下心は隠すものではなく見せるものだ

宇髄が嫁に甘味でも買っていってやろうと店に立ち寄ると、そこにはうまい!うまい!と声を出して、次々と甘味をたいらげている煉獄の姿があった。皿の枚数は既に十を超えており、見てるだけで胸焼けしそうだと宇髄は一人、苦笑いを浮かべた。
確かに煉獄は、柱の中でも甘露寺に次ぐ大食いだが、ここまで甘いものが好きだっただろうか。首を傾げながら煉獄に近づけば、こちらに気づいた煉獄が、奇遇だな!と笑う。

「一人か?」
「うむ、ここの甘味はうまいからな!」

そうはいってもこの量は食べ過ぎだろうと思ったが、自分がとやかく言うことではないと、言葉を呑み込む。土産を買ってすぐ帰ろうと思っていたが、たまには柱同士こうしてゆっくり話すのもいいだろうと煉獄の隣へと腰をかけた。
少しして奥から出てきた娘が、いらっしゃいませと人好きのする微笑みを浮かべながらこちらにやってきた。

「煉獄さんのお知り合いの方ですか?」
「うむ!同じ鬼殺隊員の宇髄だ!」

煉獄の言葉にそうでしたかと娘が頷き、何か召し上がりますかと宇髄に尋ねる。茶を注文し、土産用に何か見繕うよう頼むとお待ちくださいねと言って店の奥へと戻っていった。
娘の名は名前というらしい。年は二十に届かないくらいだろうか、大人と子供の狭間のこの年頃独特の魅力が名前にはあった。
そういえば甘味処だというのに店内の客は男が多く、煉獄同様、他の客のテーブルには食べ終えた皿が何枚も重なっている。その異様な光景から客の目的が甘味ではなく、名前だということに気づく。
まさか、こいつもかと隣の煉獄を見る。煉獄とはそれなりに長い付き合いだが、この男の浮いた話は今まで一度も聞いたことがなかった。

「お前の目的もあの子か?」
「む、お前もというと宇髄もなのか?」
「俺じゃねーよ」

的外れなことを言う煉獄に宇髄は苦笑いを浮かべる。しかし、お前もという煉獄の言葉から察するに、他の奴ら同様、煉獄の目的も彼女らしい。
それにしても、こいつが恋ねぇ。この誰よりも真っ直ぐなこの男を恋愛とは無縁な人間だと思っていたせいかいまいちピンとこない。そもそも普段はよくも悪くも自分の思いをはっきり口にする煉獄が恋愛になるとこんなに回りくどいやり方をするのか。

「周りの客もお前と同じってことだよ」
「よもや!」

煉獄の驚いた表情に、やはり気づいてなかったのかと宇髄はため息をつく。柱の中でも咄嗟の戦況確認能力が随一であるこの男が色恋となるとこうも変わってしまうのか。

「あんまりぼやぼやしてると別な奴に取られちまうぞ」
「それは困る!!」

そう言って勢いよく立ち上がる煉獄を落ち着けと宥めもう一度座らせる。前から思っていたがこいつはいちいち声がでかい。何に対しても全力で向き合うが故なのかもしれないが、色恋沙汰において功を成すとは限らない。追われすぎるとたまらず逃げ出してしまう女もいる。
一つ助言でもしてやるかと宇髄が口を開こうとした瞬間、お待たせしましたと名前が茶を持って戻ってきた。その瞬間、隣に座る煉獄が再び勢いよく立ち上がったので、宇髄は慌てて静止しようとしたが、間に合わなかった。

「俺がここに通っていたのは甘味のためじゃない!」

脈絡もなくそう言った煉獄に名前は目を丸くして首を傾げる。甘味のためでないのであれば何故か、きっと彼女はそう思っているのだろう。眉が下がり困惑の表情が浮かぶ。そんな名前の様子に気づかないのか、そのまま言葉を続ける。

「君に会いたかったからだ」

笑った君が、甘味のことを嬉しそうに語る君が、慌てて躓いてしまったときに恥ずかしそうにはにかむ君が、すべてが俺にとって好ましく気づけば店に足が向いていた。
煉獄の口から紡がれる言葉は、紛うことなき告白であった。

「つまり下心があったのだ。すまない!!」

満足したような顔をする煉獄に周りの客も呆気に取られ、店内に暫しの沈黙が流れる。
そんな中、名前の頬が朱色に染まっていくことに宇髄は気づいた。おそらく名前も同じ気持ちなのだろう。放っておいてもこの二人はうまくいったのかもしれない。そう思いながら宇髄は出されたばかりの茶を飲んだ。自然と自分の口角が上がるのが分かった。



お題:未明