ゆきずりのやまい

 酒に酔う、クスリに溺れる。
 とにかくなんでもいい。買い物依存だろうがギャンブルだろうが、度の過ぎた食い意地だろうと。
 人というのは真っ直ぐ立ち続けるのが難しくなったときどこかに綻びのようなものがでてくるものだ。それが病的であろうと、ストレス発散と定義される区分であろうと、どんな形でも表れてくるものだと思う。

「ユキはへん」

 僕がそう呟くと、彼女はきょとんとしたあとにふにゃりと微笑んだ。だから、なんでそこで笑う。おかしいだろ。怒るとこだろ。

「どうしたのーリョウ。変なのー」
「そういう所、キモチワルイんだって」

 フリースクールなんてとこに通ってると、いろんな奴がいる。登校拒否だったやつ、中退して後悔したやつ、進行形でやんちゃしてるやつ、そして歪んだやつ。
 ちなみに僕はどの区分にも当てはまらない。バイトしながら少ない登校日数で卒業できるここが都合が良かっただけ。
 どこのフリースクールも同じかは知らないけど、うちの学校なんて教師もだるっだるの緩いやつが多くて、煙草吸ってても叱らないどころか『吸うなら授業終わってからねー』で済ましたり、午後の授業が数学からなぜかお菓子パーティーになってたり、ピアスをあけたって騒いでる女子に可愛いピアスをプレゼントしたりしてる。
 センセーたち、みんな若いしね。
 これできっちりレポートさえ出せば単位とれるからなお悪いんだろうね。まあ、それでも中退するやつはするけど。

「ユキは変だよ」

 同級生のユキ――二年留年してるから彼女のほうが年上だけど、そこそこに遊ぶのが楽しい相手だったりする。最近は長く伸ばした爪を塗って、ちいさい石を乗っける作業に夢中だ。現にいまも視線は僕じゃなく、その長い爪に集中してる。

「変でもいいもーん」
「怒らないしさ」
「そ、私って温和でしょ?」
「留年してるくせに素行が悪いわけじゃないし」
「真面目だもん」
「真面目な奴が授業中にマニキュア塗るかよ」
「いいのー」
「レポートの期限とかきっちりだしさ」
「えらいでしょ」
「こないだアリサに絡まれてたじゃん。スルーじゃなくて笑顔で対応してたし」
「……ふう」

 いい加減進展しない話題に嫌気がさしたようだ。ユキは漸く爪先から視線を外して僕を見つめた。

「だから、何?何が良いたいの?」

 ほら、食いついてきた。ユキが時折こうして、誰にも見せない眼差しで僕を見る時、言いようのない優越感を感じるのだ。誰にも怒らず、敵対せず、笑顔を崩さない彼女。
 その彼女の瞳にちらつく、怒りのようなもの。

「そーゆーとこが、ユキの歪みだなってさ」

 彼女が他人に絡まれてキレないのは、相手を見下げる事に慣れているからだ。『キレるほどの相手ではない』と。そしてユキ自身は自分のスペックの高さを確かに自覚している。
 自身を取り巻く悪環境にさえ、綺麗に笑ってスルーしてみせるユキは自分の強さをよく知っている。

「リョウ、やめて。怒るよ」

 その彼女が、僕に対しては怒りを見せる。やばいくらい悦に入ってしまいそうだ。
 一応断っておくけど、僕は変態ではない。人の歪みを見るのが趣味なだけで。

「自覚してるんじゃん。さすが」
「……」
「女子って怖いね」

 本性は孤高の狼なのに、ふわふわとした、不思議なものを纏って魅せる。歪みも、劣情も崩してこなして無いもののように振舞う。
 

「私は別に、誰とも喧嘩なんてしたくないだけ。このままで、いたいだけなの。アリサを躱したのだって、めんどいだけだし、レポートだって先生に煩くいわれたくないだけ。なにもかも、したくないだけなんだから、そんな風に言うのはやめて」

 この言葉も嘘ではなくて。こんな真っ直ぐな歪みを見ると――笑みがこぼれてしまう。

「それは、ごめん」
「だめ、許さない。久しぶりに頭にきたー」

 頬を膨らます彼女を見て、僕は笑う。
 ああ、本当に。なんてまっすぐな歪みなんだろう。
 このまま怒鳴って散らして、殴りさえすれば、他の皆と同じになれるのにね。

「じゃあ、お詫びになんか奢る」
「やった。じゃあスタバいこー」

 そこで漸く担任の高橋センセーが声をかけてくる。よく考えたら(いや、考えなくても)授業中だった。

「こらーいつまでも喋ってないの!きちんとレポートやんなさい」

 相変わらず緩い叱り方だ。目が怒ってない。

「はーい、高橋ちゃん。ごめんなさーい」

 ユキが甘えた声で許しを乞う。僕は目配せをして、ほぼ終わってる数学のレポートにペンを走らせた。

 さて。
 クスリや酒に溺れてる人間より、こういう女の方が怖いのは、僕だけだろうか。




END
相ちゃん、リクエストありがとうございました。



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