えが浮かぶ。

(普通の新婚だったら、本当なら一緒に荷物整理とかして、一緒に生きていくことをそういう作業から自覚していくんだろうな)

だが、五条悟とみょうじなまえが仮に2人で作業をしていても、決してそういう雰囲気や自覚になることはないだろう。五条の軽薄さからくる軽口や煽りによって、それどころではなくなるから。というのと、

(うん……私と先輩なら、そうならないな)

なぜなら、なまえは五条悟を嫌っているからだ。
嫌いと思う度に、なまえは学生時代に五条と初めて出会った時のことを思い出す。



──2007年、4月。
みょうじなまえは、呪術高専に入学したばかりだった。しかしこれといった緊張感はなく、実に堂々としていた。制服も綺麗に着て、長くもなく短くもないスカートからは紺のソックスを履いた足が覗いていた。
御三家ほどではないとはいえ、入学した時点でなまえは噂になっていた。祟り神を祭る一族なのだから好奇の目に晒されるだろうというのと、みょうじの血を引く者が入学したのが数十年ぶりなので、その2つの理由で騒がれるだろうなとなまえは予測していた。なので本人はさして動じることも無く、絡まれそうになれば回避してといった具合に入学してしばらくはのらりくらりと色々かわす予定だった。

「──夜刀神って、蛇神だろ?」

飲み物を買いに来た自動販売機前で、五条悟から声をかけられるまでは。

さきほどの言葉が自分に向けられたというのは、いやでも分かった。今、ここに人はいない。それに夜刀神の話をふるような相手は、学内の生徒ではなまえしかいないのだから。

(五条悟、六眼の……厄介なのに捕まった)

御三家は有名だが、目の前の五条悟という人間はことのほか有名だ。数百年ぶりに生まれた、六眼持ちだからだ。
当の本人の出で立ちは、白髪にサングラス、制服はお世辞にも正しく綺麗に着てるとはいえない。どちらかというと素行の悪い不良のような印象を受ける。

「(というか、初対面にいきなり質問って……)はい、そうですけど」
「ふーん」

聞いてきておいて、気のない返事をする五条に、なまえは内心で苛立ちを募らせる。一体なんなんだ、この人は、と考えたところで、律儀に待たずともいいと思い至る。さっさと飲み物買って、教室に戻ろうとなまえが思考を切りかえた時、だった。

「蛇ってさ」

話を続けられ、なまえは思わず動きと思考を止めてしまった。五条悟を見るも、サングラス越しに目が合ったような気がした。が、それでも目の前の男が何を考えているか分からない。なまえの顔に困惑が浮かぶ。だが、五条悟はお構い無しだ。

「体絡めて、何日も交尾するらしいな」
「……」

なんだこれ、セクハラか?
そう思ったなまえの思考やらは停止し、五条を見るしかできない。五条は何か満足したらしく、それを言い終わると去っていった。

「……っ!」

最低だ!と叫びそうになったが、口を抑えることでなまえはこれを耐えた。
ふつふつと怒りがわくが、それだけだ。それで呪力を暴走させることはない。が、あわせて嫌悪感に似たものがこびりついてく。


それ以降、五条悟はなにがハマったのか。
なまえに絡んでは煽り、軽口を叩くというのを繰り返していったため、なまえの五条に対する嫌悪感はつもりに積もっていき、今に至るのだった。

(今もあの人の態度変わらないし、こっちも変える気はないから、新婚らしい気分どころか……夫婦のような空気感になることもないだろうな)

元より期待してはいないことだ。
なまえはまともな家族の形も、夫婦の形も知らない。五条悟はどうだか知らないし興味はないが、あの縛りを受けた時点でまともな夫婦を形成するつもりはないだろうと、なまえは思った。
互いに特別な情がない間柄だ、それくらいがちょうどいい。

(変に哀れまれるとそれはそれで腹立つし)

うん、とその結論に至ったところで、概ねの作業が終わった。なまえは背をのばし、ぼんやりと今日の夕飯をどうすべきか考えた。




みょうじなまえの秘匿処刑取り消しは、五条が思ったより簡単に進んだ。五条が裏で色々手を回したのもあるが、上層部がこういう答えを出してきたのだ。
「元よりみょうじ家は"非道な実験"をしていた疑いがあった。みょうじなまえが一族を滅ぼしたことで証拠が明るみに出たから、不問とする」、と。事が上手く進むという気持ちよりさきに、五条が抱いたのは、反吐が出るという気持ちだった。

(それを今まで見て見ぬふりをしてきた結果がなまえだと分かっているくせに。しゃあしゃあと)

さらにその口で、「みょうじの血が完全になくなるのは困る」「みょうじの女の胎は価値がある」「夜刀神は特級、それを鎮め使える血筋が途絶えると夜刀神の処理に人員を割かれる」などといった上の都合を一方的に口にするのだ。

「……本当に、腐ってるよ」

分かりきっていたことだが、思わず口をついてでた。

なまえ自ら縛りをもちかけたとはいえ、五条はなまえをそういう駒のような視点で見たことは無い。むしろ彼女が家を変えようとしていたことは知っていたから、なまえもまた新しい世代を作る要因になるだろうと思っていた。実際、五条の夢に全てを賭けたいと申し出てきた当たり、五条と似たようなビジョンを描いていた節はあるのだろう。

(みょうじなまえのあの姿は、失敗した未来の僕の姿だ)

湖の畔で、誰かの腕を抱いて佇んでいたなまえを五条は思い出しながら、そう考えた。あの腕の主が誰か察しはついてるが、今はそこはどうでもいい。
五条は己の夢のために、今日も動くのだった。



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