太刀川慶と年下同期の攻防 その7



試験やレポートがなくても、太刀川はなまえの家に入りびたるようになった。最初こそ小言を口にしたなまえだが、もう諦めた。人生は諦めも大事。言うだけ気力を持っていかれるしとも思った。
そして、以前よりなまえの部屋には太刀川の私物が増えている。これにももう何も言わなくなったし、太刀川隊作戦室まで返しに行くのもなまえはやめた。

(まだラインで今日行ってもいいかと聞いてくるだけ、まし)

その最低基準さえ下回らなければ、いい。なまえはもう、太刀川に多くを求めなくなっていた。
それに気づいているのか、いないのか。太刀川は通常運転だった。
今日も帰るタイミングが一緒だったので、太刀川はなまえの車にいつものように乗り込んできた。

「なあ、夕飯ここ行こうぜ」
「またそうやって当然のように……。太刀川さんの奢りなら、いいですよ」
「じゃあ、行くぞ。ニンニクの量とか自分で好きなだけ頼めるらしい」
「……調子に乗ってトッピング全マシとかやめてくださいね?」
「さすがにそこまでバカじゃねぇよ」

どうだろうかと、なまえは全く信用してなかった。

このようにいつも通りに過ごしているので、太刀川となまえの関係には微塵も変化がない。
行動をどうすべきかと悩んでいるなまえと、相変わらず考えの読めない太刀川。
一進一退どころか、停滞しているのだ。

(なんか、告白っていうのも、違うしなぁ)

食後のコーヒーを太刀川が買いに行ってる間に、なまえは運転席でうんうん唸っている。
正直、このままの関係をずるずる続ける未来しか見えないなとなまえは息をつく。

「悪い、待たせた」
「!ありがとうございます」

なまえの分もちゃんと買ってきてくれたようだ。前頼んだ時は微妙に違うものを買ってきたが(曰く「名前が覚えられなかった」)、太刀川は今回はちゃんと買ってきてくれた。

「ソイラテくらいなら余裕だな」

ドヤ顔してみせた太刀川に、なまえは思わず笑った。

「太刀川さん、そういうとこはかわいいですよね」

ソイラテを飲みながら、なまえは楽しそうに言う。太刀川のこういうところがあるから、憎めないのだ。かわいいと言われた太刀川は、少し不満げな顔をしてみせる。

「お前な、20歳の男にそれはないだろ」
「ふふ。ごめんなさい」

ちっとも悪いと思ってない謝罪だ。隠す気もないなまえと、実際はそこまで気にしてない太刀川である。太刀川もコーヒーを飲み、一息つく。
駐車場で少し休んだら出ようかなと考えながら、なまえはソイラテを味わう。先程脂っこいものを食べたので、豆乳を使ったソイラテが少し優しく感じられた。

「カッコイイとかあるだろ、もっと」

意外な事に話が続いた。なまえは目を瞬かせながら、太刀川を見る。太刀川は本気というよりも、雑談程度のつもりで続けたようで、表情はくだらない話をするときのそれだった。なまえもつられて、表情を崩す。

「普段、いっぱいダメなとこ見てますからねぇ?」
「……否定できねぇな」

太刀川の返事にくすくすと楽しそうに笑いながら、なまえはまたひとくち、ソイラテを飲む。

「でも、やっぱり戦闘の時の太刀川さんはかっこいいし、頼れるなと思いますよ」

これは嘘も偽りもない、なまえの本心だった。
戦うことが大好きなのもあるのだが、戦闘の時の太刀川は普段のだめさを感じさせない。指揮もとれる、チームとしての機能は即席チームでも発揮させられる、単独でも優秀な戦闘能力を発揮する。手放しでかっこいい・頼れると賞賛できる部分だとなまえは心から思っている。太刀川は少し、口角をあげた。

「お前もそういう風に思うことあるんだな」
「そりゃ、ありますよ」

ソイラテがまだ7割ほど残っているカップを置きながら、なまえは腕時計で時間を確認する。そろそろ駐車場を出て、太刀川を送り届けようかなと考えていた。

「俺も、お前のことかわいいと思うことあるぞ」

だから、完全な不意打ちだった。
例えるならいきなり横っ面を殴られたような、そんな衝撃だった。
なまえは、丸くなった目を時計から太刀川に向ける。なんてことないかのように太刀川はコーヒーを飲んでいたが、表情はいつもの読めない笑みでも悪ふざけしてるときのそれでもなく、真剣そのものだ。
こくり、と、なまえは唾を飲んだ。
否が応でも理解してしまう。太刀川はこの関係を変えようと、越えようと決めたのだと。

「……このまま、お前の部屋行っていいか?」
「……」

なまえは、無性に突っ伏したくなった。それをなんとか堪え、思考をまとめようとする。
太刀川のこの発言が何を意味するか分からないほど空気が読めないわけでもない、太刀川との付き合いが浅い訳でもない。
俺は決めたぞ、おまえはどうだ?と言外の問いかけも、汲み取れた。改めて告白するよりもずっと楽な形で、太刀川は促してくれている。

「……た、ちかわ、さん」

ある程度決めていたとはいえ、これに対する返事を口にするのはなかなかに勇気が必要だった。このあとに起こることが、想像できてしまっているから。
頬に熱が集まるのを感じつつ、たどたどしくもなまえは、なんとか己の答えを口にした。

「……いい、ですよ。うちに、来ても」

その時の太刀川の、安心したような、嬉しそうな。
そういったものが感じられるあの柔らかい表情を、なまえはいまだに覚えている。



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