Sickened 05

 ――貴女の親は、なぜ死んだんですか?

 そんな不躾な質問に不思議と腹が立たなかった。もうこの男にうんざりしていた。

「教えたら、出て行ってくれる?」
「それは無理です」
「じゃあ、言わない」
「うーん、じゃあ提案です」
「なによ」
「しつこく質問する回数を減らしましょう」
「……」

 最低な事に、それは魅力的な提案だった。繰り返される悪意無き悪意ある質問に、ケイトはもう疲れ切っていた。
 人の脳は、思考する事自体を負担とするように出来ている――父に昔そう教わった。

「飛行機事故よ」
「あ、もしかして昨年あったドイツの事故ですか」
「そう」

 ラムは記憶を手繰る。
 
「でもあれって確か、パイロットが……」
「パイロットが乗客を道連れに自殺した。その通りよ」

 ケイトは胸元の十字架を握り締めた。
 言葉にすると、胸が押しつぶされるように痛い。肺が酸素を受け付けないようで、息が自然とあがった。

「私の両親はその飛行機に乗っていた」

 行ってくるねと微笑んだ両親。
 その日は普通にベーコンと卵を焼いた朝食を摂って、玄関まで彼等を見送った。
 ハグをして、頬にキスをして。
 良く晴れた道を歩む両親に祝福をと神に祈った。

「私の父は信心深いクリスチャンでね。本をいくつも出している自己啓発作家だった」
「そうだったんですか。僕の養父も牧師でした」

 ラムはにこりと笑った。

「だから、その辺の『一般的な』人よりは、神を信じていますよ」
「ああ、そう」

 悪夢のような話だ。

「信じていて、そういう生き方なの」
「信じているから、こういう生き方なんです」

 肩をすくめて微笑むと、ラムは先を促した。

「フライトから数時間で、あの飛行機は墜落した。私は数字に弱いから詳しい事はわからない。負荷がどうとか、落下速度がどうとか。聞いているだけで頭痛がしてくるの。数学や物理の授業が大嫌いだったから、今もそれは同じ」

 ひしゃげた十字架を握りこむとその先端が肌に食い込んだ。

「助かった人はいなかった。人の形を保てた人もいなかった」

 喉がぎゅっと締まる。泣くことは容易かった。それでもこの男の前では耐えて見せようと思う。泣いた方が、ラムは悦ぶだろうから。

「地名も場所も覚えにくいドイツの街まで行った。広い運動場みたいな建物で、たくさんの人が泣いていた。
 医師と、航空会社の人間が棺に納められた小さな黒片を見るように促した。
 私は馬鹿みたいに呆けた顔で、それを見た。
 彼等はそれが『おそらく』父の指だと言う。
 なんでわかるの、って呟いたら今度は綺麗なビニール袋に丁寧に保管していたってわかる、この十字架を見せてきた。
 これね、裏に父の名前が彫ってあるの」

 指先でそっとなぞる。
 見なくてもわかる。
 そこに彫られている名は――フレデリック・ジョーンズ。

「関係者は最大の敬意を払ってくれたと思う。そこは感謝してる」

 遺族でなくとも、厳しい現場だっただろう。
 それはわかる。

「父の指先がね、この十字架に絡まっていたんだって。たぶん、墜落するその瞬間まで握り締めていたんでしょうね」
「……」

 何かいつものように無神経な発言をするかと思っていたが、ラムはそうではなかった。

「敬虔な方だったんですね」

 低く、静かな声音だった。

「母は見つからなかった。他の人もだいたいそう。だから身元が特定できた父は幸運だったのかもしれない」

 ケイティ、人は幸福になるために神が造ったのだよ――

「でも、何故?って。そればかり頭に浮かぶの」

 おそらく父は、母は、祈っただろう。
 二人は手を握り、瞳を閉ざし、最期を覚悟しながら。

 ――ねえ、なぜ?

「私はその答えを知っている。人は死ぬように造られている。どのように死ぬかは選ぶことができない。それがアダムとイヴの罪だよね」

 人は完璧に造られた。
 しかし彼等の罪が死をいざない、その子である私達もその『傷』のせいで罪深い生き物となった。

「そんな悲しい話よ。どう?満足した?」

 ここまで話したのは表向きの話。

 敬虔と呼ばれる人に育てられた私もまた、敬虔な信徒だった。
 信仰というものは縋るものではない。学び、育てていくものだ。
 学問のひとつであり、哲学ではない。

 それでいて、身近な隣人のようなものでもあった。
 悲しい時は共に寄り添い、楽しい時は感謝を教えてくれる。

 なぜ?という問いは、自己への信仰への問いでもあった。

 信じていたものを、根本から疑ったことはある?
 信じていたものから、奪われたことはある?
なぜと問うてしまう事に、罪悪感を覚えたことはある?

あの事故は、なにもかもを奪い去ってしまった。
 父も、母も、そして――神も。


20230930
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