Sickened 11

 彼女にとっての『私的』とは、死ではなく信仰にあった。
 ラムは先日のケイトの祈りを受けて、今更ながらそんなことに気づく。

『――ありがとう』

 彼女の言葉を何度も反芻して、それでも理解できなかった。
 なぜ、そんなに簡単に感謝してしまうのか。
 なぜ、自分なんかにお礼を言うのか。

(いや、案外自分の為なのかもしれないな)

 ケイトは自分の生に『納得』が欲しかっただけかもしれない。
 誰のための祈りであっても、それが間違いであったとしても。口の端に登らせた途端にはたき落とされるようなものであったとしても。

 不可解ではあったが、不快ではなかった。
 知らない事は興味深いし、それについて考えている間は退屈ではなかったからだ。

「ん……」

 ケイトがうっすらと目を覚ます。 
 彼女の身体がもう限界であることは、わかっていた。
 透析を受ける体力自体がもうない。
 彼女の隣に座り、筋力の失せた細い腕に触れる。ふらふらとした彼女はやはり意識が曖昧なままだ。

(急性心不全……)

 医師ではない自分にはわからないが、調べたところによると、高カリウム血症が急速に進行する場合、一気に意識を失う者もいればゆるやかに意識を失くす者もいるという。

「ん……ジー、ン」

 その一言すら苦しそうに彼女は囁いた。
 いたぶるように命を奪ってきた相手との違いを見出そうと、ラムはケイトに触れていようと思った。

「最期に呼ぶ名前が、僕でいいんですか」

 他にもっといるだろうに。
 ずいぶんと絆されてくれたものだと呆れる。
 嫌いだ嫌いだと言いながら、その相手に対して祈ると言うのは屈辱だっただろうか。

「――こんな男に感謝までして」

 両親を亡くすまで、さぞ無垢なお嬢さんだったのだろう。
 独りでいることに慣れていない。窮地に立たされても自己を確立して意志を貫き通すということができない。

 だからこそ、彼女にとっての『私的』とは、死ではなく信仰にあった。
 その彼女の祈りが自分に向けられたのならば――ああ、自分は確かにこの少女を蹂躙したのだ。

「ケイト。――ケイティ」

 もう力の入らない身体を、自分でも珍しいほど丁寧に抱きしめる。
 ラムの力に逆らわぬまま、ケイトはくたりとしたままだ。

 どこかで聞いた。
 人は亡くなる時、最後まで残るのは聴覚だと言う。
 だから、

「ケイティ。――退屈しませんでしたよ」

 小さく弱っていく呼吸と体温を感じながら、ラムは彼女の耳元でささやいた。
 命を掌握する事とは、精神を犯すことに違いないのだろう。

「最後の最期でやられましたから」

 あなたが僕に祈った時に感じた、何かが動くような感覚。
 それについては答えがでないままだ。
 そういう意味では、自分もまたこの少女に蹂躙されたのだ。

 改心なんてしない。自分のことだからわかる。
 ケイトが自分に遺す『これ』は脳の不活発さを凌駕するほどのものでもない。 
 彼女を汚した優越?
 それを嬉しく感じるのも、またいっときなのだろう。

 ただ貴女を見ていると、退屈しなかった。
 ケイトの憎悪も、悲しみも、苦しみも――祈りも。本当に、退屈しなかったのだ。
 

20241229
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