winter diary
11月1日
ねえ、私が望んでいた事をあなたは知っている?
親愛なる元ルームメイト
11月2日
「おーい、そろそろ寝るぞ」
「先に寝てて、わたしまだやることがあるのよ」
苦笑した私に彼は寂しそうな顔をして、ダブルベッドにもぐりこんだ。甘えん坊で可愛いひと。彼の親友と私はルームメイトだった。
実家にいるのが辛くて、どうにか家をでようとして。家賃が浮くならなんでもしてやると自棄になっていた私に紹介されたのがあのひとだった。
ルームシェアってやつね。
でも私は結局、逃亡生活を助けてくれた彼からも逃げたわ。
だって、あの人はいつも私に怯えていたから。
11月4日
夜空を見る事が好き。
ここはスモッグがひどくてまともに星なんて見えないけど。
この汚い空気の向こうに綺麗なものがある。そう信じていればまだ生きていくのは楽になるはずだから。
11月5日
今の彼は好きよ。恋人としてね。
もちろん愛してる。
「どうして私なんて愛してくれたの」
口ずさむ歌がどんなにかなしげに響いてもね。
11月10日
逃げたの。
親愛なる私のルームメイト。あなたが私にしてくれたことはあまりにも大きかった。
家族が嫌いで、居場所がなくてやさぐれてた私に優しくしてくれた。
とても好きだったの。あなたが。
テレビディナーのパサパサしたハッシュポテトに顔を顰めて、安いカクテルで酔っぱらって、適当な発音で憶えた歌を大きな声で歌って。
うつくしい時間だった。
いとおしい時間だった。
あなたは紛れもなく私の大切な家族だった。
11月11日
「さむいね」
恋人が差し出してくれたマグカップになみなみ注がれたコーヒー。
お湯の入れすぎで味が薄くて、ミルクも適当にいれたんだろな。
駄目ね。何回淹れても美味しくない。
「ごめんね、また失敗したよ」
でも美味しいとすきは別物。
「この味がすきよ」
私は紅茶党の彼がコーヒーを好まない事をちゃんと知っているから。
11月13日
『元気ですか?僕は元気。君と彼がいつまでも幸福でありますように』
あの人が絵葉書をくれた。相変わらず下手くそな筆記体。手紙は嫌だと言っていたのに律儀よね。
配達の時に雑に扱われたんだろう。少しだけひしゃげたその絵葉書からは、優しい家族の香りがした。
11月20日
神様。
どうかあの人が幸福でありますように。
私が去ったあと、あの人が孤独ではありませんように。
11月21日
あの人に教えてもらった異国の歌がある。
意味はよくわからなくて、どこの国の言葉かも知らない。
キッチンナイフで野菜を切ってる時。ぼんやりとひとりでバスを待っている時。恋人の帰りを待っている時。ふとした瞬間に口ずさんでる。
『もうきみはいない、それでもいい』
意味を知らず、ただ音をなぞればそれは幸福な歌。
11月26日
私はあの人の家族でいたかった。
家庭の幸福なんて知らなかったから。
ただのルームメイトでいたかったんだわ。でも、あの人は違った。少しずつ見え隠れする、彼の想い。ありがたくて、嬉しくて、申し訳なかった。
11月27日
好かれるのが怖いのは、幸福だったから。
なんて嫌な女。
11月29日
ごめんなさいよりありがとうを伝えられたらいい。
恋人にも、元ルームメイトにもね。
ねえ、知っていた?
あなたは。あなたたちは、恋人よりも家族よりも、尊い存在よ。
まるでスモッグの向こうの星のように。
ずっと、ずっと。
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