Sickened 04
無知な女。
ラムにとって、ケイトの印象はそれだった。
彼にはとにかく、つっけんどんな態度しか取らない彼女だが、端々から人を邪険にする事に慣れていないのがよく分かった。
完全に無視することができずに、何かと返答をするところには、幼さが垣間見えた。
素直に泣き顔を晒すのに衒いがないのは、すぐに誰かが慰めてくれる環境にいたからだろう。
(細いな)
骨が浮いている身体は、直ぐに死んでしまいそうでそれが心配だった。
また退屈が増えてしまう。
ただ、案外他人の観察は面白いと、知る事ができたのは幸いだったかもしれない。
「毎日よく、バスルームを汚しますね」
胃液を吐き出す彼女を眺めながら、目を凝らすように瞳を細める。
彼女の薄い腹が吐瀉物を押し上げようと引き攣るのが、生命のあえぎのようで好きだ。
死んだ目から、甘える先を失った涙を見ると可愛く思える。
その涙を拭えば、嫌悪と罪悪感に瞳が染まる。
思えば、人一人をじっくりと見ていた事なんて無いかもしれない。
「人が吐いてるところ、見てて楽しい?」
「他は知りませんが、貴女を見ているのは楽しいですよ」
吐き終わった彼女が、丁寧に歯を磨いて、マウスウオッシュで口をすすぐ。
よく吐くけれど、彼女は毎回これをする。
「変態」
「ドウモ」
「褒めてない」
「知っています」
疲れきった彼女は、一日の大半をベッドで過ごす。眠っているケイトは、やっぱりまだ幼く見えた。
裏路地で拾われたのは、どちらだったのか。
拾い物をしたのは自分だろうか。
ケイトはどう思っているだろう。
どうでもいいか。
興味本位で、その薄い腹に触れる。
昔は、いや、家族を失くす前は運動でもしていたのだろうか。腹筋がまだうっすらと硬さを保っている。
彼女の気に入ってる部位がある。
今触れている腹。
そして、細い喉。
片膝をベッドに乗り上げると、ギチっとその端が沈む。
左手で薄い腹の表面を撫で、右手でその細い首を掴む。
セクシャルなものに興味がないわけではない。
ただ、この女のからだはそれとは別のところに価値がある。
「いやっ!やめて、ユージーン!!」
当然目を覚ました彼女が、叫ぶ。
ラムはあっさりと手を離して両手を上に上げた。
「あ、触っていただけです」
「本当にやめて!」
「ふふ」
彼女は、己の所有権を譲ろうとはしなかった。
たとえ、余命が一年でも。
ドラッグを『嗜む』のは、内罰的な思考を和らげるため。
それでいて、病院に行くのは長く苦しむため。
彼女は気づかなくても、理由はそうなのだと思う。
慰めて懐柔できれば、楽ではあった。
人間というのは、思考する事自体に負担を感じる生き物である。
人間が動物であると考えれば、多勢の思考は群れにとっては邪魔で、リーダーの意見に従っている方が楽なのだ。
でも、ケイトは頑なに『自分』でいたがる。
代わりに思考してあげるのに、とラムは嗤う。
自身の手足の延長のように。
思考し、乗っ取り、己の分身を増やす。
ラムは思う。
人間が自分を残す方法は、出産だけではない。
思考と思想を残せれば、それでいいのだ。
「ねえ、ケイティ」
「何よ」
「初めて、名前を呼んでくれましたね」
咄嗟の事で思わず口にしてしまったのだろう。
それだけで、ひとつ、この女を汚せたような気がした。
「貴女は無様だ」
「うるさい」
犬のように。
猫のように。
差し出した手に勝手に馴れてしまうから、脆いのだ。
さて。退屈しないように、次の話に進めよう。
「ねえ、ケイティ。貴女の親は、なぜ死んだんですか?」
2022/12/04
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